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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-14話 パルムーンとパルコス


 フォガストのレストランに行った翌日、シルバは珍しく紙を真剣に眺めていた。


「人種、年齢、職業、まあ良く調べたもんやなフォガストは」


「なんだかんだと言いながら、ふざけた野郎だが奴は優秀だ。現にKT派閥の人員をどんどん引き抜いて組織の強化を始めてるからな」


 フォガストが調べたらカメリアに殺されたと思われる消息不明の有力者たちをまとめたファイルを読んだシルバは感心していた。


 インターネットもないこの世界でよく調べられるものだ、と。


「だが、俺としては必要な情報……つまり、プロファイリングの決め手になるような情報がこれでは足りないと考えている」


「金持ちの男、くらいしか傾向らしい傾向もないよな? 俺には見えへん傾向がお前には見えてるんか?」


「いや……そこまでハッキリとした相関や傾向は見当たらない。というか、足がつかないように意図的にカモフラージュとして客を選んでいるような気がする」


「決め手か……つまり、逆にこの資料にはない部分の要素からカメリアは殺す相手を選んでる、そう考えて良いんやな?」


「だろうな、考えらるのは性格、顔、スキル……」


「性癖、とかどうや? 娼婦やし関係あるかもやで」


「面白い視点だ、俺にはなかったな」


 確かに、セックスを商売道具にしているのであれば、そう言った要素もプロファイルに組み込むべきかとアウルムは顎に手を当てながら考える。


 しかし、そう言った方面のことはあまり詳しくない。そこでシルバに質問をしてみることにした。


「殺しの理由、つまりストレス要因だが望まないセックスをしていることから、なんてのは考えられるか?」


「……いや、それはあり得へんのじゃないか、と俺は思うな」


「何故だ?」


 普通に考えられる理由だろうと、聞いてみるとシルバは首を振って否定したことに更なる疑問が生まれる。


「娼婦って仕事はセックスするのが当たり前で、それが原因で殺人を行うなら、娼婦って仕事はまず続かんと思う。それもこの街で一番の娼婦にはなれへんやろう。

 だから、セックスが原因とは考えられへんな」


「ならば、ターゲットはセックスをする前に選んでいる、ということになる。性癖、プレイの内容で殺意を抱くわけではなさそうだな」


「どうやろ、セックスした後に殺してる可能性を排除するのは早計な気がするな。お前だってよく言ってるやろ? 女のシリアルキラーは男のプロファイリングが当てはまらんことが多いイレギュラーやって。

 結局出来るだけ新鮮な死体を解剖して検視せんことには手口分からんしな」


 これを自分で言ったシルバは「しまった」と思った。


「まさに、そこなんだよな。カメリアはどこでどうやってターゲットを見つけて来て、殺して、その死体はどこに捨てるんだってところが謎だ……そこでだ」


「はい、早速言う前からめちゃくちゃ嫌な予感がしてまーす」


 1年以上、ブラックリスト、犯罪者を追う生活をしていればシルバはこの後、このクレイジーな相棒が何を言い出すのか、おおよその見当がついていた。


「死体やゴミが捨てられてそうなところをあさりにいこう」


 こうなることは当然の帰結だったのだ。だから余計なことを言ったと己の発言をシルバは後悔する。


 誰が好き好んで不衛生な場所、それも死体の転がるようなところに行きたがるのか。


 こいつだけだ。後は墓泥棒か、死体性愛者(ネクロフィリア)くらいなものであろう。そうシルバは思う。


 そこで、シルバは抵抗する。


「ちょ、ちょ〜っと待った! そりゃカメリアに殺された、または失踪したってやつが出てからじゃないと意味ないやろう!? カメリアが殺したかどうかも分からん死体を当てもなく探すのは効率的とは言えへんなぁ!?」


「それもそうか……ここはオークションまで『待ち』のターンとなってしまうのが歯痒いが、捜査なんてそんなものだからな。あっちが動きを見せんことにはこちらも動けん」


「じゃ、じゃあ……オークションがそろそろ開かれるし何が話題になってるかとか、そういう話を聞きに街に出ようや?」


「と言っても出品リストは当日まで誰も知らないだろう?」


 オークション当日まで、一切の物品の管理、警備などは出品する側が責任を持つ。参加し、何点出品するか、その申請と費用のみが必要である。


 実際にアウルムとシルバも小熊族のフルーツを出品申請したことが、内容については聞かれなかった。


 聞かれたのは最低落札金額と大まかな出品物のジャンルのみである。


「いやいや、商人同士のコネで何が出るかもって噂くらいは流れてるやろう、カメリアとKTはセキュリティ高くてまず出品するものに関する情報は流れんやろうが、全体の動きを俯瞰するのはアリやって」


「……まあ、それもそうか。ただし、お前は接近する女に警戒しろ。女に関してはやりとりは全て俺がやる。お前は接触、会話、視界に入れることすら許さん」


「エグいって、束縛男はウケ悪いで」


「ハッ! お前に対するウケなど今更考えるわけがないだろう、俺とお前の安全が第一なんだよ」


「やだ、カッコいい……」


「馬鹿言ってねえで、行くぞ」


「へーい」


 この街における標準装備、多少の変装により裕福な冒険者上がりの商人風の二人組を装い街に繰り出す。


 アウルムはマーキュリー、シルバはハイドゥローと、水銀の英語とラテン語をベースにした名を名乗りカジノではそれなりに顔見知りも増えた。


 ***


「おい、あれ……坊ちゃんやん」


「こんな時間に何をしているんだ?」


 アウルムとシルバが街を歩いていると、顔見知りの1人が護衛を連れて歩いていた。


 パルムーン商会の御曹司、パルコスは誰がどう見ても金持ちという格好をしており、露天が並ぶような現地住民が利用するエリアをウロウロしていること自体が不自然だった。


「マーキュリー殿ッ! ハイドゥロー殿ッ! 父上を見かけてないでしょうか……!?」


「ど、どうしたんや坊ちゃん、慌てて……」


 パルコスは動揺を隠さぬまま、縋り付くようにシルバに近付いてきた。


 まるで、訳が分からない。一体何事だという態度を2人は崩さなかった。しかし、内心はそうではない。


 ついに動いたな、とカメリアの気配を感じたのだ。


「2日ほど父上が仲の良い友人と遊びに出かけると言ったきり、消息が不明なんです! 心当たりのある友人の方に聞いてもそんな約束自体がなかったと……何か! 何か嫌な予感がします!

 ですから……父上をここ最近、どこかで見かけなかったでしょうか!?」


「まあまあ……パルコス殿、落ち着いてください。私たちはお父上は見かけておりませんが、人探しは得意な方です。話を詳しく聞かせてください、何か力になれるやも知れませんよ」


 通常、アウルムであればこのようにして、問題に積極的に関与してくる人間は怪しいと考える。


 犯人が犯罪捜査に関わり、情報の入手、捜査への介入による混乱を図る、被害者家族を観察して楽しむなどのケースが見られるからだ。


 実際、アウルムとシルバは無関係ではない。


 既にこのパルコスの父を糸口にカメリアのプロファイリングを進めようという意図があっての介入だった。


「……ここは、人目につき過ぎます。場所を変えましょう」


「あ、ああ……それもそうか……私の部屋で良いですか」


「いえ、お父上の部屋に行きましょう。何か見落としていることがあるかも知れませんので」


 アウルムの誘導によって、パルコスの父、パルムーンの部屋にて話をすることになった。


「パルコス殿、お父上と最後に会ったのはいつです? 私は3日前にはホテルのバーカウンターで酒を飲んでるのは見かけましたけど」


「あれは確か……2日前の夕方……ハイドゥロー殿は一体何を探しているのですか?」


 アウルムがパルコスにしている最中、シルバは部屋の中をウロつき不自然とも思える動きをしていたのが気になり質問をした。


「お気になさらず……不審なものや、書き置きなどが無いかの確認です」


 シルバは雇い主の部屋を荒らしているように見えるのか、護衛に睨まれているが気にせず部屋を調べ続けていた。


「2日前の夕方……お父上は何と言っていたかもう一度思い出して見ましょう。勘違いをしていた、なんてことは良くあることです」


「へっ、そんなもん俺らだってとっくに聞いてるんだよ、馬鹿馬鹿しい」


「おい、やめないか。善意で話を聞いてもらってるんだ」


「どうだか……適当に探して謝礼だけもらおうって手かも知れませんぜ坊ちゃん」


 分かりきったことを今更再度確認して意味ないだろと批判のニュアンスを込めた護衛の発言にパルコスがそれ以上喋るなと睨みつけた。


(この護衛の警戒は正しい。困っている時に付け込んでくる者かどうかを見極めるべきで、その甘さがこいつにはまだあるのをよく分かっている)


 護衛としての立場ならば正解。だが、行方不明者の捜査としては間違いだとアウルムは考える。


「護衛なしで遊びに?」


「いや、腕利きの護衛2人を連れていた……はずだが、彼らも消えてしまい……」


「お父上の立場を考えれば……身代金目当ての誘拐、というのが妥当なところでしょうな」


「それは勿論……その可能性は常に頭に……しかしッ! この街でホテルから出ない父を護衛2人を倒して誘拐など現実的とは思えません、それにそれらしき接触も今のところありません!」


 パルコスはそんなこと分かっていると、やや声を荒げた。


 そんな時にアウルムの視界の端でシルバが何か見つけたと合図を送るのが見えた。


「坊ちゃん、お父上は友人ではなくて……女との約束があったんじゃあないですか?」


「馬鹿な、父上は女遊びはしない。母上が亡くなってまだそんなに日が経っていないんだ。そもそも、そういう遊びをしない人だ」


「でもねえ……じゃあなんでそんな人が、こんなもの持ってるんですかって話ですよ」


 シルバがパルコスに渡したのは媚薬の入ったアンプルだ。


 護衛の反応からして、パルコスだけが知らず公然の秘密となっていたのはすぐに察することが出来た。


「こいつの使用期限は大体1月。6本セットで2本しかないってことは比較的ここ最近使ってるってことでしょう。あなたが知らないだけで、護衛たちは知っていたようだ」


「なッ……! 本当なのかお前たち……!?」


「無駄です、恐らく何からの方法で口外しない契約に縛られているんでしょう……でなければ、誘拐犯とグルってことになりますからね」


 そう言いながらアウルムはチラと護衛たちの顔色を窺う。


「どうなんだッ!? 答えろッ!」


「坊ちゃん……俺たちは大商会の護衛として、職務上知り得たあらゆる機密を口外することを魔法の契約により禁じられています……それは坊ちゃんもご存知でしょう? 俺たちが言えるのはここまでです」


「父上の夜遊びに関しても契約は適用されている。ということでしょうな」


 申し訳なさそうに護衛たちは頭を下げたが、女と遊んでいたかどうかについては、肯定も否定もしなかった。


「坊ちゃん、悪いんですけど……護衛の人を下がらせて俺たちだけで話せるようにしてもらえますか? これじゃあするべき話も出来ませんよ」


 シルバが機を見て、絶妙なタイミングで切り出した。


 パルコスは致し方なしと、護衛の反対を退けて部屋から追い出した。


「坊ちゃん、自分で言うといてって話ですけど、よく知らん他人を安易に部屋に招き、護衛を下がらせるってのは危ないですよ」


「それは余計なお世話、と言えるでしょう。そのリスクを負ってまで父上の発見に繋がるものが見つかる可能性に賭けた。それまでです」


「これは失礼……で、まあ本題に入りますけどね。パルムーン殿は結構日常的に女と遊んでらっしゃいますなあ」


「何故そんなことが分かるんですか?」


「いや、まあ……私も好きな方でしてね。男と女がまぐわった時の形跡ってもんが残ってるんですよねこの部屋に」


「ハイドゥロー殿、私だって女を知っている歳です。特有の匂いくらい知っていますよ。しかし、この部屋は清潔そのものだ」


「まあ、百聞は一見にしかずですな。これを」


 シルバがまず、見せたのは大きなキングサイズのベッドの足と床の部分。


 新しい傷が床に僅かについているのを見逃さなかった。


「これは腰振ってベッドが動いた時についたもんで……この部分は縄で縛って遊んだ跡でしょうなあ。まさか、護衛への折檻で縛って鞭打ちなんてことはないでしょう?」


 ベッドの支柱には擦れた跡。縄の繊維が付着しているのをアウルムは『解析する者』で確認したことで、それはまず間違いないとシルバに向かって頷く。


「で、最後……マーキュリーあれを」


「あれか……」


 アウルムの光魔法による、ブラックライトの照射。いくらシーツを変えようと、いたるところに体液がベッタリと付着して、発光していることが分かる。


「これは……?」


「この光は体液に反応して光るんですよ。まあ証明ってことで、流石にこの場に俺の体液ぶっ放すわけにもいかんので、信じてもらうしかないんですがね」


「……信じます」


 媚薬、ベッドの痕跡、体液と父が女と遊んでいたというショックな事実を飲み込みながら、パルコスは唇を噛んだ。


「私からも……そもそもの話、お父上はいつも夕方からご友人とは遊ばれないでしょう? 普段は知りませんがこの街では夜中から昼まで賭け事をして、夕方まで寝て目を少し腫らせたままカジノに顔を出す。そういう生活をしていたはずです」


「た、確かに……昼頃に部屋に来て、珍しく早起きだなと思ったのを今思い出しました……」


「他に何か、いつもと違った、よくよく考えてみれば不自然な点などあったのでは無いですか?」


「私は……あの時、「香水を変えたんですね、いつものメンバーですか?」と聞いたんです。そうすると父は鼻を掻いた……! いや、掻こうとして手を少し動かしたから、何だ? と思ったんだ……あれは何か嘘をついている時の癖だ……! どうして見落としていたんだ……!? 香水に気を取られたからか……!?」


 もう、パルコスの中では父は女と遊ぶ為に自分に嘘をついたのだと言う確信を持っていた。そして、その僅かな変化のサインに気付き止めていればと後悔をする。


「さて、少しシビアな話をします。誘拐された者が生きて帰ってこられる時間は通常72時間と言われています。2日前の夕方に拉致されたとしたら、時間がありません」


「普通に考えたらハニートラップに引っかかったってところでしょうが、そういうことをする敵に心当たりは?」


 アウルム、それにシルバは畳み掛けるように質問をする。


「ある……ありますけど……シャイナで一番の商会なんですから多過ぎて絞りきれませんよそんなの!」


「でしょうね、ではそれ以前の話で何か異変はありませんでしたか、こんな些細なことで……というようなもので構いません」


 パルコスはグシャグシャと髪を手で乱しながら必死にここ数日のことを思い出そうと努力する。


「……そう言えば、5日ほど前の話ですがいつもよりも妙に機嫌が良かった日がありましたね……今思えば、という程度のものですが」


「それは何故か分かりますか?」


「いや……ただ……自分の手を見ながら、フンと鼻で笑い「俺もまだまだやれるな」……みたいなことを言ってたと……」


 アウルムはそれを聞き、フクロウのように目を細めた。


 それはもしかすると、シルバに近づいたカメリアと思わしき女がした行動、手の甲にキスをするというものに対する反応なのではないか、と。


 やはりパルムーンはカメリアの手に落ちた可能性があり、もし3日後に行動に異変があるのならば、シルバに残されたタイムリミットは2日。


 カメリアの方に自動的に向かうような効果が発動しないとも言えないのだ。


 これはアウルム、そしてキスをされたシルバを焦らせるには十分な情報だった。

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