6-11話 間に合え
「嵐が来たか……何を考えている? 私がいなければ、これでは街ごと消えて──街を消すことが目的かッ!」
カッサスコーピオン、サンドワーム、イビルコヨーテ、砂漠に生息するモンスターたちが群れをなして行進する。
「これでは耐え切れんな……」
せっかくパイド・ライダーの乗り物の侵入を防ぐ為の罠が台無し。立体的な移動が可能なモンスターたちには何の意味もない。
***
「本当にやるのかッ……!? タキンッ! ルスカッ!」
「なんだよ今更ビビってんのかアメドッ! あのクソみたいな街は消すッ! そうすることで俺たちは真のパイド・ライダーとして認められるッ!」
「ホガのミンナもやっできだごどだっ! オレダヂの働ギ、ミデルッ!」
「アメドッ! 思い出せッ! 俺たちの受けた仕打ちをッ!」
アメドは街が見えた頃に二人に声をかける。神殿よりも住み慣れた街の壁を見て、躊躇する心が生まれる。
自分たちが任務を遂行出来るか、一緒に来ていた他のパイド・ライダーの目と雰囲気に呑まれてここまで来たが、街を見たことで我に帰った。
確かに、あの街には嫌な思い出がある。だが、幸せだった思い出もある。それを全て破壊して新しい人生をパイド・ライダーのメンバーとして過ごすことが出来るのか、アメドには疑問が残っていた。
仕返しをしてやりたい。そんな気持ちはある。不自由な身体に生まれたことで受けて来た屈辱はパイド・ライダーの皆としか分かり合えない。
勝手に決めつけられた負け犬から、自らの意思で選択した一つの目的を共有して砂漠を疾走する荒くれ者という立場には満足感があった。
初めて、集団の中で生きて人の役に立っていると実感が出来た。
気持ちが良く、肩の荷が降りたような痛快な気持ち。まるで夢の中にいるような心地。
パイド・ライダーを辞めるとはこの気持ちの良い夢から覚めるということ。
悪夢よりも酷い現実に引き戻される惨めな日々が待っている。
それだけは勘弁ならない。それだけは嫌だ。パイド・ライダーとしてこのまま街から街へ車を走らせ、旅を続けていくのは良い。この上のない自由を感じる。
────でも、リーシェルとの、今は亡き両親との、思い出の象徴そのものが、無に帰す行為を自らの手で出来るのか?
アメドは並走する仲間の顔を見る。真っ赤に充血したような血走った目と、コヨーテのように裂けるほどにんまりと口角を吊り上げている。
狂喜乱舞をしている彼らが急に恐ろしく感じ、耳の奥に水が詰まったように外の音がくぐもって聞こえる。
ハンドルを握る手をジッと見つめた。
手の甲に残る傷。幼い頃にいじめられて怪我をした時についた傷を見た。あの時、アメドは父に言われた言葉を思い出した。
『相手を傷つけるのは簡単だが、傷つけないことは難しい。2本の足で歩くことは簡単だが、足のないお前が移動するのは難しい。
より難しいことをする。楽な方に逃げない。生き方は自由だが、生きていれば逃げられない時もある。
その時、どう動くか? 生まれも見た目も関係なく、その人間の価値が決まる。お前は人よりも厳しい道を歩いている分、乗り越えるだけの力を持っている。当然、厳しい道だ。転げ落ちやすくもあるだろう。
だが、どういう選択をするか。これに身体の不自由は関係なく、魂の問題だ。魂は自由であり、俺は美しい魂でありたい。
だから、より困難に挑む事が美しいと感じる俺は冒険者という道を選んだ。
足はなくとも人生という選択の連続である道を進むことは出来る。アメド、お前なら、どう進む? その気になれば噛みつくことだって出来だろう。だがアメドは反撃しなかった。痛みを知ってるからだ。それは強い魂がなければ無理な選択だ。
何か苦しい時があれば、強い魂を持つ自分のこれまでの進んできた道を振り返る、現在の位置の分かる座標にこの傷はなるだろう。恥じることはない』
アメドはハンドルを強く握りしめた。
「ああ……やってやる……やってやるよ父さんッ! 俺はッ! 俺の美しいと思う道を進むッ!」
「やっと決心がついたかアメドッ! 行くぞぉッ! 街の馬鹿どもに俺たちの凄さを見せつけてやろうじゃねえかッ!」
タキンが獰猛な笑みを浮かべてアメドに話しかける。だが、アメドはタキンに返答をしない。
代わりに、アメドはアクセルペダルの代わりのレバーを操作してグンッと加速してパイド・ライダーたちから離れていった。
「ヘヘッ! アメドのやつ、ビビったかと思ったら今度は張り切ってやがるな」
アメドは大きく息を吸う。乾燥して砂の舞う空気に喉の痛さを感じたが、決心は揺るがなかった。
「皆逃げろおおおおおおおおおおおおッ! モンスターを引き連れて街を襲わせる気だあああああああッ!」
アメドは力いっぱい叫んだ。
「「「何ぃッ!?」
完全に予想外だったアメドの声にパイド・ライダーたちは度肝を抜かれる。
「テメェッ! アメドッ! 今更抜けられるとでも思ってんのかッ!?」
「裏切りやがったッ!?」
アメドは全速力で街に向かった。壁に激突して死んだって良い。その音に気がついて街の人間が少しでも早くモンスターとパイド・ライダーの接近に気がついてくれれば。
そう思って、ブレーキもかけずにただ突っ走った。
「食いやがれッ! この裏切り者がァッ!」
パイド・ライダーが爆裂槍をアメドが運転する車に向かって投げ込んだ。雨のように降り注ぐ槍の爆風によって車は吹き飛び、横転する。
その勢いでアメドは投げ出された。
「逃げてくれぇええええッ!」
だが、空中でアメドは叫ぶことをやめなかった。もう頭を打って数秒後には死ぬだろう。それは直感的に理解していた。それでも諦めずに叫び続けた。
ラーダンは地面に激突する寸前のアメドをキャッチした。硬く、大柄な男に抱かれたアメドは死んだ父に抱かれた時のような懐かしい気持ちになり、死んで迎えに来てくれたのかと錯覚した。
だが、父ではなく、知らない男の声が耳元で聞こえた。
「──アメドだな? 君を殺さずに済んで……本当に良かった」
「……街の人間? い、いやっ! そんなことより早くッ! 皆に逃げてって伝えてくれッ! パイド・ライダーがッ……! モンスターがッ!」
「その必要はない」
「な、何言ってんだよ!? 早く皆に教えないと皆死んじまうッ! 街が壊れちまうッ!」
気が付けばアメドは涙を流していた。自分のしたことの後悔か、ラーダンに感じた父への懐かしさか、これから起こる絶望にか、ぐちゃぐちゃになった感情が涙として押し寄せて来た。
「街の人間は誰も死なないし、街は壊れない」
「そんな訳ないだろ!? 見えないのかッ!? アレがッ!」
泣きながら砂煙の上がる方角を指差すアメドに対して、ラーダンは笑う。
「私がシルバに留守を任されているからだ」
「シルバ……? 誰?」
「何? シルバと会っていない……? 銀髪の大柄な男だ」
格好をつけたセリフを言った手前、シルバを認識しておらず話が噛み合わないのにラーダンは居心地の悪さを感じながら説明をした。
「あっ! 神殿に来たあいつッ!? あんたあいつの仲間……冒険者か!? い、いや冒険者一人いたところで解決出来る問題じゃあないっ! 早く逃げるんだ!」
「何を言っているアメド、私が『一人も』いる」
モンスターの大群が押し寄せる中、パイド・ライダーたちは一歩引いて街に突撃しなかった。
後方でグルグルと円を描き、魚群の上を飛ぶ鳥のような動きをしていた。
「……? まあ、いい」
その動きはラーダンとして気になった。モンスターの群れに巻き込まれない為に距離を取ったか、それにしては奇妙な動きをしている。決して無視は出来ない。
──だが、今やるべきはこのモンスターたちを街に入れないこと。この場で殲滅すること。
右足を後ろに下げて、柔らかな砂の大地を踏み締める。
「礫竜巻ッ!」
土魔法で砂を硬質な石の礫に変化させ、風魔法で巨大な竜巻を起こす、二属性の高度な複合魔法をラーダンは行使する。
地面から天へ起こる竜巻ではなく、押し寄せるモンスターたちに向かって横向きになった竜巻で一瞬にして粉砕する。
第一陣は壊滅。バラバラになったモンスターの死骸は血飛沫と共に赤黒い霧となる。
「凄え……」
アメドは思わず口をポカンと開けながら唖然とする。
だが、モンスターが全て消えたわけではない。些か数が多い。
「……ムッ!?」
ラーダンの前方、奥の方でグルグルと回っていたパイド・ライダーたちの方向から急激に大きな水魔法の魔力が動く気配があった。
同時に、強い発光があり、鉄砲水──津波と言っていいほどの2m程の高さのある水が広範囲に街に向かって押し寄せて来た。
「轍で魔法陣を描いていたのかッ!」
パイド・ライダーたちは意味もなく駆け回っていたわけでは無かった。
タイヤによって出来た轍で巨大な魔法陣を描いていた。
通常、大規模な魔法陣を描くには相応の時間がかかる。パイド・ライダーたちは高速で移動する車を利用して魔法陣を描き、マキナに渡された魔石を利用して魔法陣を起動した。
津波は進むにつれて干からびた砂の大地に吸収され勢いを弱める。街の壁に到着する頃には脅威と言えるほどの勢いはなくなくだろう。
だが、問題はそこではない。
この枯れた大地に急激に強い水の魔法の反応、そして地面に浸透する水によって発生する現象こそが彼らの目的。
噴水のように突き上がって出現する無数のモンスターたちが大量発生する。
「チッ……考えたな」
これにはラーダンも思わず舌打ちをする。
そもそも、ラーダンは高い戦闘能力を持ち、あらゆる魔法を使用することが出来るがそれは本来の戦闘スタイルとは異なる。
無手による圧倒的な対人格闘による戦闘こそが得意とするもの。
単純な保有魔力で言えばシャイナ王国の宮廷魔術師クラスが100人分はある。しかし、100人が100の魔力を持ち、それを同時に使うのと、1人が10000の魔力を保有し使用しているのとは意味合いが異なる。
単にラーダン1人では手が足りない。火力ではなくカバーする範囲が広過ぎる。
魔法とは使用者本人から発生させる必要があり、どんな達人であっても遠隔で魔法を行使することは不可能である。
また、強力な魔法には相応の準備時間がいる。
つまり、現状では押し寄せるモンスターを倒すこと自体は可能であるが、それが街が崩壊するまでに間に合うかと言われれば、否である。
それゆえの舌打ち。
「む、無理だ……ッ! ああああ街がッ!」
アメドはラーダンの魔法で僅かな希望を感じていた。だが目の前に広がる四方八方から絶え間なく出現するモンスターを見てこの上ない絶望感に支配された。
「やむを得んな……使うしかあるまい」
ラーダンは一度目を閉じた。そして決断する。
「な、何をするんだ、ウワァッ!」
後ろで腰を抜かすアメドを掴み──投げた。
街の壁に激突する寸前の絶妙な力加減で、かつ砂のクッションによって深刻な怪我のない程度に。
ヤケになってアメドに八つ当たりしたわけではない。むしろ、アメドの安全の為。
そしてラーダンは吹き荒れる風と舞い上がる砂の中で叫ぶ。
「『龍化身』ッ!」
***
「ハハハッ! 死ねェッ! 馬鹿どもがッ…………!?」
「お、おい……」
「なんだアレッ!?」
魔法陣の起動に成功したパイド・ライダーたちは大笑いしながらモンスターが街に押し寄せるのを見物していた。
そんな時、気がつけば空に大きな影が動いたことに気がつく。
「蜃気楼……じゃねぇッ!」
「ホンモノだッ!」
「アレって……ドラゴンじゃないのかッ!?」
砂漠では不思議な現象を目にすることは珍しくない。ただ、大抵のことは蜃気楼ということで片付ける。
だが、今回の『アレ』は明らかに蜃気楼ではない。
直感的に死を感じるほどの強大な魔力が蜃気楼であることを否定する。
「どっから湧いて出やがった!?」
「魔法陣の魔力に反応したとか?」
「馬鹿なッ! この砂漠に空飛ぶドラゴンなんかいねえだろうがッ!」
「じゃあアレは何なんだよッ!?」
「何って……ドラゴンとしか……」
パニックに陥るパイド・ライダーたちは一斉に急停止してドラゴンを見上げた。
そしてドラゴンは裂けたような大きな口を開く。
「何する気だッ!?」
「嘘……だろ?」
パイド・ライダーたちは突如現れたドラゴンの口に集まり反応している魔力に何か得体の知れない嫌な予感がした。
「あ、死んだわこれ」
一人が呟いた。それはその場にいたパイド・ライダーたち全員が感じた純粋な最後の心境だった。
***
パイド・ライダーたちの起動した魔法陣よりも何倍も強い強い光で視界が真っ白になった直後、爆発音と熱風がアメドを襲った。
強い衝撃により目と耳の感覚が奪われて、風によって身体が浮き、街の壁に背中を叩きつけられたことすら理解が出来ないまま、咄嗟に身体を丸めた。
フラッシュバンのような、光と大きな音に晒されると本能的に身体を守る為身体を丸めて動かなくなる。
アメドにはそれと同じことが起こった。
強い閃光による一時的な失明と、耳の中に水が入ったようなくぐもった感覚、キーンと鳴り続ける耳鳴り。
初めての経験にアメドは死の恐怖を感じて震えた。
砂を吐き、咳き込みながら、何度も瞬き、目を怪我したのかと触るが血の流れるようなヌルリとした感覚がないことに余計に混乱を覚える。
何故目が見えないのかすら分からない。だが、次第に視力は戻っていき、朧げながらも周囲の状況を把握出来るようになっていく。
「ゴホッ……何が起きて……」
視力を取り戻した目を細めたり、大きく開いたりしながら目の前で何が起こったのかを確認する。
「何もない……?」
そう、動くものも、音も何もない。まだよく見えないがモンスターの動く気配がない。
ただ、匂いはした。嗅覚は失っていなかった。
焦げる匂いだ。それも真っ黒な炭になってしまうほどの強烈な焦げる匂い。
数分してようやく、視力を殆ど回復させたアメドは理解する。
モンスターやパイド・ライダーたちがいた場所には巨大な穴があり、砂はガラスのような状態になっている。
チリチリとまだ焼けるような音もしていることに気がついた。
普通ではあれば、こんな呑気に砂漠の中を不用心に歩くことなどあり得ない。だが、あまりに非現実的な光景にアメドは警戒するということすら忘れてフラフラと身体を起こして砂の中を腕を器用に使い移動していた。
そこにラーダンが倒れているのを発見した。
「お、おいっ……! 死んでるのかッ!?」
ひとまず、街の危機が去ったことを理解して安堵したのも束の間、命の恩人、街を助けた恩人である大柄な男が倒れていることに気がつき、近づいて声をかける。
「息はしてる……街まで運ばないと……クッ……! クソッ!」
子供が、それも足が不自由なアメドでは大柄な意識を失ったラーダンを運ぶのは不可能だった。
自らの非力に苛立ち、地面を殴りつける。
「何があった……アメドかッ!?」
「ベスティ……さん……」
閃光と爆発音は街にも届いていた。異変を確かめるべく、街の外に出たギルドマスター、ベスティは倒れているラーダンとアメドを発見する。
「この人が……パイド・ライダー……いや、俺たちがけしかけたモンスターたちを全部殺して街を助けてくれたんだ……俺はどうなっても良い、この人を街の中に入れて助けてやってくれ……ください!」
「他のパイド・ライダーは……お前しかいないのか……話は後だ、とにかく街の中に入れ」
ベスティはラーダンを抱えて立ち上がる。
「いやっ……俺は街の中にもう入る資格は……この人だけで良いから……」
「アメド、お前『街を助けてくれた』って言ったな? もしかして……パイド・ライダーを裏切ったのか?」
「…………それを言ったところで今更俺の罪が消えるわけじゃないから……俺は間違いなくパイド・ライダーだったから……」
「……ああ、その罪は消えねえ。償いをさせる……街の代表としてもな。だが、これは今ここでしか言えねえから言っとく……よく帰って来た……」
「ウッ……ううぅ……俺は何てことを……」
「砂漠で生きる男が泣くな、水がもったいねえ」
這いつくばり、大粒の涙を砂の上に落とし自らの行いを後悔するアメドをベスティは叱りつける。
砂漠で生きる男は泣くな。これは砂漠という水の貴重な地域でよく聞く言葉。
涙ごときに水を奪われるような弱い男は一人前ではないという考え方だ。
普通ならば半人前の烙印を押し付けられ怒る言葉だが、ベスティの言葉はアメドにとって優しささえ感じるものだった。
それを聞いて、アメドは行いを悔いて更に涙が溢れる。
「仕方ねえ奴だな……ほんとに」
取り敢えず、街に入れるのは泣き止んでからだな、とアメドを眺めていたベスティだったが、それからほどなくしてシルバが街に戻ってきた。
「ベスティ、街はッ!? ラー……ランスッ!?」
「こいつがパイド・ライダーたちが引き連れた大群のモンスターを倒して街を守ってくれたんだとよ。デケエ音と光がしたと思ったらこの有り様だ。
大方、デカい魔法でもぶっ放して倒れたんだろうな……にしても何したらこんなことになるんだよ……こいつ何者だ?」
「そうか、留守番してくれたんやな……こいつはめちゃくちゃ強い……俺もよく分からん男や。
あっ、リーシェルたちは無事やで。取り敢えず街の方に行くのが先やと思って神殿の安全な場所に置いて来てるから回収に向かうわ」
「良かった……間に合ったんだな」
「……そっちもな」
シルバはすっかりと憑き物が落ちたような表情になっているアメドを見て、ベスティと無言の笑みを交わし合った。