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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-16話 ロアのイカサマ


 奈落の監獄に、囚人としてアウルムは紛れ込むことに成功していた。


 他の囚人たちも自由時間などはなく、そこまでの面識が無かったこと、暴動から日が浅く見たことのない者がいてもそこまで不自然では無かったことなど、複数の要因により、会話をして情報収集に勤しむことが出来る程度には潜入出来ている。


 犯罪者の巣窟、そう言われてはいるが大きな混乱はない。ルシウスという男によって統制され、定期的に届く食事やタバコなどを分け合い、ギャンブルや決闘など多少の野蛮さはあるものの、平民街の荒くれ者が集まるエリアと大した差はない。


「ハッハアッ! 悪いなぁっ!」


「クッソ! イカサマしてんじゃねえのかテメェ?」


「ああん? 証拠あんのか?」


 タバコを賭けたギャンブルで勝ち続け、囚人とのコミュニケーションをして早くもアウルムはこの場に馴染みつつあった。


 ギャンブルで得たタバコや食べ物を利用して報酬代わりに話を聞く。


 そうして分かってきたことはここには貴族や教会等の権力者に対して犯罪を働いた政治犯が多かったということだ。


 中には貴族の親族までもいた。もっとも、こんなところに送られているだけあって、行儀の良い者は少ない。


 次男、三男など時期当主になれない者は厳密には貴族という爵位はない。あくまで親の権力で貴族としての生活をしているに過ぎず、肩身が狭いというのが現実だ。


 だからこそ、名を上げる為、生活の為、事情は様々ではあるが冒険者の中にも、貴族家庭出身の者は珍しくない。


 これはアウルムの推測だが、貴族に連なる犯罪者を表向きは死刑、または流刑として社会から消し、いざという時に有利に運ぶ為の人質、情報源として生かしている可能性がある。


 何より、諜報と警察機構を兼ね備える国家治安警備局が秘密裏に管理しているというのが真実味を持たせる。


「しっかし、なかなか壊れねえなこいつは。まさか使われる側になるとは思ってなかったぜ」


 アウルムの前にいた男が首を触り、忌々しげにはめられた魔封じの首輪に悪態を吐く。


 違法な奴隷売買で逮捕されたようで、どれだけ厄介なものか理解してるが故に余計に腹が立つようだ。自分はあくまでこれを『使う側』だとまだ信じている。


 現在、この首輪をなんとか破壊出来ないかと試行錯誤をする者が多い。


 魔力を上手く循環させられないことには魔法は使えないし、魔力によって強化された身体能力も落ちる。


 分厚い土と石と鉄で覆われたこの監獄の中を抜け出すことも困難で、それが出来たとしても迷路のような地下道から地上に上がったところで戦えない。


 人質を利用して物資で生存し、いつかは脱獄をする。大抵の者はそう考える。


 だが、マジックアイテムである首輪は力づくで破壊出来ない設計がされているので解除に成功した者は今のところいない。


 アウルムは既に壊れた首輪をつけているので例外だ。


 当初は恐ろしきシュラスコが消えて奈落の中という限られた空間ではあるが、自由に行動出来ることに喜ぶ雰囲気だった。

 しかし、日が経つことに徐々にではあるがその雰囲気も悪化しているのをアウルムは肌で体感していた。


「結局のところ、今やってるのは問題の先送りでしかねえ」


「いつ人質を切り捨てるかだな」


「そもそもなんで切り捨てない?」


「さあ、だが殺されたら困る事情があるんだろ。だからルシウスの奴はそれに気がついて俺たちに看守を近づけさせてない」


「殺さなくとも楽しませてくれるくらいいいだろうがよ」


「しゃぶってもらうか? 猿轡外したら舌噛み切るのがオチだろうが」


「ヘヘッ……ケツなら死にようがねえから良いだろうがよ」


 所詮は犯罪者、殆どが高度な教育を受けておらず会話の内容は酷い。いっそのこと全員ぶっ殺してしまおうかという気持ちを抑えながらアウルムは囚人として会話を合わせる。


(そろそろ気付いてる奴もいるな……地上がどうなってるかは分かってないが、いつ人質を見捨ててもおかしくない。そうなれば飢える。

 次に起こるのは略奪と殺し合いだ徒党を組む流れが加速してやがる。それも体格が良い魔力に左右されない純粋な暴力が得意なやつを中心にだ)


 今、この瞬間を刹那的に楽しむ者だけではない。武器を自作して武装する囚人もチラホラいる。


 隠してはいるが、『解析する者』を欺くことは出来ない。日に日に武器が増えている。


 そして、揉め事も増えてその度に決闘が行われる。


 決闘には娯楽以外にも、逆らえば揉めた者同士殺し合わせるという恐怖による統制という目的があった。


 来た初日の決闘の経緯であるが、当事者同士の揉め事ではなく、ルシウスによる見せしめ。逆らうのであれば殺すし、殺されたくなかったら従い、仲間だろうと殺す必要があるという教訓だった。


(長続きする訳がない。ルシウス陣営が何かミスしたら不満が爆発して殺されるってことは分かってるようだがな……それを解決出来るだけの知恵はないようだ……あいつは無視で良い。側近の詐欺師の方がややこしいな、それとなくルシウスを操ろうとしてやがる)


 ネズミのような顔つきをしたヒューマンのガラランという細身の男が、あれこれと媚を売りながらも誘導している。


(今はアドバイザーとして重用されてるが、あの手の輩は自分のことしか考えてないから絶対に裏切る。そして場をめちゃくちゃに掻き回す。消すか……?)


 一度、たった一度のルシウス体制が崩壊すれば、もはやアウルムでも制御は不可能な程の混乱に陥る。


 KTの乗っ取った犯罪組織『オーティス』のボスがいるらしい、そういう噂は囚人の中にもあった。だが、誰がそいつなのかは誰も知らず、シュラスコのことは皆思い出したくないのか途端に口を閉じる。


 物置きに閉じ込められた男の正体だが、意外に独房エリアのセキュリティが高く、近づくだけならまだしも会話は出来ない。


 姿は見えずとも物置きの男の声は第三者に聞こえてしまう。狙うなら完全に人がいないタイミングだ。


 ルシウスが物置きに閉じ込めた男と言うことは、ルシウスにとって特別な事情がある。何故閉じ込められているのかは誰も知らない。


 ただ、ルシウスがオーティスのメンバーだったという話は聞いた。


 ルシウスにとって都合が悪いが、殺せない存在。


 ここから、あの物置きの男こそオーティスの元ボスではないのかと仮説が生まれる。確証はないし、何か別の理由があるのかも知れない。


 案外、普通の囚人のフリをしている男が元ボスだって可能性もある。流石に『解析する者』でも現在の所属が表示されても過去のものは不明だ。


 全員が『奈落の囚人』というステータスになってしまっている。分かるのは犯罪歴までである。


 それでも、通常の鑑定には表示されずに設置型の高価なマジックアイテム『鑑定石』ですら、賞罰の有無までしか鑑定出来ない。殺してもバレていなかったら捕まらない程度のザル判定だ。


 それに比べれば犯罪の内容と回数、時期が表示されるのは高性能なんてレベルではない。


 鑑定によって表示されるのは『殺人』、『詐欺』、『窃盗』、『冒涜』、『暴力』、『破壊』、『虚偽』の8つであり、この世界において基本的な罪として分類される。


 特に神に宗教的倫理観に拠る『冒涜』はくくりが大き過ぎる故に犯していない者の方が珍しいくらいの雑さがある。


『暴力』とは人に対する罪で、『破壊』はモノに対する罪。


『詐欺』と『虚偽』、『殺人』と『暴力』は別カテゴリーなど、アウルムとしても首を傾げる分類がされている。


 宗教的な罪として姦通などはよくあるが、これは『冒涜』に分類され、人が作った法によってどの罪状で裁かれたのかと、闇の神が考える罪とはまた別物なのだろうとアウルムは判断して気にするのは転生してから1週間でやめた。


(問題はルシウスたちをどうやって独房から全員引き剥がして、その間に物置きの男と会話をするかだな。ルシウス一派に加わり、見張り役を買って出るのが確実か……やはり、あいつが求める人材を演じる必要があるか……)


 その下準備としてアウルムはギャンブルで勝ちを積んでいた。揉め事は御法度だが、ギャンブルをする程度の自由は許されている。


 囚人の中には階級はある。見た目から始まり、舐められまいと犯罪自慢。そうやって自分たちのポジションを取る。


 アウルムもまた、一定の尊敬をおかれるように注意を払い行動をしていた。


「さあ、誰か俺ともうひと勝負どうだ? 勝った見返りはバカでけえぜ?」


 広場の一角で机の上に乗った食べ物やタバコを叩き、両耳の上にタバコを乗せてバカなギャンブラーのフリをする。


「…………」


「どうしたよ!? んだよ、ビビってんのか!? か〜張り合いねえなあ」


 机の周りを囲む囚人たちは返事をしない。アウルムの背後に近付いてくるトラブルに関わりたくなかったから。


「おい、お前ちょっと来い」


「ルシウスッ……」


 アウルムの肩を乱暴に叩いたのはルシウス本人だった。アウルムは調子に乗ってギャンブルをしていたところ、背後に近づくルシウスに気が付かず、肩を叩かれて慌てる……演技だ。


 それくらい周囲の反応などを見ていれば気がつくし、この程度の小物に今更ビビったりはしない。ただ、この場においてこういう反応をするのがベストだっただけ。


 ***


「で、なんだよ? どうせギャンブルに負けたやつがイカサマしてるってチクったんだろ?」


「……ああ、確かにそういう話は聞いてる」


 独房エリアに連行されたアウルムの質問に対して、間をおいて返事をするルシウスは口数も少なく、どっしりと座り込むルシウス。


(チッ……大物ぶりやがって、この雑魚が。喋り過ぎる奴は威厳がないってガラランに言われたからキャラ作ってるだけだろうが……とろくせえな)


 さっさと本題を話して欲しいアウルムはキャラを作ってると分かっているルシウスに合わせることにイラついていた。


 そのイラつきをあえて態度に出すことによってイカサマなんてしてない。イチャモンつけてんじゃねえよと怒るただのギャンブル好きの囚人『ロア』を演じる。


「だが、イカサマしてるやつがいるとなると見逃す訳にはいかねえ。分かるよな? そんなクズ野郎を許したら俺のメンツに関わる」


「イカサマなんかしてねえが?」


「オオォイッ! ルシウスさんが喋ってる途中だろぅがァッ〜!? いつからそんなに偉くなったんだぁ?」


 ガラランがアウルムの座る椅子を蹴りながら威嚇する。


「ガララン、下がってろ」


「へえッ!」


 ニヤニヤと笑いながら、ガラランをルシウスは下がらせた。ガラランの勝手な発言は許すのかよと言いたげな、反抗的な目でアウルムはルシウスを見る。


「ああ、分かってる。誰もテメェがイカサマしたって証拠を持ってるやつはいねえ。イカサマなんてバレなきゃイカサマじゃねえ……それは俺らからすりゃ、ガキでも理解してるくらいには常識だ」


 騙される方が悪い。身勝手な犯罪者特有の思考だが、この場でそれを否定しても何の意味もないことをアウルムは理解しているので、それについて特に反論はしなかった。


「そこで、だ。俺と勝負して勝って見せろ。こいつらが監視して目の前でお前がイカサマしてねえって証明出来れば無傷で帰れる」


「ルシウス、いくらあんたでも、やってもないことに因縁つけられて、勝っても俺は納得いかねえなあ。俺は勝負師、博打師だぜ? 勝負するからにはあんたにもリスクは負ってもらわねえとそれは勝負にならねえ」


「口答えしてんじゃねぇぞッ! ルシウスさんがやれつってんだッ! 大人しく従えやッ!」


 用心棒タイプの大柄な男がアウルムの頭を掴んで机に叩きつけた。

 机に押し付けられながらも、アウルムは顔色一つ変えずに喋り続ける。


「勝負は時の運だ。必ず勝てるものでもない、それで負けたからイカサマしてるって言われるのはごめんだな。

 負けたからってイカサマしてる証拠にはならねえからな」


「なかなか根性あるじゃねえか……気に入ったぜ。お前の言う通りだ……名前は?」


「ロアだ」


「そうかロア……何を見返りに求める? お前が勝負に負けるか、イカサマがバレたらこっちは指10本、頂くつもりだ」


「あんたの指10本」


「何ぃっ!?」


「テメェ、調子に乗ってるとバラバラにして殺すぞ」


 そのアウルムの言葉にルシウスの仲間たちは激昂する。すぐにルシウスは鋭い睨みを効かせて手を挙げ、控えさせた。


「揉め事は決闘だろうがよ、今ここで俺を殺してもあんたらに何の得にもならんだろう。厄介なことが起これば掟の決闘もなくひっそりと独房で殺す……他の囚人にバレたらどうなるだろうなあ」


「こいつ……!」


「──とは言えだ、あんたの指なんかもらっても何の役にも立たねえからな。へへっ……俺が勝ったらあそこだ、あの角の独房1部屋、俺の自由にさせろ。あらぬ疑いかけられて危険な勝負も強制させられてんだ。それくらい欲張ったって文句はねえだろうがよ?」


「……良いだろう、もし勝てば独房を与える上に俺の仲間にしてやる。お前の実力が本物なら運の良いやつは味方につけておいて損はねえはずだ」


「で、勝負の方法は?」


 ルシウスは獰猛な黄ばんだ薄汚い歯を見せてアウルムに笑いかけた。

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