1-15話 バートの認知面接
部屋の片隅で毛布を頭から被り、小さくなって震えるバートの目線に合わせてしゃがみ込む。
「よう、俺はアウルムって言うんだ、キラドの街で冒険者をやってる。バートだろ? よろしくな?」
部屋の中にいる男は本当にアウルムか!? 先ほどとは全く違う優しい声色が聞こえてフレイは目を丸くした。
「冒険者に憧れてるんだって? 俺の話で良かったら聞くか?」
「僕の……話聞きたいんじゃないの……?」
震えた消えそうな声でバートは喋った。
「え? そんなん後で良いって。気にすんな! そうだなあ俺がデッカい鹿のモンスター倒した時の話を聞かせてやる──」
まずは子供と信頼関係を築く。バートの体験したことは会って早々知らない人間に話せるような内容ではない。
「──ってわけで、俺は逃げ回りながら最後には弱ったモンスターをぶっ倒したんだ。面白かったか?」
「うん……カッコよかったよ、もっと聞きたいな……」
扉越しにフレイも話を聞いていた。どちらかと言えばシルバの方が話すのは上手いと思っていたが、シルバは愛想良く話せるタイプで、アウルムは話を面白く聞かせることが出来るのだと知った。
この数日で話した印象とはまるで違った。
これが本当のアウルムの姿なのだろうか? 普段の話し方は人と距離を取る為に演じているのだろうか?
フレイは困惑せずにはいられなかった。
「でもよ、バートお前だってカッコいいんだぜ?」
「……どうして? 僕はあいつが怖くて震えて外からも出られないんだ、外に出たらあの時の事を思い出しそうになるから……でも何にも思い出せないんだ……怖かった……それだけしか分からないんだ……」
「何言ってんだよ、話聞いてなかったのか? 俺だってモンスターから逃げ回って逃げ回って、泥だらけになりながら超ビビってたけど、最後には倒したって話をしてただろ? 俺はカッコ悪いのか?」
「ううん……」
「じゃあさ、どんなに怖い怪物だろうがバート、お前は必死で走って生き残ったんだ。大した奴だよ、冒険者だって足がすくんで生きるのを諦めてしまう奴だっているんだ、そう考えたら生き残っただけでも十分凄いんだって。
後はそいつの事を俺に教えてくれ、代わりに俺が槍でブスッと殺してやるよ。
お前が教えてくれる情報はさっきの話だと逃げ回って相手の体力を減らすのと一緒だ。俺たちの協力で怪物をやっつけようぜ」
「でも、何も覚えてないんだっ! 僕はっ僕はっ! 役に立たない! 役立たずだ! ハアハアハア……!」
「過呼吸か……落ち着け……ベッドに座れ、そうだ、そうして頭を股の間に下ろして俺と一緒に呼吸しろ……はい、吸って……吐いて……吸って……吐いて……落ち着いてきたか?」
「ハァハァ……うん……いつもこうなるんだ」
「良いか、怖い気持ちが溢れそうになったら、こうやって自分の膝を叩いてみろ。叩いてる間は膝の叩かれる感覚に集中するんだ」
タッピング、PTSDを患った人間のメンタルケアの手法として知られている。非常に簡単かつ効果的な心理療法として、パニックを起こす子供にも有効なものだ。
「それでな、バート、覚えてないんじゃないさ。今は思い出せないだけだ。お前の心を守る為にわざと嫌な記憶を閉じ込めてるんだ。お前はまだ戦ってる。気付いてないだけで戦えてるんだよ、一人でこの部屋の片隅で震えながらも戦ってるんだ。
俺はそんな勇気あるお前に力を貸そう。怖い記憶の正体が分かれば怖さは減っていく。
暗闇だって、何があるか分からないから人は恐るんだ。でも火の明るさがあれば何があるか分かるから怖くないだろ? ガサガサ揺れる音の正体はただのネズミだった。そんなもんだ。
──俺がお前に火を貸してやる」
***
「僕、やってみる……」
「偉いぞ、俺は魔法も使えるんだ。今からお前にすっげえ綺麗な景色を見える魔法をかけてやるから、慌てるなよ? 目を見ろ……そうだ……何が見える?」
「何だろう……白いものが……あっ、僕雲の上にいる! 空も見えるよ! ちっちゃい村が上から見れるなんて高い山に登ってるみたい!」
「ここは安全な場所だ。この高さならどんな怪物だってお前には指一本触れられない……来ても俺が槍で刺すからな、安心しろ」
「うん……ここは怖くない……」
「バート、何があったか思い出して見よう。焦らなくていいから一つずつだ。霧が出てきた時の少し前の事を思い出せるか?」
「うん……皆と川の近くで遊んでたんだ」
「何をして遊んでた? 何が見える?」
「アイシャとジルが魚……黒い色の魚を捕まえたって喜んでて、僕はトーナと石を積んでで、ミックが霧が出てきたから帰ろうって言ったんだ、そしたらすぐに周りが何も見えなくなって……ダメだ何も見えないよ……怖い……」
バートが記憶の中に入り込んでいく。『現実となる幻影』を利用した認知面接という記憶回復の技術を使って眠っている記憶を呼び覚まそうとアウルムはしていた。
「大丈夫だ、俺の声に集中しろここにいる。見てなくても良いぞ、何も見えないなら……音はどうだ? 何か聞こえるか?」
「聞こえる……皆が声を出してどこにいるか聞いてる……それにヒュンヒュンって音もする」
「何の音か分かるか?」
「何かが動いてる音……結構大きい何か……!? く、苦しい! 変な匂いがする! 口に何か当てられてる……これは布!? 人の手だ! 誰かが僕に何か吸わせようとしてる! 怖いっ! 怖いよっ!」
「落ち着け、それはお前の記憶だ、今は何も出来ない。そいつはお前に危ないことは出来ないんだ」
バートはギュッとアウルムの手を握る。
「その手は人間の手か? 男か女か、どんな奴か見えるか?」
「分からないっ……けど、指輪っ! 赤い石の指輪してる! あっ、眠くなってきて瞼が上がらないよっ……やだっ、やめろ! やめろやめろやめろ!」
「ここまでか……バート起きろっ! 戻ってこい! 俺の声に集中しろ!」
「ハッ!? ハアハアハア……今のは?」
「お前が忘れていた記憶だ。膝を叩いてそれに集中しろ」
「う、うん……」
息を整えながらバートはアウルムの言う通りに膝を叩く。
少し落ち着くのを待つ。
「バート、気分はどうだ?」
「だ、大丈夫……ちょっと元気になった……」
「お菓子だ、甘いぞ食ってみろ」
アウルムは飴をバートに舐めさせる。
「アウルム殿、大丈夫か? ご婦人も心配している」
フレイがドアをノックして中の様子を知りたがる。
「大丈夫だ、バートお母さんと話すか?」
「後もうちょっとだけ……さっきのやってくれない? 何か思い出せる気がするんだ……お母さん僕大丈夫だから! 皆の為に頑張れるから!」
「バート……無理しちゃだめよ……」
涙声になっているのを抑えながら母親はドア越しにバートを心配していた。
***
再び、休憩を挟んでからバートに幻術をかけ、認知面接をしていく。
「……眠くなった後、お前は目を覚ます。俺が手を叩いたらお前は目を覚ます……どこにいる?」
パンッと手を叩きバートに問いかける。
「ここは洞窟? ロープで縛られて硬い冷たい石に僕は寝てる……皆もいる! 皆寝てる! 誰が来たっ! 僕は寝たふりをして少しだけ目を開けてたんだ」
「そいつはどんな顔だ?」
「分からない……直接見るのが怖い……見たんだけど怖い顔だったから思い出したくない。でもトロールみたいだって思ったんだ……でも影の動きは分かるよ……何だろう……皆の頭を撫でてるのかな」
「何か喋ってないか?」
「聞こえないけど……何かを洞窟に置いて出ていった……僕は皆に声をかけたけど、誰も起きなかったんだ……それで僕のロープが緩かったのに気がついて抜け出せた……僕は洞窟を走って逃げた!」
「そいつは洞窟に何を残していった?」
「えーと……なんか光ってる……水みたいな……四角いやつが木の枠にはまってて……」
「鏡か……そいつは子供を撫でた後鏡で自分の顔を見たんだ! そうか、分かってきたぞ!」
「僕は森の中をずっと走ってた……どれくらい走ったか分かれないけど何回もコケて、足が重くなっても振り返ったらあいつに殺されると思って走った! 気がついたら村の前に居たんだ……」
「もう、良い、目を覚ませ十分だ。十分過ぎるほどお前は良くやった!」
「僕……役に立ったの?」
「ああ、お前は奴を追いつめつつある。後は俺の仕事だ。ぶっ殺したら教えてやるよ、今日から安心して眠れ」
アウルムはバートの背中をポンと優しく叩きドアを開けて部屋を出る。
「終わったのか?」
「ああ、完璧にな……バート、こいつが話してた騎士様だ、カッコいい……つか、可愛い寄りだけど滅多にお目にかかれないぜ?」
「アウルム殿……私で遊ぶのはやめるんだ」
「本当? 騎士様に会えるなんて凄……ッ!?」
部屋からフレイの顔を見たバートは硬直し顔を青くした。
「……? 私の顔に何かついているか?」
「う、ううん……その……何でもないよ」
バートは取り繕ったように言葉を絞り出した。
「ふん、バート何か思い出したんだろう? 」
「実は……」
「やっぱりな……」
アウルムは自分の推理に確信を持つ最後のピース手に入れて満足そうに母親に心ばかりの謝礼を払い村を後にした。
認知面接、タッピング共に実在する技術ですが素人が安易に真似していいものでもなく、創作上の嘘を混ぜておりますのでご注意ください。