7-1話 チャックの面倒
「俺は先に、迷宮都市に入る。話をつけたら戻ってくるから待っていてくれ、仲良くな……」
迷宮都市から半日かからない程の距離にある小さな村の宿に泊まったアウルムとミアとチャック。
犯罪者であるチャックが安全に移動出来るのは、こういった鑑定石が用意出来ない規模の場所だ。
まずはプラティヌム商会のラナエルやルークに話を通して受け入れる準備を整えてもらう。
断られないだろうが、何事も準備が必要であり、一月以上留守にしていたことから報告なども受ける必要がある。
今回は『虚空の城』を使い、プラティヌム商会の地下にある、アウルムの秘密の工房兼、緊急時の避難所から出入りをする。
「掃除はされているな、助かる」
埃などが溜まらないように定期的に掃除され、綺麗なままに保たれている工房を見て帰ってきたのだと実感したアウルムはロアの変装を解除し部屋を出て、店の裏側に向かう。
「久しぶりだな、ラナエル」
「あら? お戻りになられたのですか?」
「ああ、変わりないか?」
「いえ、留守にされていた間随分と変わったこともありますよ。報告すべきことは多いです……シルバ様は?」
「その件もあって戻ってきた」
丁度、書類を抱えて店の裏側に来たラナエルとバッタリと出くわした。
過度に働いているわけではなさそうだが、忙しい毎日を送っていたのだろうと疲労感のある顔をしていた。
「サラエル、ちょっと来て! アウルム様が戻ったわ」
「お帰りなさい、思っていたより遅かったですね。皆心配していましたよ。お茶をご用意しますね、皆を集めましょうか?」
「頼む、それとルークも呼んでくれ。彼とは上手くやってるか?」
「ルーク様には色々と助けられてますよ、是非顔を見せてあげてください」
長い髪に複雑な編み込みをしているサラエルは上機嫌で店の表の方に向かって行った。
***
「王都はどうでした?」
「……王国祭について、どの程度情報が入ってきている?」
「商人ですから、ある程度の事は耳に入ってますよ……ゼロのことも」
「そうか。結論から言うがあいつはカイト・ナオイによって殺された。俺から皆に直接伝えたかったのだがな、色々あって俺たちが始末をつけられなかった」
「それは気にしてませんよ……皆、ゼロが死んだことに安堵したのは事実ですから」
サラエルの用意してくれたお茶を飲みながら、ゼロ──レイト・ニノマエの被害者であるエルフの皆に、死を見届けたことを報告した。
アウルム、シルバとしては自らの手で殺したかったがそれが出来なかったことが心残りだった。
全員平気そうに取り繕ってはいるが、震える手で持つカップの立てる音を聞けば、気にしていないというのは嘘だと分かる。
アウルムが殺さなかったことが問題ではなく、ニノマエに関する話題自体にまだ心理的な抵抗があるからだ。
「それで、シルバ様がいらっしゃらないのは?」
「ああ、あいつと別行動をしていたのだが勇者の一人、ヒカル・フセという男がシャイナ王国を裏切って騒動を起こした。その際に攻撃されてカッサ大砂漠のあるアラアバブ付近まで転移させられたんだ…まあ、元気にやってるらしいがな」
「あの方なら、どこでも生きていけるでしょうね」
「ふっ……確かにな。合流はバスベガで、ということになった。すぐにでも向かうつもりだが、その前に頼みたいことがある」
その時、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。勇者やアウルム、シルバの能力に関する話はここで一旦終わりだと合図をする。
「ルークです」
「入ってくれ」
「お久しぶりですねアウルム様」
「元気そうだなルーク、家族の様子はどうだ?」
「ええ、おかげさまで商人として家族一同、皆様と仲良くさせてもらっています」
やつれていたルークだが、すっかりと元気になっていた。紫の髪を縛り、やり手の商人らしい顔つきと服装をしている。
後々聞けば、彼は既に他国にいる勇者の商人のせいで商売が傾き、ダンジョンにスカベンジャーの真似事をしなくてはならない程追い詰められていたことが分かっている。
最終的な決め手となったのは光の女神の信仰組織である教会に対して借金返済が出来ず、断罪という名の処刑をされかけたことにある。
教会はとにかく金を持っている。そしてヒューマンの支配する地域で金貸業の元締めが教会の運営する店だ。
金貸しは教会の利権であり、一商人が手出し出来る範囲ではないので、金に困れば最終的に教会に泣きつく必要がある。
教会もそれを分かっているので利率は暴利にも程がある設定で更に私服を肥やす。
商人よりも金にうるさく、ルークは困っている時に助けてくれない神など信仰に値しないと、かなりの敵対感情を持っていたからこそ、協力関係を築いた。
ラナエルたち亜人種だけでは困る問題を一手に引き受けてもらうことが出来たのは僥倖だった。
「ルーク、旅の道中で拾った訳アリの子供がいる。絵師になりたいそうなんだが、世話してもらえないか? 特別扱いはしなくて良いが長い目で見てやって欲しい」
「あなたの頼みでしたら可能な限りやりますが、訳アリとは?」
「犯罪者で身分がない。俺が手を回して身分はなんとかするが、それまでの間は……分かるな」
「そうですか、詳しい事情は聞きませんよ。お任せを。最近は絵師の需要も高いですからね、私も育てようかと思っていたので丁度良いです」
「そう言ってくれて助かる。金は用立てるので準備を頼みたい。リリエル、ルークに後で支払いを頼む」
「分かりました」
「話は以上ですか? でしたら私は失礼します。皆様積もる話があるでしょうし、お邪魔したくはありませんからね」
ルークはそう言って商人の挨拶をしてすぐに部屋を出た。
「小間使いのようなことをやらせて申し訳ないな」
「ルーク様は相当優秀ですよ、急成長するプラティヌム商会に関するやっかみや問題ごとを未然に手回しして防いでくださってくれますからね」
「そうか、王都の土産もあるから後で渡しておこう」
身内は手厚く遇する。裏切ることに得がないと思うほどに。シルバの誓約があるからと言ってそれを完全に信頼はしない。それがアウルムの方針だ。
「ヒカル・フセについてだが、調べるな」
「調べるな……? 危険人物の勇者の情報を集めるのも私たちの仕事では?」
「それはそうだが、危険過ぎる。相手が悪いこちらよりも何枚も上手でコネクションもある。国を欺いたんだぞ、探っていると知られるだけで危険だ。
普通に商売して入ってくる情報を俺に伝えるのは構わないが、自分たちから探るようなことは絶対にするな」
これは大事なことなので、前もって釘を刺しておく。常に守ってはやれないからこそ、危険に飛び込むような真似はさせない。あくまで後方支援を頼みたい。
これで、彼女たちに危害が加わればシルバも悲しむだろうとアウルムは強めに命令した。
「そう言えば、相当量の退魔石を仕入れたが捌けるか?」
「大きさと量によりますが……」
「この壁くらいのデカさのが50枚くらいある。シルバが産地で直接仕入れたからいつでも出せるぞ」
「時間はかかりますが、捌けます」
「じゃあ頼んだ。後で倉庫に入れておく。利益はいくらくらいになる?」
「仕入れ値がかかってないのですが、抜け荷してますからね、その辺りの工作に多少お金は掛かります。うちは『輸送方法』が特別ですから、その点は手を打ってますのでご安心を」
話を聞くと、アウルムの転移とアイテムボックスによる輸送は通常ではあり得ない効率を産む。しかし、それでは販売している量と仕入れている量で釣り合いが取れずに怪しまれる。
もちろん、税も払っていない。と言うよりも仕組み上払ったらバレてしまう。
それを補う為に大量に馬車を他所から動かしているという。これは方々に散ってるエルフのネットワークを利用しているらしく、毎日大量に荷馬車が借りた倉庫を往復しているらしい。
金を積めば検査は緩くなるなど、ザルなもので違法な物品などがない限りは許されてしまう。
この辺りはどこもやっているらしく、この世界、この時代らしいと言えばらしい。特に悪いことをしているという自覚もないようで、その為に高い金を払っている。
それだけの話のようだ。
これはアウルムとシルバではどうにも出来ない問題なので、任せて勝手に処理してくれているのは助かる。
スキルで後先のことを考えずに儲けを出せるというのは大きい。仲間は作っておくものだと実感した。
「ライナーたちにも顔を見せてあげてください」
「そのつもりだ。あまり時間がないからな。バスベガで活動するのに軍資金が多少いる。退魔石の利益を出せるだけ建て替えて用意してくれるか」
「額が大きいので、今日中は厳しいです。通常業務もありますので」
「それもそうか。悪いな」
「いえ、お二人の店なので」
ラナエルたちに礼を言って部屋を出て、ライナーたちに会いに行く。セキュリティ面も気になるところだ。人数がやや足りていないのはアウルムも自覚している。
***
「平和なもんだなぁ」
「ああ、何もねえのが一番だが……王都は結構荒れてるらしいぜ?」
「馬鹿な勇者が暴れたんだろ、何がしたいのやら」
「そうそう、アウルムの兄貴が戻ってきたらしいぜ」
虎のビースト、ライナーと狼のビーストであるヌートが店の前で雑談をしていたのをアウルムは見ていた。隠遁を使い、ひっそりと。
「急に現れるから心臓に悪いんだよなあ、あの人」
「誰が急に現れるって?」
「ウォアッ!? 兄貴ぃッ! だから、それやめてくれって言ってんだろ!?」
「悪い悪い。元気してるか? キーラも」
「ああ頑張ってるよ。最近は言葉遣いなんかも丁寧になってな」
「お前らも、もうちょっと丁寧な言葉遣い覚えた方が良いと思うがな……うちは高級路線だからな、護衛にもそれなりの品格が求められる」
「最近教えてもらってんだが、俺ら学のねえ冒険者だからな。子供みたいにすぐは難しいん……ですよ。どうだ! 出来てるだろ兄貴!」
自信満々に胸を張って、ちょっとだけ語尾に気をつけたヌートになんと声をかけて良いのかとアウルムは少し迷った。努力は認めたいが、そのままで良しとすることも出来ない。
あまりキツく言ってやる気を無くしても困ると気を遣って回答する。
「ヌート、自信があるのは良いがそれで出来ると言われてもな……まあ、仕事の合間だから仕方ないが、ラナエルたちどころか、お前らの立場を守る為にも言葉遣いはもうちょっと気をつけてくれ。
俺も孤児出身だが、貴族と話せるくらいにはなったから可能だ」
「すっげ……敵わねえなあライナー?」
「シルバの兄貴も出来るのか?」
「ん? ああ……お前らよりは出来るぞ。一応時と場所を弁えて恥をかかん程度にはな。なんだ、意外か?」
この二人はシルバが敬語を使ってるのを見たことがないらしい。出来ると言ったら驚いた顔をして互いを見合わせていた。
孤児だが練習して出来るようになったというのは嘘だが、実際出来たやつが目の前にいたと言えば、非現実的なものではないと思ってくれるか、とアウルムなりに考えてのことだ。
「まあ良い。警備の仕事はどうだ? 人が足りてないと思うが……さっきからこっちを遠巻きに見てるガキはなんだ?」
「やっぱ気付くか……いやあ俺たちも人手が足りてないのは分かってるから信頼出来そうな奴を探して最近はちょっとした仕事を与えてるん……ですよ」
「懐いたか。だが店の中には入れるな? あいつらは『契約』が出来てないからな。まあ、店の外を見回りする要因として雇うなら良いだろう。レベル上げが必要なら金は出すから、ラナエルたちに話は通しておけ。
シルバが戻った頃に真面目な奴なら正式に雇っても良い。ただし、それまでに問題を起こしたら責任はお前らが取れよ」
「皆に迷惑かけるつもりはないから、その辺りは俺らもちゃんと見てるつもりだ。だがビーストは食えねえガキが多いからなんとかしてやりたくてな」
「今後のこと考えたら孤児院なんか運営して警備要因を将来の為に育てた方が良いんじゃないかってラナエルさんに相談はしたぜ……です」
辿々しい敬語を使いながら、ライナーたちなりに考えて動いていると説明してくれた。
「孤児院か……しばらくは無理だ。こっちの仕事が片付いてシルバが戻ったらだな。あいつは敵の攻撃にやられて遠くに飛ばされちまったからバスベガで合流しないといけないんだ」
「へえ、そりゃ大変だがあの人なら大丈夫だろうな」
シルバへの信頼が物凄く高いのだな、と周囲の反応を聞いていて改めて分かる。これが人望の差か、とアウルムは笑った。いつものことなので、特に気にしていない。
(おっと、ルークにはロアの件を話を通しておかないといけないんだったな。こいつらにも言っておくか)
とある事情で保護したチャックという子供をロア名義で世話する話をしておく。
まあ、事情があるんだろうと素直に従ってくれる柔軟性には助かる。
(わざわざ詮索しない辺り、俺も相応に信頼されてる……か)
人と比べるようなものではないなと、アウルムは先ほどの考えを少し反省した。
***
その後、アウルムとしてチャックに会ったのだが、ものの数秒で「ロア?」と正体を看破されてしまい、ミア、ラナエル、ルーク、ライナーなどから一体何をしているんだこの人はと呆れられていた。
見た目は違うが、目や歯、それにアウルムの素の部分から垣間見える雰囲気が同じだとチャックは見抜いていた。
そういうスキルや恩寵を持っているのかとも思ったが、それはなかった。
単にチャックの観察眼、それにロアに対して感じている恩のようなものが大きかったのだろう。
奈落ではチャックとそれなりに話す時間もあり、四六時中ロアノークを演じるのには無理があった。
ところどころ、アウルムの元々の性質が出ていてもおかしくはない。チャックはそのちょっとした違和感を瞬時に見抜いていたのだ。
だから暗殺者で、悪い奴と自ら言っていてもあまり怖がらずに信用していたのだと後になって語った。
アウルムはそれを聞かされて恥ずかしいような気持ちになり、なんとも言えない微妙な顔をしていた。
それを見ていたラナエルはこんな困った顔をするアウルムは珍しい、この子は中々の逸材じゃないですかと笑っていた。
別れ際は少し湿っぽい感じになったが、チャック自体もやるべきことをちゃんとやると悲観に暮れるような顔つきはしておらず、早速絵の練習を始めると意気込んでいたし、ルークやその家族もチャックの人柄の良さから仲良くやれそうだと言っていたので安心して迷宮都市を離れることが出来た。
本日より再開です、よろしくお願いします。