6-14話 奈落への道
「ねえ、本当に行くつもり?」
「だ〜から、危なくなったら離脱するって言ってんだろうがッ! お前はしつこいなッ! この話は済んだはずだろ」
「危ないって感知する前に致命傷くらったら離脱出来ないでしょ〜がッ! お姉ちゃん許しませんからね!」
「何が姉だよ、玄孫くらい歳離れてるじゃねえか自分で言ってて恥ずかしくないのかテメェ。誰が死にかけたところ治療して助けてやったと思ってるんだ」
「グッ……それを言われると……」
「どっちの話で痛がってんのか知らんが大丈夫って言ってんだろうが」
荒れる王都の情報収集をしながら、地下通路を彷徨いマッピングをしていくうちに地下監獄である奈落のある場所に大方目処がついた。
シルバとラーダンがカッサ砂漠へ飛ばされて次の日にはアウルムとミアもまた、互いに闇の神の使徒であることが判明し協力者となった。
当日になってミアは単独でアウルムが乗り込むことを反対しはじめ、朝からこの通り、言い争いをしている。
「それにあなたその顔……」
「ん? 何かついてるか?」
ミアはアウルムの顔を指さした。アウルムは鼻くそでもついてるのかと、鼻に触れる。
「いや……その顔じゃ暴動の起こってる監獄に入ったら普通に犯されると思うけど」
「変装するに決まってんだろうが、流石に何度も言われてるんだ変態好みの顔なことくらい自覚してる」
「なんて可哀想な自覚……」
哀れんだ目で見られたことにアウルムはイラつきも隠さず、アイテムボックスから変装に必要なセットを取り出して机に叩きつけた。
「げっ……誰かの顔の皮剥がしてマスク作るとかヤバ過ぎるよ……これは潜入どころかずっと監獄入ってた方が良いね」
「お前行くなとか行けとか忙しい奴だな。……って、そんな訳あるか。錬金術で人の肌に限りなく近いマスクを作ったんだよ。誰の顔も剥いでないっつーの。まあ、見てろ……どうだ?」
アウルムはマスクを被り、目立たない焦茶に染色剤で染めたカツラを装着する。
そこには薄汚い犯罪者らしい凶悪な顔つきの男が立っていた。
「おお〜まるで別人だね。目の色は流石に同じだけど」
「変えようと思えば変えられるが労力に対して効果が見合わんからな。どうせ明るい場所ではないだろうしな」
「器用だね〜、これで腕っぷしが強かったら心配しないんだけど」
「ガキ扱いしやがって、大体お前やシルバ、ラーダンクラスのやつと戦わん限り逃げ切ることは出来るだろうが」
「戦える、とは言わないんだね」
「そこまで幼稚じゃねえよ。自分より強いやつとは出来るだけ戦わない。何かあったら逃げる。俺にはそういう能力が多いからな、諜報向きなんだよ……例えば……」
「エッ!? 消えたッ!?」
ミアの視界からアウルムの姿が突如消える。周囲を探索しても気配を探知出来ずにキョロキョロとした。
「な?」
アウルムはミアの肩を背後からポンと叩く。
「空間系の魔法?」
「さて……どうだか」
姿を消す方法だけで、アウルムには4通りの術がある。
『現実となる幻影』で実際には目の前にいるのに消えたと錯覚させる方法。
『虚空の城』の中に入りその場を去る方法。
『隠遁』で空間の隙間に入り込み姿を隠す方法。
『霧化』で霧自体は見えるが実体を物理攻撃を無効化する方法。
アウルムは現状、ミアに対してアイテムボックス、念話を詳細は伏せながらも使えることを開示した。
シルバはラーダンに対してユニークスキルを教えたと言っていたが、慎重な性格のアウルムは出来るだけ自分の能力を秘匿していた。
ただ、姿を消すという結果、能力の一端だけを開示することで好きなように解釈と納得をさせた。
こうまでしないとミアは納得しないだろう。苦肉の策ではあるが姿を消すという特に知られては都合の悪い能力を開示したのだ。もう文句は言わせるつもりはない。
「だから、これで潜入も離脱も問題なく出来んだよ。もう良いだろ、お前はお前でやるべきことやってくれ」
「は〜い……私は身体使ってアウルムの為にお金稼いでくるよ……」
「おい、そういう言い方したら俺が水商売女に寄生するヒモみたいになるだろうが」
次の目的地であるバズベガでは金がかかる。金がなければ街に入り活動することすらままならない。別行動となってしまうミアにはその間にその強さを使って冒険者ギルドの高額依頼をやってもらう。
プラティヌム商会もある程度軌道に乗り始めて資金はあると言えばあるが、出来るだけ絶対に必要な緊急時でない限りは使いたくないというのがアウルムとシルバの考えだ。
「そろそろ行く、何も問題が発生しなければ指定した場所で20日後に落ち合うぞ」
「飢えた罪人の中に飛び込むアウルムに何も起こらない訳もなく……」
「しつこい」
「分かったよ。気をつけてね」
「ああ……お前に限って依頼でしくじるなんてことは無いと思うがそっちも気をつけろ」
アウルムは変装を解除して宿を出た。
***
王都の地下に走る迷路はいくつもの出入り口が存在している。これはアウルムの推測ではあるが、本来は王族の緊急時の避難用の逃げ道だったのだろう。
マッピングをしていく中で、王城を中心に道が出来ていることが判明した。
それに気がついてからはマッピング自体も闇雲に歩き回るのではなく、地理的なプロファイルを元に奈落の位置を探った。
地理的プロファイルとは、犯行現場や死体の捨てる位置などから犯人の生活圏、安全圏とされる場所を絞り込んだり、移動の足跡を辿る手法である。
犯行の数が多ければ多いほどその精度は上がっていく。現場の場所にも個人の癖が出る。
当然、迷路と監獄もダンジョンのように自然発生したものではないので『人の意思』によって作成されている以上、適当な構成のはずがない。
周辺の地形、水源、地上の建築物などから目星をつけることが出来る。
まず可能性として一番高いのは王城の真下。何より管理がしやすい。そこで王城周辺を探索したが、専門の警備人員がそれなりの数居た。
所属を鑑定で確認すると、第9騎士団と表示される。この国には表向き、第8騎士団までしか存在していない。完全に秘匿された組織の存在が明らかになった。
しかし王城への侵入者に対して警戒をしているようで奈落に向かうような行動をする者はいなかった。
そもそも、この地下道を一部の貧民が端の方で利用しているのみで、基本的に利用人の気配すらない。つまり、尾行して奈落に辿り着くことはほぼ不可能。
それから更にマッピングを進め、目の前に表示される地図を眺めていたがそれらしい場所は発見出来なかった。
だが、途中で道が僅かに傾斜していることに気がついた。平面的な地図を高低差も足した立体的な地図として表示すると、螺旋状に下の方へと続くルートがあった。
運の良さだけではほぼ確実に脱出出来ない構造かつ、地道に道を覚えて行ってもまず辿り着けないような迷路の出来の良さにアウルムは驚愕した。
しかも、いやらしいことに下へ続くであろう道の行き先はダミーの罠つきの行き止まり。設計者が誰かは不明であるがこの凝り具合は尋常ではなく、間違いなく天才の仕事だった。
そして、そこまでして秘匿したい監獄、奈落とは一体何なんのかという興味が湧いてくる。
3時間も歩いた。正解のルートを一切の寄り道、遠回りもせずに3時間。地下の迷路がどれほど巨大かが分かる時間だ。
坂道を下った体感はないが、気がつけば地下50mはある。
ダミーの壁に到着すると慎重に罠を解除していく。
行き止まり、ということはもし罠の解除中に発見されれば逃げ場がないということにもなる。
完全に計算されたデザインだ。
だが、逃げ場を作ることが出来るアウルムとしてはその心配はない。
痕跡を残さずに罠の解除に成功すると壁がクルリと反転した。その先に進むと急な細い階段がある。
これもまた、侵入者にとっては都合の悪い設計。元々監獄としてデザインされたものなのか、別の用途があって監獄に転用されているのかは不明だが、入るのも出るのも難しい。
一番の懸念は、この罠を解除した瞬間に看守と鉢合わせることだったが、運良く周囲に人は居なかった。
ホッとしたのも束の間、階段の下の方でチラチラとランタンの炎が揺れる光と、足音が聞こえた。
通常であればこの時点で詰み。慌てて引き返そうにも鍵がないと扉は動かない。細い空間は隠れる場所もない。
だが、アウルムは隠遁を使いこの細い階段には物理的に存在しなくなる。
(看守か……交代? それとも何かしらの補給か?)
空間の隙間に隠れるアウルムの目の前をいくつもの鍵を腰に引っ掛けている看守が通り過ぎ、隠し扉を開けて出ていく。
それを確認してからは再び音を立てないように階段を降りていく。
5分ほど歩くと開けた場所に到着する。看守の休憩所であり、入り口のようで何人かの会話の声が聞こえる。
アダマンタイトで作られた檻の先に奈落があるだろうことは分かる。休憩所の簡易さから、臨時で作られたものであり、暴動による混乱の影響を感じさせる。
看守たちは物資が入っていたであろう木の箱を椅子がわりに座り、魔石を使った照明の僅かな薄暗い灯りの中で飲み食いをしながらトランプに興じていた。
装備は騎士団の標準装備よりはランクの高い鎧。休憩中だが、武装の解除はしていない。
まずは巡回や人の数など行動のパターンを把握しないことには潜入が出来ない。
アウルムは光の当たらぬ闇の中に『虚空の城』の入り口を作成する。
ベストなのは囚人の一人として紛れ、他の犯罪者として接触すること。問題は現在暴動中であり、監獄の中の統制が取れておらず『新入り』の存在が目立ち過ぎること。
まだ詳しくは分からないが看守が数人、人質に取られているらしく、解放する為の交渉が行われているはず。そして本来であれば、ニノマエ、ヒカルに何かしらの加担をした貴族のような輩はここに送られるだろうということ。
だが、今はここに連れてきても意味がない。
ここから、送られた犯罪者に紛れ込むという作戦はまず不可能なことが分かる。追加の犯罪者は多分来ない。
暴動中で、中の様子が看守には分からない。分からないが、秩序はないだろう。一度入り込むことに成功すれば点呼などでバレるというリスクは低い。
まずはこの場で何が起こっているのか、これから何が起こるのか、それを観察して知ることが必要不可欠だ。
アウルムは隠遁を使いながら、ジッとその場の様子を探る。
***
看守の性格や癖、業務内容などを確認しているだけの退屈な時間を過ごし、気付けば8時間は経ったか、という頃すれ違った看守が戻ってくる。
「お〜い、手伝ってくれ」
(物資の補給に行っていたのか……往復時間も考えると妥当だな)
数人が階段を上がっていき、しばらくして木箱を抱えて戻ってくる。
「あ〜くそ、この階段を往復するのはうんざりだ」
「あのカスどもの飯と思うと余計に気分悪いぜ」
「そうは言ってもこれがあいつらの要求だからな、14と56と77が殺されちまう」
看守は互いのことを数字で呼び合っていた。看守同士であっても本名を互いに知らせないという決まりがあるようだ。
「とは言っても……もう、6日か? 日の光が当たらねえと時間感覚が狂うな。こう言っちゃなんだが……死んだ方がマシなんじゃねえかな」
「ああ、生きてはいる……生きてはいるが何されてるかくらいは想像がつく。まさか殿下の命令で見捨てるなって指示が来るとは思わなかったがな。普通は囚人の意見なんか無視して切り捨てる方が簡単に片付くのに」
「シュラスコがここを出る直前の状況を知ってるのはあいつらだけだからな、取り返して話を聞きたいらしいが……」
「そもそもだ、シュラスコがここを出る意味が分からん。ここはあいつにとって『最高の遊び場』って言ってたのによ。何かよっぽどの理由がないと出ないだろうに」
「その『理由』は考え始めたら怖いもんだ。俺たちだって流石にあいつを外に出すのはヤバいってことくらい分かる。フセ卿が手引きしたってのも、どうにも信じられねえな」
「ああ、基本的に話の通じないイカれ野郎だったからなシュラスコは……どうやって説得したのやら」
「囚人を拷問するのは良い、勝手にやってろって話だが、看守を裏切りやがって5人も殺しやがった。ふざけんなってのッ! 捕まってここに連れてこられたら俺が拷問してやる」
「まあ、発見次第即処分だろうな……わざわざここまで連れて来るのは手間だしあいつは存在が危険過ぎるからな」
「それもそうか……」
看守たちの会話には貴重なシュラスコに関する情報がボロボロと出てくる。
極めて閉鎖的な環境だからか、看守たちの口数は多い。会話すること、トランプ、そして少しの酒程度しか娯楽がないのだろう。
秘密の施設の看守と言っても待遇はあまり良さそうではないし、所作や言葉遣いも教育を受けた貴族や騎士的な雰囲気もない。
(一体どういう素性の人間を使ってるんだ……?)
どこにでも居そうなゴロつきや街の平民による兵士のような看守たちにアウルムは首を傾げながらも、観察を続けた。




