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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-22話 決行の鍵


 ルシウスの仲間3人が先触れとして、先行して看守の休憩所であり、奈落と外界を繋ぐ最後の境界とも言える、一般房エリアの上にある細長い通路を進んでいった。


 まずは、囚人たちが襲撃に来た訳ではなく交渉しにきたと表明する必要があった。


 アウルムが行くのが一番間違いないが、想定外の事態にすぐさま対処するには動かない方が良かった。客観的にもルシウスがロアという男を重用し過ぎているという印象はこれ以上与えたくなかったこともある。


 活躍の場は仲間内でも与えなくては不満が溜まる。比較的話が出来るものをルシウスが選んで向かわせた。


「こんなんで上手くいくのかよ本当に」


「ああ、どうにも不安だぜ」


「だからと言ってルシウスの言うように他に良い案が思いつかねえのも事実だ」


 不満、というよりは不安。ルシウスの行動にケチをつけたいわけではないが、これで上手くいくのかは疑問だ。そんな感じの空気が流れていた。


 少しして先触れに行った3人が戻ってくる。


「話はついたぜ、あっちも半信半疑って感じだがな」


「良くやった、運べ」


 地面に下ろしていたタンカを持ち上げ、ルシウス一行は細い通路を一列に並んで進んでいく。


「ットト……」


「おい気をつけやがれ!」


「仕方ないだろう? 暗いもんでよぉ」


 タンカを運んでいた男が躓き、バランスを崩した。それをルシウスは叱る。


(馬鹿、過剰に反応し過ぎだ。怪しまれるだろうが)


 ナーバスになっているせいで言動がぎこちないルシウスは見ていてヒヤヒヤする。アウルムとして不安なのは自分以外のコントロールが出来ない人間だけ。不確定要素はどれだけ努力しようと思い通りにはならない。


 失敗するとすれば、自分以外の誰かだろう。それが集団行動、チームとしての行動を苦手とする理由でもある。


「代表のルシウスだ。開けろ」


 門の前に到着するとルシウスが先頭に立ち、警戒している看守に向かって、過剰に偉そうにするわけでもなく、へりくだった態度でもなく、淡々と要求した。


「見ろ、生きてるだろ」


 看守の『77』。フリードリヒの弟を引っ張って来て、顔を見せた。


「おお……! 生きてたか!」


 彼の顔を見て看守たちは安堵し、警戒はしているものの、門を開けた。


(鍵は……あいつが持ってるのか)


 最初に来た時にこの場に何があるのか詳細に調べていた。その時は首輪の鍵は壁に掛かっていた。


 万が一の為に急遽、囚人の目に触れない場所に移動させるべきと判断したのか、1人の看守が他の鍵束にまとめて管理していた。


(近づく必要があるか……)


 鍵を盗むには看守に近付き、隙を見て鍵束に触れ、奪い、無くなったことにしばらくの間気付かれないようにする必要がある。


 置いてある鍵を盗むよりも数段危険が高い。ルシウスに合図を送ったら騒ぎを起こすように指示していて良かったと、改めて用意の重要さを思い知らされる。


「さて……こいつをそっちに渡す前に交渉がしてえ、それはお互い様だと思ってるがどうだ?」


「う〜む、はっきり言うが俺にその権限は与えられてない。ただ、看守を殺させるなと上からは指示されているからな……どう思う?」


 鍵束を持った代表者がルシウスの提案に難色を示しながらも、他の看守の反応を見た。俺らに振られても……と言いたげに眉間に皺を乗せて唸るだけで、代表者にとって有益なアドバイスなどはない。


「……分かった。取り敢えず話は聞こう。そしてその内容は上に報告させてもらう。構わんな?」


「最初からそのつもりだが、ちと全員に聞かせるべきかどうか、判断に迷う話もある」


「お前ら、外してくれ」


 ルシウスが意味深な発言をすると代表者はそれを察して他の看守に離れるよう指示をした。


「おいおい『3』お前正気か!?」


「問題ない。こいつらは魔力を封じられてる。下手な真似をしたら困るのはこいつらの方だ。それくらい理解してるだろう」


「その通りだ、お前らも離れろ」


 看守は驚きながらも『3』と呼ばれる代表者の看守に従い、ルシウスの仲間フリードリヒの弟である看守を囲み奪われないようにして下がった。


 これで、会話は周囲には聞こえない。その様子を周囲の者は警戒しながら見届ける。


 しばらくした頃、ルシウスが声を荒げた。


「なんだと!? じゃあ俺たち全員野垂れ死ねって言いてえのかテメェは!」


 始まった。


「なんだ、どうした!」


 看守が代表者を助ける為に駆け寄る。アウルムたちもルシウスを守るように駆け寄る。ルシウスはカッと来て看守に殴りかかる動きをする。


「ルシウスを止めろ!」


 アウルムは叫んだ。するとフリードリヒの弟の守りが手薄になり、隙をついた看守は彼を無理に奪還しようと動く。


「おおっと!? へへ、妙な真似するんじゃねえぞ!?」


 それに気がついたルシウスの仲間が尖らせた鉄のカケラをフリードリヒの弟の首に突き立てる。


「クッソ! この! 離しやがれテメェら!!!」


「落ち着け! あんたもルシウスから離れろ! 刺激するんじゃねえ!」


 アウルムは揉みくちゃ状態になる看守の代表者を突き飛ばした。


「ルシウス! カッカしても得はしねえ、落ち着け! 今日のところの話し合いは終わりにしよう!」


「……引き上げるぞお前ら!」


 アウルムが終わりにすると言えば、それはつまり作戦が成功したことを意味する。ルシウスは納得いってないが仕切り直しもやむを得ない。そういう表情を作り撤退の指示を出す。


 武器をチラつかせて、距離を取りながら一般房エリアに続く道の方にジリジリと後退していき看守が門を施錠すると両者の緊張が解かれた。


「何があったんだ?」


「ん? ……ああ、看守を全員返さねえと物資の提供は打ち切られるとか、騎士団が皆殺しにするかもとか無茶苦茶なこと言いやがるからキレちまったんだよ」


「おい……ヤバいだろ……」


「なぁ〜に、こっちには人質がいるんだ。それにあっちが攻めてくるなんてあり得ねえよただの脅しだ。死なれたら困る秘密を握ってる奴だっていくらでもいるからこそ、こんな奈落に閉じ込めてるんだからな。殺したら意味がねえ」


 事の顛末を聞いた仲間の1人が事態の悪さを理解して顔を青くするが、ルシウスは一笑に伏した。


 だが、それで「なら大丈夫か」と安心した表情をする者は居なかった。


「取り敢えず、しばらくは大丈夫だ。それにあの看守の数だ。次に交渉する時は数でものを言わせて看守共をぶっ殺して逃げるって手を無理じゃねえって分かったろ? 俺はそれも確認する為にわざと解放したんだよ」


「おお……なるほどな、流石だぜ」


 難しい交渉よりも、あの空間ならば多少の武力の不利は人数差で埋められる。殺してしまえば良い。そんな言葉の方が囚人たちには響いたようで、やっと安心した表情を見せた。


 ***


「ふぅ〜流石に疲れたぜ。ロア、成功したんだよな?」


「勿論だ。抜かりはないが、もう気付いているかも知れん。今すぐ決行するぞ」


 ルシウスは独房に戻り、仲間にはしばらく休ませろと命令してある。独房の中側からヒョコッと顔を出したのはチャックだった。


「……チャック、フォガストはどうした?」


「あ、ここに──」


「──俺様ならここにいる。全くどんだけモタモタしてるんだ! 日が暮れるかと思ったぞこのノロマどもが! さっさと鍵を寄越しやがれ!」


 フォガストの姿が見えずにチャックに聞いて答えようとしたところ、被せるようにベッドに寝転びながら喋ったのはフォガストだった。


「俺のベッド……」


「はあ? 元々俺様のベッドなんだよぉ、今更そんなこと気にするこんな間抜けと脱獄とは先が思いやられる」


 悪態をつきながら、ベッドの上で久しぶりの物置きから解放されて足を伸ばせることに自由を感じているのか、両手足をまっすぐに伸ばしている。


 フォガストはエルフとドワーフのハーフ。見た目は完全に中学生くらいの生意気な子供そのもの。喋り方もあって余計にそう感じさせる。


 暗い髪色に対して目は赤い。邪悪で好戦的、そんなフォガストの性格を反映したような眼差しからは油断出来ない相手だと危険なオーラが伝わってくる。


「まあ待て……よし外れた。ほらよ」


 アウルムは鍵を使って枷を外した。それをすぐにフォガストに投げ渡す。


「ああ……久しぶりに魔力の流れを感じてクラッと来やがる。病みつきになりそうだ、定期的に捕まるか?」


「へっ、冗談じゃねえぜ……力が漲ってくる」


 フォガストが使った鍵を更にルシウスへ。フォガストは首を、ルシウスは肩を回し魔力の流れと解放感を確かめた。


「チャック、お前魔法とか使えるか?」


 アウルムはその鍵を使ってチャックの首輪を外す。


「生活に使える程度なら……でも奴隷だったから使うことは禁止されてたし役には立たないよ」


「心配すんな。奴隷で男娼のチャックは今日で終わりだ。練習したらいい」


「うん……でもそれ以外の生き方、出来るかな」


「この小僧は男娼か? なかなか気が効くから行き場がないなら俺様の子分にしてやる。ルシウス、お前は無理だがな。ああ、だが今更お前のような小物に対して根に持って殺したりはしないから安心しろ」


「お前のものじゃねえ、チャック無視してろ」


「へいへい、それはどうも……行くか」


 フォガストはルシウスたちが看守の引き渡しをしている間に物置きから出して移動するようにチャックに頼んでおいた。その際にチャックを気に入ったらしい。


「5秒くれ…………ふう、スッキリしたな」


 フォガストは指をパチッと鳴らして水の魔法で汚れを全て洗い流した。


「チャック、お前も洗ってやるよ。息止めてろ」


「え、いや良いよ……! ぶはっ!」


 アウルムはチャックを水の玉に入れて洗う。アウルムもまた自身の汚れを落とした。潜入で汚い囚人のフリをするとは言え、これがかなりストレスになっていたが、もう見た目を気にする必要もない。


「けっ、そんなもん後でいいだろうが……!? ゲホッ! 何しやがる!」


「お前の為じゃない。匂いで追跡されるのを防ぐ為なんだよ」


「ロアノークの言う通りだ」


「「ロアノーク?」」


「ロアはただの愛称だ。本来はロアノークと名乗っている」


 アウルムに洗われて怒るルシウスと、チャックがフォガストの「ロアノーク」という言葉に反応した。だが、それは重要ではないとアウルムは軽く流す。


「時間があまりない、行くぞ俺様についてこい!」


 いつの間にか穴に入っていたフォガストが頭だけを出して他の者を誘導する。


 その時、上の方で僅かに振動がありその後囚人たちの騒ぐ声が聞こえた。


「おっと、あまりどころか終わりを告げる鐘がなったかな? キンコンカンコン!」


「フォガストてめえふざけてる場合か! 早く行け!」


「ロア……? どうしたの? 僕たちも早く行かないと!」


「……先に行ってろ。俺は上のパーティを盛り上げてくる」


 フォガスト、ルシウスに続いて穴に入ったチャックが上を見つめているアウルムに気がついて急ぐように声をかけた。


「そんなこと言ってる場合じゃ……」


「いいや、上の連中に足止めしてもらわねえとな。追跡は得意だ、問題ない早く行け!」


「絶対来てよ! ロア!」


「俺だってここで死ぬつもりはねえからな、大丈夫だ」


 そう言ってチャックを見送りアウルムは一般房エリアに向かう。


 ***


 時間はフォガストたちが脱獄する少し前に戻る。ルシウスが撤退した後、死体が動いて騒ぎになった。


「生きて……いや、どういうことだ!?」


「よくわからねえが、ルシウスが俺たちまで解放してくれた……理由は聞いてない」


「何が狙いだ……?」


「て言うか、上にどう報告したらいいんだよ? ……『3』、どうした?」


「ない……」


 さっきから立ち尽くして、顔を青くしていた代表者の『3』の異変に気がついた者がいた。


「ないって何が?」


「鍵だ……まさか、あの時……!? ヤバい……ヤバいぞ!」


「何が『ヤバい』のだ」


「そりゃ鍵を囚人が使ったら…………で、殿下!?」


 何が『ヤバい』のか、そう聞かれて振り返った先には煌びやかな衣装、あまり感情の見えないが決して機嫌が良いとは言えない表情をした、この場にそぐわない程の高貴な身分、王族であるフリードリヒ王子がいた。


「お、おお……恐れながら! 先ほど囚人が人質にしていた看守を全て解放し……! その際に魔封じの枷の鍵を盗まれたようでして……! 私の不手際による処分は如何程にも……!」


「……看守を全て解放しただと? そして鍵を奪う……陣形を整え直ちに制圧に向かう。逆らう者は全て殺して構わぬ! じきに囚人どもがこちらに攻め込んでくるぞ!」


『3』の報告を聞き、第9騎士団を引き連れたフリードリヒは信じられないと言いだけに驚きを見せ、弟である『77』が確かに生きていることを確認した。


 そしてすぐに状況の悪さを察知して騎士たちに命令を下した。


 看守たちは動揺して跪いたままその場に動けないでいた。


「貴様らは上に行き避難していろ、看守程度の力では邪魔だ。ジェブ、こいつらを移動させ応援を大至急要請せよ、精鋭とは言えこちらの数では足りんかも知れぬ」


「ハッ! 貴様ら! 駆け足で私についてこい!」


 ジェブと呼ばれた騎士が声を張り看守たちを移動させる。


「まだ嵐は抜け切っておらぬか……!」


 フリードリヒは腰に差された宝石のついたオリハルコンで出来た剣を抜き騎士を連れて一般房エリアに向かった。


 ***


「な、なんだ!?」


「騎士だ! 騎士が来たぞ! 俺たちを殺しに来たんだ!」


「結局ルシウスの計画は失敗なのか!?」


「俺たち騙されたんじゃねえのか?」


 一般房へと続く門のが破壊される轟音の後、20名ほどの騎士が囚人たちの視界に入った。どう考えても穏やかではない雰囲気を察知して武器になりそうなものを手に取った。


「落ち着け、ルシウスはこうなることを予期して俺にこれを盗ませたんだよ、順番に使え」


「ロアッ!? か、鍵だと!? まさか!?」


「ああ……そのまさか、俺の首が見えねえのか? これならあの数でも戦えるそうだろ?」


 どこからともなく、姿を現したロアに驚く囚人にロアに扮したアウルムは鍵を渡す。


「へへ、最後の最後に暴れられるってか、ルシウスの野郎も粋な真似しやがる。おい、回していけ」


「あ〜魔力を使えるって最高だぜ」


「フォオオオッ! ぶっ殺してやろうじゃねえか!」


 次々に魔封じの枷を外して、ゴトゴトッっと地面に落とされる音が聞こえ、囚人たちは下品な笑い声を響かせる。


「皆の者! 一部の囚人は枷を外している! 優先して殺せ!」


(フリードリヒだと!? とうとう出張って来やがったか……! あんたに別に恨みはねえが、俺にも任務があるんでな、悪いがこの場はもう手遅れだぜ)


 指示を飛ばす声がしてアウルムが見上げるとフリードリヒが相当怒りながら現れた。


 アウルム個人としてはフリードリヒに対して思うところはない。傲慢で一般的な常識は通用しない王族らしい王族。だが、国を守ろうと活動しており腐敗せずに役目を全うしているという事実からはむしろ立派な人物だと言えるだろう。


 脱獄、更なる暴動の煽動、それは調査官の身分を持つアウルムとしてはその大元に牙を剥くような行為であるが、今はアウルムではなく『ロアノーク』として活動をしている。


 今更、フリードリヒに迷惑がかかるからと、この流れは止まらない。アウルムは元々燻っていた火種を少し煽っただけ。


 重要な拠点を一人の狂った勇者に任せて人体実験紛いのことをしていたツケを国が払うに過ぎない。


 そして、ここで犯罪者が殺されようがアウルムとしても興味がない。全て鑑定しており死んで当然のクズ、更生不能の危険分子でしかない。


 唯一、チャックだけが罪らしい罪もなく連れてこられていた。故に目立っており、アウルムは手を差し伸べた。


 囚人に鍵を渡したのは時間稼ぎでしかなかった。そのチャックを無事に逃し、フォガストからKTに関する情報を得て、関係を構築する為の布石。


 次々に枷から解放される囚人にアウルムは再び紛れ込む。


 脱獄を成功させる為、残してある最後の一手の為に。

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