6-23話 脱獄
「独房だ! 独房エリアにバリケードを築いて時間を稼げ! 皆逃げ込め!」
続々と騎士が入ってくる中、囚人たちは珍しく一致団結した動きを見せた。今、足の引っ張り合いなどしていたら間違いなく殺される。
誰もがそれを感じ取っていた。机、ベッド、なんでも担いで独房へと続く階段前に置いていく。
その後方では一列に並んだ囚人たちが鍵を持った一人の囚人によって順々に枷を外されるのを待っていた。
ルシウスが不在の中、皮肉にも騎士が攻め入るこのタイミングで自然と『秩序』と呼べるものが生まれた。
「冗談じゃ〜ねぇ! こんなところで死んでたまるかぁっ!……こんな時にルシウスはどこに……おぉい! 誰かルシウスを見たか!?」
枷を外されて首をさすりながら、隅の方に立っていたガラランがこんな時にこそ動くべきであるルシウスの姿が見えない事に気がついた。
近くにいた別の囚人を引っ掴んで聞く。
「ルシウスだと!? 今更あんな野郎に頼ってる場合かよ!」
「知るか! 見てねえ! ていうかお前も手伝え!」
「おかしい……こいつは〜妙だぜぇ〜! こんな時は偉そうに指図するのがあいつの仕事だろうがよぉ〜……まさかっ……!」
ガラランは一つの可能性に思い至る。慌ててルシウスが居るはずの独房に走った。
「ハァハァ……いねぇ! どこに消えやがったあああ! ロアはさっきまでいたんだ、一緒にいるはずだがよぉ……」
空っぽになっている独房は既にアウルムが土の魔法で穴を塞いだ。よって、ここから脱獄したことはガラランでは気がつけない。
だが、ガラランはルシウスが居ないことに気がついた。つまり、どこかに逃げたのだと推測する。
「どこだ! どっかにあるはずだ……! 物置き……!?」
次にガラランはフォガストのいた物置きに向かった。扉を開けるとその下には大きな穴があった。
「あんの野郎ッ! 監禁しとくと言っといて陰で手を組んで穴掘らせてやがったのかぁッ!? 殺してやる! ルシウス! ロア! テメェら絶対殺してやる! 死ぬまで追っかけてやるからなぁ〜!」
その穴を見てガラランはワナワナと怒りに震えた。自分たちだけ逃げた、あんなに偉そうにしておいて最後は見捨てた。都合が良過ぎる。そんな彼らに表現しようのない怒りの炎に身を焦がされた。
上手く何に怒ってるのかは言えなかった。だから、その感情はガラランにとって殺意という形で現れた。
「おおぉい! ルシウスたちが物置きの中に穴掘って脱獄しやがった! 騎士と殺し合っても勝ち目はねえ! あいつら追っかけてぶっ殺してシャバに出ようじゃねえか!」
ガラランはバリケード前にいた囚人に声をかけた。
「何だと!?」
「あの野郎ッ!」
「行くぞ!」
「お前ら! 勝手なこと言ってんじゃねえ! 協力しねえと追っ手に殺される! ここで騎士を殺してからだろうが!」
「知るか! 戦いたけりゃ勝手にしてろ!」
「ふざけんなよお前!」
まさに瞬間的な秩序に過ぎなかった。ガラランの一声で束の間の団結は瓦解する。
「うがぁっ!」
「攻めて来やがったぞ!」
騎士の放った魔法が直撃して悲鳴を上げる者が出た。だが、全員が一斉に脱獄することを決断はしなかった。
「俺は逃げねえ、ここでド派手に暴れて華々しく散ってやる」
「ああ、どうせ外では生きれねえんだ。あんな生活するならここで死んだ方が良い」
逃げることに価値を見出せない者も一定数いた。全体の約6割が逃げようとせず戦うことを選んだ。
残りの4割はガラランに先導され、物置きの穴に走っていく。
「ヘヘッ! 待ってろよぅ! ルシウス! ロア!」
ガラランは穴に繋がる迷路に立ち、その先にいるであろうルシウスとロアを探して囚人と共に走った。
***
「ロアッ! 何してたんだよ!」
「細工して追っ手が来ないようにしておいた」
しばらくして、チャックたちにアウルムが合流した。チャックは無事に戻って来たアウルムの顔を見てホッとする。
「何をした?」
「ああ、俺たちが使った穴を塞いで別の穴を物置きに開けておいた。今頃俺たちが逃げたことに気がついてカンカンになって追ってる連中はまるで見当外れの方向を走り回ってるってわけだ」
「ハッ! それは愉快だな。俺様の脱獄計画に便乗しようとするカス共に偽の希望を植え付けるとは気が利いてやがる!」
フォガストは振り向かずに機嫌良く笑いながら、どんどん道を進んでいた。
「──ただ、想定外のことも起こった。フリードリヒ王子が騎士団引き連れて攻めて来やがったから、急いだ方が良いだろう」
「ほお、王子がな……まさにギリギリだったわけだ。馬鹿共が派手に騒いで健気に目くらましやってる間にさっさと脱出した方が良さそうだ」
フォガストはアウルムの追加の情報を聞いて何か考え込むように興味深そうにしていた。
だが止まることはなく、足取りは更に速くなった。
「ロア、これを今のうちにお前に渡しとくぜ」
「ルシウス、何だこれは?」
ルシウスはポケットから紙を出してアウルムに渡した。
「俺の家族がいる場所だ。もし俺がダメだったらこれを届けて……俺に渡すはずだった金も渡してやって欲しい。お前にだから頼むんだ、こいつには頼めん」
「おい、何弱気になってんだ? ここを迷わずに出たら王都からは離れていてすぐに追っ手なんか来ねえってのに」
「お前からは準備の大切さを学んだ。これは『俺なりの準備』だ。だから、黙って受け取ってくれ。最後の頼みだ!」
「……分かったよ。縁起でもねえこと言うんじゃねえよ全く……」
だが、ルシウスは冗談でもなんでもなく、真剣に確かに渡したぞ、とアウルムの胸をドンと一度強く叩いた。
30分以上早足で歩き続けた。フォガストは本当に道を知っているようで、迷う素振りなども見せずに徐々に地上に向かっていた。
「チャックとか言った小僧はロアノークの連れ……で良いのか? 今後どうするつもりだ?」
「ロア、僕はどうしたらいいの?」
「信頼出来る知り合いの冒険者のやってる店で世話してもらうつもりだ。絵描きになりたいって言ってたろ? なら、絵の練習をすると良い」
「一緒にはいられないの?」
「時々様子を見るがずっとは無理だな、俺にも仕事がある」
「絵描きか、勇者の文化が広まりつつあるからな最近は絵を使った商品も増えていることだし、それなりに需要はあるだろう。どうした? 意外か? 俺様も商売は幅広くやってるから並の商人以上の知識も経験もある。やはり俺様のところで働く気はないか?」
「フォガストさん、ありがたいけどロアについて行くよ」
「ハッ! こいつのこういう義理堅いところが気に入った! どこかの誰かと違うな! 最近は忠誠心のない裏切り者が多くて困る……まあそう言うなら勝手にしやがれ……止まれ!」
「んだよ、いきなり! ちんたらやってる場合じゃねえだろうがフォガスト!」
フォガストは手を広げて、進行を停止した。ルシウスは焦りがあるのか、早く進みたがって悪態をつくがフォガストはそれでも道の先をジッと睨みつけて動く様子はない。
「ロアノーク、気付いたか?」
「ああ……こいつは半端じゃねえな。引き返した方が良さそうだ」
「お前ら何の話してんだ!?」
注意深く観察すると暗闇に紛れて一本の黒い糸が進行方向から壁伝いに伸びていることに気がついた。
フォガストは経験による直感から恐怖を覚えたが、アウルムはそれが何か知っていることによる恐怖を覚えていた。
(最悪だ、なんであいつがこんなところにいるんだよ!?)
そして、奥の方からコツコツと足音が反響して、その音は近づくと共に大きくなってくる。
「下がれ! フォガスト! 別のルートから行くしかねえ! 俺は時間を稼ぐ!」
「馬鹿言ってんな! お前なんかじゃ相手にもならないんだよ!」
「分かってる! 勝てるなんて考えちゃいない! 時間を稼ぐだけだ、近過ぎる!」
「さっさと後退しやがれノロマどもが! 死にたいのか!」
「ど、どうなってんだよ!?」
「ガタガタ言ってる場合か! 下がれ下がれ!」
フォガストはルシウスとチャックを押してダッシュする。すぐにアウルムから離れていき、姿が見えなくなった。
(来るッ……!)
その時、黒い糸は一本から枝分かれして触手のようにグネグネと自在に動き出した。
「おーおー、フリードリヒの顔色が悪くして変なところに向かうからなんだと思ったら、まさか囚人の脱獄なんて起こってやがったとはねえ」
(ヤヒコ・トラウト……面倒な奴が出て来やがったな)
のんびりとした、緊張感の欠ける話し方で闇の中から現れたのは勇者、それも最強の勇者カイト・ナオイの最も信頼をおく実質的なナンバー2であるヤヒコ・トラウトだった。
「この糸は便利でな、糸電話って言ってもこの世界の奴らには分かんねえか? まあ、この糸を張り巡らせたら遠くの声まで聞こえちまうんだよ。
そしたら不穏な会話が聞こえてきてなあ、ロアノークとか呼ばれてたなお前? 運が悪いよ、せっかく脱獄したのに俺と出会っちまうんだからさ」
「これはあんたには関係ない話だろう、見逃してくれないか?」
「ふん、この会話自体ただの時間稼ぎなんだろう? ちゃ〜んとさっきのも聞こえてたからな。関係ない……確かに、関係ないかもねえ。勇者には犯罪者を取り締まるような権限は与えられてないからなあ。
でも、フリードリヒがこれ以上失点を重ねてヴィルヘルムが政権握ったら各国と戦争始めるだろうからなあ……それはこの国にある仲間たちの墓を守るには都合が悪い。というわけで、頑張って立てたであろう脱獄計画はここで失敗ということにさせてもらうぜ!」
ヤヒコの身体から出る糸の数が一気に増えた。そしてそれは束となり、アウルムの身体を貫こうと襲いかかる。
(交渉は無駄のようだな、こいつとは相性が悪いんだが……氷壁ッ!)
ピシピシと音を立てながら生成された氷の壁は通路を隙間なく塞いだ。だが、壁などなかったかのように糸は真っ直ぐに氷を貫通してアウルムに向かって来る。
しかし、目的はガードではなく一時的にヤヒコの視界からアウルムの姿を消すこと。
氷壁と同時に出した濃い霧と一体化する為の布石。
アウルムは『霧化』を使って音を立てずに後退していた。ヤヒコには糸を利用した糸電話のような仕組みによって音で察知されてしまう。
それを避ける為だ。
「ん? 俺と同じで暗殺者タイプかと思ったが魔法使いか? でも動きの素早さは魔法使いにしては速過ぎるけどなあ……ただ者じゃないようだから、殺すのは変わりないか」
氷壁から伸びた糸で音を探れなかったヤヒコは、氷を一瞬で一つ一つをグラスに入れられる程度に切り刻んだ。その視界の先には濃い霧が広がりアウルムの姿は捉えられない。
闇魔法による吸収能力と切断能力もあり、並の魔法攻撃は無力化されてしまう。
これが魔法主体のアウルムがヤヒコを嫌がる理由だった。
「迷路だから隠れんぼでもするつもりか? 俺の糸は粘菌みたいに迷路でも問題ないぜ? どこに隠れるつもりだ?」
ヤヒコは糸を伸ばして分岐する道に張り巡らせ音と魔力を探る。
(流石にヤヒコが出て来るのは想定外だ。こんな狭い場所じゃ戦うのはキツイッ! 広い場所……それに下水の流れる方向に誘導しねえと)
アウルムが向かったのは、下水道が流れている開けた場所だった。戦えるようなポイントの選定はしていたがその相手がヤヒコとは考えていなかった。
勇者はこの手の問題に手出しをしないという約束があったのを知っていたからだ。まさか、それを破って干渉してくるとは驚きでしかない。
「みーつけたぁッ!」
「皆そこに隠れてろ!」
「ハハハ、俺とタイマンするつもりか? 暗殺者も魔法使いも俺のユニークスキルとは相性が悪いぜ?」
まだ諦めた者特有の目をしていないアウルムを見て、ヤヒコは口調こそ軽いが、警戒を怠ることはなかった。窮鼠猫を噛む。そんなこともあり得ると攻撃を緩めたりはしない。
「だからって大人しく殺される訳ねえだろうがッ!」
アウルムは氷柱をヤヒコに目がけて放った。
「だから意味無いって。俺の反応速度を超えるような接近戦タイプ以外は敵じゃあないんだよ」
魔法によって放たれる氷柱や火の玉の射出速度は弾丸よりは遅く、それなりのレベルがあれば反応、回避が可能な程度である。
アウルムは狙撃を得意とするが、それはヴァンダルから得た『照準』により、射出する物体の速度を上昇させ魔法には射出のリソースを割かずにその場で回転する操作をして擬似的に現代的な弾丸の発射を再現しているからだ。
今回はそれを使わず、通常の魔法使いの出す氷柱と同じレベルの速度で放ったので、闇の糸を束ねた太い鞭が巻きつくようにして包まれると口の中に放り込んだわたあめのように消え失せた。
「そんな凄えスキルならずっと使うのは疲れるだろうがよ!」
「ばーか、普通のスキルとは理屈が違うからユニークスキルで俺たちは勇者なんだよ!」
アウルムの連射する攻撃をものともしないヤヒコは余裕の笑みを見せながら無力化していく。
「魔力切れみたいだな、ゼェゼェ息が上がってるぜ? 終わりだ」
肩で息をして、片膝をついたアウルムに糸が何本も突き刺さる。
「力が抜けるだろ? 魔力切れなら死んだ方が楽なほど苦しいだろうなあ」
「ぐ……ああ、ああああっ……!」
アウルム、ヤヒコの目にはロアノークと表示される男が苦痛に悶えて転がり、最後には息絶えて下水道に落ちた。
「ここから逃げるしかねえ!」
そのすぐ近くにいた、フォガストたちは一か八か下水道に身を投げた。
だが、その飛び込む瞬間の空中に浮いている間に糸によってバラバラに刻まれ、ボトボトボト……っと細かくされた物体が水に落ちる音が聞こえる。
「さ〜て、ネズミは他にもいるようだからなあ。片付けておくか。逃げた奴に墓荒らされたらカイトがキレるだろうしそれは避けたいところだからな」
アウルムたちに興味を失い一瞥もせず、誰も居なくなった地下の迷路をヤヒコは足音を響かせて進んでいく。
***
(なんとか騙せたか……『現実となる幻影』を使うこと自体リスクがデカかったが仕方ないな。騙されたと気がつく前に脱出するには『虚空の城』であいつらを運ぶしかないか……あ〜ずっと計画が狂ってやがる!)
アウルムは『隠遁』で気配を消してヤヒコが消えるのを待った。
賭けだったが、ヤヒコと目が合った瞬間に偽の情報を流し込んで死んだと見せかけるにはこの方法しかなかった。
死体を残せば戻ってきた時に消えていることに気が付かれてしまう。下水に落ちたように見せかける為、わざわざこのポイントに誘導したのが成功した。
アウルムはすぐに霧となってフォガストたちと合流する。霧であれば、空気が流れているようにしか聞こえない。魔力を随分と消費してしまう効率の悪い移動方法だが、これが最善の移動方法だ。
「生きて戻ったか……」
フォガストは声を発さずに口を動かしてアウルムと意思疎通をした。あの一瞬で音を立てるのはマズイと判断して出来るだけ静かに移動してくれていたのには助かった。
ルシウスとチャックだけなら騒いでいたかもしれない。そういうところに気がつくのは流石と言うべきだろう。
「緊急の手段を使う。黙ってついてこい」
アウルムは一人一人の目を見て『現実となる幻影』を使用する。
3人の目にはアウルムがマジックアイテムを取り出して起動する映像が見えているはずだ。
まばゆい光に包まれ、少し先に複雑な魔法陣が展開される。そこに進めばいいと指示をされて全員でその光の中に入った。
そして、その先は古びたしばらく人が住んでいないであろう小屋に繋がっていた。
「もう大丈夫だ。ここは王都から馬で1日程度の距離にある山の中の小屋だからな」
「どうなってんだ……!?」
「もしロアノークの言うことが本当なら転移系のマジックアイテムを隠し持ってやがったか。それも超高級品のな」
「とっておきだ。これで今回の仕事は大赤字だぜ、全く。勇者ヤヒコ・トラウトから生きて逃げられたと思ったら安いもんだ……と言いてえが流石に痛え出費だ」
フォガストはアウルムが思い込ませたかった現実をそのまま思い通りに解釈した。頭が回る分、想像によって不思議な点は補完してくれる。
(馬鹿よりも頭の良いやつに効果的に使えるのが『現実となる幻影』の強みだ。幻でマジックアイテムを使用して、実際のところは『虚空の城』による転移とは想像出来まい……あまりやりたくなかったが成功してよかった)
「ここは緊急時用の隠れ家みたいなもんで、食い物、服、金もそこそこある。休憩したら解散だ、友達じゃねえからな」
アウルムは床下に隠してある箱を取り出して、それぞれに必要なものを与える。
「は……ハハハ……マジか、本当にあの奈落から脱獄出来たのかよ……いやいや文句なんてあるかよ! 最高じゃねえかおい!」
「なかなかワインだ、こんなところに置いておくには勿体ない。どれ、俺様が飲んでやろう」
「出れたんだ……う、うう……良かった……本当に良かった……ロア、ありがとう……!」
食べ物、酒に目が眩んだフォガストとルシウスに対してチャックは窓の外から見える沈みかけた太陽と自然の緑を見て涙を流した。
「「…………」」
そのチャックを見たフォガストとルシウスは一旦手を止める。
「ロア、感謝するぜ……ありがとう!」
「仕事とは言え、俺様も筋は通す。報酬は弾もう」
「フォガスト、ロアに普通にありがとうって言えねえのかよ」
「俺様は言葉ではなく、形のあるもので感謝を示すんだよ。大体貴様はありがとうと言うくらいしかこいつに出せないだろうが、一緒にするな」
「ああ、金はしっかり受け取るさ。だが、今日のところは脱獄出来て生きていることに喜びを感じ、祝うくらいはしても良いだろう。ほら、チャックも飲んで食え」
決して大騒ぎはしなかった。一同は安堵こそしたが、その騒ぎによって発見されるのを恐れて夜になっても火を使わずに、ただ静かに酒を飲み、肉を食べ、外の景色を見て本当に奈落から出たのだと、現実を噛み締める。
緊張の糸が切れたのか、アウルム以外はすぐに眠ってしまった。
夜中、外に出て周囲の様子を探っていたアウルムのもとにフォガストが近付いてくる。
「眠れないのか?」
「目が覚めただけだ。それで、ここからどうするつもりだ?」
「逆に聞くがどうしたい?」
「まずはこのダサい服を着替える為に俺様の金なんかを隠した場所に向かう。しばらくしたらバズベガで顔を合わせることになるだろう」
こんな服と、アウルムの用意した商人風の服は気に入らないようだった。
「俺は仲間と合流して、伝手のあるところにチャックを預ける。その後にバズベガに向かうつもりだ」
「そうか、なら明日には別行動になるな。……なあ、奈落はどうなったと思う?」
夜空を眺めながら、フォガストは意外な質問をしてきた。そんな事を気にするとはアウルムは思っていなかった。
「さあ……騎士団が攻めてきたから殆どは死んで、後はまだ迷路を彷徨ってんじゃねえか? もう関係のない話だ」
「それなりに長くいたから愛着があってな」
「よく言うぜ」
「……冗談だ。タクマ・キデモン、俺様の準備が整うまで手を出すな。しばらく留守にしている間に組織がどうなってるかも分からんからな。奴は生半可な準備で勝てる相手ではない」
「ユニークスキルがか? それとも個人の力量か?」
「どちらもあるが、力量ならば俺様の方が数段上だ。面倒なのはあの小僧のユニークスキルだ。強い弱いを超越した厄介な力があるからな」
「俺の依頼人の知り合いは絶対に治らない病にされた。どういう仕組みかは知らねえがな」
「病か、ああ確かにあいつに逆らうと原因不明の死に方をしたって話は良く聞いたが俺様も仕組みは知らん。だからこそ迂闊に近付けないから厄介なんだよ。今は足元から切り崩さんことには近付くことすら無理だろうがな」
「それくらいは承知の上だ。だからお前を出せって俺の依頼人は命令してんだよ」
「そう言えばそんな話だったか、すっかりお前自身が殺したいのかと思っちまったが」
(こいつ、しれっと会話の中で探って来てるな。闇の世界の王を名乗るだけあって油断ならねえ奴だ。どこまで勘付いてるのか分からんがうっかりしてると見た目に騙させそうになる)
フォガストは見た目が中学生くらいにしか見えないせいで、生意気な親戚の子供と話しているような錯覚をしてしまいそうになる。
時折り見せる犯罪者としての顔や、人の生き死にをなんとも思わないような発言で、危険人物だと思い出させる。
「もう一眠りして、夜が明けたら出ていく。見送りはいらんぞ」
「そうかよ、じゃあな」
「バズベガで会おう、ロアノーク……今回は世話になった。……借りは必ず返す」
それはアウルムに言ったのか、KTことタクマ・キデモンに言ったのか、分からなかった。ただ、去り際に見せたフォガストの顔つきは酷く凶悪なものだった。
「チャックのこと、ミアやラナエルにどう相談したもんかな……」
アウルムは夜空の星を見ながら、今後の事を考え気がついたら木に寄りかかって眠ってしまっていた。