1-14話 生存者のいる村
タイトルをちょびっとだけ変えました。『ブラックリスト勇者』→『ブラックリスト勇者を殺してくれ』です。ブラックリスト勇者だと、ブラックリストの勇者が主人公っぽいので、殺す話としてはこちらの方が良いかなと。
馬を走らせ半日、アウルムとフレイは『ミストロール』から運良く生き延びたと思われる子供のいる村へやってきた。
閉鎖的な農村、田舎では余所者への警戒心が高い。
簡素ではあるが張り巡らされた柵と門の前で見張りの男たちが槍を構えながら立ち塞がった。
「な、何者だっ!」
農民が戦闘訓練を積んだ兵士ではない。ボロボロの槍、質の低い革鎧を身に纏った男たちは目の前の武器を持った男女に怯えながらも、村人を守る為に勇気を振り絞り誰何する。
「私は王国騎士、フレイだ。『ミストロール』と呼ばれる怪物を調査しており、生き延びた子供から話を聞きたい、こちらは私の護衛の冒険者アウルム殿だ、安心して武器を下げよ!」
おお、騎士フレイとしての行動は初めて見るが慣れてるなとアウルムは感心する。
「……どうする?」
「騎士様だってよ……」
「武器向けちまったよ、俺たち……」
見張りの男たちは顔を見合わせて相談する。
「……私はララゴ村のヴィンスの娘だ。騎士になったフレイの話は聞いたことないか?」
自分のことを知ってる可能性に賭けて父親の名前を出した。知られていなかったら大恥をかくところだ。
それをフレイも分かっていたのか、言った後は恥ずかしそうに、もし知らなかったらどうしようと冷や汗を流す。
「あ、あ〜! ヴィンスさんの娘さんの!? 騎士になったって話はもちろん聞いとります!」
「あんたは……あ、いやっ! フレイ様はこの辺りじゃ有名です!」
相手が何者なのか分かれば後は簡単で、あの噂のフレイ様が村に来た! 騎士様が来た! と軽く騒ぎになったが、穏便に村の中に入ることには成功した。
「お前の名前よりも父親の名前出したことで納得されてないか?」
「なっ!? 何故そんな意地悪を言う!」
フレイはアウルムの指摘に耳を赤くする。
「フレイ様、『ミストロール』の件で足を運んでくださったのは、ありがてえ話なんですが肝心のその子供……名前はバートって言うんですがすっかりそのことに関しちゃ怯えちまって、母親も過敏になっとるから聞き出すのは難しいと思うんですが」
申し訳なさそうに槍を持っていた男は後頭部を押さえて語る。
「こちらのアウルム殿は、専門家だ。上手く話を聞く自信があるという、すまないが村長とその子の母親に挨拶をしたいので案内をしてもらえるか」
「分かりました」
余所者が村で何かするなら村長の顔を立てないといけない。まずは村長に相談だ。
***
「話は分かりました……この村でも子供が4人消えました。生きているとは思えませんが……我々も敵討ちはしたいのです、母親には私から話をつけましょう」
聞けば、村長の息子も消えた子供の一人だと言う。内心穏やかではないだろうに、勤めて冷静に耳を傾けて誠実な対応をしていた。
しばらくすると、外から女の大声が聞こえる。
「冗談じゃないよ! 騎士様だか知らないけどあの子は怯えて夜中に暴れるほどうなされるんだ! これ以上傷口を広げるようなことはやめとくれ! 家から出るのさえ怯えるんだ!」
子を守ろうとする母親。この反応は想定内だ。簡単に会わせてもらえるとは思っていないアウルムは村長の説得を待つ。
「どうするのだ、あの様子では話は聞けないかもな」
母親の荒げた声を聞き、フレイは眉を下げてアウルムに耳打ちする。
「まあ待て。自分の子供を奪われた村長の頼みだぞ、理屈ではなく心情に訴えかければ最終的には折れる」
「そこまで計算しているのか……」
「ダメなら俺が説得する。何なら謝礼と心の治療もしてやると言えば受け入れるだろう。誰だって金は必要だからな」
「優しいのか、冷徹なのかまるで分からん人間だな、あなたは」
「それは重要ではないな。相手にとって優しく見えれば良い」
「まるで商人の言い草だ」
「戦うよりは向いているとは自覚しているがな」
だが実際は何かを追っていると言うアウルムをフレイはますます不思議に思う。この男は何故、冒険者をしているのか。
「ふう……フレイ様、アウルム様、母親が一度あなた方と話したいと」
家の外で言い争っていた村長が戻ってきて額の汗を拭った。
「ほら来た」
「待て、最初は私が話す」
得意げにアウルムは立ち上がり母親の元を向かうのをフレイは止めた。
「フレイと言う。ご婦人、子供が心配なのは分かる。親なのだから当然だ。だが私の村でもまた、親たちが子供を守る為に恐怖と戦っている。私たちはその怪物を倒すつもりだ。息子にその怪物はもういない、そう伝えられればいくらか安心出来るはずだ。
そう言ってやる為にも力を貸して頂けないだろうか?」
フレイは片足を後ろに引き、右手を胸に当て少し頭を下げる。これは騎士や貴族の挨拶の仕方だ。
「き、騎士様!? 頭をお上げください! 私のワガママだと言うのは分かっているのですっ……ですが息子は家からも出られない状況で騎士様の前に出せるようなものではないのです……」
頭を下げたフレイを見て母親は慌てる。農民が騎士に頭を下げられることなどあり得ないのだから、無理もない。
これは彼女なりの誠意なのだろう。俺という存在を息子に引き合わせることになることの謝罪も兼ねているな、とアウルムはそのやり取りを眺めていた。
「息子が一番安心出来る場所で話を聞くべきだ。ここに呼ばなくとも良い。こちらから会いに行く」
アウルムはそれが最も理に適っていると判断した。
「そんな、汚いウチに騎士様たちを出向かせるなんて失礼なこと出来ません!?」
「ご婦人、我々が心を痛めた息子の傷口を広げるかも知れない失礼を働くのだ、我々が直接出向くのは騎士として当然のことだ」
「俺は騎士ではないが、そういうことだ。心に傷を負った者の対応についても教えよう。息子が夜うなされた時あなたがどうすれば良いのか、それを知るだけでも価値はあると思うが?」
「そんなことが出来るのですか? あの……あなたは呪い師か教会の方ですか?」
「いや、ただの冒険者だが知識がある。冒険者にも心に傷を負った者はいる」
別に冒険者の心のケアなどしたことはないが、母親を安心させる為の方便ならアウルムはいくらでも使う。
本来なら呪い師や宗教家などインチキも良いところだ、一緒にするなと言いたいアウルムだが、本当に神がいる科学の発展していない世界では、神の力という方便で説得力を持たせる方が効果的なのかもな、と元の世界の宗教でも教えという名の生活の知恵じゃないのか、と考えたことを思い出した。
科学が分からんやつには宗教ってのはとにかく安心出来る根拠らしい。俺からすれば根拠ではないだろと思うが、それが人の心か……。
そんな元も子もない事を考えていた。
「一応、精神に作用する魔法が使える。落ち着かせる事も出来るので安心して良い」
「分かりました、ご案内します」
母親に連れられ、バートという子供のいる家に向かった。
「まずは俺から話す。俺のことを極端に怖がったらお前を呼ぶ。話す内容は俺の指示通りに。いいな?」
「承知した……が、本当に大丈夫なのか?」
「はあ……話は聞けるか分からんが、落ち着かせることは出来る。俺の目を見ろ」
「まさか、術を!? やめっ……」
アウルムの目を見たフレイは術をかけようとしていることに気付いたが、目を合わせてしまった。
フレイの視界には一面に色鮮やかな花畑が広がり、良い香りまでしてくる。温かい心地の良い日差しが肌を包み、鳥の鳴き声が聞こえる。
「こ、これは……凄い、これがアウルム殿の能力……ハッ!? 今のは!?」
現実に戻されたフレイは周囲を見回して自分の手のひらを見つめて、握り、開いて感触を確かめた。
「こういう使い方も出来る。落ち着いたか?」
「ああ、まるで神の世界に引き込まれたようだった……」
「そんな良いものじゃないかも知れないぜ、神の世界ってのは」
光の神に思うところがあるアウルムは皮肉げに笑う。
「バート、お客さんだよ。あんたに会いたいって騎士様と冒険者様が来てくれたよ、あんたいつも会ってみたいって言ってただろ」
さながら、入院している子供に会いに来たヒーローか俳優だなとアウルムは思いながら部屋の外側から声をかけた。
部屋に入った母親が事情を説明して戻ってくると、会うのは大丈夫そうだと告げた。
アウルムは一人、部屋に入る。