6-19話 独房の抜け穴
(災い転じて福となす、って言えば都合が良過ぎるが……環境が特殊過ぎて思ったようにことが運べねえな)
ギボを殺してロアことアウルムはこの奈落において現在、実質的に序列が次席となった。
あれほど、絡んできたガラランはすっかり怯えて小さくなってしまい干渉されることはなくなったが、その分ルシウスに声をかけられることが増えた。
「──聞いてんのか、ロア」
「ああ、聞いてる」
「お前にビビってるやつがいるおかけで、多少落ち着いてるが、所詮は問題の先延ばしでしかねえ。
今後、どうするか知恵を貸せ」
「やはり、アレを使って交渉するしかないだろうな。単に脅して物資を運ばせるのは限界がある。上の奴らがいつ見切りをつけてもおかしくはない」
ルシウスは統治に限界が近付いていることを理解している。シュラスコから解放されて、飯が食える。それだけで、閉じ込められた囚人の身分は変わりない。
看守を人質にして、物資を得る方法もいつまで持つかも分からない。明日急に打ち切られる可能性だってある。
そうなれば飢えて殺し合いが確実に始まり制御不能、共倒れに終わる。
「交渉か、それで何を交渉するってんだ? もっと食い物寄越せってか?」
「食い物も必要だが……情報と時間の方が欲しいところだな。もし仮に脱走するにしてもだ、足を引っ張り合うだけだろう」
脱走と聞き、ルシウスがピクリと反応するがそれを隠すように腕を組んだ。
「情報と時間……情報と時間か……時間は分かる。情報ってのは?」
ルシウスは机の上に置いてあるタバコをトントンと叩きながら葉を詰めて、火をつけて一服しながら聞き返す。
「何故、看守を見捨てないか。俺たちを今後どうするつもりなのか、上はどうなってるのか、分からないことばっかりだからな」
「確かに、俺も最初は賭けだった。看守なんて切り捨てられるだろうと思ったが、上手くいったのは予想外だった。ツイてると思ったが、よく考えてみりゃおかしい話だ」
「看守が殺されては困る何かがあるんなら、それを利用しねえとな。看守に話を聞く……尋問するか」
「尋問だぁ? お前兵士みてえなこと言いやがるな、荒っぽく痛みで吐かせるしかやり方知らねえが、それはやめとけ」
「シュラスコか」
「あいつが俺たちの心につけた爪痕は深く残ってる。ギボとの戦いもあれ以上続けてたらヤバかった。無駄に刺激するようなことは恐ろしくて出来ねえぜ。いくら俺でもな」
ルシウスはしっかりと話して見ると思っていたよりは頭が悪くなかった。単に教育を受けていないだけで、生き延びる為の知恵や人心といった類のものは持ち合わせている。
そこに具体的な知恵を提供していたのがガラランだったが、その役目をアウルムは奪った形になっている。
拷問はシュラスコを思い出させるので、絶対にするべきではないと、ルシウスは強く反対した。
「拷問は無しにしても、多少話を聞く必要はあるだろうな。それで思い出したが、あの物置きの男は一体なんだ? そろそろ教えてくれても良いだろ」
「良くねえ」
「おいおい、ルシウス。ハッキリ言うが今の奈落はギリギリだぜ? 何とかする方法を考えてるってのに隠し事されちゃ、話が進まねえだろうがよ」
「耳貸せ」
「なんだ?」
身を乗り出して、ルシウスの臭い息に耐えながら話を聞く。
「あいつは二つ、役に立つ情報を持ってやがる。あいつが死ぬとその情報は消えちまうから殺せねえ」
「で、それは何なんだって話だろうが勿体ぶるなよ」
「ついてこい」
ルシウスは自身の寝床である、独房にアウルムを招いた。
一本道の奥、角部屋で、手下にも声が聞こえない場所。アウルムからすれば逃走経路が少なく選ぼうとは思えない無防備な位置の独房を選んでいた。
「お前だから教えてやるが……まず、あいつは俺の元ボスだ」
「『オーティス』のか?」
目が普段よりも大きく開き、ルシウスは息を呑んだ。
「……やっぱりお前は味方につけておくべきだったな、勝負には負けたが、それが結果的に俺に都合良く運んだなら、俺の勝ちみたいなもんだな」
「話を聞いていれば察しがつくだろ。お前がオーティスの一員なのはな。俺だって闇の世界に生きる一人だ、オーティスの話くらい聞いたとこがある。ボスが代替わりして、今じゃあんな物置きに押し込められてるとは思ってなかったがな」
ルシウスの話では、側近でもなんでもないくらいに立場が違ったらしい。本当の名は知らないが、通称はフォガスト。そう呼ばれていた。
大きな集会で一度顔を見ただけだが、それ以降は会っていない。
ヘマして奈落送りにされた後、ここにフォガストがいると他のオーティスのメンバーだった者に聞いた。
そのメンバーはフォガストに近い身分の者で、暴動があった混乱時に殺されてしまった。
ただ、その時に死に際に聞いた話があった。
フォガストはここの地下迷路の出口を知っており、脱獄を計画している。
そして、莫大な金をどこかに隠している。
嘘か真かは分からないが、万が一本当だったら取り返しがつかないことになる。力で奈落を支配したルシウスはすぐにフォガストを隠した。
それが物置きの男の真相だった。
(だが、驚きはしないな。犯罪者が地下を利用しているのは珍しくないし、情報を集めて丁寧にマッピングしていたら、王都の外に出る通路くらいは見つけられるかもしれない。
金を隠してるってのも、まあボスなら当然と言えば当然)
逃げた後、逃亡生活の資金を得て隠居する。それがルシウスの雑な計画とも言えないお粗末な計画だった。
そう思ったのだが──
「でだ、ここはフォガストが入れられてた独房なんだが……これを見ろ」
「ッ!? 抜け穴だと……」
ルシウスがベッドの下のシーツを取ると、かなり掘られた穴があった。
「この先に行くと壁がある。後ちょっと掘れば道に出られる。石壁が見えてくりゃ、それは何度か身体をぶつけたら壊せるだろう。
問題はその後、俺にはどこをどう進めばいいのか分からねえってことだ。それに抜け出したところで金がないと外では生きていけねえからな」
(そういうことか。こいつ、やはり間抜けではないようだな。
表ではボスヅラして仕切っているがその裏ではここに見切りをつけて、フォガストの脱獄プランにフリーライドしてたとは)
「あいつに頼らずになんとかしねえといけねえのは、こいつだな」
ルシウスは魔封じの首輪を触る。これのせいで外で戦う必要が出た時に何も出来ない。囚人同士は互いに首輪があるせいで条件はイーブンとなるが、外の世界の人間と戦うのは圧倒的な不利となる。
ルシウスが脱獄を成功させるには少なくとも3つの条件をクリアする必要がある。
・首輪をなんとかして外す
・迷路を抜けるルートを得る
・王都を出た後の服や金の確保
この3つをなんとかするしかない。そしてルシウス自身が気付いているが認めたくない事実として、それにはフォガストの協力が必要不可欠であること。
しかし、フォガストを野放しにしてしまえば金は得られない上に殺されるか、追われるか、先は明るくない。このジレンマからフォガストを物置きに放置するという問題の先延ばしをしている。
だからこそ、ルシウスにとって『時間』はなにより必要なものだった。
「なあ、ここを出たところでどうするつもりだ? 追われる身だぞ」
「子供に会いてえんだよ」
「へえ、子供がいたのか」
「ああ。今は7歳くらいのはずだ。生きてるのか死んでるのか、分からねえがな。ここにいたら自分の子供が生きてるのか、死んでるのか、どこにいるのか、そんなことすら知りようがない。それが堪らなく辛え」
ルシウスは穴に希望を見出すかのように、縋るように、語った。
元の世界の犯罪者であっても、手紙や面会などで外界と触れる機会はあった。
だが、この奈落において看守以外との接触は不可能であり外の様子が気になるのも無理はない。
持ち込み、情報漏洩のリスクを徹底的に排除している。シュラスコが消えるというこの奈落における絶対的なルールが崩壊して、囚人たちは外に意識を向け始めている。
実際、ルシウスだけでなく、なんとか脱獄出来ないかと相談している者は多い。現状では、ルシウスが最も具体的かつ、成功確率の高いプランを持っているというだけだ。
「その会いてえって気持ちは分かるが……奇跡的にここを抜け出せて、囚人が子供達と家族揃って幸せな生活を無事に送れましたとさ、って話にはならんだろ」
「だからって、こんな墓場みてえな地下で腐るまで大人しくしてろってか? 出た後、仮に出れたとして、そっから上手くいくはずがない。下手したら……いや、ほぼ野垂れ死ぬだろうよ。
だが、子供たちに向かって歩いて死ぬ方がマシ。両方クソみたいな道だが、俺はマシな方を選ぶ」
「……」
「ロア、お前は理解してねえな。頑張り次第で、物事が上手く運ぶ方法があると思ってやがる。俺たちみてえなクズは最初っから、悪い道の中からマシな悪い道を選ぶしかねえんだよ。
パッと聞いた感じ、現実的で、ネガティブな物言いだが俺からしてみりゃ、一番最高の結果を想像してる分、お前は希望を持ち過ぎてるな。俺はここを取り敢えず出れて、子供のいる方向に走れりゃそれでいいんだよ」
ルシウスの言葉、アウルムは一笑に付すことは出来なかった。最初から、悪い結末しか待っておらず良い方向に持っていくことが出来ない者もいる。
言われてみれば、そうだが何となく物事には常に突破口のようなものが存在していると思い込んでいた節があったと、気付かされた。
「はは、あんたにそんな説教されるとは思ってなかったぜ。いちいち最もな言い分だがな。
だからこそ、そろそろ腹割ってフォガストと話すべきじゃねえか? 全部お前の思い通り、美味しい思いしようなんて無理だろうよ。どっかで妥協しねえと、マシな方の道を選ばねえとよ」
「クソデカい組織をまとめていた男と俺が交渉出来ると思うか? 気がついたらなんだかんだとあいつの都合のようにことが運んでるんだよ。
……だから嫌なんだ」
「そこで、提案なんだが俺がフォガスト、看守と会話することを許してくれねえか? はっきり言ってそれをしたところで、これ以上状況が悪くなるとは思えねえ。
どのみち、先がねえんだからよ」
「……看守なら好きにしたらいいが、フォガストは俺が立ち会う」
納得はしていないが、仕方がないと言い聞かせるように一度ルシウスは唸った。フォガストをとにかく警戒しているようで、アウルム一人で話すことを嫌がる。
「いや、逆だぜルシウス。フォガストからしたら、あんたは裏切り者みたいな扱いで、絶対に何を言おうが信用しないし口すら開かないかも知れない。
俺がルシウスの目を盗んでこっそり話しかける。そういう形でやらせてくれ」
「俺の目を盗んで? 何の意味がある?」
「フォガストにとって、俺はあんたの味方のフリをしてるやつだと思わせた方が喋らせやすいってことだよ。自分に置き換えて考えてみてくれ。
長い間閉じ込められて、その閉じ込めた奴の手下が裏切ろうとするならそれを利用する手はないって考えないか?」
「ふん、確かに。面白えこと考えるなロア」
「信用を印象によって操作する。ギャンブルが好きな俺には得意技だ」
「それが暗殺にも活きてくるってか?」
「ああ、そうだな。じゃあ早速行ってくるとするか、時間は貴重だ」
アウルムはルシウスの部屋を出ようとする。檻に手をかけて、近くに誰も居ないことを確認した。
「ロア」
「なんだ?」
「俺に対してもそうやって信用を得たのか?」
「……まあ、ここで生きていく為に必要なことはする。やってねえかと言われたら、やってるな」
「そうか……」
ルシウスはアウルムの答えに驚いたような、ホッとしたような複雑な顔をして、それ以上は何も言わなかった。
アウルムもまた、それ以上は言わずにルシウスの独房から出ていき、フォガストの物置きに向かった。
「おおっ! こんなところにいやがった! ロアッ! ルシウスはいるか!?」
「どうした? ルシウスなら自分の部屋にいるが……」
「上で揉めてやがるやつらがいる不満が溜まってんだ! 早く仲裁しねえと爆発しちまうっ!」
「おいおい、またか……」
独房エリアの広い場所に行くと、ルシウスの仲間が慌てて声をかけてきた。
囚人同士のいざこざが増えてきている。解放の喜びから自由のない現状への苛立ち、不安に感情の方向が変わってきている。
「取り敢えず、ルシウスに言ってくる!」
「ああ……」
(やはり、もって数日か……やっとフォガストや看守と話せるようになったのにな。もう少し時間が欲しいんだが……不安や怒りが囚人全体に感染してやがるな。人の心まではどうにもならんか)
ミアとの約束の時間まで、後4日。騒がしくなっている一般房エリアのある頭上を見ながら、アウルムは肩を落とした。