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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-17話 先生

 

「しかし想像以上に荒らし回られたものですねえ。フォガスト……いやオオツキ君の方が問題ですか……彼の登場によって全てが狂ってしまった」


 誰もいない部屋の中でKTは自らが支配する組織、オーティスの元ボスであるフォガストの所業に対して、更には関わってはいけないとされる勇者の代表として影では有名なオオツキの出現に苦笑いをしながら呟いた。


 フォガストが捕まって以降、組織の方針をガラリと変え、KT自身は表に姿を出さないようにしていた。


 理由としては、そもそも犯罪組織の頭を張るというような野望めいたものが無く、単に自分に必要な道具だったから積極的な介入をする気になれなかったこと。


 そして、もう一つ。KTはタクマ・キデモンは恐れていた男がいた。


 ヒカル・フセである。


 2年前、オーティスを完全に手中に収めビジネスを軌道に乗せ始めた頃、勇者の中でカイト・ナオイに並び、最も有名で権力を持つ男であるヒカルが接触してきた。


 KTは魔王との戦争には参加していたが、戦争に向いたようなスキルではなかったので前線には赴いていなかった。


 元々は衛生兵的な役割で、心身ともに傷ついた兵士の世話していた、目立たない存在だった。


 ちょっとした、心変わりにより悪の道の楽しさにドップリと浸かったKTであったが、自身が大物だとは考えたことはなかった。


 ただ、その日本では日の目を浴びることのなかった悪の才能は異世界で、戦争が終結した頃に輝きを見せ始め、頭角を表すことになる。


 ヒカルからの提案は、シンプルなものだった。


 一言で表現するならば『勧誘』である。


 ヒカルの野望を達成する為の仲間になってくれないか、と何度も心がぐらりと揺らぐような魅力的な、痛快ささえ感じるような言葉を巧みに操り、誘われる。


 もう、その時は殆ど仲間になることを決めかけていた。


 とんでもない贈り物をする圧倒的な力の前にひれ伏すことが最善の答えだとも理解していた。


 ──だが、自身が悪の道に走り、多くの悪人と接して来たからこそ分かるものがあった。


 このヒカル・フセ、とんでもなく強烈なカリスマ性に隠れてドス黒い、邪悪な何がほんの僅かに見える。


 そもそも、簡単に発見出来ないはずの自分を探し出して仲間に誘うという行動自体が異常。


 魅力的な提案ではあるが、関わるのは危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。故にKTは仲間にはならなかった。


 しかし、この断るという行動も人生でもっとも緊張感のある瞬間だった。最悪、死ぬという直感から、もう服従するしかないのではとも考えたが、あちらから無理に仲間に引き入れるつもりもないから、と引き下がられる。


 ただ、一言だけ。ヒカルは一言だけ不満そうに、それでいて面白そうに胸中を吐露した。


「僕の誘いを嫌がったのは君が初めてだよ」と。


 それだけ言っていつの間にか消えていた。


 その瞬間、ドッと冷たい汗が吹き出し、膝がガクガクと震えて崩れ落ちた。


 この得体の知れないヒカルへの恐怖がキッカケでKTは姿を消して、『KT』という名を組織を束ねる象徴として利用し、組織の全貌すらも構成員が完全には把握出来ないように舵を切った。


 数年経った頃にはKTのことすら知らないでオーティスに新たに入った構成員も少なくなくなった。


 しかし、昔から重要なポジションに居たものは新入りにこう伝える。


「ボスを探すな。探せばお前は不幸な目に遭い、最悪の死に方をする」と。それだけは語り継がれる。


 殺しを請け負い、それをビジネスにする暗殺者。それがKTの闇のビジネスの始まりだったが、その残酷な殺しの手口を知っている者は少なからずいた。


 KTとは、もはや闇社会における生きる伝説。


 完全なる匿名性により、その伝説はより一層神格化される。


 それと共に犯罪帝国の隆盛を極めるオーティスだったが、1人の男が開けた穴によって、ボロボロと崩壊の音が聞こえ始めた。


「フォガスト……直接殺しておけば良かったか……強力な味方を4人は連れて来たらしいですからね、明日のオークションで金を受け取ったて、彼女からアレを競り落としたら消えるとしますか。

 それにクラウンを探す龍人族……いやあ良くない予感がしますね。そんなにクラウンが欲しいんですかね。理解に苦しみますよ」


 KTは復讐心や強い野心などというものは持ち合わせていない。

 自分のやりたいこと、目標に忠実であり組織を壊されたことに対する報復が将来的に得であるかどうか、それが判断基準である。


 今回は、敵が厄介そうだということから戦ってまで得られるのが崩壊した組織であり、裏切り者集団。それならば捨てた方がマシだろうと考えていた。


 もっとも、フォガスト陣営は報復に常に気を張っているような緊張状態であり、現在は何もなさ過ぎて肩透かしを喰らっている。そして、それは何かが起こる嵐の前の静けさに過ぎないと不気味に思っている一人相撲だとは知らない。


 舐められるだとか、プライドだとかゴロツキにありがちな思想がない変わった犯罪者のKT、その思考を読めないでいた。


 KTは部屋の壁に仕込まれた本棚に見える秘密のドアの仕掛けに手を置く。


 本を決まった順番に数度引くと、地下に繋がる道が本棚ごと扉になっており開いた。


 階段を降りていくと、牢屋に監禁された人らしきものが見える。


 人らしき、というのはそれがあまりにも厳重な監禁をされており、顔も性別も分からぬほどに分厚い拘束具を装着されているから。

 視覚、聴覚、嗅覚を封じられて辛うじて口呼吸だけが許されているからである。


「会長の贈り物……これも今となってはお荷物でしかないですからね……せいぜい最後くらいは役に立ってもらいますよ、カタクラ君?」


「…………」


 KTがカタクラ、と呼んだ人物はコヒューとかすれた、細い呼吸をするだけである。


 この乾燥した地域の地下に閉じ込められ、口呼吸をさせられているせいで、喉が渇き言葉を発することすら出来なくなっている。


「まあ、明日の為に多少コンディションの調整はしておくべきですかね……」


 KTはそんなカタクラを見て、細長い先の水差しをカタクラの口に持っていき、水を飲ませる。


「……!」


 口に当てられたものは水であると、理解したカタクラは咳き込みながらガブガブと水を飲む。もはや、それが毒かどうかなどと気にするような状況ではなかった。


 続いて、食べ物を与える。パンと肉とチーズ、それに果物をいくつか。


「……鼻栓、取って……味が分からない……」


「はあ……まあ、最後の晩餐ということで」


「……ッ! そうか……」


 嗅覚が遮断されていては味が分からない。カタクラは口呼吸で食べることが苦しく、また味という刺激を欲した。


 しかし、これは要求したカタクラとしても半ばダメ元での提案だったが、どういう訳かKTはそれを了承する。


「君とは今夜が最後でしょうからね……なんだか惜しいような気持ちさえ湧いてきますよ。

 皆、僕が残酷な殺し屋で犯罪者、なんて思ってビビってますけどね……そもそも、この仕事の始まりは復讐代行ですから。困ってる人の代わりに復讐をする。

 困ってるんだから金銭的な余裕もなくて、大した儲けにもならない。


 そんな仕事する僕が血も涙もない殺し屋なんての思い込みに過ぎない訳ですよ。

 僕だって誰かに優しくしてあげようって気持ちくらいあるんです。中々理解はされないでしょうけど」


「……そうかい」


「おっと、普段は人の話を聞く側の僕が自分語りなんて……よっぽど参ってるんですかね……」


 KTの独り言に近い会話にカタクラは言葉少なに時々相槌を打つだけだった。


「話を聞いてもらうというのは良いですね。人が僕に話を聞いてもらいたがる気持ち、改めて分かりますよ。

 良き相談者というのは言葉少なく、アドバイスなど下手にせず、ただ傾聴する。そういうものですね……では、また明日」


 KTはそう言って地下の秘密の部屋を出る。


 本棚を戻して、部屋の椅子に座り込んだその時、トントンと正面のドアの低い位置から叩く音が聞こえる。


「入って良いですよ……おや、どうしましたか?」


「先生〜眠れないの〜」


 孤児院の子供がぬいぐるみを持ちながら上等のパジャマを着せられて『院長であるシオン・シトネ』の部屋を訪れた。


「困りましたねえ。温かいミルクでも飲みますか?」


「うん……怖い夢見ちゃったの」


「そうですか……ではその怖い夢の話を僕にしてください」


「え〜怖いから嫌だよ〜また夢に出てきちゃうよ〜」


「怖い夢、嫌なことは話して外に出してしまえば気持ちが楽になるものですよ。自分の中に閉じ込めておいて本当に良いんですか? 先生にちょっとだけお話ししたら怖くなくなっちゃいます」


「本当に……?」


「ええ、本当です。さあミルクを飲みながらベッドに戻りましょう」


「は〜い」


 温めたミルクに蜂蜜と砂糖を入れて、子供をベッドに入れる。他の寝ている子が起きないように小さな声で2人は話す。


「うんうん……そうですか、怪物に襲われて……でもここは安全ですからね。冒険者の人がこんな遅い時間でも……いや、遅い時間だからこそ君たちを守ってくれている。

 大丈夫、安心して目を閉じなさい。眠るまで先生がここにいますからね……」


「おやすみなさい先生」


「はい、おやすみなさい」


 先生、と呼ばれるシオン・シトネ。またの名をKT、タクマ・キデモンは子供が目を閉じたのを確認するとユニーク・スキルを発動させた。


 巨大な黒い鎌をスキルで具現化させ、それを子供の胸に差し込む。


 鎌を手首で軽く引っ掻くように動かすと鎌の先についた一葉の紙が胸から取り出された。


 その頃には子供はすっかりと安心して眠っている。


(まあ、子供の夢なんて……こんなものですよね)


 紙に書かれた文章を読んだKTはくすりと笑い、子供の頭を撫でて部屋を出た。


「さようなら、皆さん」


 と、寝静まった部屋で誰にも聞こえない小さな声で囁いた。


 ***


「いよいよ明日、オークションが開催される」


「そんなこと皆分かってるって」


「話の腰を一々折るな」


 ホテル・バスベガの一室。アウルムとシルバ、それにラーダンとミアが集まりオークションに向けての最終確認を行っていた。


「俺はフォガストと同席する。シルバとミアが出品がほぼ確定という情報から兼ねてより目的としていた免罪符を競り落としてもらう。頼んだぞ」


「大丈夫よ、あんなのそこまでして欲しがるような金持ちはそんなに居ないからね。ここで仕事の指示だけ出してたら生きていけるんだから」


 他国による犯罪者引き渡しの協定が結ばれていない以上、この街にいる人間が他国でどんな罪を犯していようとも、この街から出ない限りは逮捕が出来ない。


 つまり、犯罪者だろうと、この街でビジネスを続けることは可能であり、よっぽどの事情がなければ大した役にも立たない免罪符を欲しがる者はいない。


 アウルムとシルバの転生前の世界でも犯罪者は引き渡しがされない国へ逃げ、国によっては刑務所から賄賂を渡すことでビジネスの指示をしていたこともある。


 それが可能なのが、この街バスベガである。


「しかし、オーティス……KTの動きがないのはどうなのだ? 主要な連中を始末したとは言え、このまま何もなく終わるとは思えないが? クラウンも見つかっていないのでは、あの悪党に手助けしただけになる」


「ああラーダンの言う通り、このままKTが何の動きも見せないというのは不自然だな。それに、尻尾巻いて逃げられたらこっちが困る。

 正直なところ、奴が姿を現すかどうかは賭けだ。

 あれだけ揺さぶりをかけたのに何も動かない。マジでKT無しで組織が回るようにしてやがる。

 しかし、動くとしたら間違いなく明日だ」


「で、いつも通りラーダンが俯瞰して全体を警戒する。怪しいやつがいたらマークする。やんな? 俺はカメリアに出来るだけ近づかずにぶっ飛ばす方法を模索か……」


「私は奇術師の女の子が気になるのよね〜。勇者っぽいし、見かけたら追わせてもらうからね。クラウンのこと知ってるかもしれないし、彼女がクラウンという可能性もあると思うわ」


 それぞれの思惑が交差し、結局のところ打開策となるとようなものはKT、カメリア、クラウン、どの勇者においても見つかっていない。


 オークションと会議、そこが千載一遇の機会であり、そこを逃すと全ての目論見は御破算となる。

 そんな緊張感が部屋に立ちこめていた。


「これは明日のオークション会場の見取り図だ。全員頭に叩き込んでおけ。シルバ、お前はこの見取り図を持っておけ」


「……なんで俺だけ?」


「頭に入れられるとは期待していない」


「クッソ、腹立つけどその通りやな。よく分かっとる」


(そして、このお前に渡す見取り図の星のマークは俺が扉を用意している場所だ。別行動になった際はここで合流する。分かったな?)


 アウルムは念話でシルバにだけ、『虚空の城』の入り口が各所に用意されていると伝えた。


「何か質問や共有しておきたい事項はあるか?」


「「「……」」」


「では解散だ。全員、くれぐれも油断するなよ」


 ミーティングはアウルムの忠告と共に終わる。

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