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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-24話 嵐は過ぎ去る



 朝になるとフォガストが小屋を発った。それに続いてルシウスも居なくなる。


 去り際に渡された手紙を返そうとしたが、まだ完全に自由になった訳ではない。今家族の元に戻れば迷惑をかけるからほとぼりが冷めるまで待つ。


 しばらくしてから、ルシウスが戻れなかったら渡してくれと、託された。


 アウルムがミアと別れてから丁度20日後、待ち合わせの日付になると、チャックを小屋に置いて合流地点に向かった。


 王都から離れた位置にミアは馬車を用意して待っていた。


「よお、待ったか?」


「待ってはないけど、ここら辺数日前は嵐が来ていて向かうのが大変だったから間に合って良かったわ……あら、意外と元気そうね。問題はなかったの?」


「いや……問題だらけで、かなり不測の事態が多かったがなんとか無事に成功した……が、ちょっと困ったことがあってな」


 顛末をザックリと報告していくうちに何がダメだったのか、アウルム自身が反省する機会になった。


「──て、訳でチャックをどうするかだが、お前の意思を聞きたくてな」


「は〜あなたにしては意外というか、まさか何も関係ない子を助けるとはね。私としてはアウルムの好きなようにしたら良いと思うけど?」


「なら、一旦ここに連れて来るから、その足で迷宮都市の知り合いに世話を頼み、用事が済み次第バズベガに向かう。ああ、チャックの前では俺のことは『ロア』と呼んでくれ」


「ふーん、まあ良いけどなんで『ロア』なわけ? ロアノークとして活動してるっていうのはさっき聞いたけどさ、ロアノーク自体にどんな意味があるの?」


「さあ……なんだったか」


 アウルムはしらばっくれた。だが、ロアノークという言葉には意味がある。


 これは勇者を引っ掛ける意図があった。


 ロアノーク──ヨーロッパ から来た者たちがアメリカ大陸を植民地にしている16世紀頃の話。ロアノーク島と呼ばれる土地があり、そこに居た入植者の住民が一斉に消えたことで知られる事件があった。


 しばらくその土地を離れていた英国船の総督、ジョン・ホワイトらが立ち寄った際に、木に『クロアトアン』と、場所を示す記号が彫られていた。

 これは緊急用の暗号でもあり、ロアノーク島より南にあるクロアトアンという場所のことだった。だが、調査をしてもそこには誰もおらず、そこにいた者たちが結局どこに行ったのかは不明という話だ。


 人が消える。そんな話から運び屋『ロアノーク』という名をつけた。


 この話を知っておりロアノークという存在に勘づく勇者がいれば、闇の神の使者のアウルムではなく、勇者だと思い接触してくる可能性もある。

 当然ながら、ロアノークに興味を示す勇者は善人ではないだろう。


 ロアノークという存在はアウルムのある種の釣り針、布石として作られたものだ。


 だが、そこまでミアに説明するつもりもないアウルムは答えを笑みを手で隠しながら濁した。


「それより、その子囚人なのよね? 街に入れたとして後々困らない?」


「そこなんだよな、問題は」


 大きな街に入る際に身分証が無ければ鑑定石で犯罪歴などの確認をされる。

 そこはアウルムのAランク冒険者のギルドカード、調査官の首飾りで誤魔化せたとしても、チャックに何かあった時に身分の証明が出来ない。


 つまり、出歩くことすらリスクになる。


 アウルムとしては贅沢な生活とまではいかなくとも、働ければ普通に食べて暮らせるくらいの生活を与えてやりたい。


 プラティヌム商会に入れるかは決めてないが、プラティヌム商会と提携し、外部への交渉などを任せているルークの店に世話を頼み下働きのような身分にしてもらうのが妥当な落とし所だろうと考えてはいる。

 だが、そこでもやはり身分は必要だ。


「何か、犯罪歴を消すようなチャックの身分を保証してやれる方法はないか? 長生きしてんだろ、そういう抜け穴みたいな知恵があるんじゃないのか?」


「あら? あらら? それってつまり私を頼ってるってことよね?」


「一々、面倒くさいんだよ。あるなら教えてくれ」


 やっと頼ってくれたと目を輝かせて嬉しそう近づくミアを押し退けて、出し惜しみをするなとアウルムは舌打ちをする。


「いくつかあるけど……チャックの種族は?」


「ヒューマンが半分、エルフと猫系のビーストの血が混ざってるな。言いたくないのか、本人は隠してるようだがな」


「あちゃ〜……そうなってくるとちょっとややこしいんだよね。このシャイナで生活するとなると」


「だから困ってんだよ」


 魔王との戦争の影響で、無理やり他種族を奴隷にして戦力とする国が多くあったことから、国際的な協定が結ばれ原則としてその国を治める種族と異なる種族の奴隷所持が禁じられている。


 ラナエルたちの一件でもその問題があり、奴隷ではなく雇用という形で契約を結んでいる。


 チャックが純粋なヒューマン種であれば、アウルムの奴隷にすることで決着がつく。

 奈落にいたとは言え、それは極秘で裏の話。チャックの書類上扱いは罪人。罪人は犯罪奴隷の身に落とされるのが一般的で、アウルムは書類上、鑑定上ではシャイナ国民かつヒューマンなのでアウルムの奴隷に出来る。


「そうなると私たちがバズベガに行くのは運命かもね」


「話が見えてこないな、もったいぶるなよ」


「せっかちね。アウルム、『免罪符』って知ってる?」


「教会が発行してる金で罪が許される貴族用のカスみたいな書状のことか?」


 10世紀頃のカトリック教会が金儲けの手段にしていた免罪符とほとんど同じものがこの世界にもあることは知っている。

 どこの宗教家も似たようなことを考えるものだとアウルムは呆れたが、ミアがそんなものを提案するとは思えなかった。


「うん、そっちもあるんだけどね。ダンジョン でごく稀に犯罪歴を鑑定から消すことが出来るマジックアイテム……どっちかと言うと秘宝(アーティファクト)かな? 光の女神を信仰してる国では絶対に出回らない代物なんだけど」


「金さえあれば、なんでも出来てしまうある意味自由の街、バズベガならば手に入る……か?」


「あそこは他では手に入れられない、売ることすら許されてないものでも出回るなんでもありの闇のオークションが定期的に開催されてるからね。開催期間は今から1ヶ月と少し先くらいかなあ」


「オークションか、なるほどな。ちなみにだが、いくら用意すれば手に入れられる?」


「それはその時によるけど、過去最高落札額は確か……10億ルミネくらいだったかしら?」


「この国の金貨1000枚かよ、そんな金用意出来るわけがねえ……俺が奈落に行っていた間に依頼でどれくらい稼いだ?」


「金貨50枚くらいね」


「街に入るのにおよそ一人あたり必要な程度の人数分か」


「ちょ、ちょっと! 私そのチャックとか言う会ったことのない子供の身分の為に稼いだんじゃないんだけど!?」


「はあ? んなもん寄越せってケチなこと言うわけねえだろうが。大体俺はオーティスの元ボスから1億の報酬もらう契約結んでんだよ」


 そんな大金ですら、更に10倍必要だ。まさに法外な値段と言えるが、これはアウルムの個人的な問題だ。ミアなどの助力を受けずにアウルム単独でオークションまでに稼げるような金額ではない。


 最高ランク、並以上の実績をもってやって届くレベルのSランク相当あるミアが20日で稼げる金額が金貨50枚なら、残り30日と少しでは絶対に届かない。


 その計算をする為のサンプルが欲しかったから聞いただけのこと。


「なら、バズベガに入ってから稼ぐしか方法はないわね。あの街は入るのも大変だけど物価がおかしいから上手くやれば普通に依頼を受けるよりは短期間で稼げるわ。

 それ目当てで一山当てようって腕利きの集まる場所だからね」


「そのようだな……迷宮都市に連れて行って免罪符が手に入れられるか、他の手段が見つかるまでチャックには悪いが隠居のような生活を送ってもらうしかない」


「あのさ、そこまでしてその子を気にかける理由って何?」


「俺が勝手に助けたから筋を通して面倒を見る。それだけの理由だ。まあ、結構気が付くやつで囚人の人間関係を把握する時なんかにかなり助かったのもある。

 不憫な人生だからな、なんとかしてやりたい……って、何笑ってんだお前」


「ごめんごめん、アウルムにしては優しいからおかしくて」


「……俺が冷酷な人間だと言いたいのか」


「さ、チャックと合流しましょうか」


「おいコラ無視すんな」


 ***


「チャック、戻ったぞ。出る準備は出来てるか?」


「あはは、僕何も持ってないんだよ? 準備なんかしようがないじゃないロア」


「……それもそうか。悪いがしばらく目を閉じててくれ」


「分かった〜」


「信頼してくれているのは分かるが、もうちょっと俺を疑ったらどうだ」


 言われるままにすぐに目を閉じて立っているチャックをアウルムは危ういと思った。チャックもまた、ストックホルム症候群のような状態に陥り過度にアウルムを信頼してしまっているのだと分析した。


「僕のこれからが、これ以上悪くなることは流石にないと思うからね。殺そうと思えば殺せるし、面倒だと思ったら戻って来ずに置いていくはずだもん」


 だが、チャックは信頼よりは達観、諦念のようなものが強いのだと、その口ぶりからアウルムは考えを改めた。


 既にチャックはアウルムが考えていた以上の覚悟が決まっており、流れに委ねようとしていた。


(無理もないか……悲惨な人生だ。幼い頃から男娼として生きて巻き込まれて奈落行きだからな。この歳まで生きていられたことが奇跡みたいもんだ……)


 アウルムは『虚空の城』でミアとの合流地点にチャックを連れていく。


「ロア、この子が?」


「そうだ。チャック、旅の同行者ミアだ。悪いやつじゃないが結構ウザいから、ウザいと思ったら言う方が良い……それで止まらんから困るんだがな」


「よろしくお願いします、ミアさん、凄い美人ですね……ロアの奥さん?」


「あらっ! この子かわいいじゃない! 私気に入っちゃった!」


「ガキ相手に手出すなよ? チャック、こいつはこの見た目でヒューマンで言えば、ババアくらいの年齢だ。騙されるな?」


「こっちの子はかわいくないじゃない! 」


 チャックに構うミアの態度は完全に親戚のウザいおばさんだ。まあ、実際年齢重ねてるからおばさん的な言動にもなるか、と絡まれるチャックを哀れに思いながらアウルムはミアから距離を取った。


「チャック、これから迷宮都市に向かい知り合いにお前を預けるが、お前は犯罪者だから身分がない。

 なんとかしてやるつもりだが、しばらくは隠れたりコソコソしたり窮屈な思いをするだろう。その点には覚悟しておいてくれ」


「好きでもない大人に身体を触られる仕事して、汚くて悪い囚人たちと同じところで生活するより窮屈なところなんてないでしょ?」


「それに比べたらそうかも知れないが、しばらくは外を出歩くことも難しいと思う。お前を守る為だ、頼むから言うことは聞いてくれ」


「分かってるよ、ロアの迷惑になるようなことは僕もしたくないしね。だから……捨てないで、お願いだから……僕はロアに生きて恩返ししたいんだ……だから……


 気がつけば、チャックは縋り付くようにして涙を流していた。アウルムは驚いて、いつもよりも返事にキレを失い、しどろもどろになりながら、答える。


「お、おい……泣くなよ……大丈夫だって。お前が恩返ししたいってなら、気長に待つから捨てたりはしねえよ……捨てられる辛さを知ってるのはお前だけじゃねえんだ……」


「そっか……ロアも僕と同じだったんだね……だから……」


「さあ、これで涙を拭け。綺麗な顔が台無しだ、馬車に乗り込んだら出発するぞ」


「うん……」


 ハンカチをチャックに渡して、それで目をこすりながら馬車に乗った。


「……私、あの子の為にちょっとならお金出しても良いわ」


「どういう心変わりだ?」


「別に……ただの年寄りの気まぐれよ」


「そうか……助かるよ」


 そんなチャックを見ていたミアから意外な提案があった。アウルムは少し勘繰ったが、野暮だと思い素直に礼を述べた。


 素直なアウルムの態度に驚いたミアは御者台に登ったアウルムの背中をしばらく眺めていた。


「何してんだ、ミア行くぞ」


「はいはい、今行くから。うん、数日前まで嵐だったとは思えないほど良い天気ね、これなら早く着きそうだわ」


 アウルム、ミア、チャックは馬車で5日ほどかかる位置から迷宮都市に向かった。


 すっかり乾いて水たまりやぬかるみなどもなく、馬車を走らせるには問題のない路面状況での出発だった。

これにて6章は完結です。アウルムとシルバの別行動でまるまる1章使うというのは個人的には挑戦でした。

7章が再開するまで一時的に休載致します。時期は現在7章の半分くらい完成しているので、1月かからないくらいで再開するのを目標に執筆します。


面白かったら☆☆☆☆☆とブクマで応援していただけると幸いです。

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