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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-5話 パパの帰宅


 バスベガの少し街外れに位置するレストラン・モスコ。ここには他国に足を踏み入れることすら許されないほどの犯罪者がひしめく。

 そして、その全てがオーティスの構成員であり、カタギの人間は誰一人いない。


 悪人中の悪人の溜まり場、仕事のない時はここで酒を飲み、仲間内で賭け事をするか、女を抱くか、ドラッグに溺れるか。何かをするにしても、このレストランを活動の拠点としている。


 そのレストラン・モスコのドアが大きな音を立てて開かれた。


 その場にいた者は手に持っていたトランプやグラスを投げ捨て、すぐに武器を手に取り、いつでも戦える状態に移行する。


 外の光で逆光となり、ドアの前にいる男のシルエットしか見えない。何者か、賞金稼ぎか頭のおかしなやつか、敵対する組織のヒットマンか、正体を探る。


 そして、男は口を開く。




「パパが帰ってきたぞ」


 フォガスト、元オーティスのボスであり死んだと噂されていた男だった。

 黒い上等なスーツは彼の体格に合わせて作られたオーダーメイド。これ程の質の服はここバスベガにおいてもそう簡単に用意出来るものではない。


「……おい、まさか」


「フォガスト……」


「いや、死んだって聞いたが……」


「シャイナの奈落に行ったんだろ?」


「とっくにくたばってるもんと思ってぜ」


「いや……囚人の脱獄騒ぎがあったって」


 顔を見合わせて、その男が本当にフォガストなのか名を騙るだけのイカれ野郎なのか、判断がつかず警戒を解かないまま、動けずにいた。


「ハッ! フォガスト、テメェの時代は終わっ──」


 ボキッ!


 前に出て、話しかけた一人の男の首がおかしな方向に曲がり、寒気のするような音が鳴って、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 そこでその場にいた全員が確信する。


 こいつはフォガスト本人であると。


 目の前に飛んだハエを払い除けるようにいとも簡単に腕利きの犯罪者が一瞬で死んだ。


 一体どうやっているのかも分からないが、フォガストは触れずに人を殺す。


 そして、ドアが閉まり、建物内の明るさの変化に目が慣れた頃、ハッキリと顔が見える。


 子供のような顔でいて、誰よりも老獪であることを感じさせる雰囲気、そして何より誰もが知っている、一度は死の恐怖を覚えたあの残忍な目つき。


 間違いない。いや見間違うわけがない、フォガスト本人でしかない。こんな存在がそこらにいてたまるものか、と誰もが思った。


「ん? ここは俺様の指定席なはずだが? 誰が一体何様のつもりで使っている?」


 店の奥の方へと歩いていき、一角のシート席を見てフォガストは質問をした。


「す、すぐに片付ける!」


 慌てて机の上のグラスや皿をどかそうとして駆け寄る男の首も折られた。


「俺様は誰が使っていると聞いたんだ、片付けろなんて言ってない。

 俺様より偉いやつがいるんだろう、是非挨拶させくれ、誰なんだ?」


 チラと、近くにいた男にフォガストは感情を感じさせない声で聞いた。


 だが、声をかけられた者は緊張、恐怖で喉がヒクつき上手く声が出ない。

 自分の喉に手を当てて「早く喋りやがれ!」と自身の体に言い聞かせるがまるで、言うことは聞かない。


「可哀想に、病気か。俺様が楽にしてやろう」


「ま、待って……」


 ボキッ!


 また、嫌な音が店の中に響く。


「お前は病気ではないか?」


「あ、あいつです……! あいつがす、す、座ってました……!」


「ジャーズベイ、お前か……留守にしてる間に偉くなったもんだ、感心するなあ……酒でも飲んでちょいと昔話に花でも咲かせようじゃないか、あ?」


「……はい」


 ジャーズベイと呼ばれた男は自身を指差した男を睨みながら、フォガストが座る席の向かいに座った。


 他の者は大慌てでテーブルと死体の片付けをする。


「いつものやつです……」


「あ〜これだよ、こいつはバスベガでしか味わえない。この乾いた空気、血生臭いこのレストラン、最高に合う」


 ドワーフの作った向きによって色合いの変わる特別なグラス。そこに丸い氷を入れ、ドラゴンスコッチと呼ばれるほど度数の高い、口から火が出るような刺激のある酒が用意される。


 フォガストは指を入れて、クルクルと氷を回して少し溶かす。


 そして、唐突に先ほどフォガストの質問に震えながら答えた男の首の骨を折る。


「ビビって仲間を簡単に売る、最近の組員は質が落ちたな、お前も苦労してるだろうジャーズベイ、ん? お前も飲め」


「あ、ああ……全くだッ……!」


 グラスに手を伸ばしたジャーズベイは声に一瞬、力が入る。彼の手の甲にナイフが突き刺さり、テーブルに固定されたからだ。


「ハエがいた。レストランなんだ、清潔にしておくべきだろう」


「す、すまねえ……助かる……」


「どうした、俺と酒は飲めないか?」


「いや、美味しく頂くぜ……」


 ジャーズベイはフォガストが消えた後、このレストランを仕切っていた。誰も逆らうことが出来ないほど恐ろしい凶暴な男だった。


 そのジャーズベイが、手にナイフを刺されても文句の一つも言わず、それどころかお礼を言う。


 この中にはフォガストを知らない者もいる。比較的新しく入った者たちだ。


 フォガストを知らない。だからこそ、この光景、この事態の異常さを受け入れられずにいた。


 逆に昔から知っている者は驚きなどない。昔に戻った、それだけのことなのだ。もうここはフォガストの縄張りになったのだ。


「それで、俺様を奈落にぶち込むことに成功した大したガキはどこにいる?

 いやのんびりとした生活だった、俺様も組織の運営ですっかり疲れていたところで丁度休暇が欲しいと思ってたから、是非お礼が言いたいと思っていたんだが、顔が見えんな?」


「……わ、分からねえんだ」


「分からないだと?」


 グラスを置いて、手を顔の前で捻るような動きをすると、ジャーズベイに刺さったナイフもそれに合わせて回転し始める。


「グッ……嘘じゃねえ、分からねえんだッ! 誰もどこにいるのか、何してるのか分からねえッ!」


「では、誰がオーティスを仕切っている、ボスは誰だ?」


「そ、それも分から……ッねえ! オーティスは今、トップがいなくても回るようになっているッ……ウッ……!

 あんたの派閥のやつらは重要な役割から締め出されて下請けの仕事しか出来てねえんだッ……!」


「面白い、だがタクマ・キデモンが采配をしているのだろう、奴に渡りをつけるような幹部くらい知ってるな?」


「い、いや……わざと分からねえようにしてんだ……! どんな怪物だって頭を落とされたら死ぬ……だから、頭を無くしたって上の連中が言ってた……もっとも、厳密には上と呼べる存在ももはや無いッ! 横の繋がりでしかねえんだッ! なあ! 頼むからそれやめてくれッ!」


 ボタボタとテーブルに脂汗を落としてジャーズベイはフォガストにナイフを動かすのを止めるように懇願する。


 嘘は言っていないようだと、フォガストは一度ナイフの動きを止めた。


「最後にあのガキを見たのはいつだ?」


「ハアハアハア……2年前、それっきりだ! あいつはその時言ってたッ! オーティスの弱点である、あんたを排除したから完璧な組織を作るって……で、気がついたら定例会議も何もかもあんたの作った仕組みは無くなった!

 もはや、オーティスはオーティスじゃあねえッ!」


「それで? 上手く行ってるのか?」


「どうだろうな……組織全体ってことなら昔よりデカくなって儲かってるはずだが、俺たちの暮らしはすっかり昔ほどの勢いはねえ……それにあんたならやらねえビジネスにも手出してる。

 俺らみたいなモンが言うのもおかしいが、超えちゃならねえ一線をなんとも思わずに踏み抜く、タクマ・キデモンはイカれた野郎だ」


「……奴は何をしている?」


「あんたがいた頃、やらなかったこと全てだ……ガキにまで薬売って、よその街でそれを捌かせてるって聞いたことあるぜ」


 フォガストは少し、黙り目を閉じて何やら考えごとをした。次の瞬間、一体何をするのか想像が出来ない男ゆえに、周囲の者はその静寂を恐れた。


「ある森にキツネがいた。そのキツネは森の中で一番強く、誰もキツネを狙うような奴はいなかった。逆にキツネは好きな時に好きなものを食える。

 森の動物はキツネが大層恐ろしかった。


 だが、弱いウサギはキツネに感謝をする。時々仲間がキツネに食われてるのにだ。


 ジャーズベイ、何故だと思う?」


「え、え……? なんなんだよいきなり?」


 要領を得ない。あまりに突然の話でジャーズベイは混乱した。


「童話だよ、ガキの頃親に聞かされたことはないか?」


「あるけどよ……だが、分かんねえな。自分らを食うキツネをありがたがるなんて、ウサギがバカとしか……」


「そのキツネはどれくらいウサギを食って良いか知ってるからなんだよ。しかもウサギだけ狙うなんてことはしない。ウサギを全部食っちまったら、次の季節にウサギは食えなくなるからな。


 それに文句を言ってみろ、機嫌を悪くしてキツネが森を出て行ったら、今度は森の事情も知らんオオカミの群れでも来たら、ウサギは全部食われちまう。まだ小せえガキのウサギも食う。ウサギだけじゃない、他の動物も全部だ。

 そしたらどうなる? 森は枯れちまうのさ。


 要するに、キツネは捕食者で森のボスでありながらも、いや、森のボスだからこそ森が滅びないように絶妙なバランスを取ってたってことだ。

 この加減の分からん間抜けが森を支配するといずれそうなる」


「あんたがキツネで、タクマ・キデモンがオオカミってことか?」


「ハッ! オオカミくらいなら可愛いもんだ、だが奴はクモみたいに岩陰にコソコソ隠れて糸を張ってやがる!

 問題は探してる間にその張られた糸に手足を取られて身動きが出来なくなるほど慎重にやってることなんだよ!

 オマケに強力な毒も持ってやがる怪物だ!

 この間抜けッ!」


「イデデデッ! ちょっ! それッ! マジでッ!」


 再び、ジャーズベイに刺さったナイフは動き出す。ジャーズベイは片手でナイフの動きを止めようとするが、まるで言うことを聞かない。


「いいか、そんな商売は長続きしない。鉱脈が見つかって金の亡者どもが馬鹿みたいに掘りまくった結果、穴ボコだらけになったネズミに食われたチーズみたいになるんだよ!

 それをみすみす指を咥えて眺めてたのかこのボンクラどもがッ!


 俺様が長い年月をかけて築き上げた犯罪帝国を台無しにしやがって!


 何がしたいんだあのクソガキ勇者は!?」


「そ、それなんだよ……あいつが贅沢してるって話は全く聞かねえ! それこそこの街でカメリアに並ぶくらいには稼いでるはずなんだ!

 だが、その金がどこに行って何に使われてるのか、分からないのは俺たちも引っ掛かってんだよ!」


「……出かけるぞ」


「ど、どこに!?」


「ホテル・バスベガに決まってるだろ、首をへし折られたくなかったら、さっさと準備をしやがれこのノロマどもが」


「ッ……お前ら準備しろ!」


 ジャーズベイはナイフを抜いて止血をする。しかし、フォガストに対して怒りなどはしない。

 むしろ、この程度で許された。感謝するしかない。


 フォガストの話したウサギとまるで同じ状況だと気が付いて、乾いた笑いが出る。グラスに残った酒を一気に飲み干して、レストランを出る。


「ホテルの支配権を握らなくては奴には勝てない。あそこはオーティスの活動の心臓部だ、いくら体制が変わっても切り捨てることは出来まい。

 戦闘は御法度の非干渉地帯のホテル内は俺様でも暴れるのは許されん、そんなことをしたら山のような兵隊が囲むだろう……だが、俺様があそこで稼ぐのは自由だ。誰も文句は言えん。

 戦いの資金にしながら、ガキの小遣いを取り上げてやる。ちょいと復帰祝いと肩慣らしだ、派手に遊んでやろうじゃないか」


 旧フォガスト派閥はこの街の金が行き着く先、心臓部であり、街の象徴、バスベガそのものである、ホテル・バスベガに向かった。


 ***


「到着したか……見ろ……いや、急に振り向くなバカッ!」


「どっちやねんお前ッ!?」


 アウルムの指示通りにクルリと首を回転させたシルバは頭を叩かれて怒る。


「自然に振り向いて見てるのがバレバレじゃない範囲でって分かるだろ、素人じゃないんだからよ」


「なら見ろって言う前に指示しろや……分かった分かった……で、あの子供は何?」


 ホテル・バスベガの巨大過ぎるカジノ。2日前に軽く遊んだホテル・クリフォナと比較するとスーパーとショッピングモールほどの差があることに驚いていたシルバとアウルムは手下を引き連れた集団を観察する。


「フォガストだよ」


「あいつが!? 生意気な中学生くらいに見えるけどマジ?」


「ああ、俺らより全然年上だよ、ミアよりは下だがな」


「あれ、ミアの歳って聞けたん? あいつ鑑定出来ひんから正確な年齢知らんねんけど」


「会話で絞り込んでいってるだけだから、俺も正確な年齢は知らんが100は超えたババアだ。んでもって、フォガストは80超えてるからジジイだ。

 全く、長命種にも色々あって見た目で相手を判断するのは危険って思い知らされるよな」


「いやいや、でもラナエルとか、さぞかし熟練の商人やろと思ったら俺らより年下であの成長ぶりやで?

 なんで、あいつあんなガキフェイスなんや?」


「知るかそんなもん、元々童顔のやつだっているだろ。種族が混ざってるやつは成長スピードもバラバラってだけなんじゃねーの?」


「あいつと組んでKT倒すんか?」


「一応はな、俺としてはKTを倒した後のことを考えて、だが」


「どういうことや?」


「まあ、俺が奈落に居た時に嫌と言うほど思い知って、考えたを改めたことなんだがな」


 アウルムは犯罪者と長く接触して、犯罪者にもグラデーションがあることを改めて理解した。


 フォガストは残忍で悪人中の悪人だが、無秩序な殺人者ではない。

 定義としてはサイコパスのシリアルキラー、そして秩序型に当てはまるのだが、あくまで仕事の業務の中に殺人があるだけ、というタイプ。


 必要と考えるので殺す。そこに精神の異常な破綻も快楽もない。


 ルシウスが奈落の囚人たちをコントロールしていたのを見て、そして彼の話を聞いて、悪人は悪人にしかなれなかった。故に悪人である。という事情もあることを知った。


 常に悪人は一定の確率で発生する。だが、悪人を統率する者の質によって行動のある程度の制御が出来る。


 日本の暴力団を排除した結果、チャイナマフィアや半グレ集団の抑えをするアンダーグラウンドな世界のバランスが崩れて秩序が無くなってしまう。

 暴力団、ヤクザは必要悪である、そんな話を聞いたことがあるが、それはあながち間違いでは無いとアウルムは考えた。


 もっとも、ヤクザにそう言った法を無視して弱者を餌にしているから組織として成立しているという部分がありその存在を肯定している訳では無い。


 だが、消去法的にマシ、という選択をするしかない状況もある。ルシウスが言っていたことを反芻していた。


 そこで、もし仮にKTを殺せた場合、フォガストがいなければ今のバランスが崩壊して状況が悪化するのを知らんぷりというのは、少し虫が良過ぎる。


 結果、アウルムは犯罪社会を任せるのはKTよりはマシ、という選択をした。フォガストは極悪人ではあるが、悪人としての美学や品のようなものを持っている。

 契約でもそれを感じとっていた。


「頭をすげかえるなら、あいつってことか」


「正直、殺した方が良いやつだろうがな。野放しになった悪党の手綱を握る大悪党も必要なのさ。法が機能していないこの世界ではな」


「なるほどねえ……それが正解って保証はないけどな」

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