7-2話 近況報告
「よお、久しぶりやな。元気してるか?」
シルバはアウルムと念話によって近況と情報交換をしていた。
「まあ色々あったが、収穫もあったし退魔石も捌けそうだ」
アウルムはシルバの直近の行動を把握しているが、シルバは奈落に向かった後のアウルムの行動をあまり把握していなかったので説明を求めた。
「はぁ!? いや、お前それ考えられへんわ……引くわ〜」
「いや、確かに俺らしくない行動だと思うがな。まあ免罪符の金は俺が自分で稼ぐからお前は気にしなくていい」
「自分の歯ァ抜くって頭おかしいやろ!」
「そっちの話かよ。お前と合流したら治してくれるってのも計算に入れてるから、そこまでクレイジーじゃないだろ?」
「俺がガキの頃殴られて歯欠けてんの知ってるやろ。だから『非常識な速さ』ってユニークスキル生まれてんねん。俺からしたら絶対ない選択やわそれ。
しかも、手回ししてチャックとか言う子に正体隠してんのに抜いた歯でバレるって間抜け……歯抜けにも程があるわ」
「いや面白くないから。正確には瞳の色と、雰囲気が同じで歯が決定打になってしまったってことなんだがな」
「どっちみちあかんやろ。でも次会ったら縛らせてもらうで?」
「それは守秘義務とチャックを守る為にも必要だから頼むつもりだ。人の口に戸は立てられないって言うが、『破れぬ誓約』はそれが出来るからな」
裏切る意図がなくとも、策略やユニークスキルの使い方によっては望まぬ情報漏洩をさせられてしまう可能性を二人は常に憂慮している。
どんなユニークスキルがあってもおかしくないという想定で行動し、外聞が悪いような契約もそれは基本的には身内を守る為の措置だ。
喋ろうとした瞬間、行動不能となりそれ以上はあらゆる手段でアウルム、シルバに関する情報を発信することは出来ない。
頭の中に入り込んだり、物質の記憶を読むサイコメトリーのようなスキルを防ぐ手段がないのが唯一の欠点だろうと予測している。
「それで、どれくらいでバスベガ到着や? 俺らはもう近くの村まで来てるからいつでも大丈夫やけど」
「トラブルが発生しなければ後3日と言ったところかな。流石にヤヒコ・トラウトとかち合う並の問題はそうそう起こらんと思うがな。道中で情報収集もしてるし、自動車ほど速くは移動出来ないから、そんなもんだ」
「車はええで〜。俺大型二輪の免許しかないからホンマはあかんねんけど、車の運転って他に走ってる車がおらんくて、デカい道ならそこまで問題ないからな」
「道路交通法なんてものがないんだ。気にする必要はないだろ。古い型のマスタングだったか? 日本車に比べたら壊れやすいだろうが、そこはお前のスキルで解決出来るしな」
「ああ、メンテの心配なしで好きな車乗って制限速度無視でぶっ飛ばせるのは気分良いわ。ラーダンがレーダーの役割してくれるから目撃の心配も要らんしな」
「龍眼か、どうやらミアにもあるようなんだがラーダンとは能力が違うっぽいぞ。教えるつもりがないのか詳しい能力は分からんが、ミアにレーダーみたいなことは出来ないからな」
「俺も龍人族の血流れてるからワンチャン覚醒とかしてくれたらカッコいいんやけどな〜、能力ある眼ってロマンあるわ」
「それを言うなら俺の妖精族は飛べるからな。空を自由に飛ぶのは元の世界じゃ人間の夢みたいなところがある、立体的な移動が出来たらかなり強いだろうな。
今のところ老いるペースが遅いくらいしかメリットがない」
アウルムには妖精族の血が流れているらしいが、外見的にはそこまで影響がなく、飛べもしない。
飛ぶことが生まれつき出来るのは妖精族と鳥系のビーストだけであり、後は風魔法などで擬似的に飛んでいるように出来るだけ。
しかも制御や使用魔力に問題があり、ほぼ使いものにならない。
恩寵にはそれが可能なものがあるが、スキルではないので狙って獲得も出来ない。つまり空を飛ぶことが出来る存在は極めて少ない。
あのカイト・ナオイですら自由に飛行する能力を持ったニノマエに苦戦した。
高所の有利を取るというのがどれだけ重要なことかは推して知るべしである。
そんなことをアウルムは改めてシルバに説明した。
「ちょっと待てよ……ヒカルは飛んでたな? 飛んでたっつーか重力無視してた?」
「あいつのユニークスキルは謎だ。逆になんでも出来るんじゃねーのかと思えるくらいに活躍が多彩過ぎて絞れんくらいだ」
「やっぱあれか? 能力奪う系の……」
能力バトル系の漫画において、非常に厄介かつ強力な能力の代表に挙げられるであろう、能力を増やすことが出来る能力。
そして奪われるというのは何よりも恐ろしく警戒すべきところだ。
「それって安直な推理だろ? ミアとも協力して王国祭まわりの動きとかその後の動静の情報は集めたんだがとにかく用意周到な奴だよ。そして秘密主義だ。
そんなやつが簡単に推測出来るような能力持ってるとは思えないから、どうにもそう思わせるように誘導されてる気がしてならないんだよな」
「運の良さ……グゥグゥことジングウジはそう言ってたから、もっと斜め上のスキルかも知れんな。バスベガで鉢合わせるってことはないやろうけど、しばらくは戦いたくないな」
「バスベガはマジで金さえあればなんでも出来る行き過ぎた資本主義みたいな場所だ。犯罪者の引き渡し条約なんてものも結んでないから、犯罪者にとっては天国みたいなところだが、シャイナからは比較的近いし目立つようなことはしないだろう。
まず、バスベガには居ないと考えている」
「ドバイとラスベガス足したような街ってイメージやな」
「大体あってるぞ、名前もラスベガスに似てるしな。噂じゃこの世でもっとも豊かな土地らしい。シャイナのど真ん中に流れてるオブスキュラ河川の上流もある。
……ナイル川で栄えた古代エジプトみたいなイメージもあるが」
「比較的砂漠に近い地域やけど水源がしっかりあって、周囲の国のバランスで干渉されず、金と物と人が集まる最も栄えた場所か。面白そうや既に期待値高いわ、俺はしばらくのんびり遊ばさせてもらうで」
「数日骨休めする程度には良いだろう。むしろ金持ってて遊ばないと怪しまれるような土地なはずだからな」
「話分かる相棒で助かるわ〜!」
ヒュウとわざとらしく口笛をシルバは吹いて喜びを表現する。
アウルムとしては認めないと後からガタガタ文句を言われては敵わないというだけの理由なのだが、普通は息抜きが必要だということも理解している。
支配人グゥグゥから始まり、王国祭、奈落、迷宮都市、バスベカとかなり忙しいスケジュールをこなしていたアウルムとしても、この辺りで少し休息をする必要があるとは思っているので、敢えて反対するほどの理由や異論はない。
「んじゃ気をつけてな」
「ああ、そっちもな。シャイナの軍と会うことはないと思うが密偵のようなやつがいるかも知れない。慎重に行動してくれ」
「分かっとる分かっとる。困ったらラーダンにボコってもらうから」
「それ聞いて余計に心配になってきたな。マジで頼むぞ?」
「あーい、ほな3日後!」
そこで念話を終える。
「ミアの様子はどうだ?」
「あ〜特に怪我なく問題もなくって感じやったな?3日後には会えるからその時に話したらええやん」
部屋の隅で腕を組み、目を閉じていたラーダンがシルバの念話の内容を気にしていた。
(こいつ、ミアのことに関してはちょっと引くくらい過保護さ発揮してくるの何やねんマジで。普通にキモいやろ)
普段は落ち着いて、どこかボーッとしているようなところもあるラーダンだが、明らかにソワソワしている。
「バスベガって博打が色々あるらしいけどさあ、俺でも勝てそうなやつある? 今のうちに練習しときたいな」
「私なら地下格闘大会に出て自分に賭けるのが一番手っ取り早いだろうが君は……う〜む」
「は? 俺は勝てへんってか?」
「いや違う。能力を出来るだけ見せずに行動したいという意向を組んで考えていただけだ。だが、あそこには君クラスの実力者はそれなりに集まる。
王国祭のアレは大したことがないな」
アレとはニノマエによって中止になった武闘大会のことだが、参加条件が厳しく、そもそも表に出られるような者しか参加出来ない。
本当に危険で強い奴は表には出ないものだとラーダンは説明した。
恩寵とラーダンが認識しているシルバのユニークスキルの使用無しでは、確実に勝てると言えるほどシルバの戦闘は磨かれていないと考えている。
強いが、戦い方を選ぶ余裕があるほど甘い場所ではない。そういうところだと説明した。
「鍛えてもらって、実戦も強くなったつもりやけど、まだまだか」
「君の強さは歪だからな。身体能力などは一級品だが、経験が圧倒的に足りない。いわゆるレベリングで強くなったのは見る者が見れば分かる。
それでもセンスはかなりあるのだがな。何より舞いを戦いに取り入れて独特のリズムで動くのは相手からしたらやりづらいだろう。
だが、なるべく恩寵に頼らない戦い方をするべきだ。今のところ切り札ではなく、苦渋の選択として使わされていることが多いと見える」
「おっしゃる通りですわ。立ち回りの上手さってのがラーダンと戦ったら分かるしな。気がついたら戦いにくい、自分の得意なことさせてもらえへん嫌な感覚な」
スポーツの試合において、プロの選手がインタビューでよく回答する「得意な、自分たちの戦い方をさせてもらえなかった」という言葉。
まさに、得意なことを封じることが勝利に繋がることの証明であろう。
逆に得意なことが出来る相手は基本的に格下であり、同格でも得意なことが出来れば勝てる。
得意なことをしても歯が立たないのが圧倒的な格上。
ラーダンはシルバに得意な戦い方をさせても勝つ。まず、それだけの力量の差を教える。その上でシルバの戦い方をさせない訓練をしていた。
格上の相手のやりにくさ、対処の方法をスパルタで叩き込まれる。
そこで恩寵に頼ることなく戦えなければ今後の戦闘で困るだろうとの配慮だった。
ただ、これは肉体の損傷が回復する特異な力のあるシルバだからこそ出来る相応に危険を伴う訓練だった。
自分なりの型が定着しつつあるシルバはそろそろ腕試しをしたいと思っていたが、まだその時ではないと釘を刺された。
一方、ラーダンは教えるばかりではなく、シルバから教わることもあった。
車に興味を持ち、運転がそれなりに出来るようになっていた。何度か普通なら死んでいたであろう危険運転を経験してのことだが、その程度の衝撃ではラーダンは死なない。
運転の基本的な方法を教えたシルバはラーダンと同乗することを拒否するようになった。荒い運転は心臓に悪いからだ。
シートベルトは咄嗟の時に脱出しにくいので、逆に邪魔である。衝撃で吹っ飛び外に出た方がまだ助かる、などと抜かすドライバーの助手席には座りたくない。
「そうだ、君でもアレは出来るか……」
ラーダンが思い出したかのように説明した博打は元の世界で言うところのチンチロリンとほぼ同じものであった。
「いや……これ、出来るけど勝てへんやん? 運要素クソ強い遊びやん? なんか、こう実力で勝負出来るやつないんかよ」
「私もバスベガに入った記憶がないのだ、聞いた話だけでな。だからあの街で実際にどういう賭け事が行われているかは分からん。あくまで一般的な遊び方を教えているだけだ」
「そりゃそうか……なんかラクにガッポガッポ稼げるチョロい方法ないかと期待したけどそんな甘くはないよな〜」
「賭け事は基本的に胴元が儲かる仕組みだ。遊び程度にしておかないと身を滅ぼすだろう……これは噂だが、あの街で金が無くなったら、負けて金が払えなかったらどうなると思う?」
ラーダンは珍しく、ニヤケながら噂話をし始めた。
「まあ借金奴隷とか、労働ちゃうの?」
「それは労働して返済出来る程度の負債の場合だ。一生働いても稼げない、それこそ私のような長命種でないと無理な額を短命なヒューマンが負けた場合の話だ」
「臓器売るとか……実験に使うとか……そんなところかな?」
「そういう奴らを集め、特に金を持っている連中のみが招待される秘密の見せ物の道具にされるらしい。普通ならばそれは闘技場で行われるような見せ物だろうが、より嗜好を凝らしたものだそうだ」
(おいおい、帝愛グループが仕切っとんのかバズベガは……)
グゥグゥは殺しの手段にしていたが、バズベガの者は単なる娯楽として賭け事の一つとして消費する。何故どの世界も金持ちはそういうことが好きなのだろうか。
そういう作品を今まで読んできたシルバからすれば然程の驚きはなかったが、人間の業の深さを改めて思い知った。その噂が本当であれば物語に出てくるフィクションではなく、現実なのだから。
(……いや、待てよ。KTってそういうところに居るんちゃうか? 普通にギャンブルして会えるとは思えへんな。居るとしたらそういう会員制、VIPのみが来れるような場所な気がする。
俺は別に参加したくないけど、接触するにはVIPになってその噂のゲームで賭けられるくらいの上客にならんとあかんのちゃうか?)
ケンイチ・クマイに小熊族を託され、彼の死因となったKTを倒す。これはシルバにとっても絶対に達成したい目標だった。
アウルムはチャックの免罪符の為に稼ぐ。シルバは適当に遊んでからKTを探せばいいと思っていたが、遊ぶこと自体に意味が出てきた。
「よし、バスベガでは本気で遊ぶか」
「どうした? 何故今の話で遊ぶ方にやる気が出る? むしろ自制させる為に話したつもりだが」
余計なことを言ってしまったか、とラーダンはシルバの思考回路を理解出来ずに混乱した。