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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-12話 ビタオシ


 アウルムがポーカーをする一方でシルバはスロットに挑戦していた。


 1回の挑戦に日本円で約50万円分のチップを投入して行う必要があり、よっぽどの自信が無ければ挑戦はしない。


 反射神経、動体視力、集中力が要求され、ただの金持ちでは攻略は不可能。そこで、雇った冒険者の護衛に挑戦させ成功すればその報酬の一部を支払う。そんな挑戦の仕方をする者が多かった。


 25列揃えることで成功となる特殊な巨大スロットは、失敗した分の賭け金が上乗せされる仕組みであり、配当は挑戦者が増えるほどに上がり続ける。


 シルバはまず、不正がないかを確認する。他の者が押したタイミングのズレの生む、絵柄が列ごとに順番が変わっていないか、他に特殊な仕掛けはないか、調べられる範囲で調べる。


 恐ろしいことに金持ちたちは1回の挑戦で1発で成功することなど考えておらず、数百万円分のチップを使い何度も挑戦出来るようにする。


 自分が押す訳でもないのに、絵柄が2列、3列と揃うだけで興奮して声を張り上げる。


 このホテル・バスベガに宿泊出来るということはその程度の損失は痛手にはならず、純粋なスリル、ヒリヒリした感覚を娯楽として楽しむ。

 勝てれば儲けものだが、負けても所詮はただの遊びでしかない。


 むしろ、代理でスロットに挑戦させられる冒険者の方が緊張感がある。


「おいッ! 私の金をなんだと思っておる! ガハハハッ!」


 失敗した時、そうやって冒険者を怒鳴りつけ弁償させられるのでは、と冒険者に緊張感が走ったところで冗談だと笑い、周囲の者も笑う。


(悪趣味やな……可哀想に……)


 グラス片手にスロットの近くで様子を見ながら、意地の悪い金持ちの楽しみに吐き気を催すシルバに声をかける女がいた。


「あなたは挑戦なさらないの?」


 ふわりと、甘く上品な香りが鼻腔に入り込み、頭がグラと揺れるような感覚に陥ったシルバはその声の主を見た。


 黒いドレスに目から鼻までは複雑な模様のレースを垂らしているので顔は見えないが、口、顎、首と僅かに見える部分でもとんでもなく美人だと分かる女がいた。


 雪のように白く、アザやシミ、ソバカスひとつない完璧な肌。


 心地良く、落ち着く品のある声から、耳の良いシルバは1/fゆらぎの声の持ち主だとすぐに気がつく。


 ぷるりと、瑞々しい果実のようなツヤのある唇、細くそれでいて痩せ過ぎておらず女性的な丸みを感じさせる長い手足と、メリハリのある胸、腰のくびれ、尻、頭から足先まで順に見たシルバは目が離せなかった。


(娼婦……? いや、にしては雰囲気違う。どっかのお忍びの貴族……下手したら王族か?)


 身に纏っている空気感が娼婦のそれとはまるで違った。他の国に比べれば格段に質の高いこの街の娼婦たちではあるが、この女は生まれが娼婦たちとは違うことを直観的に理解する。


 黒い服を着ているにも関わらず眩しく感じた。


 好意を持つ相手と対峙する時、瞳孔が拡大して光を実際よりも眩しく感じる現象がある。


 シルバも彼女を見て赤い眼の瞳孔は拡大し、まるで光っているように見えた。


「あら、何か私の顔についていて?」


「い、いや……あんたの美しさにちょっとビックリしただけや」


 返事をしなかったシルバに追い討ちをかけるように、心配そうな声で質問する。


 どうにも調子が狂うその彼女に対して、いつもは口説き文句の一つでも言うシルバが童貞のような初心な返事をしてしまった。


「まあ、フフ……顔を隠しているのに美人だなんて、面白いお方ね」


 レースの手袋でクスリと笑う時に口を手で押さえる仕草にドキッとする。心臓の動きがいつもより早まり、それに呼応するかのように精神に落ち着きがなくなってくる。


「なんでわざわざ俺に声をかけた?」


「だって、あなたは特別だったから……他の殿方は笑いながら遊びに興じているのに、1人だけ真剣な顔をしていて気になったのよ。だから挑戦なさらないの、と聞いたの」


「ああ……挑戦するつもりや」


 そう聞かれて、シルバは今自分がすべきことを思い出した。一瞬、彼女に注意が向き、すっかりと忘れてしまっていた。


「幸運を祈っていますよ」


「ああ……勝利の女神の息吹でもかけてくれ」


 シルバが持っていたチップと手の甲に軽くキスをした女に後ろ髪を引かれる思いで、まだ手の甲に残る彼女のぬくもりを感じながらシルバはスロットの挑戦に向かった。


 ***


「ここッ……! ここッ……! よし……よし……」


 シルバの極限までの集中によるビタ押し10連続に会場は湧く。


「これでまだ折り返しでもないッ!」


 シルバの『非常識な速さ』は集中力が要求され、特に体感時間を操作する場合は長時間の使用が極めて難しい。


 使用中にドッと疲労感が襲ってきて反動で身体も重くなる。瞬間的に使う、または複雑さのいらない復元などに便利ではあるが、25列のスロットを挑戦するにはさほど向いているとは言えない性能である。


 現在、シルバは体感時間を10倍に速めて、相対的にスロットの動きをゆっくりにしていた。これ以上の速度は無駄が多いのと、集中力の温存の為にも上げられない。


 反射神経とステータスによる補助もあって10連続の成功をさせていた。


 10連続、ここまでの最高記録である。しかし、まだ半分にも満たない現実が、息を吐いて集中をリセットしたシルバに重くのしかかる。


 だが、KTに嫌がらせが出来るのであれば、この程度の疲労感など大した問題ではない。


 深く息を吸い、吐く。周囲の雑音など一切が聞こえない孤独で静寂な精神状態を自身の中に構築する。


 11、12、13……20、21、22、23、24、完全な集中で尋常ではない盛り上がりを見せるカジノ会場にて、シルバはその反応すら気付いていない。

 ただ、マジックアイテムと魔法による空調による涼しさにも関わらず、場違いな程汗をかいていた。


 額に汗が流れ、目に入った。それが24連続成功しているシルバの集中を途切らせる。


 そこに、先ほどの女が現れ、手が止まり目に入った汗の痛みに顔を顰めているシルバの額をハンカチで拭う。オペ中のドクターと看護師による連携プレーのように。


「さあ、最後ですよ」


 それでも、シルバはスロットの回転し続ける絵柄から目を離さなかった。女はシルバの汗を拭ったハンカチを丁寧に折り畳み懐に仕舞う。


 女好きのシルバとは言え、優先事項の分別はつく。


 集中力を絞り出し、世界が止まったかのように感じるゾーン状態に入ったシルバは息を止めながらボタンを押す。


 ジャックポット、25連で横一列に見事に揃った絵柄と同時にベルの音が鳴り響く。


 シルバの挑戦を眺めていた、客たちも自分のことにように盛り上がり、拳を突き上げ、叫び、拍手を送った。


 シルバは崩れ落ちそうになる。

 まず、金を無駄に出来ないというプレッシャー。作戦の一端を担う責任感、ギャラリーの期待、『非常識な速さ』の負担。


 この砂漠地帯とは感じられない涼しさのホテル内で、滝のような汗を流すには十分な理由だった。


「はあ……助かった……」


「おめでとうございます」


「なっ!?」


 女はシルバの頬に口づけをして、それにシルバは驚いた。いくら娼婦でもこんなサービスまでは金を払ってからしかしない。


 つまり、やはりこの女は娼婦ではなく、自分個人に対して興味があるのだと確信する。


(え、何こいつ、俺のことめっちゃ好きやん)


 集中が切れて、頭がぐわんぐわんと揺れ痛みもある中、何故か彼女から目を離すことが出来ない。


 そのベールの奥には一体どんな目があるのか、覗いてみたい。気が付けば手を伸ばしかけていた。


「あ〜! もう! 何やってんの!?」


「お、おお……? ジャックポット達成したんや……」


「あら、お連れの方がいたの? お邪魔だったかしら?」


「はいはい、どうせ私はお邪魔虫ですよ……ほら、いくよ」


 そこにミアが割って入ってきて、シルバは我に帰る。


 黒いベールの女はいつの間にか何人かの屈強な男たちの護衛の中に戻っていた。


「あの人誰?」


 女をチラと見ながらミアはシルバに耳打ちする。


「分からん……でも良え女ってことは分かる。あ、ミアも良え女やで」


「うわ、嘘くさ……」


「なんや! 珍しく褒めたのに!」


「ていうか、あの人見るシルバの目ヤバかったよ? もうメロメロ〜って感じで、ぶっちゃけ男としてのシルバ見てちょっとキモいって思ったって言うか、見てられなくて声かけちゃったんだけど」


「はあ? 酷すぎやろ、俺これでもモテるナイスガイなんやが?」


 実際、シルバは何度かこのバスベガで娼婦以外とも遊んでいる。もちろん、金など払わずにだ。


 冒険者としては強く、商人並みの知識もある。音楽などの芸術に対する教養もあり、大学教育を受けているシルバは決してそこらの平民とは違う雰囲気がある。


 アウルムとの比較により、知識面、思考面で劣ったように本人は感じているが、この世界の女は強く賢く、そして紳士的な態度で会話し、魅力的な顔を持つシルバの評価は高い。


 出会って会話をしてしまえば、その人当たりの良さもありカッコいいと弟のような母性本能をくすぐる愛嬌のようなものを持っている。


 そして、シルバ本人も驚くほどにワンナイトを楽しむことが出来る。元々、現代日本とは性に関する倫理観の違いなどもあり、比較的に緩いこともあるが、それでもモテるというのはまごうことなき事実である。


 性的な部分で厳しいのは神に仕える立場のものくらいなものである。


 信徒たちは性的なことを戒律で厳しく禁じてはいる。だが、実際のところはアウルムが助けたチャックのように金で人を買い、欲望を満たすものも多い。


 それは半ば、常識であり表沙汰となれば裁くしかないが、表沙汰になることに自体に何かしらの事情がつきものだ。


 先ほどまでの高揚が嘘だったかのようにシルバは我に帰り、さっきのは何だったんだと首を傾げる。

 まるで、夢から覚めたような不思議な感覚と、頬に口づけされた唇の感覚がジンワリと残っていた。


(よくわからんけど……良え匂いしたなあ……)


「もう、しっかりしてよ。お金、受け取らないとでしょ」


「あ、ああ……そうやった……そっちは?」


「もちろん圧勝よ、私に勝てるわけないじゃないの」


「ラーダンは?」


「アウルムに知らせに行った。もう仕事は終わらせてるみたいね」


「おお流石やな……おわっ!? な、なんや!? この馬鹿でかい歓声は!?」


 シルバとミアが話していた時に発生した巨大な歓声。


 それはミアとシルバの稼ぎの10倍以上の大当たりをオオツキが成功させていたことによるものだった。


 ***


「何? 変な女に声をかけられた?」


「おう、顔は見えへんけどすっごい美人やねん」


 金を受け取り、部屋に戻ったシルバはアウルムに今日の出来事を報告する。


「普通に考えれば、カメリアだろうが……鑑定はしたんだよな?」


「忘れてた」


「は?」


 聞き違いかと、アウルムはギョロリと眼球だけを動かしてシルバを見る。


「すっかり忘れてた」


「お前……遊びじゃねえんだぞ、舐めてんのか?」


「舐めてるってか……チューされた」


「舐めてるなお前、汗まみれの太った変態貴族に変態プレイさせられる悪夢見せるぞ?」


 アウルムの目が『現実となる幻影』を発動させる準備に入り、シルバはマズイ! と思って言い訳をする。


「いや、ふざけてるとか、カメリアとか、あの時マジで不思議とスコーンと頭から抜け落ちてて、後からそれこそ夢が覚めたような感覚やったんやって」


「……魅了(チャーム)にでも、かかっていたということか?」


「ああ、今になって思えばそうとしか思えへんわ。カメリアかどうかは知らんで? 顔隠してたし、鑑定もしてないんやから、シンプルにエロい美人ってだけの可能性全然あるからな。

 まあ、もう済んだ話やし、そんな深刻に考えても仕方ないやろ」


「な訳あるかッ! このドアホウがッ……! テメェキスされたって言ってたな!? しかも手の甲と頬の2回ッ!

 それがカメリアのユニーク・スキルの発動条件だった場合お前は既にマーキングされてんだぞ! このボケッ! もっと危機感を持ちやがれッ!」


 珍しく、アウルムが声を荒げて机を蹴り飛ばした。


「お、おいおい……落ち着けや……」


「落ち着けるか……! 最悪の場合お前が敵に回る、そういう想定をして行動をしなくてはならんということが分からんのかッ!?

 いつ発動するか分からないような物騒なことされやがって……!

 拭けッ! 今すぐその女の唾液、DNA、あらゆる物質を身体から取り除けッ! それがトリガーかも知れんッ! 」


「分かったって……迂闊やったわ、すまんかったな……」


(な〜んか、嫉妬に狂ったメンヘラ彼女みたいやなって言ったらヤバそうな雰囲気やし流石に黙っとくか……まあ、敵地にいるのに迂闊やったのは事実か……魅了ねえ、俺と相性最悪やん)


「じゃあ、俺は今後そういう女と接触せん方が良いな」


「……どうだろうな」


「え? 違うんか?」


 てっきり、部屋で謹慎でも命じられるのかと身構えていたシルバだったが、アウルムの歯切れが悪い。


「推測の域を出ないが、俺の統計、知識からは魅了のような状態異常は呪い系のスキルだ。そして、それらは使用者を本人が倒さないと解除出来ない、ということもある。

 つまり、お前がカメリアをぶっ殺さない限り、解除出来ない。そういう可能性もあり、最悪なのは俺が殺してしまい解除出来ないまま、呪いだけ持続してお前がおかしなまま、というパターンだ」


 術者の死亡による解除不能というケースもあり、呪いの解除にはそれ相応のプロセスが必要である。

 そういう事例をアウルムは知っていた。


「うわ、そういう可能性もあるんか……どうしたらいい?」


「カジノやホテルは基本的にウロつくな。その女は俺が調べる。で、カメリアだった場合はお前が殺せ。俺は行かない。ミイラ取りがミイラになるのは避けたいからな」


「え〜相棒が助けてくれへんのかよ〜」


 冷たい、あまりにも冷たいアウルムの態度にシルバは心細さを感じた。


「甘えたこと言ってんじゃあないぞ! テメエのやらかしは自分でケツ拭きやがれ、お前がミイラになった場合最終兵器ラーダンの投入によるゴリ押しで解決する、覚悟しとけ」


「それは絶対嫌や。お前ラーダンの強さ知らんからそんなこと言えるねん、あいつバケモンやぞ? 敵対して戦うのだけはゴメンや」


「なら、大人しく俺の言うことを聞いて、カメリアだった場合は確実に殺すんだな。言っておくが、今後一切誰にも女には触れさせるな?」


「カメリアやったとしても、殺すかどうかはまだ情報が集まりきってないし、保留って話やったやろ?」


「は? もしお前にちょっかいかけたんなら危険だ。殺すしかないだろ」


「それはちょっと極端過ぎひんか?」


「いいや、俺の勘が危険だと言ってる」


「根拠は勘かいな? お得意のプロファイリングはどうしたんや」


「プロファイリング? まあ、一応はあるが、その女がカメリアかは知らんがな……カジノで勝つ前のお前に目をつけていること自体不気味だ」


「それは俺がイケメン過ぎてって可能性が──い、いや! なんでもない……!」


 確かに、アウルムの言う通り真剣にスロットを観察していたという理由で声をかけられた訳だが、それでも距離を詰めるのが普通に考えたら早かった、指摘されてそう感じた。


「後、今この街の失踪者リストなんかはフォガストに調べさせている。オークションの出品物なんかもな。それが集まり次第、プロファイリングも進むだろう……が、カメリアとKT、こいつらは今までの勇者よりも厄介な気配がプンプンしやがる」


「それも勘か……いや、経験に基づく言語化してない部分での違和感の察知ってところかな」


「馬鹿、そうじゃねえ。ちゃんとした組織を束ねるだけのカリスマ性がある奴ってことは頭がおかしい異常殺人してるだけじゃなくて、ホワイトカラー犯罪的な要素も出てきて知能が高いってことなんだよ。

 力押しに対抗する策を持っているはずだ。簡単なはずがないだろ」


「そういうことね……大勝ちしたのに説教されるとは……もうカジノは懲り懲りだよ〜トホホ……」


「……黒い枠に挟まる昔のアニメのオチみたいなことしてんじゃねえよ。それに懲りるのは『女』だろうが……」

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