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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-21話 ショータイム



「ミア、警戒しろ。こいつは何かが変だ」


「お師匠に殴られて平気なんて普通あり得ないからね……」


 ラーダンとミアは並び、クラウンことヤクモ・カタクラ、そして奇術師ことナナミ・カタクラと相対する。


 不意打ちの先制が無効化された。それは戦闘の達人であるラーダンを警戒させるには十分な材料だった。


「も〜ヤクモ心配したんだからね!?」


「ナナミィ心配してくれてありがとって感じな訳だけどさ〜? オーノーッ! 俺が正気でクレイジーピーポーでハイホーッ! な時間は……後58分しかないんだよねぇ〜! こりゃ最悪ッ! タイムリミットが過ぎたら俺は無気力なお人形さんになっちゃうの……!」


 クラウンは左腕に書かれた腕時計の落書きを見ながら確認出来るはずもない時間を確認し、目をパチパチを瞬かせながら、ハンカチを噛み引っ張るような動きを見せる。


 行動の一つ一つが芝居がかっており、ハンカチなどどこから出しているのかも不明。


「あんたマジでどうなっちゃったのよ〜! 突然行方不明になってオーティスのボスの奴隷になっちゃったと思ったら今度はカメリアの奴隷で1時間しか正気に戻れないって……」


「そんなこと言われてもサァッ! 俺だって何が何やら、1日のうち23時間はもう眠くて眠くてな〜んもやる気が出ないでありんすヨォ!」


 今度はいきなりベッドが現れて、布団に包まりながら眠そうな顔をしながら鼻ちょうちんを作り、それがパチンと割れる。


 アウルム、シルバがその様子を見ればクラウンが何をしているのかは大体想像がつく。


 カートゥーン、アニメ、漫画のような誇張表現を実際にしている、そういうことを実現させる能力であると予測がつく。


 しかし、そんなものを知らないラーダンとミアからすれば、クラウンの行動は意味不明で不気味でしかなかった。


 故に手が出せない。


「そろそろさぁっ! 時間もないことだしこいつらチャチャ〜っと倒して話そうぜぇ〜……ってうおああああッ! あと57分しかないじゃないのよぉ〜! 全くゥッ! 誰のせいなのよ〜〜〜!?」


「そうね、さっさとカタクラ姉弟のショーを始めましょうか!」


「え〜紳士淑女の皆様、お待たせしましたぁ! それではイッツショータイムッ!」


 今度はタキシードにいつの間にか着替えたクラウンがマイクと紙切れを持ち司会進行のような真似事をする。


「パンパカパーンッ!」


 奇術師のナナミは大きな白い布をバッと広げてラーダンとミアとの視線を遮った。


 マーチングウエアに着替えたクラウンはドラムロールをする。


 そして、布が落ちてそこに出てきたのはテレビ。ブラウン管の古めかしいデザインのもの。

 ラーダンがアウルムによって認知面積をした際に『箱』と表現したものがまさしく、それだった。


「ジャジャーンッ!」


「ッ!」


 それにラーダンも気がついた。一体何が起こるのか、あの箱は何なのか、それを理解する為に注視した。


「そんじゃ! 鬼さんこちら〜手の鳴る方へェッ〜ッ!」


 箱から何か出てくる。ラーダンとミアはそう思い、いつでも対応出来るように準備した。


 しかし、意外! 箱から出てくるのではなく、2人は箱の中に入ってしまった。吸い込まれるように小さくなって消えてしまう。


 ペラペラの紙のように、薄く立体感を失いながらテレビの中に入った。


「……どう思う?」


「罠、でしょうね。あの中に入ったってことは小さくなったんじゃなくて、空間系の魔法で全く別の場所に繋がっている……と考えるべきでしょう」


 ラーダンはミアに意見を求めた。全く戦ったこともない、戦い方も分からない。そんな相手の対処をどうするべきか、相棒に相談するべきだと判断をせざるを得なかった。


 ミアもまた、無難な答えしか出来ない。見たまんまの情報から知っている知識をもとに推測をするしかない。


「だな……しかし、どうする? このまま放置というわけにもいくまい」


「う〜ん……取り敢えず壊せるか試してみようか」


 ミアは鞭の白蛇を使い、テレビの周辺をグルリと囲んでから一気に引っ張り、粉々にしてみようと試みた。


 しかし、白蛇がテレビに接触した瞬間ミアの手は強い力で引き寄せられる。強制的にテレビに吸い込まれる。


「ッ……!? お師匠ッ!」


「ミアッ! 待てッ! 戻れッ!」


「む、無理ッ! 凄い力で引っ張られてる……! でもこれ自体が攻撃じゃないのは分かるッ!」


「警戒しろ! この後に攻撃が来るぞッ! 全く予想外の攻撃のはずだッ……!」


 反射的に白蛇からミアは手を離したが、遅かった。いや、テレビに触れるという選択自体が間違いだった。


 ミアの身体は小さくなり、テレビに引きずり込まれる。それを防ごうとミアの服を咄嗟に掴んだラーダンもまたテレビの吸引力には抗えずに小さくなっていき、2人はテレビの中に入ってしまった。


 会議室から、4人の姿が消え、テレビだけが残った。


 ***


「ウォッ!?」


「馬鹿、何もないところで転けんじゃねえ!」


「邪魔だ!」


 ラーダンとミアがテレビに吸い込まれていた一方で、戦いは起こっていた。

 その一つはアウルムと、彼を囲む5人の男たち。シャンシーに雇われた熟練した実力を持つ護衛との戦いである。


 そのうちの1人が転けてしまい、それによって行動の邪魔となった男が怒鳴った。


「何をされたんだ……?」


 地面に這いつくばり、怒鳴られた男は自分の身に何が起きたのかを理解出来ていない。


「おっ!?」


「っとッ!?」


 次々とアウルムを攻撃する護衛たちがバランスを崩す。まるで強い地震があったかのような反応にKTは首を傾げる。


 KTには、地面が揺れたりつまずくような障害物があるようには見えなかった。しかし、護衛たちは全員あっという間に続けて転倒した。


(まるでバスケットボールのアングルブレイクですね……体術に特化したタイプでしょうか?)


 アンクルブレイク──ドリブルしている者の体重移動やフェイントにより、バランスを崩されて無理な動きをすることで、足がもつれ転倒してしまうテクニック。


 それを実現させたように見えたKTはアウルムをそういった身体裁きの得意な使い手と判断して警戒する。


「まずは1人……」


「カッ……ハッ……!」


 アウルムが無防備となった男の1人の首に槍の穂先を差し込む。プシュッと首から血が吹き出し、出血部分を掻きむしるように押さえた男は震えながら地面に顔をつけた。


「こいつの動きに惑わされるな! フェイントを使ってやがる!」


 身体の微妙な動作によるフェイントはスポーツや格闘技においても基本となる技術として知られている。


 上半身や手足など、大きく動くものに自然と反応してしまう。それに釣られず相手の本当の狙いを予測する。


 それは基本であり、当たり前。そして、そのフェイントに対応する為の手段としては相手の視線に意識を向ける。


 通常、人間は行動の直前にその対象を一度確認してから動く。


 振り向く場合では、まず目が動き、首が動き、身体の順番で動く。


 つまり、目を見ると言うことは数巡先の相手の未来を見ることにもなる。


 ある程度の熟練度があると、身体の動きよりも目の動きに注目する為、アスリートや格闘家は通常は相手から目線を外すということはない。


 しかしながら──これが、アウルムという存在と戦う上で最もやってはいけない戦い方、悪手も悪手である。


 この場にいる全員がアウルムの揺らめく余裕のある服と、動きによってフェイントをかけられ、バランスを崩されたと勘違いしている。


 アウルムが行っていたのはもっと、別の次元からのアプローチによる攻撃だった。


 視覚誘導性自己運動感覚──視覚から得た情報のせいで、実際には動いていない者が、自身が動いていると錯覚する現象のことである。


 HMDヘッド・マウント・ディスプレイを装着し、スカイダイビングをしている映像を見れば、落下しているような感覚に陥ることを楽しめるVRバーチャル・リアリティをイメージすると分かりやすい。


 大雨の中、川の様子を見に行く者が何故か川に落ちる事故が発生する原因の一つとしてこの視覚誘導性自己運動感覚が挙げられる。


 川の流れを見て、平衡感覚が狂ってしまいバランスを取ろうとしているうちに前のめりになり、落下するのだ。


 地面に映像を投影するプロジェクションマッピングでは、映像が素早く流れるように動くと、転けてしまう者が発生するという事例もある。


 つまり、実際に地面が揺れずとも、フェイントなど無くとも、視覚情報を操作されるだけで、人間は簡単にバランスを崩してしまう。


 アウルムの『現実となる幻影プラシーボ・イリュージョン』はそれを可能とする。


 本来得意であるはずの魔法攻撃を一切使わずに、KTにその情報を与えずに、アウルムは数分で護衛の5人の首を掻き切り、何をしたのかさえ分からせないままに邪魔者を完全に排除した。


「残るはお前だけだ」


 その様子を観察していたKTの方を見てアウルムは言った。


「いや〜驚きましたね、どうやったのかまるで分からない……奇術師のナナミさんのマジックを見てるような気分でしたよ。

 一体どうやってあんな不思議な技術を会得したんですか? 気になりますねえ」


「……何をしたかではなく、どうやって会得したのかを聞くか? 余裕だなタクマ・キデモン」


「いえいえ、これは余裕とかとは違うんですよ……フフ……僕は人の話を聞くのが好きですからねえ。とは言え……殺されては話も聞けませんし、あなたを倒してからゆっくりお話ししましょうか」


「ああ、お前は人の話を聞くのが好きで先生などと呼ばれて相談を受けていたということか」


 KTは右手に大鎌を、左手には本を開いた状態で持っていた。


(本……? マジックアイテムか、スクロールによる魔法攻撃か? いや、鑑定が出来ないということはユニーク・スキル由来だが……カイトの剣のようなスキルを具現化して戦うタイプか)


 そうアウルムが分析していると、KTの持つ本は勝手にパラパラと捲られていく。


 そして、本は消え数枚のページが手のひらに残った。それを空中に投げると、紙は舞う。その紙をKTは鎌で切り裂いた。


(何か付与(エンチャント)したのは明らかだな。ケンイチが病に侵されたのもあの鎌による攻撃だろう。病をストックするようなものか?)


 紙を鎌で切り裂く、一見無意味な行動をするということは、それ自体に意味があるということ。


 KTはその鎌の動きを止めることなく、自らに突き刺した。

 しかし傷はない。ユニーク・スキルで生成した武器等は使用者を傷つけないというのは何件か聞いたことがある。


 KTの鎌もそれであろうと予測はついた。


「さあ準備完了です……それにしても今の動作を『隙』だとは思わなかったんですか?」


「挑発のつもりか? 勇者の戦い方は常識とかけ離れている。下手に突っ込むような真似はしない」


 特撮などにおける変身中の一見無防備に見えるモーション。そこに攻撃を加えれば良いというのは安直な発想である。


 しかし実際は初めて見た未知数の動作に対して不用意な攻撃など加えることはほぼあり得ない選択である。


 そこで確実に仕留められる、と言い切れる自信がないのであれば、無謀でしかない。


「ふふ……でしたら、それは完全に失敗でしたね……あなたはさっきの瞬間を狙うべきでした。

 それだけがあなたにあった唯一の勝機だったんですから」


「そうか、だがどうでも良いな。それは結果論でしかない。俺はいつでもお前を殺す」


 アウルムとKTが睨み合う。槍と大鎌、攻撃の手段は違うが攻撃の届く距離は殆ど同じ。


 後数歩、前に進めばその刃が届く距離にいた。


「だああああッと……! はい失礼ッ! 割り込みまーすッ!」


「……何をしている」


 そこにシルバが滑り込むように……いや、もっと乱雑で粗暴な動きだった。シルバは2人の間に転がり込むように乱入してきた。


「すまんなぁ! 俺はやっぱりカメリアと戦うの無理っぽい! 女やからとかじゃなくて前にキスされたせいで攻撃出来ひんようにされてるなあ、俺の意思と反して身体が動いてくれんから拮抗状態で埒が明かんッ!

 ……ってことで交代してくれ!」


「おや? あなた、彼女の毒牙にかけられていたんですか? どんな経緯でそうなったのか教えてくださいよ」


「……チッ、やっぱりそうか。まあ、良いか……それが分かっただけでも収穫だな。分かってると思うが、ならお前がこいつを殺せ」


「うぃ、護衛はもう始末してるから残りよろしく〜」


 シルバがスッと手を上げる。アウルムは露骨にため息を吐きながらすれ違うざまにハイタッチをして、カメリアのいる上のフロアに続く階段に向かって行った。


「まあ、どちらでも戦うには面白そうな人たちですし僕としては構いませんけど、まさか戦闘を放棄してこちらに来るとは……思い切りましたねえ。男で彼女と戦うのは難しいと思うんですけどねえ、彼も同じことになると思いますよ?

 僕でさえ、彼女には極力近付きませんからねえ」


「よお……てな訳で俺が相手や。相性の問題なだけで俺の方が弱いと思ったらそれはとんでもない勘違いやぞ、あいつは女だろうが……いや、女にこそ容赦ない奴や。あんまり俺ら舐めんなよクソガキとだけ、言うとくで……」


 シルバはKTに獰猛な笑みを浮かべながら剣を向けた。


「クソガキですか、もう成人してるんですけど……そうですね。ただまあ……僕は犯罪組織の頭張って暗殺を生業にしてた、そんじょそこらのクソガキではないことを先に言っておきますね」


「ほほう? 言うねえッ! 口の達者な奴やなあッ!」


 シルバの言葉から意趣返しのような言い方をして挑発するKT。


 それを鼻で笑いながらシルバは距離を詰めKTとシルバの戦いが始まった。

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