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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
143/254

7-9話 バルコニー

 


「一個、改めて確認させてくれや」


「なんだ、薮から棒に」


 シルバとアウルムはバスベガに滞在して2週間以上経ち、小熊族の野菜と果実をオークションで売る算段がつき、金策よりも情報収集に忙しくしていた。


 小熊族とラナエルたちの商会にもしっかりと筋を通して迷惑をかけないという約束を取り付けた。

 煌びやかに光る街を眺めながら、ホテルのバルコニーで軽く祝杯と言えばやや、大袈裟かも知れないが一旦休むことにして酒を飲んでいた夜のことだった。


 上半身裸で生暖かいバスベガの夜風に当たっていたシルバが空を見上げて声を出した。


「俺らって、どういう基準で勇者を殺すって決めることになってる?」


「基準か……法がほとんど機能していない、そんな世界での暴走した勇者の抑止力となるのが俺たちの使命だ。

 したがって──」


「そこや、暴走の定義って? 人殺すことか? それって俺らもやってるよな。快楽目的じゃないにしても、俺らってお前がいつも言ってるシリアルキラーの分類なら秩序型の使命感で動くタイプ、そうやろ? で、使命感で殺してる相手がいたら殺すんやろ。あっちがホンマに正しいことしてるって思っててもや。

 それってさあ……変ちゃうか?」


「俺たちは法を執行するものではないし、正義の代理人でもない。そんなことはあの闇の神様だって百も承知だろうよ。

 だから、俺はこう考えてる。『これ以上こいつが生きていることが俺や周りの人間、そして全く悪いことをしていない人間にとって遠からず危険が及ぶ』と判断した相手を殺すってな。

 だけど、それが常に正解とは全く思ってない」


「いや〜その理屈は分かるんやがなあ……俺らのその判断を俺ら自身が確信を持って信じて良いべきか……プハァ……みたいな、言いたいこと伝わるかなあ」


 唸りながら、言語化出来ない苦しみを飲み込むようにグラスをあおったシルバは息を吐く。

 それに続いてグラスの氷を指で回しながらアウルムも酒を飲んだ。


「分かる。要するに俺らって人を殺してるくせに人を殺すやつは殺すって偽善者というか矛盾してねえか? ってことだろ。それは常に考えてることだ。

 だから、その判断が間違っていないのか、それは慎重に検討する必要がある。何の為にこうやって地道に調べ物や聞き込みしてると思ってるんだ?」


「そうそう、でさあ……人殺してないけど悪いなってやつは殺す必要ある? やり過ぎちゃう? って思う訳よ。

 ユニーク・スキルがあるから、そんじょそこらのやつじゃ止められへん。被害がデカいってなったらそりゃもう殺すしかないなって割り切れる。

 でも……極論、商売してぼったくってる勇者とかも悪いっちゃ悪いやんか? それが商売って言ったって人を騙してるし、金に困って路頭に迷うやつだっている」


「ミタライみたいなやつのことだろ。そうだな、あれは善人ではないが、殺すまでの必要はない。法とか理屈とか抜きにして、お互いそう思うだろ?

 だから……そんな感じで良いんじゃねーかなあと思うな」


「おいおい、人の命を終わらせるかどうかって判断をするにしては軽くないか?」


 ビーチチェアのような、角度が大きく開く椅子に寝転ぶように座っていたシルバが起き上がり、アウルムに対してその態度に驚く。


「勿論、ムカつくとかそんな感情の動きで一々殺すのはヤバいと思うぜ。繰り返すが、それが感情のブレじゃなくて必要なことだと合理的に判断出来るだけの材料は出来るだけ集めて心理の分析もしてる。

 でも、結局のところは雑に言えば、俺らのノリ次第なところはある」


 バルコニーに置かれたテーブルと椅子、そこに陣取り生ハムをオレンジに似た果実の上にスライスして乗せたツマミを食べながらアウルムは言った。


「ノリって……お前らしくないやろ。もっとこう……条件がいくつかあって、その域を越えたらみたいな点数性とかさ」


「言っておくが、俺らを転生させた闇の神様は俺らにブラックリストを与えたが、殺すかどうかの判断は任せるって言ってたんだ。

 ってことはだ、俺らの判断に不安があるなら明確に殺す基準なんかは最初からあっちが決めとけば良いだろって話になる。

 なんか、そういうアイテムとかスキルとかで判断出来るようにする仕組みを作っておけば良いだけだ。

 だが、そこの判断は『敢えて』俺たちに任せてるってことは──」


「俺らのノリ──いや雑過ぎるけど、俺らが都度判断して殺すか決めてくれってこと、そしてそれを任せても大丈夫そうな奴を何十億といる人間から選んだってか?

 そう考えると過大評価されてんな……」


「ああ、たった2人の人間の意思決定が絶対的に正しいなんてあり得るわけがねえ。だから俺は自分を善人とは口が裂けても言えねえな。まあここで死んだら地獄みたいな場所に送られるんだろうよ」


「美味そうやな……俺もくれや」


 生ハムオレンジもどきを食べていたアウルムにつられてシルバもテーブル近くの椅子に座りに来る。


 塩気と酸味と甘味の絶妙なバランスに2人の酒が進む。


「あっ、それ俺の葉巻やぞ!」


「おかしいな、俺のアイテムボックスから出てきたが……」


「共用なんやから当たり前やろうが! お前ブラックリスト入りや!」


 アウルムが珍しく自分から葉巻を吸い始めた。アウルムは機嫌が相当良いか、悪い時くらいしか吸わない。

 今はどちらか、シルバには分からなかった。


「ふぅ〜……まあな、お前の葛藤は俺にだってあるんだ。一々口には出してないだけで、人を殺したことによる罪悪感を一切感じないってわけじゃない」


 葉巻をくわえ、シルバのグラスに酒を入れながらアウルムは喋り出す。

 無言でグラスを打ちつけて乾杯をする。


「でな、闇の神様からしたらっつーか……殺す殺さないで葛藤すんのって人間的な倫理観に縛られてそう思ってるだけだろ。

 ぶっちゃけ神視点からしたら、俺らが勇者の1人や2人見逃そうが大した影響ってないんだと思うぜ。俺らが間違えたって思っても世界はそんなに変わらないし良くもならない、誤差みたいなもんだろ」


「ああ、それには同意する。悪人も善人も個人の努力でどうにかなる問題ではない。

 ただ、神様同士の勢力争いに巻き込まれて、そのバランスを取る為の天秤の錘の一個に過ぎひんって思うわ」


 氷をテーブルの上に乗せながらシルバは説明する。


「光の神陣営はその錘が軽いけど多い、闇の神陣営は重いけど少ないってな。

 でも、1人が死んだところで大きくそのバランスが狂うことはないやろう。

 それこそ、勇者全員殺したところで勇者は元々異物やからな、存在してなくてもこの世界の奴らはやっていける」


 テーブルの上には砕かれた小さな氷と大きな氷があり、それらを別のグラスに入れて比喩する。


「俺は……シルバに比べて無責任なんだろうな。多少失敗しても、それを望んで転生させた神様が最終的に責任を取るべきだと考えてるしな。

 俺らの悩みや葛藤、失敗自体がそもそも織り込み済みで、俺らにはあずかり知れないようなデカいスケールでそれこそ数百年とか数千年スパンで実は考えてその計画の一端に過ぎないんじゃないかってな。

 積み重なったら両陣営のバランスが傾くかも知れんが、やはり誤差程度な気がする。

 勇者が良いことをしたらより発展するが、居なくても別に実際は困らないはずなんだよ」


「だから、ノリで殺してもオッケーってか? それはちょっと論理が飛躍してるし極端な気もするけどな。

 それに……バタフライエフェクトって勿論知ってると思うけど、俺らが殺した勇者が更生して後の世に役立つってこともあるやん?」


「お前はバタフライエフェクトについて少し誤解してるようだが、あれは結局のところちょっとした変化がその後大きな影響を及ぼす、つまり結果は誰にも予測出来ねえ混沌になるってことだ。

 俺も物理学者じゃないからそこまで専門的には知らんが……良いやつを救ったってそれが原因で悪いことが起こりうるってのがバタフライエフェクトなんだよ」


 アウルムの口から吐き出した煙が風に乗りどこかへと消えていくのをシルバは眺めていた。


「それは確かにちょっと勘違いしてた節あるな。良いことしてもそれがそもそも長期的な視点で見て良いこととは限らんし、じゃあ良いことって何? って分からんようになってくる」


「核心をついてやろうか、要するにお前は人を殺す言い訳を欲しがってる。後腐れなくスッキリ、後悔しない、それに足るだけの理由が欲しくて仕方ないんだ。

 そんな──」


「そんな甘かねえよ。やろ? 人を殺すのにどれだけ理論武装したところで、そんな使命を与えられて転生するチャンスをもらった俺らがある程度自由に生きられるのは殺人マシーンにされてないからや。

 その自由の代償がこの苦悩、甘えに対する現実か……」


 グラスの中の酒を揺らして広がる波を見ながら、シルバはアウルムに被せ気味に答えた。


「だから、結局のところ初心に帰るんだよ。勇者の心理や行動を分析して何を考えているのか誰よりも理解する。

 そして俺ら独自の倫理観でもって罪を犯しているのか捜査し、判断して殺す。

 光の神が俺らをブラックリストにして、俺らを殺す専用の使徒を送ったって別に驚かねえな。やってることは神視点なら勇者と俺たちじゃ大して変わらんはずだ」


「そう思うとお前みたいな犯罪者に対する知識あって多少ドライなくらいが使徒に適任って考えられたんやろうなって納得するわ」


「逆のこと、考えたことあるか?」


「逆?」


「闇の神様が俺らを選んだのに対して、なんで光の神は日本の高校の生徒と教師をまとめて選んだか、だよ」


「へえ……面白いなそれ、酒の肴には丁度いい話題や。ちょっと待ってろ」


 シルバはそう言いながら、アイテムボックスに手を突っ込み仕込んでおいたツマミを並べていく。


「で、何の話やったか……ああ、なんで高校生かって話か」


「俺はもし仮に一定の人数が勇者として必要だった場合、日本の高校生がもっとも合理的な選択だからだと考えている」


「へえ……聞かせてもらおうやないか……あ〜このピクルスうんめ……」


「それ、ピクルスって言うか、居酒屋とかで出るキュウリの塩ダレみたいなやつだろ」


 まあ、俺も好きだから頂くが……と言いながらアウルムも手を伸ばす。


「まず、こういった世界に理解のある下地があるだろ。アニメや漫画、ゲームはもはや一部のオタクしか見ないような趣味じゃないしな。

 で、異世界を理解するだけの最低限の知性、そして活動出来る若い人材だ。

 特に日本人は規律を重んじるからな、これは勝手に贔屓目に見てるからかもだが、どの世界の同じ年代よりも無闇に暴れないんじゃないかと思う」


「若いと適応も早いしな〜凝り固まった大人じゃ無理かもな〜どっかの会社員とかなら上下関係もあるし」


「いや、子供の世界にもそれはある。だが一番は『操りやすい』だと思うんだよ。学校ってのは社会の中でもかなり特殊だ。どんな新米教師だろうが、学校に入れば年下の生徒という格下の存在がいる。こんなの普通の会社や組織じゃまずあり得ないからな」


「第三世界の戦争で子供を兵士にするのと同じ発想か……それで勘違いしてやたらと偉そうにする教師もおるわな」


 子供を兵士にするマキナと戦ったシルバには納得のいく説明だった。


「そんな高校生が教師よりも上の立場に立てる場所、能力を与えられるんだ。舞い上がるだろうさ、神に選ばれし勇者だって言われてな。で戦地に送られる。

 でもな、その圧力になんだかんだ迎合しちまうのも高校生の心理だと思うんだよ。

 大人なら団結して抗議とかしてるかも知れねえし、それは神的にも面倒なはずだ」


「精神的にもまだ未熟やけど、その世界でやっていける体力と知性は持ってるから戦力として扱えるし、その上利用もしやすい集団か……ああ、そう言われてみればそんな気がするなあ」


「だから光の神は相当エグい思考してやがると思うんだよ。その中から魔王を退治してくれるやつが出たらラッキーだなってくらいの放置っぷりも気になるしな」


「合理的で残酷か……神らしいって言ってしまえばそれまでやが」


 お前は神までプロファイルするつもりかとシルバはアウルムの病的な思考に思わず笑いそうになる。


「もしくはカイト・ナオイに魔王を殺す素質があってそれをサポートする集団として巻き込んだって説もあるけどな。ただの仮説だ」


 それとも、たまたま魔王を殺す適正があった集団だったのか。魔王を殺す適正と人殺しの適正は少しバランスが狂えば人殺しに傾いてしまうほど、紙一重なのかも知れない。


 だが、それは自分たちも同じことだとアウルムは思った。


「俺は結局戦い見てないし、地下でヤヒコに襲われたんやろ? 肌感でカイトのヤバさを理解してへんねんけど、そんな強いん?」


「ああ、念話に録画機能あるの覚えてるか? 殆ど使ってないけど、一応あれに録画してんだよ。見るか?」


「おお〜映画鑑賞とは乙なもんやなあ。ポップコーンもあれば完璧や」


 油のついた指を離してシルバは手のひらだけを使い拍手をしながらアウルムの録画したニノマエ戦を見る。


「えぇ……エグっ……うわっ! え〜ッ!? ヤバいって……! マジかよぉッ!? うわああああッ!」


「お前、前と顔が違うから日本のアニメを見て大袈裟にリアクションする外国人に見えるなそれ」


 転生してから顔が変わっているので、この既視感はなんだったかとアウルムが記憶を辿るとまさにそれだった。


「ああ、あるなそういう動画……パーティとしての連携の練度も高いし勉強なるわあこれ。

 で、俺らはこんな奴らと割と互角に張り合ってたニノマエ殺そうとしてたん? 無理ちゃう?

 なんか、覚醒してあり得ん強いやんチートやチーターやろこれ!?」


 カイト、そしてそのパーティの戦いを見てシルバはニノマエが多彩な戦法で序盤は優位に立っていたことに注目する。


「俺も正直ここまで個人で成長するのかって驚いたな。ユニーク・スキルも尖らせたらこんなにヤバいのがあるって考えると本人の精神的な成熟とはまるで関係がないと思い知らされた。

 それだけにユニーク・スキルをあらかじめ知っておかないとマジで危険だ」


「でもさあ、これでカイトとその仲間が何が出来るかは大体分かったやんか? 分かったからって勝てるかこれ? 無理ちゃう?」


「1人ずつ、俺らで手を組んでハメ技使えばってところだろうな。流石魔王ぶっ殺しただけある、個人の技量も半端じゃないな。ヤヒコの糸はヤバかったぞ、あれはシンプル故に応用も効いて強い。

 俺らのユニーク・スキルは使用出来る場面が結構限定されてる上に戦い向きじゃないものばかりだ。真っ向勝負じゃ勝てんだろうな」


 地下で遭遇してなんとか生き延びたが、逃げるのはともかくして、戦って勝てるとは思えなかったアウルムは苦い顔をしながら酒で喉を潤す。


「出来たら敵対したくないな〜頼むからお利口さんにしててくれよ、こいつら」


「俺だってそう願ってるけどな……カイトの精神状態があんまり良くない。それに呼応してかヤヒコが独自で動き出してるのも気になる」


「ササルカにもおったしな……もう勇者が何者かに消されてるって気が付いててもおかしくはない」


「ヒカルのせいってことにして上手く状況を利用させてもらうけどな。あいつのせいでこっちもえらい迷惑したんだ。泥を被せてやる」


「ハッ! それはいいな……で、ここで少なくとも2人やるつもりやが派手に動き過ぎか?」


「ああ、そんなのオーティスの内部のゴタゴタになるようにするに決まってるだろ、俺らの足跡は残すつもりはない」


 その為にここ最近はフォガストやKT周りの情報を集めて奔走しているのだとアウルムは言う。


「なあ、最初の話に戻るけどKTはともかくや、カメリアは殺すんか? 俺今のところ話集めてる限りでは踏ん切りがつかん。救われたって言ってる女の話も直接聞いてるからな」


「やっぱりそこから出た話か」


「お見通しかいな」


「確かに、娼婦の梅毒や性病対策でペニシリンをどっからか知らねえが普及させたのは大したもんだと同意する。

 だが、それが本当に人の為を思ってやったこととは限らんしな。自分の立場を高める為、娼婦って仕事の格を上げようとしている、俺はそんな感じがする。

 大体、カメリアと寝た男は失踪してるか死んでるかで、その確率があまりにも高過ぎる。


 いくら、日本に比べて危険な世界だって言ってもだ。

 性的なサディスト要素を持ってるかはまだ明らかじゃないが、統計的に黒だろ」


「女の子に乱暴したやつを制裁したみたいな、自治してる感じでもないっぽいしな〜取った客が消えるんやもんな……謎やわ。女ってホンマに謎な生き物や」


「俺よりは理解してるお前が謎って言うなら、こりゃお手上げだな」


 やれやれとアウルムは肩をすくめた。


「なあアウルム」


「なんだ?」


 テーブルに足を乗せ、瞬く星を見ながらシルバは葉巻に火をつけていたアウルムに声をかけた。


「殺さんで済めばええな……」


「……俺も常にそう願ってはいるがな」


 アウルムもまた、頭上で煌めく流れ星を目で追いながら答えた。

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