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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-18話 掟

 


「揉め事は決闘でケリをつける。それがここの『掟』だ」


 ルシウスが騒がしくなってきた独房エリアで極めて落ち着いた様子で場を制した。


「ルシウスさぁん、そういや、代理人を立てても良いんだよなぁ?」


 ガラランはやけに嬉しそうにルシウスに擦り寄りながら聞く。


「指名した代理人が同意したら、の話だ」


「それじゃあ、俺はギボを代理人にしてえ。いいかギボ? 礼はちゃ〜んとするさあ」


「先払いならいいぜ」


「おうおう、もちろんさぁ。受け取ってくれやあ」


 ガラランは巨漢のギボに代理人を頼み、干し肉をポケットに乱暴に突っ込んだ。


「それと……今後1週間、お前の飯の半分を寄越せ」


「……分かったよおぅ! それで契約成立か?」


「ああ、やってやるよ。どうせガキ相手だ。手堅い取引でしかねえ」


 ギボもまた、ガラランと同じようにニヤリと笑い、チャックを見た。


「そ、そんな……やってないのに……ギボに勝てる訳……」


「チャック、俺を代理人に指名しろ」


「ロアッ!? そんなッ! ダメだよ! 殺されちゃうよ!」


「指名しないとお前が殺されるぞ」


 チャックは既に涙を流しており、アウルムの提案を即座に拒否した。


「でも……ボクのせいでロアが殺されるなんて……嫌だよ」


「ルシウス、ちょっとだけ時間をもらってもいいか?」


「……1分だ」


 ルシウスは考える素振りを見せ、指を1本立ててタイムリミットをアウルムに告げた。


 ***


「ごめん、ごめんよ……ロア……」


「チャック、聞け。これはガラランの仕込んだことだ。お前は利用されてるだけなんだよ。あいつの狙いは俺だ。俺が代理人になってギボに殺されるか、俺が大事にしてるお前が殺されるか、どっちに転んだってあいつは得すると思ってんだよ」


「でも、ロアじゃギボには……」


「あ? 俺殺し屋って言ってなかったか?」


「聞いてるよ、でも武器も使えない決闘で不意打ちも無しじゃ……」


「俺はギャンブルが好きだが、絶対に勝ち目のない勝負はしねえよ。勝てると思ったから俺にやらせろって言ってんだ。お前は巻き込まれたようなもんだから気にすんな」


「そこまでしてくれる意味が分からないんだけど」


「意味か……まあ、強いて言えばガラランに舐められたら今後も厄介だから懸念は潰しておくってところだな、あんまり気にすんな。お前はルシウスに俺を指名するって言え、良いな?」


「…………」


「俺に賭けてみろ」


「うん、信じるよ、ロアのこと」


 迷ったが、最終的にはチャックはアウルムの提案に同意した。


(こういうのは柄じゃねえんだがな……シルバはガキを殺して、俺はガキの命を庇うか、いつもと逆だぜ)


 アウルムはパイドライダーの顛末を聞いており、立場のギャップに思わず苦笑した。


 ***


「恋人には格好つけたくなっちゃたかい、ロアさんよぉ」


「これで満足か、クズ野郎」


「なぁ〜んのこと言ってるかさっぱり俺にはトンと見当がつかねえが、大した根性だぁ。見直したぜぇ……でもこれは博打に過ぎねえかと俺は思うのさ」


「博打? なら、いつも勝つのは俺って分かってんだろ?」


「……言うねえ、威勢も良いのもギボの重た〜い攻撃を喰らってねえ今のうちだけだと思うがよお」


 一般房エリアは広場、既に囚人たちが騒ぎながらサークルを形成していた。ガラランはアウルムにスッと近寄りながら嬉しそうに声をかけた。


 まるで緊張感のない、アウルムの態度にガラランは一瞬、「まさか」と思うが、ギボとの体格を比べてその「まさか」はないだろうと疑念を頭から追い出した。


「武器は無し、第三者の手出しも無し、どちらかが死ぬまで続ける。分かったな?」


「ハハア! わーってるよっ!」


 低くこもった声質のギボが返事をする。


「ロア、分かったかって聞いてんだ」


 ルシウスはアウルムに威圧しながら再度確認をした。


「ああ、この決闘の結果に遺恨はなし、そうだよな?」


「仕切る俺のメンツを潰すようなやつは許さねえ。ガラランとチャックも今後揉めることは無しだ。聞いたなテメェらッ! ガラランとチャックの一件に口出しは許さねえぞ!」


「それを聞ければ良い。始めようぜ」


 アウルムは上着を脱ぎ、上半身裸になる。胸の紋章部分は特殊メイクで隠しているが、後は何の加工もない。


「……ヒョロいと思ってたが」


 ギボとルシウスは特に驚いた。肌には無数の傷跡があり、鍛え上げられた筋肉がしっかりとついている。


 基礎的なトレーニングを日課として鍛え上げられ、健康的で栄養バランスに考慮した食事を摂り、肉体を維持するというのはこの世界において贅沢なことである。


 アウルムの戦闘スタイルは魔法中心ではあるが、シルバに比べて接近戦が弱いというだけ。

 この場においてアウルムは決して弱くはない。


 肉体自体を鍛える、それは一般的にモンスターを倒してレベルアップしステータスを上げることが出来ない貧しい者がすること。


 冒険に出て、ステータスを上げることは生まれつきの才能や経済力のある者がすること。平民は日々の暮らしを続けるので精一杯。


 この感覚の隔絶があり、両方を確実にこなすのはトップの冒険者や騎士、武道家くらいである。


 故に、ルシウスやギボのような犯罪者、貧民層で幅を効かせるのは自然と体格に恵まれた者になる。


 アウルム自身、大柄というほどではない。見栄えするような隆々とした筋肉もない。だが、ただの闇討ちする卑怯な暗殺者、ギャンブラーではないことは、誰の目にも明らかだった。


 その身体つきを見てガラランは固唾を呑んだ。


「……た、確かに口だけの雑魚ではねえみたいだが……デカい犬と牛じゃあ力比べしたらどっちが勝つかは〜ガキでも分かるぅ……そうだろぉう? ギボ!」


 ロアではなく、自身に言い聞かせるようにギボに聞く。


「まあ見てろガララン、捻り潰しやる」


 ギボが両手の指をゴキゴキと鳴らしてアウルムに近付いていった。


 ***


(どうにも胡散臭えぜぇ……気に食わねえ野郎だ)


 ガラランはロアという男が注目され始めた時から何故か無視出来ない、危険だという直感があった。


(歯だ、なぁ〜にが変かと思って観察してみりゃあ、歯が囚人にしては綺麗過ぎるんだぁ。あの綺麗な口元から出てくる言葉は人の耳を傾ける力がありやがる)


 素振りや身なりは他の囚人たちとそこまで差がないが、パッと見る度に感じていた、違和感。その正体は喋っているロアの顔を注意深く観察しているとチラチラ見える白い歯だった。


 30年以上生きてきて、気にしたことも無かった他人の歯だが、歳をとる度に虫歯になったり殴られて欠けたり、全て綺麗な色でお行儀良く整列した歯なんて見たことがない。


 他の囚人の歯を見るとやはり、前後にズレていたり、黄色や黒に変色しており、殆ど歯がない奴だっている。


 そう考えるとやはり、ロアの歯の整い方は不自然極まりない。数本抜けてはいるが、わざと抜いたみたいに逆に他の歯と差が際立っている。普通の犯罪者ではないと確信する。


 ルシウスの一派に加わると、出しゃばっていると思われない範囲で気の利いたことを時々言う。少しずつではあるが、確実にルシウスの信頼を得ている。


 ガラランがルシウス一派として求められている能力、それによって獲得した自分の立場を揺るがすのはロアという男しかいない。


 腕力のある者、命令に忠実に従う者、そういう奴らはガラランの競合する相手ではないので気にはならない。むしろそういった輩を上手く使うのが仕事だった。


 ユーモアを交えながらも的確な助言をする。それはガラランの仕事だったがお株を奪われつつある。


 放置すると危険だというのは仲間にしてすぐに直感していた。何が危険とはその時は分からなかったが日に日にその直感は間違っていなかったと確信を持つ。


(同族嫌悪ってぇ、やつか? いや、もっと得体の知れない恐ろしさだ)


 何とかして消さなくては。しかし意外と隙のない男。聞けば仕事は暗殺者だったと。ハッタリかも知らないが、万が一のことを考えると不意打ちのようなやり方は逆に危険。


 力づくも得意ではないし、そもそも、ここの掟で不可能。


 となると、陥れる形が必要だった。それを考えていたらチャックとかいう男娼と仲良くしていることを知る。


 これしか無いと思い策を巡らせ上手くいった。


(そんなのアリかよッ!?)


 ガラランの思惑は外れる。目の前で決闘に挑むロアは大人と子供ほど体格の差があるギボ相手に互角以上にやり合っている。


 ギボの攻撃はスルリとかわされ、チクチクと痛みを強く感じる急所を狙いながら攻撃を積み重ねる。


 威勢の良かったギボはじわじわと弱って動きが鈍くなっていく。


 派手な技や、馬鹿げた力があるようには見えないが、とにかく危なげなく戦う。囚人たちはギボが妙に手間取っているように見えてイラつきさえする戦いだった。


 数秒で死ぬと思ったロアは数分以上戦い息をしている。


(あのギボが決めきれずに肩で息してやがる……それもまともに攻撃が一回も当たらねえなんて……一方であいつは涼しい顔のまんまだ……何遊んでんだ使えねえデクの棒がと思ったが……そうじゃねえ)


 ギボは上着を脱いだ。背中にはびっしりと汗が吹き出しており、地面に投げ捨てられた上着は汗で濡れて重みのある質感に変わっている。


「うぉああああああっ!」


「やれっ!」


「そこだっ!」


「あああっ! また避けられたッ!」


 叫びながら突っ込んだギボを避けて足を引っ掛ける。大きな身体が音を立てて地面に倒れ込む。


「チャンスだぜロアッ!」


(マズイッ……!)


 ガラランはギボと同じくらいに汗が出ていた。それもギボとは違う質の冷や汗で、既に動けなくなってしまっているギボを見てゾッとする。


 バギッ!ボギッ! と思わず身体を縮こまらせてしまうほどに不快感のある音は動けなくなったギボの手足の関節を折る音だった。


 ロアの名を呼ぶ声が大きくなっていく。地面の上で呻きながら鼻と口から乱れた息をするギボの上に馬乗りになったロアはギボの鼻のすぐ下、上の歯の付け根である窪みの『人中』を狙いすまして殴り続けた。


 前歯はまたしても嫌な音と共に折れて、喉に詰まった歯を吐き出すようにギボはむせかえる。


 周囲の声はいつの間にか小さくなっていた。大柄なギボを相手に戦うロアを応援していた者ですら顔色が悪くなる。


 一方的に動けなくなり、辛うじて息のあるギボの顔を殴り続け、特に楽しくもなさそうに淡々と仕事をする職人のようなロアが恐ろしくなっていた。


「おい……もういいだろコレ……」


「でも、どっちかが死ぬまで終わらないのが掟だろ……」


「見ろよ、ギボの顔……あんなに腫れ上がって……ぐちゃぐちゃじゃねえか」


 囚人たちの顔色が悪くなってきたのは、シュラスコの拷問を彷彿とさせるものをロアに感じたからだ。


 死なない苦しみがフラッシュバックして気分が悪くなり、嘔吐した者まで出た。


「もう良い! ロアッ! テメェが強いのは分かった! さっさと終われ! いい加減白けてきたぜ!」


 ルシウスの我慢も限界だった。戦いに口出しはしない。それが掟だったが、その掟を曲げてまで今すぐに決着をつけるべきと判断した。


「結構頑丈でよ、なかなか死なねえんだよ」


 そう言いながらロアは手を止めることなく殴り続ける。


 殴る度にギボの足だけがピクピクと動くが、30秒かそこらで動かなくなった。


「死んだみたいだ、デカい奴を武器無しで殺すのは疲れるなあ」


 額に流れる汗を腕で拭ったロアが立ち上がる。


「終わりだ、ロアの勝ち。テメェら、文句はねえな? ねえなって聞いてんだ! ガララン!」


「えっ……あ、お、おう……文句はねえ、それがここの掟だ、当然……従うさぁ……」


 ルシウスは呆けているガラランの尻を蹴り上げるとやっとガラランは返事をする。


「次、俺やチャックに妙な真似してみろ。こうなるぜ?」


 上着で背中に浮き上がった汗を拭いながら、ロアがガラランの肩に手を置きながら耳元で囁いた。

 その手は鉄のような異常な重さを感じる。


 ガラランは膝が笑って立つのも精一杯なほど怯えており、「カッ……カハッ……カッ!?」と何か喋ろうとしても喉が痙攣して声が出なかった。


 ガラランを睨む冷たい蒼の瞳は、首元にナイフを突きつけられたような恐ろしさを感じさせた。


 すっかりと変形して見るも無惨なギボの死体を数人がかりで下っ端が運んでいく。


 そう、数人がかりでやっとな程の体格のギボ相手に怪我することなく圧倒したロアは異常なのだ。


 その光景を目の当たりにして、次に下手なことをやらかせば、ああなるのは自分だとガラランは理解した。


 駆け寄ってくるチャックに対してさっきまでの戦いを覚えていないと言わんばかりの楽しげな様子に心底恐怖した。


(間違えた……俺としたことがちっちぇ女みたいな嫉妬で立ち回り方を狂わせちまった……ヤバい……囚人たちの俺の信用もガタ落ちだ……死ぬ……このままじゃヤバい……!)


 自身の立場が大きく揺らぎ、なんとか保身に走らねば数日のうちに因縁をつけられ決闘で殺される。


 今まで偉そうにしてたことで方々から恨まれていることも分かっている。


 ギボも死に、ルシウス一派のパワーバランスも確実に変わる。口も腕も立つロアの権力が強くなる。


 立ち回り方を大幅に修正しなくては確実に死ぬ。急に足元が崩れるような感覚を覚えたガラランはしばらくその場で地面を見つめて震えていた。

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