6-21話 演説
フォガストとの会話を何とか荒れる囚人たちを抑え込め、疲労の隠せないルシウスに伝える。
「おい……マジで言ってんのか? 看守を解放するだぁ? 正気とは思えんぜ」
アウルムは全ての内容を伝えた訳ではない。アウルムにはアウルムの、フォガストにはフォガストの思惑があり、ルシウスの脱獄するという目的が達成されればそれで良い。
ただし、アウルムはフォガストが金貨1枚だってくれてやるつもりがないことに関しては独自に考えて提案した。
看守を解放することを囚人に説得させた場合の成功報酬として、金を払うという内容だ。
これは外に出たらルシウスはまず確実に金はもらえずにフォガストが殺そうとする。そこは正直に伝え、ルシウスがモチベーションを保つ為に逃亡資金となる程度の金をアウルムが渡す。
それで合意させる。脱獄出来た上に、大金を得る。それは流石に高望みが過ぎる。そう言って納得させた。
「鍵を得るには、俺もそれしかないと思う。一瞬でもこの奈落の外に出ないことには鍵に近づけない。フォガストが言うには、看守たちの休憩室にあるらしい。
そこで少し騒ぎを起こす。その混乱に乗じて俺が鍵を取って来る。……これは賭けだがな」
「賭けか、ならお前に任せた方が良いだろうな。賭けならなんだかんだ言ってお前なら勝てそうだ」
「それでスッと納得しちまうのもどうかと思うぜ〜? 任されるからにはしっかりやるがよ」
追い詰められ、心に余裕がなくなってきているルシウスはどんどんとアウルムを疑うということを放棄し始めている。
「鍵の件は分かったが、看守の方はちょっと時間が必要だろうな。急に飯を奪われると思って騒ぐに決まってる」
「時間なんかねえよ。今日、ていうか今すぐ説得してくれ」
「全員出すのか?」
「いや、まず様子見で一人だ。それであっちの動きや考えを知りたい。実際に鍵を盗むのは2回目以降だな」
「取り敢えず一人か……」
「看守たちにも、こっちが話す気がある、誠意があると、そろそろ思わせねえと強硬手段に出る可能性もあるからな。後から文句をつけても仕方ないが、あんたのやってるのはかなり綱渡りで無謀な場当たり的な統治なんだよ」
「ああ、分かってる! うるせえな! 俺が人の上に立つ器じゃねえのは、最近身に染みてんだよ!
クッソ! なんでこんな損な役回りになっちまったんだ!?」
頭を抱えて、地面を蹴りながら恨み言、泣き言をこぼすルシウスを見てアウルムは話を続ける。
「おい! シャキッとしろ! ここを出るにはお前が後ちょっと仕切って完璧な準備をしておく必要があるんだ!」
「クッ……待ってろ! レイ! グース! 俺はこのクソみてえな地の底から抜け出して会いに行く!」
「妻とガキの名前か?」
「そうだ。もう一度会えるなら囚人のボスだろうが、貴族だろうが、やれと言われたらやってやるよ」
ここに来て、初めてルシウスは妻と子供の名前を口に出した。口に出すことで自分を奮い立たせているようで、情けない表情がキリッとして、覚悟を決めていることが分かる。
「行くぜ、ロア。馬鹿どもと話すぞ」
「暴力とか脅しとかはやめとけ。連中不満が溜まってるからな。得になることだけ話しとけ」
「それくらいは俺だって分かってる」
***
一般房の広場の上にルシウスの仲間と共に立つ。15人、他の囚人の数を思えば心許ない人数だ。
ルシウスが来たことで何かあるらしいと、囚人たちが集まり発言を待つ。
「お前ら聞いてくれ! ああ、説教じゃねえ! だから聞け! イラついてるのは分かるが今日は今後どうするかについての話だ!」
よく声の通るルシウスの発言を受け、囚人たちは互いに顔を見合わせて話し始める。
「今、俺たちは看守を脅して物資を得てる。だが、流石にそれが今後ずっと続くってのはあり得ねえ話だ!
そろそろ焦れた看守やその上の立場の奴どもが攻めてきて俺たちを皆殺しにしてもおかしくねえ!
それに薄々気付いてるから、最近ピリピリしてる、そうだろう!?
だから、こっちもこっちで知恵を絞って動くしかねえ!
そこでだ……! 外の動きを知る為にも看守をまず一人! 解放してやろうと思う!」
一度、周囲は静寂に包まれる。ルシウスが何を言っているのかを理解するまでのほんの僅かな瞬間だった。
そしてすぐにその静寂は囚人たちの怒声で破られた。
「ふざけんじゃねぇ!」
「看守を逃したら飯食えなくなるだろうが!」
「そうなったらテメェ責任取れんのか!?」
「もうあんたの独裁はウンザリだ!」
「ぶっ殺しちまえ!」
ほら見ろ、やっぱりこうなった。と言いたげな視線をルシウスはアウルムに送る。
だが、反発されるのは想定内。想定以上だったのはその反発の声の大きさだった。
今にも、ちょっとしたキッカケで囚人全員が押し寄せてルシウスとその仲間を皆殺しにしてもおかしくない。そんな緊張感が走っていた。
「……おまえら聞けぇ、聞け!静かにしやがれ!黙りやがれ! 俺の話を聞け!俺が! 人殺しや重罪犯のお前ら相手に! 男一匹が、命を懸けて今後のことをなんとかしなくちゃいけねえって訴えてるんだぞ!
いいか!いいか!? そもそも俺が看守を殺さない、守るって判断したから今の今まで飯食えてたんだろうが!」
(こいつ、三島由紀夫かよ……)
ルシウスは騒がしい囚人たちに対して怒りでブルブルと震えながら、怒鳴った。その言葉はアウルムからやや笑いの感情が生まれたが、確かにこんな危険な連中相手に代表して意見を言う。
それ自体は大した根性であり、誰にでも出来ることではない。
ルシウスも犯罪者の一人ではあるが、愚かではあるが、臆病ではなかった。一つ間違えれば殺されてもおかしくない場所で仕切る。相当に難しいことだ。
ルシウスがまとめていたから、飯が食えた。それも事実。その事実をすっかり忘れて自分たちの功績と勘違いして看守の解放に今更文句を言う彼らにとてつもない怒りを感じるのは当然だろう。
彼らはただ、この騒ぎに、ルシウスに便乗していただけの者たちでしかない。フリーライドしていただけの連中に文句を言われる筋合いは本来ない。
「文句があるなら、今後どうしたらいいのか具体的に提案してみやがれ! 殺すか暴れるしか能がねえくせに一丁前に文句垂れる前に少しは自分の頭で考えたらどうなんだこのクソどもが!」
もっともな言い分だった。痛いところを突かれたと口を閉じる者、ブツブツと文句を仲間にこぼす者、反応はそれぞれではあるが、なんとか危ない局面は切り抜けられた。
囚人を長い間まとめるほどの才能やカリスマはないかも知れないが、冒険者や兵士のリーダーくらいは出来ただろう。
道を間違えた──ルシウスから言わせれば、正しい道など最初からなかったのかも知れないが、アウルムからすれば惜しい奴だというのが正直な感想だった。
「これは成功……なのか?」
「いや、失敗した時の反動がよりデカくなってる気がする」
計画の修正をしなくてはいけない。一旦、フォガストの依頼した囚人ではない者で様子見をする余裕は無さそうだ。
つまり、一発勝負。『77』と番号の振られた名前で呼ばれない男。この男がフリードリヒの種違いの弟だが、彼を外に出す隙に鍵を奪う必要がある。
その後の流れはアウルムでも分からない。出たとこ勝負になる。
「明日だ、明日に決行する。急いで準備をしよう。看守を渡して何とか鍵を奪う。混乱が起きようが俺たちは手筈通りに穴からここを脱獄する」
「他の看守はどうする? 2人残るが……?」
一般房から戻って、ルシウスの部屋で内密に話をした。
「そこだ、問題は」
まず間違いなく脱獄に成功して置き去りにされれば看守は殺されるだろう。それがアウルムとしても引っかかっていた。
「俺たちが脱獄した後も、看守さえ人質に取ってたらこの暮らしが続く……そんな可能性があるか?」
「続いても一時的なものだろうな。全員を渡すのは絶対に反対されるから不可能だしな」
「……じゃあ、見殺しか。こんなところに送られてる俺が今更何言ってんだって話だが、どうにも気分が良くねえなそれは」
自分たちの行動によって罪のない看守が死ぬ。それを考えたルシウスは歯切れが悪かった。
「俺だってそうだ。仕事や生きる為に殺すことはあるが殺すのが楽しいイカれ野郎たちとは違うからな。あいつらも仕事で看守やってるだけだ。別に恨みがある訳でもねえ」
「何とかならねえか? もう殺したりとかそういうのウンザリなんだよ。結局最後は泥沼にハマっちまう。最後にちょっとだけ良いことをしてここを出る。そう考えるのは我が儘過ぎるか?」
「ああ、我が儘が過ぎるな。だが、気持ちは分かるぜ……」
「……? なんだ、ロア? どうした」
言葉を途中で止めたアウルムにルシウスが気がついた。
「いや、イカれてる発想だが……看守を解放してやる方法があるにはあるなと」
「ほお?」
「既にシュラスコによって殺された看守が5人いるな? その遺体を看守に返すって名目で生きてる看守とすり替えて運ぶってのはどうだ?」
「おいおいおい……マジでイカれた考えだなそりゃ」
ルシウスがそう思ったのには幾つか理由がある。
一つは宗教的な倫理観によるタブー。遺体を利用するということ自体が犯罪者でも心理的な抵抗があること。
一つは遺体が既に腐敗し始めており、衛生などの科学的な知識はなくとも経験則として触れるべきではないということ。これは場所的に火葬が不可能である為、一箇所に放置されているのが実情である。
最後に、看守を無理やり連れていくのではなく、死んだフリをさせるということ、つまり協力しないと確実に失敗するという点についてだ。
これは、運ぶ為に相応の人員が必要な為、ルシウスの仲間の他に囚人に手伝わせる必要がある。
外にいる看守と対等に会話する為には相応の舐められない人数が必要だという問題もある。
囚われている場合、一番逃げられるチャンスがあるとしたら移動時だ。逆に運ぶ側からすれば移動時がもっともリスクが高まるタイミングである。
そういう仕事をしていたルシウスはアウルムから一々説明されるまでもなく、その作戦は危険だと理解出来た。
「いいか、明日看守を運ぶ。運んで一瞬外に出たらその時に囚人と看守を煽って騒ぐように仕向けてくれ。その隙に鍵を奪う。
フォガスト、チャックはここに待機させておく。看守を運ぶのが終わり次第、あんたはここに戻り、タイミングを見計らって俺が行く。
そしたらすぐに枷を外して出る。そういう手順だ」
「もし、鍵が見つからなかった、もしくは盗むのに失敗したら?」
「それでも枷をつけたまま脱獄するしかねえだろ。ここはもう終わりだ。外に出てなんとか生き延びたら外す方法だって見つけられるはずだ」
「贅沢は言えねえか……無いなら無いでやるしかない。確かに俺の人生もずっとそうだった。ああ、その通りだな」
空っぽの手のひらを握るルシウスは何を思うか。明日の計画の失敗の不安に対してか、これまでの人生のことか、その先に会えるかも知れない家族のことか、それはアウルムには分からない。
だが、暴動が起きる前のただの犯罪者だったルシウスと今のルシウスは明らかに別人だと言えるほどに変わっているだろう。
***
「行くぜ、ルシウス。全部準備は終わってる……時間だ」
「ああ……」
翌日、アウルムはベッドのシーツなどを利用してタンカを作成して5つの遺体を用意した。看守の2人は遺体と入れ替え、フリードリヒの弟は手足を縛ってはいるが、生きた看守として外の看守が控える場所の前に並ばせる。
遺体となる看守には死にたくなかったら死んだフリをしていろと、何とも奇妙な命令をした。
今のところは言う通りにしている。逆らうほどの元気もないのが本当のところだが。
「よし! 行くぞ! お前ら!」
「「「おうっ!」」」
ルシウス、その仲間、手伝う囚人、看守、それぞれが別々の理由で緊張している。少し先、一体どんなことが起こるのか誰にも分からない。
皆が不安を消すように大きな声を上げた。
静かにその場にいる人間の動きを観察して計画を成功させるべく、アウルムだけは口を閉じ忙しなく視線を動かせ、全員の一挙手一投足に注目していた。