7-8話 カグヤの城は踊れない
「うっは〜この感じヤバァッ! 懐かしい〜ッ!」
心臓にまで響く重低音、眩い光を放つ色とりどりの照明とそれを反射して輝くミラーボール。
男女が音楽に身を任せて自由に踊り、グラスを片手に持って飲んで叫んでのどんちゃん騒ぎ。
ここは、シルバが転生する前の職場であるクラブと相違無かった。
シルバの前世である白銀舞はクラブにてセキュリティの仕事をしながら空いた時間に作曲をしてプロのミュージシャンとして活躍することを夢見て──死んだ。
乱暴な客を抑えたり、説得したり、人当たりやコミュニケーションの上手さは全てクラブの業務で培われたものだ。
「とりま酒飲むか……うぉ……いっぱいあるなあカジノもそうやったけど、ここはマジでバーカウンターまでしっかりしてるし、酒、ジュースだけちゃう、それを合わせたカクテルまで豊富やし……知ってる名前ばっかりや、これは勇者の影響やなあ」
バーカウンターでメニューを眺めて勇者の気配を感じていた。
(いた、思いっきり勇者顔のおっさん……教師やな年齢的に。ちょっくら話しかけるか〜)
「マスター、オススメありますか? このカクテルっちゅーの? 初めてで全然分からんのですわ」
「初めての方ですね……そうですねえ、酒の強さは甘いものや辛いもの、好みに合わせて大体作れますけど」
「ん〜、甘いのよりは辛い方がええか……」
「では、カクテルの王様とも呼ばれる『マティーニ』なんかはいかがでしょう?」
「それで頼みます〜」
(へえ、酒の名前だけ知ってるとかじゃなくて味とか知識もあるってことはエセバーテンダーってことは無さそうやな。酒好きの教師が酒に関連したユニーク・スキル持っててそれでバーテンダーやってるとかか……)
「ジン、ドライベルモットと呼ばれる酒を合わせて作ります。それぞれ軽く舐めて味見してみますか?」
「良いんですか? ……ほお、こんな味なんですね……失礼、あなた勇者の方では?」
「はい、そうですよ。とは言っても酒を作ることしか才能が無かったもので、魔王との戦いには何にも貢献出来てません。兵士たちの慰問に各地を回った程度です」
「ははあ〜そんな仕事もあるのですね、いやしかし士気を維持するというのも立派な務めやと思いますよ」
ジン、ドライベルモットを氷の入ったグラスに入れてステアする。それをグラスに入れ、そして、最後に気持ち程度のピールとピンで刺したオリーブを乗せて完成。
「最近、良い果実が流通するようになりましてね、これでグッと香りが気品のあるものになるんですよ」
「異世界の酒を異世界の勇者に作って頂く。なんとも贅沢ですね、ありがたく頂きましょう……おお、単体で飲んだ時と味わいがガラリと変わるッ!」
実際、シルバが今まで飲んできたマティーニの中でもっとも美味いものだと思った。それに嘘偽りはない。
ただ、レモンのピール、それが小熊族の作ったもので、プラティヌム商会から流れたものだと気付いて素直に楽しむことは出来なかった。
「これはどこの果実ですか?」
「最近、シャイナの方面から流れてるらしくて、私は買ってるだけですので出処までは分からないんですがね……ただ、こちらに遊びに来る王侯貴族や商人なんかには物凄い額で売れているらしいです。
私はホテル・バスベガのマスターとして予算が組まれてますので、その心配まではしなくて良いんですがね」
「……値段を見てこのような遊び場で飲む酒にしては少々高いかとも思ったのですが納得ですね……」
(アホくさぁ〜何がスロットで目押しや! こんなもん俺のアイテムボックスに入ってる果実と野菜超新鮮な状態で売るだけですぐに儲かるやんけ!
なんやねんッ! どっかで訳分からん額で転売されてるくらいなら俺が産地直送してボロ儲けしたら解決する話やん!
そもそも商人として来てるんやから商品売ってもおかしくないねん腹立つわ〜後でマジで売ったろ!)
完全にアウルムと共に見落としていた事実。まさかこんな場所にまで既に自分たちの商品が流通しており、評価されていたとは考えもしていなかった。
アウルムはポーカーで、ミアとラーダンは戦いで金を稼ごうとしているが、オークションで新鮮な状態のものをセット売りでもしたらそれだけで完結するのではないかとさえ、マスターと大体の相場を聞いていると思えてきた。
(まずは遊ぶか……このノリ楽しめるのはここだけやろうしな)
だが、シルバはそれらを一切忘れて、クラブで酒を飲み踊りを楽しむことを選択。
他の客と同じように自由気ままに音楽に合わせて踊る。
(てか、DJも勇者っぽいな。よくよく考えたらこの音楽も思いっきりこの世界じゃありえへん音出してるし機材もそうやな。やっぱり、道具召喚系のやつとかはこうやって稼げる場所で趣味に生きる選択しとるんか……)
他の者に聞けば、DJは女の勇者であり、そのまま『DJ』と呼ばれているようだった。
「お〜っと、お姉さん、それ飲まん方がええで」
「は? なんだお前、邪魔すんなよ」
「なら、お前が一口飲めや? なんか入れとるやろ?」
(世界が違っても下らんことするやつがいるのは変わらんか……)
ナンパ師っぽい風体の男が踊る女性にドリンクを渡している一部始終を目撃しており、それを止めに入った。
「……もう良いわ、白けた。別にお前みたいなブスどうでも良いしな……」
「あ? ゴラお前待てや、失礼やろうが! お前の企みが成功せんかったからって捨て台詞吐いて良いと思ってんのかこのボケが、謝れ」
「なんだお前調子に乗ってんな? やんのか?」
「やるか? 摘み出されるのはお前の方やが?」
シルバの胸ぐらを掴んだ男の手に力を込めていく。ゆっくりと万力のように徐々に力を強めて骨が折れぬよう、しかし、手が蒼白するほどの力で。
「ッ! わ、分かったって! 謝れば良いんだろ! 悪かった! 悪かったって! なあ! だから手離せっ……いだだだっ! すみませんでした! すみませんでした!」
「最初からそうしてろやッ! 失せろッ!」
男は手を押さえて涙目になりながらクラブから消えた。
「いやあ、災難やったな。でも、ああいうやつはいるから自分で頼んだ酒以外は飲まんことや。自分で頼んでもちょっと目離した酒も飲まん方がええ」
「お兄さんありがとね、さっきからあいつ……やたらしつこかったから助かったわ」
濃い紫の髪をして、セクシー過ぎるとも言える露出度の高いドレスを着た女性にお礼を言われる。
「いやいや……こういうところは皆で楽しく遊べるようにしとかんとな」
「ねえ、良かったら私と飲まない?」
「……ええで」
しばらく飲んで話した後、二人はホテルの一室へと向かった。
***
結論から言ってしまえば、シルバはクラブで出会った女と寝た。それも彼女の職業は娼婦であった。
ただ、シルバは行為に対して一銭も払っていない。薄々娼婦であることには気がついていたし、金も払おうとした。
お仕事である以上、タダという訳にはいかないだろうと思ったのだが、彼女は娼婦と言えど今日は遊びに来ていただけでプライベートに何をしようが本人の勝手ということらしい。
普通の街であれば、ポン引きがそれを許さないはずだがこの街、バスベガではポン引き自体が存在しないらしい。
娼婦の権威そのものが高く、自由が認められている。
「それもこれも、カメリア様のお陰よ」
ホテルの一室で酒を飲みながら喋っていると、本命のカメリアについて彼女から話すことに成功した。
「有名らしいなあ? どんな人?」
「あの人は凄いわよ。いつだって私たちの……女の味方ね。よその街の感覚で雑に扱おうとするお客を許さないから。あなたが助けてくれなくとも、そのうちカメリア様の部下の、ツキビトの誰かが止めに入ってたと思うわ」
「へえ、話は聞くけど実際顔は見たことないんやわ……普段はどこに?」
「基本的にはホテルの最上階、スイートルームって呼ばれる特別にランクの高い部屋のあるフロアをまるごと所有してらして、そこは警備の厚さから『カグヤの城』とも呼ばれてるわね。
そこに特別に気に入ったお客を招くのよ。
時々、外に遊びに出かけることもあるらしいけど、変装されてるから見つけられないんじゃないかしら」
娼婦の女は、まるで宝物を自慢するようにペラペラとカメリアについてシルバに教えてくれる。
その信頼の厚さから、娼婦の中の女王であるような振る舞いをしていることは間違いなかった。
(カグヤの城……輝夜の城か、まずこれはカメリア自身が言い出したに違いないな。竹取物語から来てるってのはこの世界の人間じゃ分からんか。ツキビトって付き人かと思ったが、こりゃ月人の方か……)
そこから、プロファイラー的視点でシルバは分析をする。
名付け、という行為には本人の思想が強く反映する。
ただ、金を払えば寝るようなポジションにはいない普通とは違う娼婦として活動するカメリアがその場所を竹取物語のかぐや姫から取り、不夜城とも呼ばれるこの街を拠点にしていることと関係があると考えるのが自然だ。
竹取物語──作者、成立年は不明でありながら、日本に現存する最古の物語として知られる。
竹から生まれたかぐや姫はその美しさから求婚する者が多数出た。
中でも有名なのが、いつまで経っても未婚という訳にはいかぬ、という周囲の圧力から、出来るだけまともな男を選ぼうとする、苦し紛れの抵抗としてその求婚する男5人に与えた試練である。
『仏の御石の鉢』、『蓬莱の玉の枝』、『火鼠の裘』、『龍の首の珠』、『燕の産んだ子安貝』の5つをそれぞれの求婚者である男に持ってくることが出来れば、という条件をつけた。
その男たちは結局、宝物を持ってくることに失敗して帝にも求婚される。しかし、結局は月の住人であることを明らかにして月に帰ってしまう。
そんな話である竹取物語から引用したカグヤ。
男の思い通りにはさせない、そんな思想が色濃く反映しているのでは、とシルバは考える。
「じゃあ、逆に今までカメリアに招かれた男ってどんな人? そっちの方が興味あるなあ」
「そうねえ……まず、お金はそれなりにかかるんだけれども、そこは最低条件でしかないわね。それも私たちの稼ぎが困らないようにって配慮のようね……ただ、後は一体どんな理由で許可されてるのかは私たちにもハッキリは分からないのよねえ……王族、冒険者、商人、詩人、元奴隷、特定の地位や職業で選別するってこともないし……」
「何かプレゼントしてるとか?」
「そりゃあカメリア様のご機嫌を伺う為にプレゼントは毎日山のように送られてくるからね、でも単なる高級品なんかで気を良くするほど簡単な人ではないわ。
あの方だけの基準があるんでしょうけど、恐れ多くて誰もそこまでは聞けないもの。聞くべきでもないと思うしね」
「聞けば聞くほどよく分からん人やなあ」
「その謎が男を惹きつけるんでしょう? 女の私には分からないんだけどね」
「ははあ、それも戦略か……」
「ああ、そうそうその中には勇者の方もいたらしいわよ。やっぱり同郷で同じ人種の方が好みなのかもねえ」
「俺は顔見たことないから分からんけど、その……勇者の人って結構顔立ちが違うやんか? ここの男が美しいって思う顔なんか? いや、同じ女性としての意見も聞きたいな」
この世界では基本的には同じ人種の異性を好む、という傾向にあるが憧れや物珍しさから異人種と恋をする者もいる。
単に見慣れていない顔立ちだから、美醜の感覚が自分の人種の常識には当てはまらないこともある。
ただ、この世界の男たちを魅了するカメリアはその人種の壁を超えた美しさがあると思った方がいい。しかし、本当に日本人顔のカメリアがそこまでこの世界の男性にウケるのか、それについては疑問であった。
シルバ、アウルムの顔立ちは日本人とは全く違う。馴染めるようにあえて、この世界の人間として転生させられており、日本人顔に対するこの世界の住人の反応というものを肌感で理解出来ていないことからの純粋な疑問であった。
「そうね……男たちは一瞬で心を奪われるほど美しいって心酔するみたいね。私は女としての視点でしか話せないけど、整った顔をされていて立ち振る舞いが優雅、人当たりが良くて……恋に落ちたりはしないけれども、好きよ。
多分、人を惹きつける強烈な気配、見にまとう雰囲気の格が違うのよね。
こればっかりは男じゃないからハッキリとは言えないんだけれども、初めて会った時は緊張していて優しく話しかけられて心臓が高鳴るような感覚があったのは本当よ……ああ、物凄く良い香りがしたわ。
どんな香水や香油でもあの香りは真似出来ないわね。一体何を使ってるのかって私たちの間ではよく噂になるわ」
(天性の人たらしで美人ってことか……。まあ、人種が違ってもバランスが整ってるなってのは分かるもんな……んで、香りか……フェロモン系のユニーク・スキル持ってるとかか? 能力自体が人を惹きつける魅了系の敵は特に厄介ってアウルムも言ってたしな……こりゃ一筋縄ではいかんぞ)
話もそこそこに解散する。美人局で、イカつい輩と乱闘になることも若干警戒したが、何事もなく帰れた。
「おい〜っす、ただいま戻りましたっと」
「うわ……女臭いなお前……今すぐシャワー浴びてくれ鼻が曲がりそうだ」
「ええ、そんな臭いか?」
「ああ、商売女のカスみてえな香りがする。頼むからそれを今すぐ洗い流してくれ」
「な〜んか、それさあ……嫉妬してる彼女みたいでキモくない?」
「キモいのは女の匂いをプンプンさせてるお前だ、そんなことに何故金を使うのか理解に苦しむ」
「ハハッ! 今日はクラブでちょっと仲良くなった子と遊んだだけやからタダやもんね〜情報は得たし、デカい出費もしてない! シルバちゃんは完璧に任務をこなしましたよ〜だ」
「お前、酔ってるのか? ……いや、酔ってないな調子に乗ってるだけか。シャワー浴びたら話を聞かせろ」
「ああ、その子さあ、すっげえケツがプリーンとしてんのよ!」
「誰がお前と寝た女との情事を話せと言った!? カメリアについてに決まってるだろうが!」
「冗談やん、シャワー浴びてくるわ」
「冗談だと? お前クソつまらねえのに、よくそれで女を喜ばせられるな」
「顔や顔! 後、俺から溢れる色気ってーの? ああ、カメリアにもそういうのあるっぽいな〜ほな、シャワー浴びてきますわ」
上機嫌でシャワーを浴びに行くシルバの背中を見ながらアウルムは頭を掻いた。
「……カメリアと合わせるのは危険かもしれんな、すっかり落とされて帰ってきそうだ」