表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
152/255

7-18話 オークション


 オークションの会場はホテル・バスベガとは別の建物の地下に存在している。

 警備や商品の管理、進行の仕切りなどは外注されており、賄賂などで一方に靡いたり、買収されることのない絶対的な信頼を持つ特殊な組織が一切を任される。


 街はオークションの数日前から、どんどん人が入っていき、祭りの活気を見せる。


 足を運ぶ者は行商人、大商人、各地のギルド職員、冒険者、エトセトラ、エトセトラ……。


 このオークションによる集まる大量の人間を目当てにオークションとは別の方法で金を稼ぐ者も多い。


 大陸において最大規模の金額が1日にして動くと言われ、その経済影響は計り知れない。


 オークションは24時間、休みなしに行われる。競り合いが白熱し、そのスケジュール通りに終わることも少ないくらいではあるが、24時間という一応の予定は存在している。


 誰が、何を出品するのか、それは既にオークションに参加する者は情報を集めており、目当ての商品が出る頃合いを狙って会場に出入りする。


「これが目録だそうだ」


「うわ、字がビッシリ……」


 既に勇者によって印刷技術がもたらされ、このような場面で印刷物を見かけることも珍しくはない。


 しかし、現状は印刷物自体に何かしらの価値があるもの、例えば書物であるが、そういったものが大半で今回のような目録を大量に印刷するということは珍しい。


「KT……カメリア……名前あるけど!?」


「KTはたった5点か、カメリアは大量だな。着用していた服まで売るか」


「ブルセラショップみたいなことしとるな!?」


「比喩が古いって……」


 シルバはその目録の文字の量に圧倒される。アウルムは良くもまあ、そんな下品なことが出来るなと呆れた。


「しかしだ……カメリアは金を得てどうするつもりなのだろうな? 長期的なビジョンがあるのか?」


「KTもや、あれだけナワバリ荒らしてたった5点って金は要らんのか?」


 目録からも読み取れる情報はある。そこから、更にプロファイリングの精度も上げようと二人は出品するリストを読み込んでいく。


「おい、このカメリアの『呪物──魔王の骨』ってマジの魔王の骨なんかな?」


「どうだろうな、何かの比喩表現か、贋物かとは思うが……マジだったとして一体何の役に立つ?」


「コレクターなら欲しいんちゃう? KTのこの『奴隷──ヒューマン』も気になるなあ。あのKTがオークションとして売る人間ってよっぽど凄いか、扱いに困るかやろ?」


「現物を見てみないことには分からんな……一つ朗報があるとすれば、カメリアがパルムーンを殺してなかったってくらいだが」


 行方不明となっていたパルムーンだが、生存が確認された。本日明け方、パルコスの部屋に戻ったのだ。


 しかし、会話が成立しなかった。虚ろな様子で視線はやり手の商人を感じさせるような鋭さはなく、浮いた足取りでギルドカードやあるゆる書類を持ち、部屋を出ようとしたところをパルコスの護衛に取り押さえられた。


 現在はパルコスと護衛によって部屋に軟禁状態にあり、オークションの参加は出来ない状態となっている。


「俺の近い未来があれかも知れんと思うと……隙を見て始末するしかないか」


「一応言っておくが、触れるなよ。触れられるのもダメだからな?」


「だ〜から、クソ暑いのにこうやってちゃんと長袖長ズボンで、タートルネックにマスクなんやろうが。ハチ駆除ちゃうっちゅうねん!」


 首元をパタパタと煽いで、服の中の熱気をシルバはダルそうに逃す。


「いや、マスクは顔バレ防ぐ為にオークションに参加する人間の殆どがしてるんだけどな。

 それにハチ駆除ってのはシャレが効いてて笑えるぜ?」


「シャレ……? どこがや?」


「どこがって……アメリカのカーストで一番人気の女を指すスラングで女王蜂(クインビー)って言うだろうが?」


「あ〜チアリーダーポジション的なやつか……俺、お前みたいにアメリカ留学してへんからそんなスラング知らんわ」


「ちなみに他にもクインビー症候群って言って、男社会の中で勝ち上がった女が他の女を潰そうとする心理のことを指す言葉もあるんだけどな」


「カメリアは女じゃなくて男殺してるから、それは該当せんやろ?」


「ああ、だからただの豆知識だ。まあ、更にちなみにって話で、これは個人が言ってるだけだが、クインビーは言っても自分の努力で男社会で勝ってるんだが、女の魅力を使って甘い汁を啜る女のことを『バタフライ症候群』って呼称してるらしい。

 ネット記事をザッと見ただけだから、それに言及してる書物をちゃんと読んだ訳じゃあないんだがな……バタフライ……」


「……? なんや?」


 饒舌だったアウルムが急にバタフライ……バタフライ……と呟き始めたので、シルバはアウルムを見た。


「いや……なんでもない……」


「あっそ。ほんなら、俺はミアと合流するわ。お前はフォガストのところ行くんやろ?」


「所詮は信用ならん犯罪者だからな。要らぬ欲を出さないとも限らない。見張っておく……単純にKTの報復の警戒の為ってのもあるがな」


「ほいほい、んじゃ頑張ってくれ〜」


 ***


「おいフォガスト、妙な真似はしてないだろうな」


「するか! こっちは組織の再建で寝る暇もねえんだよ。適当なところで起こせ」


「私はお前の部下ではないぞ」


「オイレ……良いかぁ、オイレェ俺様たちは同じ気に食わねえやつをぶっ殺すって目的で行動してんだ。面倒なことは全部こっちに押し付けてお前に美味しいところ譲ってやるって言ってんのに寝不足の俺様を起こしてやることすら──」


「もういい、分かった。分かったから黙れ。貴様は口数が多過ぎる」


 アウルムは一度喋り出すと延々喋り続けるフォガストにうんざりとしながら、嫌味たっぷりに憎々しげに吐き捨てる。


 そうこうしているうちにオークションが始まり、司会の挨拶が終わると拍手で迎えられた。


 大勢の人間が仮面などを被り匿名性を保とうとしている。誰が何を買った、と知られる表向きの立場上マズイという者もここには多い。


 しかしながら、金さえ持っていれば欲しいものは手に入ってしまう。


 そんなこの街の欲望を見事に形にしているのが、このオークションであり、その収益によって街は成立している。


 王や君主となる存在がいない防衛力も他国に比べれば弱いこの都市が、それでも繁栄しているのは理由がある。

 このバスベガを守ろうとしている、または潰されては困る権力者が世界各国におり、今、このオークション会場にいるからである。


(見つけた……顔は初めて見たが一人だけステータスが見えてないぜ? カメリア……ノコノコと現れやがって……俺の相棒にちょっかいをかけた借りは返させてもらうぞ)


 アウルムはこの会場にいる人間を全て『解析する者』による鑑定を行った。一度に大量の情報を処理すると脳に莫大な負担がかかる為、多用は出来ない。


 しかし、脳の負担から発生する頭痛を代償にしても、目当ての人物は見つけることが出来ればお釣りが来るほどの収穫。


 視界の斜め前方にステータスが『???』と表示される女が護衛と共に座っている。


 仕草、風貌、上手く変装して隠しているつもりではあるが、カメリア本人だと確信するだけのオーラのようなものを身に纏っていた。


 アウルムはこのカメリアと特定した人物の一挙一動を後方から監視し続ける。ふとした時に行う仕草や姿勢からも情報を読み取る。


 家族関係は? 家族構成は? 性格は? 好きなものは? 嫌いなものは? 利き手は? 健康状態は?


 これら全て、本来であれば『解析する者』によるステータス鑑定でしばらく観察していれば明らかになる。


 しかし、勇者の場合は目に見える情報からステータスの穴を埋めるという逆の作業を行う必要がある。


 アウルムは気がついたこと全てをメモしていき、既に出来つつあるプロファイルと一致するかをしるし合わせる。


(KTは……やはりこの場にはいないか……慎重なやつだな。出品物がいくらで売れるかは興味なしか? )


 目当てのKT本人であるが、それらしき人物はこの場にはいなかった。


 いや、正確には何人かの勇者は会場にいた。しかしながら、KTだと特定出来るだけの情報がない。


 ダンスフロアでDJをしている者、バーテンダーのマスター、その他にも唯一分かっている男、という情報に合致する特徴を持つ者がいない。


 アウルムとしても普段の行動から尻尾を出すようなヘマをしない慎重な人物だということは理解している。


 全員を追跡するのは物理的に不可能である。


 人相書きも情報を集めて再現したが、合致する勇者は誰一人いなかった。


 となれば、名前、顔、表向きの仕事は変えて潜伏してこの街で生活している。


 KTは勇者同士にすら気付かれないように、全く別の人生を歩んでいる。


 外見的な情報からはKTを特定するのは実質的に不可能。クリタの作成した人種を変える指輪や髪色を変える染料もあり、顔を変えるようなマジックアイテムやスキルがあってもおかしくはない。


(となると、プロファイルに一致する行動をする勇者を絞り込むしかないか……姿形、生活は変えられても根本となる行動、性格、癖まで変えるのは難しい)


 一人一人、既におおよそ出来上がっているプロファイルと照らし合わし、該当しないものを候補から外していく。


 大量の容疑者から、犯人を特定する手法がプロファイリングであり、今回のような誰が犯人か分からないという場合に、間違った方向に進まないようにする指針でもある。


 極めて慎重で几帳面な性格、暗殺者のようなことをやっていたことから秩序的で、殺す相手自体の属性に興味はなしの雑食型。


 カリスマ性があり喋ることは得意。目を逸らすようなことはない。しかし秘密主義であり自分から積極的に話すことはしない聞き手に回るタイプ。


 学校生活では目立つ方ではないが、気にも止められないほど地味でもなく成績は間違いなく上位。


 自身に大きなビジョンがあって人を率いて行動しないことから、学級委員や部長のようなポジションにはついていないだろう。しかし副部長のような陰ながらサポートする参謀をしてパワーを感じる場に立つようなことをやっていた可能性はあり。


 極めて個人的な動機での犯行。自身の欲求を満たす為であり、殺すこと自体は手段であり目的ではない。


 目的自体は不明。


 そして、こう言った追い込まれていると考えるべきタイミングで絶対に感情的な反応をせず、ギリギリまで普段通りの行動を徹底する。


 探されていると分かってる状況で簡単に暗殺されそうな場所には顔を出さない。


(ここには居ない、人間……てめえか……シオン・シトネ……いや、タクマ・キデモン)


 プロファイリングに合致したこの場にいない勇者はシオン・シトネと名乗る男しかいない。


 アウルムの中で最も濃厚な疑いがシオン・シトネに発生する。


「では次の出品者『KT様』の出品物をご紹介します!」


 丁度、プロファイリングをまとめているタイミングでKTの出品物が公開される番が来た。


 一応、その瞬間に怪しい反応を見せる勇者がいないか確認はしたが、発せられるボディランゲージからは答えが変わることはなかった。


 ただし、カメリアには反応があった。


「今回の出品物……お目が高い皆様はさぞかし関心を寄せて頂けることでしょう……! なんと……! 今回ッ! とある勇者が出品されました!」


(何ッ!?)


 司会の合図と同時にステージ上に陳列されていた檻にかけられた布をバッと引き剥がし、スポットライトが当てられた。


 完全なる予想外の出品物。アウルムは全身を拘束された鑑定に『???』と表示される確かな勇者の男に視線が釘付けになる。


(勇者が勇者を奴隷にしてオークションにかけるだと……!?)


(オイッ! これマジかよ……!?)


 すぐにシルバから念話が飛ばされる。


(これは……流石に予想外だったな)


(日本人が同じ日本人を奴隷にするってヤバ過ぎるやろ!? 正直、日本人がこの世界の住人を奴隷にするってのは分かりたくないけど、あり得る……でも、同郷の人間にそれするって……こう……なんて言うか、心理的なブレーキがかかるやろ……! 普通……!)


(それだけ普通じゃねえってことだろうが……ブレーキなんて元々ないんだKTには……超えてはいけない一線……ほんなものを引くような倫理観がない……オーティスの構成員もただの道具、オーティスを動かすことでどんな悲劇が生まれても興味なし……尋常じゃねえに決まってんだ)


(いや、しかし……マジか……つーか、誰やねんあいつは、あの奴隷にされてもうてる勇者はよぉ!?)


 その時だった。奇妙なことが起こる。会場にいたアウルム、シルバ、ミア、カメリア、フォガストを含む数人の実力者、それも気配を察知することが出来る感覚の持ち主だけが、会場の後方、一番奥の角を無意識に見た。


 何か光っただとか、音がしただとか、そんな分かりやすい兆候や目印はなかった。


 ──ただ、その方向が何故か気になった。


 意識をそちらに向けても薄暗い会場の隅は何も見えない。何も起こってはいない。


 しかしながら、ごく僅かなものは感じる『何か』がそこには確かにあった──気がした。


 その『何か』の正体は──闇に紛れてこの場を俯瞰して観察していたラーダンから一瞬、ほんの僅かに漏れ出した殺気とも呼べない程の感情の揺らぎから発された気配。


 気配、魔力、闘気、殺気、感情、生理現象の一切のブレを許さず、またそれらをほぼ完璧にコントロールすることに長けた達人中の達人、ラーダンの気の乱れにより生じた波紋はあまりに静かな水面のせいで逆に目立った。


 これが常人の動揺であれば誰も気にはしなかった。


 しかし、あまりにも完璧過ぎた存在の、普通ならば気にも止めない程度の揺らぎは相対的に津波のように目立った。


 それでいても、全員が漠然とした違和感を、やや感じたという程度ではあるが、確かに感じた。


 では、何故ラーダンは反応してしまったのか?


 ラーダン自身にも確信があった訳ではなかった。


 だが……『ヤクモ・カタクラ』と紹介された奴隷と化した勇者の魔力の気配は、喪失している記憶の片隅に……身体に刻まれた記憶の残滓とも呼べる直感めいたものが、彼はずっと探し続けていた『クラウン』本人であると告げていたからであった。


「勇者か面白い……あれ、俺様が落札してもいいか?」


「ふざけるなお前」


 いつの間にか起きていたフォガストの軽口はアウルムをイラつかせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ