7-4話 博打師と奇術師と道化師
ホテル・クリフォナのカジノにおいて、酒などの飲料は無料で飲むことが出来る。
露出度の高い美女が配膳係となり、サービスの質などで個人の裁量によってチップを渡すかどうかを決める。
シルバは本日の軍資金である金貨5枚をどうやって増やそうかと、カジノにてシャンパンを飲みながら徘徊をしていた。
「カード系は俺ルール知らんしなあ……」
舌の上で炭酸が弾け、芳醇な香りが鼻を突き抜ける。雑味の非常に少ないシャンパンを無料で提供する。
酒で思考を鈍らせることも、ある程度利益に繋がるという目的があるにしろ、他所ではそう簡単に真似出来ない。
飲まずに持って帰って売るようなことをする者が多発する。しかし、ここでそんなケチなことを考えるものはいない。
平民が一年で稼ぐような金額を一夜にして溶かしても痛くも痒くもない。そんなレベルの金持ちの方が多い。
それゆえに安定した治安から、女性でも安心して働け、客としても女性の割合が高い。
周囲にいる美女たちに目移りしながらも、今日のところは女遊びは一旦保留にして、まずは純粋にカジノを楽しむ。
シルバが目をつけたのは、スロットマシーン。『非常識な速さ』によって体感時間の操作が可能である為、タイミングに合わせてボタンを押す──所謂、目押しが効果を発揮する遊びである。
このカジノでは、現金は全て独自のチップに交換してから遊ぶ必要がある。
最も価値の低い、白のチップで大体シャイナの銀貨1枚分。
最も価値の高い、黒のチップで大体シャイナの金貨100枚分。
間は暖色から寒色に向かうグラデーションで価値が設定されており、寒色になるほど価値の高いチップとなる。
シルバは本日は白のチップ50枚と交換。
適当に目をつけたスロット台の前に座り、チップを投入する。
「へえ、1枚で3回か……」
コンピュータによって制御はされておらず、アナログな部分が目立つスロットではあるが、機能としては申し分ないほどのクオリティである。
全く、どういった仕組みなのかは分からないが、しっかりと絵柄が回転し、ボタンを押せば止まる、音もする。
確実に勇者の入れ知恵があるであろうスロットの完成度の高さに感心した。
「ほな、稼がせてもらおか」
指の関節をポキポキと鳴らして、気合を入れる。シャンパンのグラスを台の上に置き、葉巻きを口にくわえながら回転する絵柄をジッと見つめる。
そして、中央部分に『当たり』を意味する絵柄が来たタイミングで左端からボタンを押す。
「あれ……タイミング合わせたと思ったけど。押してからちょっとラグ計算せなあかんタイプか」
ズレた絵柄を見て首を傾げ、葉巻きを一吸いする。
(……おかしいな、タイミング合わせても押すたびに微妙に止まる速度がブレてる。しかもランダムやな。いや、むしろランダムじゃないと俺みたいに目の良いやつに荒稼ぎされるから、その対策か?)
何度か試したが、揃えることが出来なかった。たまたま小さい当たりが出てチップ2枚ほど返ってきたが、半分ほどは使ってしまった。
「お、ありがとう姉ちゃ……ってお前かい」
酒のお代わりを視界の端から差し出されて受け取ったシルバは、それがアウルムだったことに気がつく。
「飲んでみろこれ」
「おい、これマジか?」
「俺も飲んで驚いたがな」
「コーラやんこれ……いや、本物とは若干風味違うか?」
「厳密には酒混ざってるからラムコーク。添えてるのもライムじゃなくてこっちの柑橘だが」
グラスに入っているのはシュワシュワと小さな音を立てながら泡を生む黒い液体。
シルバはこれを飲んだ瞬間、日本での生活を思い出し、コーラにまつわる今までのエピソードが走馬灯のように駆け巡って、涙が溢れかけた。
ウエダのカレー以来の衝撃である。
「ありがたい……これはありがたい……」
「おかわりもあるぞ。それでだ、その台はやめとけ。あそこの角から二番目のあれだ。あれ以外は微妙にタイミングを狂わせてる。
金持ってそうな客は当たりの出ない台に誘導して、サクラに座らせてんだよ。鑑定で所属も確認したから間違いない。といってもそれをビタ押ししてるわけだから、サクラのやつは相当慣れてやがるがな」
「仕込みアリかいな」
「だから適当なところで切り上げて、空いたタイミングであそこに座れ。もしくはルーレットだな、お前の目なら落ちる場所を予測出来るはずだ。俺はポーカーの卓で遊んでくる」
「了解」
シルバから離れていったアウルムに礼を言って、一度席を立つ。ラムコークのお代わりを頼み、それを片手にカジノを散策する。
「ミアとラーダンは何しとるんやろう……お、いたいた」
ラーダンはハンマーで台を叩き、その強さによってメーターの位置の変わる遊園地などでたまに見かけるゲームに似た遊びをしていた。
ただし、単純な力比べではなく、一定以上の力が必要かつ、メーターの指定する位置に合わせて力を調整する必要のあるもののようだった。
「儲かってるか?」
「この程度の誤差が許されるなら簡単過ぎるな……」
声をかけると、ラーダンは造作もないと喋りながらハンマーで台を叩き、メーターの位置ピッタリに合わせる。
「ちょっと俺にもやらせてーや…………って、ハンマー見た目よりも重ッ!? 」
鍛えたシルバでさえ、渡されたハンマーを持つと一瞬フラついた。100kg以上はある。重い特殊な金属を使ったハンマーだ。
これは力自慢の冒険者でも楽しめるようにと設計されているのであろうが、軽々とおもちゃのように振り回すのはラーダンだから可能なことであった。
しかも、それを使って狙い通りの強さに調整するというのは簡単ではない。
「いや、結構難しいやんけこれ!?」
「修行が足らんな。私はこれで稼がせてもらう」
「あかん、これは無理、普通は出来ひん。武術極めてる変態用や」
シルバはラーダンから離れる。コツを掴む頃には金がなくなると思い、撤退した。
「ミアは……バカラってやつか」
ミアは背中の見えた黒いドレスを着ており、女ということで目立っていた。
「どうや……って、チップの数エグっ……」
ミアのテーブルにはチップが山のように積まれていた。
「あ、調子どう? このゲーム面白いわね、慣れてない私でも簡単に稼げちゃうわ。自分のカードが9に近いかどうかを予想するだけなの」
「いやいや……にしても勝ち過ぎやろ」
「ゲームスピードが速いから一回でいっぱいかけなくてもドンドン増えていくのよ。なんか私が勝ち過ぎてて、私の運にあやかろうって人が増えちゃった」
「は〜凄えわ……」
これもまた真似は無理。謎の大勝ち美女と親しげに会話するシルバに対してのやっかみの視線が強く、早々にその場を離れた。
「で、アウルムか……まあ見るまでもないよな。あいつの場合」
アウルムがいるであろう、ポーカーをやっている卓に行く。
しかし、ここの卓は他の卓よりも空気が少し違った。百戦錬磨のギャンブラーがひしめく場所とでも言えば良いだろうか。
慣れた手つきでピタリと客の前にカードを配るディーラーと、雑談をしながらも相手の様子を伺う客の妙な緊張感があった。
アウルムも適当に会話に混ざりながらチップを賭ける。ところが時々負けている。
(あいつ、わざと負けたんな……徹底しとるわ)
アウルムはカウンティングが出来る。しかし、ブラックジャックほどポーカーではカウンティングの精度の高さが勝利に繋がる訳ではない。
ディーラー、客、及び周辺の客の反応全てを見て総合的に予測をする。
『解析する者』は生理反応まで見える。アウルムは戦えば戦うほど相手の傾向、情報がドンドンと溜まっていく。
今は情報を蓄えている最中だとシルバは気がつく。
「さあ、ここらで勝負に出るか……」
アウルムはチップを全額賭けた。アウルムを知らなければ負けがこんで博打に出たように見えるだろう。
そして『運良く』大勝ちする。次の試合ではそこそこに負ける。だがトータルでは結構稼いでいる。
そんな試合運びをする。
(あっれ〜、俺だけ負けてるやん今のところ。ミアに関してはどうやってんのか知らんけどツイてるだけな訳がないしな、うわなんか腹立つな〜絶対今日笑って帰ったるからな!)
目当ての台があくまでカジノをウロつき、やっと座ることが出来た。
(よしよしよし、俺の番や! ほぅらぁッ! キタキタッ!)
チップを投入して絵柄を揃え順調に稼ぐシルバは上機嫌になる。
チャリンチャリンとチップが排出される音に満足感を覚える。
「おい、そろそろ部屋に戻るぞ」
「もうちょい、もうちょいやらせてくれ!」
「遊びにマジになってどうするよ。今日は偵察だろ?」
アウルムに肩を叩かれても目を逸らすことなくボタンをシルバは押し続ける。
「どうや! 白チップ200枚稼いだったわ!」
「あ〜、残念なお知らせだが、スロットは大して稼げん。勝ちやすいがな……それは俺の半分にも満たない額だ」
「嘘っ……!?」
「ちなみにだが、ここの娼婦は一回でそれくらい稼ぐらしいぞ、ほら帰るぞ」
「そ、そんな……俺の苦労は一体……」
「負けてないんだから良いだろ」
「そういうことではなく……」
ガッカリとシルバは項垂れながら、アウルムに連行されて部屋に戻ろうとした途中、外の方でワッと歓声が上がり、2人の注意はその声の方へと向かった。
「なんや?」
「カジノのショーか何かだろう。行ってみるか?」
「せやな、この街で人を驚かせるショーってどんなんか気になるしな」
***
魔法の存在する世界において、アウルムとシルバが転生する前にいた世界で使われていた言葉、及び技術である『マジック』
この世界ではそれらの技術を利用して発生した現象は、何からの魔法か、またはアイテムを使ったものだろうと解釈される。
種も仕掛けも、魔法というものの存在で説明がつく。物理的にあり得なくとも、その疑問は魔法が解決してくれる。
では、マジシャンは居ないのか? これは否である。
ただし、呼び方が違う。ここでは奇術師、及び道化師と呼ばれることが主流である。
「ハハハ、なかなか面白いな」
「手品はショーの一部として取り入れて、その技術の高さで人を驚かせつつも、要所要所で笑いを取るスタイルのパフォーマンス集団か」
「楽器の演奏も上手いやん」
ホテルのすぐ近くにある噴水のそばでいつの間にか大きなステージが組み上がっていた。
場所はホテル・クリフォナとホテル・バズベガの丁度間くらいの位置にある。
派手な服を着たメイクをした集団が音楽と照明で演出をしながら、マジックをしては失敗する。時々成功するがまた失敗、というストーリーでショーをしていた。
種も仕掛けも『解析する者』で分かってしまうアウルムは興醒めするところだが、内容で笑わせられる。
これは大した者だとアウルムとシルバは立ち見の客に紛れながらショーを見物していた。
「ピエロってやっぱりあれ、思い出すよな、仕事柄」
「ジョンゲイシーだろ。だが、それはいくつか間違いがあるから訂正させてもらう。
まず、殆どの人間が間違えてるが道化師にも種類があるんだよ。
一般的に俺らの国のやつらが『ピエロ』と呼んでるのは実際のところ『クラウン』だ。アメリカの映画とか見てみろ、クラウンって言ってるから。
ドジで失敗して笑わせる仕事がクラウンで、メイクに涙があるのがピエロで役割も少し違う。
因みに『ジェスター』ってのもいる。
スティーブンキングの『IT』に出てくるペニーワイズも、ジョンゲイシー、バットマンの敵ジョーカーもクラウンであってピエロではないだろうな」
「ああ、そうなんや……で、そうじゃないやろ。その『クラウン』って呼ばれるようなやつがこの場にいるわけやが、ブラックリストと関係してるかって話やろ」
「見たところ、あの集団に勇者は居なかった。そもそもだが、クラウンって名前でまんま見た目もクラウンって分かりやす過ぎるだろ」
「そりゃ、それで見つかったら早いよな。でもさあ? クラウンって名乗るくらいなんやし、あいつらに話聞いたらなんか分かるかも知れんやんな?」
「それはそうだ。だが……」
シルバの意見に同意しつつもアウルムは声を尻すぼみに小さくする。
「だが?」
「あいつら、喋んねえんだよ。ジェスチャーとか表情でしか意思疎通しねえんだ」
「マジか……」
「あんな集団では見たことないが、シャイナで1人見かけたから喋りかけてみたんだ。
で、どうやらこの世界の道化師は一般人には意地でも喋らない、つか喋ってはいけないみたいな掟があるらしい。
パントマイムみたいなことさせられて、あっちのペースに持ってかれてまともな会話にならねえんだよ。
同業者や普段の生活でどうやってコミュニケーション取ってんだよって思ったら通訳係をする召使いみたいなのにやらせるか、全部ジェスチャー、パントマイムでやるからな。
しかもだ、めちゃくちゃ常にふざけるんだよ。凄い疲れるぞ、俺正直聞き取りするの嫌だな」
「ええ……ヤバい奴らやん……」
異常な道化師たちの生態を知ったシルバは苦笑いをする。
「ああ、そうなんだよ。それであいつらまあまあ稼ぐからな。娯楽が少ないから人気なんだよ下手したら吟遊詩人より稼いでるくらいだ。吟遊詩人は道化師のこと毛嫌いしてるんだが、それすらネタにして茶化すからな。
こうやってリュートみたいなの弾く真似してよお……」
「ダハハハッ! ウケるわお前がそれやったら! お前道化師なったらええんちゃうか!」
「笑い事かよ、お前聞き取り出来るもんならしてみろよ」
「やったろうやないか! 明日話しかけたるわ!」
「せいぜい頑張れ。オモチャにされるのがオチだぞ。腹立つからな? だからと言って殴るわけにもいかんし……俺は関わりたくない」
「俺かてダンスとかパントマイム得意やで? ほら見て、首のアイソレーション」
カクカクと首だけを左右に動かして、ロボットのような動きをブレイクダンスが出来るシルバは披露する。
それを見てた周囲の人間が笑いながら拍手した。
「ああ、どうもどうも」
「ダンスが言語となるか……こりゃ見ものだな」
拍手してくれた人に対して愛想を振り撒くシルバをアウルムは鼻で笑った。