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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-20話 フォガスト



「よお、ルシウスのやつが、やっと重たい腰を上げてあんたと話す覚悟が決まったみたいでな。小難しいことは苦手だからってことで喋るのが得意な俺に任された。ロアって言うんだ」


 アウルムは物置きの前に立ちフォガストに話しかける。定期的に桶に溜められた糞尿を処理してはいるが、機密性の高い空間に長時間押し込められているせいで、近づくと「うっ」っと声の出そうなほど刺激のある臭いがする。


「……おい、寝てんのか?」


 返事がなかったので、再度声をかける。食事は与えているし、換気と明かり取りを兼ねた小窓から朧げに人の形が動くのも確認している。


 ルシウスの差配する食事や水の量では遠からず死ぬという計算結果が出ていた。飢えさえ弱らせるという目的でやっていたのは理解するが、分量の調整が出来ない素人仕事だったので、危険だった。

 アウルムとしても死なれては困るので、自分の担当の時は多めに食事を何度か運んだ。


 つまり、フォガストは死んでいない。無視しているのか、寝ているのか、返事する元気すらないのか。


「──ずを……よこ……」


 かすれた声が僅かながら聞こえた。


「ん? ああ、水か。待ってろ」


 アウルムは木のコップに水を入れて渡すと、青白い痩せた手が窓から伸びてひったくるようにコップを奪う。


 そして、すぐに空になったコップが窓から放り投げられる。


「次は食いもんだ……」


「ああ、ほらよ」


 干し肉、チーズ、パン、物資として渡されるのはそれくらいの種類しかないが、よっぽど看守を殺されたくないのか以前よりはこれでもマシらしい。


 しばらくして、フォガストが全て食べ終え血糖値が上がって来たであろう頃合いを見計らい、再度声をかける。


「よお、ここはもう長くない。枷を外す方法や脱走する計画を考えるやつが増えてきた。囚人のストレスも溜まってる。そのうち誰も制御出来なくなるほどの殺し合いが始まるだろう。

 あんた、地下の迷路の道を知ってるんだって?」


「それは俺様に手引きして欲しいって話か?」


 今度は力の籠った声でハッキリと返事をした。


「ま、ざっくり言うとな」


「代償は?」


「ルシウスが言うにはあんたの隠し財産を──」


「勘違いするなよ、ガキ。代償を払うのは貴様らの方だ、俺様が裏切り者のルシウスの脱獄の手助けをするのに何の得がある?」


 アウルムの言葉を遮り、怒り混じり、後は純粋に疑問の籠った返事だった。


「なあ、金なんて生きて使ってなんぼだろ? ここに閉じ込められて死んだら意味がない。

 ルシウスはここから出してやる代わりにあんたは道案内をして、金を渡す。全部じゃなくて良い。そういう話だ」


「閉じ込められている……? ハッ! それは間違ってるぞ、俺様が俺様の意思でここに閉じこもってるんだ。

 何もしなくとも、良い。ただ、待ってればこうやって根負けしたルシウスが俺様に泣きつくのは分かりきっていたからな」


 フォガストは一度大きな声を出しながら笑った。ルシウスが有利な立場にいると勘違いしているのはあまりにも馬鹿げていると言いたげな嘲笑だった。


「暴動が起きて、囚人どもが自由に歩けるようになったらまずは腕っぷしが強い奴が権力を握る。そうなれば枷をつけられた俺様は口先だけの雑魚扱い。


 それが目に見えてたから、わざと脱獄と金の話を漏らして生き延びるように動いただけだ。

 そして、機は熟した。

 もう種を明かしたところでルシウスの馬鹿じゃどうにもならんところまできている。

 俺様の手のひらの上で踊っていただけなんだよ!」


「へえ、計算だったのかい。流石オーティスの元ボスだな」


「俺様がボスだ! 勇者の小僧のせいで生憎休暇を取らされているに過ぎん!」


「ああそうかい。で、それはルシウスの言い分。そんなことを言ってやがるぜってだけの話。

 俺は俺であんたと話がしたくてな。その機会をずっと伺ってた……カメリア、クラウンと呼ばれるやつらについて何か知ってれば。本題はこれだがな……タクマ・キデモンの話だ」


「……今、なんと言った?」


「タクマ・キデモン。あんたを休暇に追いやった奴の話だ」


「ロアとか言ったな。何が目的だ?」


 イラつき、騒いでいたフォガストが急に静かになり、声のトーンが落ちた。


「情報だよ。そのタクマ・キデモン、最近じゃあ『KT』なんて呼ばれてる男のことならなんでも聞かせてくれ。俺の雇い主の依頼はあんたをここから出してタクマ・キデモンの情報を得ることだ」


「そうか、質問を変えよう貴様は何者だ、ロア?」


「俺は通称『ロアノーク』。どこにでも忍び込み、どこにでも連れて行く。人と情報の運び屋、それが俺の仕事だ」


 アウルムは犯罪社会において、仮の身分、架空の存在を作り上げていた。それが運び屋のロアノーク。

 この場にいたのは、あくまでも忍び込んだ謎の運び屋をやっている犯罪者、ロアノークである。という設定を作っていた。


「雇い主は?」


「それは言えない」


「そうか。まあ、それは聞いてみただけだ。どうでも良い……ただ、その雇い主がタクマ・キデモンを殺すって言うなら話は変わってくる。

 殺すならいくらでも協力してやる。俺様ではあいつは殺せんからな、誰かがやってくれるなら何だってやる」


「そうだなあ……そのあたりは俺の裁量で判断して良いって言われてるんだ。構わないだろう、ああ、殺すつもりだぜ俺の雇い主は」


「クッ……クハハハッ! 別にこっから出るだけなら俺様一人でどうにかなったが、運が回って来たようだ!

 あの舐め腐ったガキをこんなところまで来て殺そうって奴が現れるなんて最高だ!」


 愉快極まりないとフォガストの笑い声が独房エリアに響いた。

 だが、上が騒がしくて誰も彼の声を気にする者はいない。


「ああ、そうだ。ロアノーク、運び屋なら一つ仕事を頼みたい。後払いになるが……どっちみちお互いここを出ないとビジネスも何もないが、金を払ってやるから出してやって欲しいやつがいる」


 笑いを止めて、フォガストは商談を始め出した。


「あんたの組織のお仲間か? 信頼で成り立ってる世界だ、ケチな真似しないとは思うが詳細を聞くまではうんとは言えねえな」


「ここに仲間は居ない。ルシウス以外裏切り者は既に始末した。出して欲しいのは看守の一人だ」


「看守だぁ? おいおい、そりゃどういう訳だ? 囚人なら分かるが看守となると難易度はグンと上がるぜ? 牢屋に入れてるが出したら他の囚人どもが黙っちゃいねえよ」


「1億、1億ルミネ出す。看守としては褒められたもんじゃないが暴動が起きる前は庇って世話してくれた。それは俺様には関係ない、その恩を返す。俺様は約束は破らないのを信条にしてるんだよ」


「そりゃあ……ぶっ飛んだ金額だが、そこまで出すか普通?」


「シュラスコの拷問を回避出来るなら安い。お前に1億、後で金を渡してやるからその看守に1億運んでくれ」


「じゃあ……あんた、その看守一人に2億も出すってのか? どんだけ金持ちなんだよ」


「俺様からすれば『たった2億』でここから出られて恩も返せる。安いビジネスだが?」


(マジか、こいつ……最大手の犯罪組織のボスってそんな桁の金隠し財産から出せるほど貯めてんのか?

 これは想定よりも組織の規模がデカいと計算の修正した方が良さそうだな。だが……問題は看守をここからどうやって出す……か)


「看守を無事に外に出せれば、他にも情報を定期的に流してやる。俺様の商売の邪魔をしないという前提だがな。

 ただ、看守が助かるまでは何もしない。ロアノーク、お前がどれほど仕事が出来るのか見極めさせてもらうとしようじゃないか」


「はあ……仕方ないな」


 だが、ここでフォガストとコネが出来るのは悪くない。悪人ではあるが、利用価値の高い、悪人の中でも話の通じる権力の強い悪人に信頼出来るという印象を与えるのは今後の役に立つ。


「おいこれはお互いに利益のある話だと分かっているのか?」


「ああ、大金だからな──」


「そうじゃない。看守を外に出す、つまり他の看守のいる場にはこの首輪の鍵があるだろ。どさくさに紛れて盗む隙が生まれる。そうだろ? うん? 出ることは出来るが一番厄介なのは首輪だ」


(こいつ、そこまで考えてたのか? やはりルシウスとは格が違うか)


 外へ出る為の穴、首輪の問題、隠し金の情報漏洩、あらゆる事態を想定した上で予備のプランまで組んでいる。


 確かに、アウルムが居なくともフォガスト一人でも脱獄に成功しそうだが、個人的な恩のことまで考える余裕がある。


 ヘイトを買い続けるルシウスに対して、フォガストはある意味安全な物置きで誰にも関心を向けられず、機が熟すのを待った。


 立ち回りに雲泥の差がある。そもそもルシウスがここを統治したところで大した意味はない。遅かれ早かれ崩壊する体制で目立つことをしても最後にはロクな結末にはならない。


 それにやっと危機感を覚え始め、損な立場だと気がついたからこそ、脱獄というプランをコソコソ実行し始めて、頼れる側近のロアに相談を持ちかけ、フォガストに大きく依存した前提の計画になっている。


「看守のことで、俺にも不思議な点がある。今は人質にして物資の交換が成立しているが、何故成立する? 見殺しにした方が早いだろう」


「看守の一人が第二王子の種違いの兄弟だ。奴隷の父親とのガキなんだよ。ここを仕切ってるのは誰だ? 言うまでもないな?」


「マジかよ……それ、他の看守は……」


「知らんだろうな。奴ら自身なんで見捨てないのか首を傾げながら、俺様たちの為に上から重たい荷物を汗流しながら、えっちらおっちら飯を運んでるのさ、笑える話だ」


「それを知ってるってことは……」


「助けて欲しい看守はそいつだ」


「そいつは……いや、良い。計画を練らねえとな」


(そういうことかよ……! だが、それなら辻褄は合う。フリードリヒにとっちゃ都合の悪い存在だから消すのが普通だ。

 殺してないってことは肉親の情……兄弟としての何か特別な繋がりが秘密裏にあるんだ!)


 アウルムは合点がいく。フリードリヒは恐らく私情で弟を救出する時間を稼いでいた。上は忙しく、奈落まで看守数人の為に来るのは不可能だ。


 だが、そろそろ焦れて視察なりの何かしらの名目でやって来る。囚人たちを皆殺しに来る可能性も考えられる。


 閉鎖された環境故、影響は少なく後回しにしていただけ。どのみち、シュラスコについての調査も必要になる。


(もし、仮にだ。決めつけは危険だが、弟の為に暴動中の奈落を鎮圧する時間稼ぎをしていたのだとしたら……弟が戻ればフリードリヒは直接的な手を打つだろう。

 弟を出す、つまりそれがこの奈落の終わりのタイミングでもある……か、クソッ、ややこしいことになって来やがった!)


 アウルムとしては、勇者に関する情報を入手するのが最優先ではあるが、チャックは助けてやりたい。これはフォガスト、フリードリヒに対してとやかく言えない点であり、弱味だ。


 だが、中途半端に助けて後は勝手にしろでは筋が通らない。一度手を差し伸べたのだから最後まで面倒を見る。それがどんなに物事を困難にさせようとだ。


 アウルム単独であればいつでも『虚空の城』で離脱出来るが、これは誰にも知られてはいけない能力だ。シルバによる行動の制限も出来ない以上、目隠しなどして連れ込むのも厳しい。


『虚空の城』に頼らない脱獄をするしかない。


 脱獄するメンバーはアウルム、チャック、ルシウス、フォガストの4人で、その前にフォガストの言う看守を出してやる必要がある。


 そして、看守を出した瞬間からフリードリヒの懸念は解消され、この奈落に与えられた仮初の自由は、ほぼ消滅する。


 看守を出して、その時に鍵を奪い、チャックたちの枷を外す。

 それが終われば他の囚人が騒ぎ出して混乱に陥る前に穴から脱出する。

 ここまでの大きな動きに対してタイムリミットが少ないということは、看守を出すタイミングが何より重要となってくる。


 看守を出すまでに、全ての準備を終わらせて万全の体制で脱獄をする。

 果たしてそれまで不満の溜まる一般房エリアはルシウスの抑えが効くか。


 囚人に対しても根回しをしないと、看守を出すことは難しい。


 看守を出すことは物資が得られなくなると囚人は当然考える。反発されるだろう。ルシウスが舵取りを少しでも間違えたらその瞬間全てが台無しになる。



(これは……タイマーの見えない時限爆弾を解除するようなもんだぞ、急がねえと……)


 想定以上に複雑になってきた奈落の潜入、泥沼にハマるとはまさにこのことだとアウルムは顔をしかめた。

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