6-12話 後片付け
「暑っ……水……」
シルバは日の出と共にジワジワと気温の上がっていく室内で喉の乾きを覚えて目を覚ます。
水瓶に入った水をそのまま口をつけて一気飲みをした。
そのまま、ベッドには戻らず服を着て支度を始める。
「シルバ……」
「おう、起きたかリーシェル。飲むか?」
「うん」
同じベッドで寝るリーシェルは薄い布で身を包みながらシルバの渡した水瓶を受け取る。
「もう……行っちゃうの?」
「旅人の身でな、そろそろ行かんと」
ピンクの髪を纏める為に起き上がると布はベッドの上に落ちて日に焼けた褐色の肌が露わになる。
「ちょっと、見過ぎじゃない?」
「ん? ああ、すまんな……綺麗で見惚れてしまうわ」
シルバの胸元に向かう視線に気がついたリーシェルは少し恥ずかしそうにする。
強い日差しのある気候ゆえに薄手の素材ではあるが、日光に晒されて体力を奪われないようにする風習のある砂漠の民は裸を見られることにあまり慣れていないようで、シャイナ王国の女よりも恥じらいがある。
シルバとしては逆にそういった仕草にグッと来てしまう。
今日の昼にはアラアバブを出発する予定だ。
パイド・ライダーたちを討伐した後、事後処理もあって思っていたよりも長く滞在してしまった。
意識を失ったラーダンは3日目にしてようやく目を覚ました。何があったのか聞いたが、にわかには信じられない内容だった為、シルバは驚いた。
まさか、ラーダンがドラゴンに変身して強烈なブレス一発でモンスターを消し炭にしたとは想像もしていなかった。
龍化身は龍人族の奥義と聞き、その血が流れる自分にも出来るのかと思わず身を乗り出して質問したが、血が薄過ぎてまず無理だろうと言われガッカリした。
だが、そんなガッカリする暇もなく大変な毎日だった。
神殿に置き去りにしていたリーシェルたちを車に乗せて運び、退魔石を運びと、街と神殿の往復をして、捕らえた僅かばかりの残党とアメドの処遇の相談などをしていた。
結果的に、最後の最後でパイド・ライダーから離反してラーダンに助けを求めたアメドは街の代表となったベスティに所有権のある奴隷となった。
奴隷と言っても、一時的な措置となる。10年は奴隷のままだろうが、働き次第では解放する条件がつけられた。
他のパイド・ライダーたちは完全なる奴隷落ち。最低限の生活しか出来ない。
これに関しては部外者であるシルバとラーダンは口を挟む筋合いがないと判断して何も言わなかった。
住民の感情もある。殺された者もいるし、甘い処遇は許されなかった。
だが、変わったこともある。今回のような悲劇を二度と繰り返さない為にも障がい者に対する決まりが新たに作られた。
大まかに言うと、差別の禁止だ。
これに関してはシルバは口出しした。パイド・ライダーたちが何を考え、どう感じていたのか、またそれを防ぐにはどうしたらいいのか。
捕らえた残党と面談、聞き取りをして外部の人間からの視点での助言をした。
どちらかに肩入れすることなく、出来るだけ中立の立場でパイド・ライダーたちの壮絶で悲惨な経験を伝えると住民たちも多少の同情はした。
やはり、自分たちもそういった感情を生んでしまうような行動が多少なりともあったという負い目を感じていた。
出産した少女と赤子に関しては意見が割れ、相当な時間を使い検討を繰り返した。
罪人の子供は殺すべし、奴隷にすべし、赤子には罪はないので街の住民とするべし、など様々な意見が出ていた。
だが、その赤子が障がい者として差別され悪意に晒された少女が強姦されて孕まれたという経緯から、街の住民として育てられることが決定したのはシルバとしてはホッとしたところだった。
少女もパイド・ライダーのメンバーというよりは健常者によって虐げられていたところを保護していたという側面が強かったようで、奴隷とはならなかった。
事件の性質上、あまり気持ちの良い結末にはならないのは仕方がない、だが、不幸の連鎖をここで止められたということに安堵する。
それが強いて言えば今回の収穫だろうか。
「パイド・ライダーも言うてもガキばっかりやったからな、マキナに唆されて操られてたって面もあるから後味は悪い話やし、この街のことも気になるけど」
「相棒と待ち合わせ……なんだよね?」
「ああ、バスベガで落ち合う予定や。あそこは物価も高いから退魔石も高値で売れるみたいやし助かるわ」
「それくらいしかお礼出来ないんだけどね」
「税とかなしに『結構な量』もらったから文句はない」
神殿で産出される不思議な効果のある退魔石を大量に仕入れることが出来た。持って行けるだけ持って行って良いと言われたので車に積み込んでいる。
その量だけで、バスベガに入るには十分な金になるだろうと言われたがアイテムボックスにかなりの量を入れているのはラーダンしか知らないことだ。
これは後で迷宮都市にいるラナエルたちに渡して現金化することも出来るし、物価が頭のおかしいレベルに高いバスベガに滞在する貴重な軍資金となる。
それをタダでくれると言うのだから、旅は何があるか分からない面白さがあるなとシルバは思った。
塞翁が馬というが、いきなり砂漠に飛ばされたと思ったら大金を掴むことが出来たのだから悪いこともあれば、良いこともある、その落差の激しさは日本で暮らしていては出来ない経験だ。
嫌なことも起きるが退屈のしない毎日だ。
「さあ、飯食うたら出発やな……まーたあいつは料理してんのか、好きやなあ」
香ばしい匂いが窓から入ってくる。この匂いはラーダンの野営料理から発生しているものだ。
規格外の強さを持つ癖に趣味が料理とは意外だったが、それなりに生きているせいで記憶は無くとも舌は肥えているとのことで分からんでもない。
ただ、気絶したラーダンから異臭が発生して死んで腐り始めたのかとひと騒動あった。
調べてみるとシルバに食べさせるつもりだった、パサパサになって腐ったローストビーフサンドのようなものを服から発見した時は流石にシルバは笑ってしまった。
それ以降、食べ物を服に隠すのはやめろとシルバに言われて、ラーダンは従っている。
余ったものは住民に振舞っており、最近ではおこぼれをもらおうと囲まれながら料理をしている。
***
「シルバ、ランス世話になった」
「ああ、こっちもな……リーシェル、弟と仲良く暮らせよ」
「シルバ……私と……いや、なんでもない、うん。元気でね、本当にありがとう」
「……また来る」
マキナを倒した後、シルバは『車生成』という能力を得た。
魔力を代償に車を作る能力だが、膨大な魔力を消費するうえに、複数台の生産は出来ない制限がついている。
とは言え、便利なことには間違いない。この先、旅をするのに必ず役に立つ能力だ。
アイテムボックスがあるおかけで、場所なども気にしなくて良い。
アウルムには『チューンアップ』という能力が与えられた。
これは自らが作成した道具などの効果を一時的に25%アップさせるというシンプルながら有用なものだった。
マジックアイテムを錬金術で作ることもあるアウルムには向いている能力だ。
握手とハグをして街を出る。パイド・ライダーから奪ったマスタングにありったけの退魔石を積んで街の住民に見送られながら出発した。
「もう少し居ても良かったんだが……それにリーシェルはお前に気があっただろうに、あれで良かったのか?」
「それは分かってる。ゆきずりの関係くらいでええねん。嫌いじゃないで? でも一緒に生活するのは無理や。名残惜しいけど、お互いの為にもな」
街が見えなくなる頃、積んでいた退魔石を全てアイテムボックスに入れて軽くなり速度を上げた車内で、助手席に座るラーダンはシルバに聞いた。
「まあ……そうだな。余計なことを聞いた」
「湿っぽいのは無しや。あ〜こっからまた長い旅やと思うと音楽の一つでも欲しいところやなあ。よし、ラーダンなんか歌え」
「ッ!? いきなり無茶振りをするな」
「なんや? もしかして音痴か?」
「舐めるな、音を使った魔法はお前よりも慣れている」
「あ〜そうそう、それよ。音魔法の使い方教えてや。歌は俺得意やから音痴治したるから。ていうか音痴な人っておらんねん、気にせんでええで」
「耳が悪いのか? 私の言っていた言葉を正確に聞けないようでは君の技量もたかが知れてるな」
「ムキになってるあたりホンマに音痴なんやろ」
「……それより、ミアたちはどうしている?」
話題を変えるべくラーダンはミアのことを気にした。
「話逸らしたな? ……まあ、あっちもあっちで大変みたいや。あのアウルムが手こずってるみたいで思うように運べてないらしくてなあ」
「犯罪者の住む監獄──『奈落』か。よくわざわざそんなところに潜り込んだものだ、物好きな」
「おいおい、クラウンの情報も探す為に潜入してるんやで?」
「それには感謝しているが……あいつは戦闘が苦手だろう」
「アウルムの能力に関しては俺から勝手に教えるつもりはないが……そうやなあ、むしろそういうことが得意な能力をいっぱい持ってる。だからそこまで心配はしてない」
「ほう? 頭が回るだけではなく、ミアなしでも単独で危険な場所でも生き残る力はあるということか」
「俺の相棒やで? 口だけな訳ないやん。近接が俺よりヘボいだけでAランク冒険者の魔法メインのやつよりはよっぽど上や」
「ならば合流した後は少し鍛えてやるか。対人戦闘は経験が者を言う世界だからな。勿論、君も道中は鍛えてやるから覚悟していろ」
「お〜い、音痴って言うたのガッツリ根に持ってるやんけ。ま、暇やし歌って鍛えてバスベガにのんびり向かおうや」
シルバはハンドルを叩きながらリズムを取って歌い出した。
「危ないだろッ! しっかり運転しろ!」
「お前ちゃうねんから、これくらい大丈夫やっての。ああ、運転も教えんとな……交代で走らんと疲れるしな。バズベガに到着する頃には走れるようになってるやろ」
シルバとラーダンは砂漠の中を歌と共に駆けていき白紙のキャンバスに筆を走らせるが如く、真っ直ぐな轍を残して次の目的地、バスベガへ向かった。