7-6話 バスベガの勇者を探して
道化師たちによるパフォーマンス集団はバスベガにおいて人気であり、ほぼ毎日どこかしらに呼ばれてパフォーマンスをするほど忙しい。
彼らは『鳴かぬヨウム』という屋号を名乗っており、道化師は総勢で50人、他にも雑用など合わせれば100人は超える大所帯である。
『鳴かぬヨウム』そんな名前がついているのは、彼らの生き方が反映されているからである。
ヨウムとは、お喋りをして人間の声の真似をする非常に知能の高い鳥である。しかしながら、基本的には静かという性質がある。
道化師たちは絶対に声を出さない。それを掟として生きている。
しかし、人の仕草さや動物、物、あらゆるものの動きを身体や表情で表現する。故に『鳴かぬヨウム』という屋号を持つ。
シルバは彼らとなんとか意思疎通して、クラウンについての情報を集めようと、バスベガの街に建てられた鳴かぬヨウムの住居を訪れた。
1日目は見事に揶揄われるだけで返り討ちにされる。
そして、対策を練ってまた訪れた。
まず、彼らは話さないが元々話せない、つまり言語障害や吃音症、スネに傷のある者が多いということをアウルムに教えてもらった。
以前の日本では盲目の者が按摩師として仕事をしていたように、社会から十分な福祉を受けられない者たちによる生存方法らしい。
パイド・ライダーとなった子供たちもマキナに唆されていなければ、やり方さえ知っていればこうやって金持ちの集まる街で活躍出来たのではないか、そんな考えが浮かび複雑な気持ちになる。
道化師たちは明るく、陽気で、常に笑いを意識している。どんなことでも、面白おかしくしてやろうという心意気が行動の節々に現れる。
喋ることが出来ないことなどまるで感じさせず身体で雄弁に物語り、何を言いたいのか大体分かってしまう。
「分かった! それは犬やな!?」
「ッ!」
声での返事はない。ただ、ジェスチャーでその通りだと伝える。
「じゃあ、次は俺がやる……どうや!」
「俺は何を見せられてるんだか……」
道化師に対抗してパントマイムを披露して、なんとかコミュニケーションを取ろうとしているシルバをアウルムは見守っていた。
はっきり言って、効率は良くない。こちらが声に出してする質問は無視される。しかし、パントマイムを通じたものなら相手にされる。
これが分かり、初日は普通に話しかけていたシルバもとにかくパントマイムを使う。
しかし、それで出来るコミュニケーションは単純で、複雑な内容や抽象的な概念についての意思疎通が出来ない。
物凄く回り道をしている。何か他に方法があるはずだが、と思っているアウルムは乗り気ではなかった。
「フウ……今日はこんなところやな、また明日!」
「毎日通うつもりかお前」
シルバは切り上げ、手を振って鳴かぬヨウムの住居を去る。
「クラウンのこと聞くまでわな。それに、こうやって繰り返してれば、そのうちクラウンが出てくるかも知れんで」
「俺はここに出入りする構成員全てを解析したが、「???」と表示されて勇者であることを示した存在は居なかった。ここはハズレな気がする」
勇者は鑑定することが出来ない。それを利用して勇者かどうかの判別がある程度出来る。
それに該当する者は居ないとアウルムは言う。
「かもなあ」
「かもなあって……探す気あるのかよ」
それに対してシルバは半笑いで道を歩いて、美女を目で追っていた。アウルムはそんな緩い態度のシルバに少し苛立つ。
「あるで、でも意味のあるなしにこだわり過ぎても見つかるとは限らんと思うな〜。
何となくやが、道化師と関わって分かったことがある。
道化師を意味するクラウンを探そうと思ったら、こっちが真面目にやればやるほどバカを見る結果に終わる気もするんよな」
「俺たちは既に弄ばれてるって言いたいのか?」
「だからマジになんなってことや。探し物は諦めた頃に出てくるって言うしな。でもそれって一回は探さんとあかん訳やろ? なら、肩の力抜いてほどほどに探しておいたらいいんや」
「……フラグ立て、見たいなことを意識してやってるのか?」
驚いた、シルバがそんなメタ的な視点で行動していたのか、とアウルムは感心をする。
「ん? いやよく分からん。そう言えば、どの街に行っても娼館は調査費が降りるよなあ? もちろんここでも有効やろ? そろそろ遊んでいいよな?」
「感心した俺が馬鹿だった……」
「な? 真面目にやってたら馬鹿を見るやろ?」
「そう言うことじゃないだろ! お前に見せられてどうするんだ……まあ、約束は約束だから金は出す。カメリアのことは同業者がよく知っているだろう。俺はポーカーでもして、稼ぎながら金持ちの口を滑らせてやる」
「はいよ〜頑張って〜俺はそろそろお楽しみさせて頂くわ。ここってさあ、生活の為に貧しくて危険な商売としてやってる娼婦っておらんねんで? 凄くない?」
どの時代、どの国、どの街、にも娼婦は必ずいる。世界最古の職業と言われるだけあって常に需要はあり、学のない、身分の低い女でさえ、のし上がれる。
女によってはこの街のトップ層の娼婦を憧れと考える者までいると聞く。
「高額だからな、聞いた話だとその娼婦の待遇をそこまで引き上げたのがカメリアらしい。この街の娼婦は日本の遊郭をモデルにしてんじゃねえか?」
「皆自分の仕事にプライド持ってて無礼な客とは寝んらしいわ。どの街でもそんなことは聞いたことなかったしその世界の中で圧倒的なトップの地位に君臨するカメリアってどんだけエロいんやろう……さぞかし特別なんやろうな……」
「俺はどちらかと言うと、顔や見た目よりも愛想や教養が飛び抜けてるんだと思うがな。そんじょそこらの小金持ち程度では顔すら見れんらしいから接触どころか、遠くから見るのすら難しいだろう」
「まあまあ、今日のところは普通に遊ぶだけやからねええねん」
「俺は女に詳しくないが……その、女に他の女の話したら気悪くするんじゃねえの?」
「アホか! 俺がそんなヘマするわけないやろうが! お前にはないテクがあるんじゃテクが」
「その手やめろ」
シルバの卑猥な動きをする手を見たアウルムは青筋を立てて追い払った。
***
「なーんか、私最近活躍出来てないような……」
アウルムとシルバが情報収集をしている間、ミアとラーダンもまた、別ルートでクラウンを調べる。街から街へ、国から国へと、各国を渡り歩きながら失ったラーダンの記憶の唯一の手がかりであるクラウン。
しかし、有力な情報などここ最近はまるで得られていなかった。
そして、ミアはアラバアブでドンパチ騒ぎをしたシルバとラーダン、奈落から脱獄したアウルムに比べ、今一つ行動に派手さがないと不満が溜まっている。
ミアはラーダンのサポート役に回ることが多いが多彩な魔法を使う戦闘が得意であり、戦うことが嫌いではない。
ドレスのせいか、金持ちの男にレディとして扱われてナンパされることも多いこの街ではどうにも調子が狂う。
アウルムほど雑に扱って欲しいわけではないが、それでも歯に浮くようなセリフを言われてのぼせ上がるほどの世間知らずでもない。
賭け事の類も自身の竜眼によって緊張感がなくて面白くない。
アウルムとシルバには言っていないが、ミアの竜眼は万物を透過し、遥か遠くのものまでよく見える。
龍人族と言っても、竜眼の能力は一概に捉えられず多岐に渡る。
ラーダンのように魔力を視覚化出来たり、ミアのように物を透過出来たりと様々だが、それを当たり前のように使いこなせる龍人族は決して多くはない。
そんな事情もあり、男のように女を買ったり、賭け事をするなどの娯楽もミアはイマイチ楽しめないという事情がある。
「私も、こう言った生活は慣れん。退屈していたところだ……丁度良い、戦って金でも稼いでおくか」
「やっぱりお師匠も? でも私たちの為にクラウンのこと調べてる二人に悪いでしょ〜?」
「戦って稼いだ金をいくらか情報量として払えばそれで、とやかく言うような連中ではないだろう。所詮我々は田舎者の旅人なのだ。
ヒューマンの街でのんびりするのは性に合わん」
「じゃ、行きましょうか」
「そうするとしよう。こんな場所に入り浸っていては腑抜けになる。案外、戦いの場にクラウンはいるやも知れん」
「お師匠を出し抜いた勇者ですからね〜、いてもおかしくはないのかな……」
「正直、何をどうされたのか一切記憶にないのだがな。最後に覚えているのはクラウンという名前と、男の声だけだ」
「アウルムの話じゃ、道化師とクラウンって同じ意味らしいよ。でもその道化師は喋らないことで有名だから、クラウンが道化師って線は間違いかもね」
「それくらい彼は理解しているだろう。わざわざその可能性を潰す為に動いてくれている……シルバと言い、義理堅い連中だ。我々もカメリアとKTとやらの情報をついでに探そう」
ミアとラーダンはバスベガのコロシアムと呼ばれる場所に向かい、戦いと金と情報を求めた。
***
「ほお、相談をお仕事にしてらっしゃる勇者様がいるのですね」
「いや、仕事と言っても人々のちょっとした悩みや愚痴を聞き、現実的なアドバイスなんかをさせてもらってだけで、僕はそんな大それたことはしてませんよ」
アウルムはポーカーをしながら同じ卓についた成年と話をしていた。
黒い髪に神父のような黒い服を着ている日本人顔をした男だが、鼻から下はマスクをしていて全体は見えない。
魔王との戦いで負傷して怪我が驚かれるので隠しているということだ。
普段は、小さな孤児院を運営しており、賭けで負けた人を働かせながら面倒を見たり、労働者の相談に乗ったりしている。
そればっかりでは稼ぎにならないので、時々こうやってポーカーで運営資金を稼いで、人の話を聞いていると本人は言っている。
話を聞くのが上手で、勝手に金持ちが解決して謝礼を払うこともあるらしい。
「人間、答えは最初から自分の中にあったりするのですよ。僕はうんうんと耳を傾けて話を聞くだけ。特別なことは何も……」
「いやいや、ただそれだけということは流石にないでしょう。失礼、お名前をまだ伺っておりませんでしたな。私もシャイナ出身、故郷を救って頂いた恩があります。是非、勇者様のお名前を」
「……そんな、僕は大したことはしてませんよ、戦闘が得意じゃなかったから、こんな顔になっただけで最前線組の人たちと同列のように語られても困ります」
勇者の男は笑って謙遜をする。この仕草、間違いなく日本人だとアウルムは確信する。
勇者の一人を騙る者も多いのだ、一々本気にはしない。
鑑定で名前が表示されていないからこそ、勇者だと判断している。
「発音が違いますからね、言っても覚えられないかも知れませんよ。皆からは『先生』と過分な呼ばれ方とは思いますがそう呼ばれてます。
本当はシオン・シトネと言います」
「シオンが家名ですか?」
「ハハ……いえ、シトネの方です。もしかして勇者の家名は先に来ると知ってたんですか?
最近知ってくれる方が多くてこの世界に倣って家名は後に言うようにしてるんですが、これでは手間は同じですよね。これからは家名を先に言いますかねえ」
「そうですか、私も先生と呼ばせてもらいましょう。発音が難しそうです」
「あなたも、もし困ったことや悩み、過去の辛い記憶、なんでも良いのです、話したい相手が欲しいと思ったら孤児院へとお越しください。
いつでも歓迎しますよ……おっと、悪いですね今夜の子供達の夕食は豪華になりそうです」
「いやはや、喜捨させて頂いた。そう思えば負けも悔しくありませんな」
「おお、あなたもですか、私もそう思っていたところです」
シオン・シトネと名乗る男がポーカーで結構な額を勝つ。ニコニコと穏やかに話しながらもカードの読みは鋭く冴えている。
これで金の使い道が貧しく恵まれない子供たちの為なら、と負け惜しみではあるが、ゲームの参加者も笑っており、和やかな空気が流れる。
(孤児院か……そういうこともしている勇者もいるのか)
迷宮都市にてラナエルやライナーの間で話題に上がった孤児院だが、こうやって日本人が孤児院を運営しているというタイムリーな話にアウルムは興味を持った。
「また今度、機会があればお伺いするかも知れません。その時はよろしくお願いします」
「ええ、いつでも歓迎しています」
シオン・シトネは高価なチップを握りしめてテーブルを去って行った。