1-12話 村に到着
「良いだろう、ただし──」
「口外はするな、だろう。恐らく特殊なスキルや技を持っているから契約に口外禁止の条項を設けたはずだ」
「分かっているならいい」
「じゃあ俺から……俺は近接戦闘型で武器はこの剣。火魔法と風魔法、結界魔法をちょっと嗜んでる。それと、治癒……みたいなことも出来ますわ」
「ほう、結界魔法を使う剣士とは珍しいなそれに治癒も……まて、みたいなこととはどういう意味だ?」
「……説明が難しいな」
アウルムの方をチラリと見てどう説明しようかと助け船を求める。
「──勇者のユニークスキル似ているが、こいつしか使えん特別な魔法だ。ものの状態を朽ちさせたり回復させたりすることが出来ると考えてもらっていい」
「ああなるほど──シルバ殿は『恩寵持ち』なのだな。数は少ないがそういう能力を持つ者がいると時々耳にする。王都のSランク冒険者や宮廷魔術師にそういった方がいるそうだ。それなら能力を秘匿したいのも分かる」
「『恩寵持ち』? って言うんすか?」
「いや、一般にそう呼ばれているわけではない。あくまで王宮に関連した者の間での言い方だ。オリジナルスペルや、エクストラスキルなんて呼び方もあるらしいが聞いたことはないか」
「へー……そういえばキラドのSランクがなんで強いかって聞いたら特別な力があるみたいなことは聞いたことありますね」
「恐らくそのことだろう」
当然、アウルムはそのことについても調査しており知っていた。それをシルバにも伝えてある。
同じ街にいる冒険者のステータスは一通りチェックし、存在しているスキルの確認は済ませている。
自分たちのユニークスキルを披露する必要がある場面での言い訳を考えないはずがない。
ステータス欄には『恩寵』と表示されており、ユニークスキルとの違いは『恩寵』は成長せず、必ずしも自身の魂に適したスキルではないということだ。
よって、本人が望まない『恩寵』を持っていることもあり得る。
「それでアウルム殿はどのような戦い方をするのだろうか──警戒しろ、前方で土煙……これはっ……マズイ! ロングクロー・グリズリーだ!」
フレイが前を向きながらアウルムに話しかけている途中、モンスターの接近を確認した彼女が声を上げる。
慌てて手綱を引き、馬車を止めるが馬たちはモンスターの殺気を感知したのか暴れようとする。
「丁度いい、百聞は一見にしかずだ。俺たちの力の一部を見せよう。シルバ、馬車の周りに結界を張ってくれ。フレイ、馬が逃げないように落ち着かせろ!」
「任せろ、フレイ結界から出るなよっと」
シルバは馬車の外側にコインを4枚投げる。
「シルバ殿、こんな時にする質問ではないが何故コインを……?」
「結界ってのは繊細でね、効果範囲を認識しやすくする為に目印を置いた方が精度が上がるんですよ」
「なるほど、自己流の儀式のようなものか」
「そんな感じです……まあ、この結界はまずぶち破るの無理やから安心してください」
「ああ、もちろん信用しているがロングクロー・グリズリーはBランクの凶暴なモンスターだ。一度獲物を発見したら死ぬまで追いかけるが、それまで持ち堪えられるものなのか?」
「アウルムの攻撃が全く通用しなかったら困りますけど、それは有り得ないですからね」
こちらに向かって砂煙を上げ、長い前脚を地面につけてグリズリーは駆ける。
その目には立ち塞がるアウルムが映っていた。
マズハ アイツ カラダ……。
アウルムをターゲットにするグリズリー。
アウルムは一直線に走るグリズリーの進路上に泥沼を発生させる。水魔法と土魔法を混合したものだ。
ズシャッと足を滑らせてグリズリーは慣性に引っ張られて前のめりに倒れ、シルバの結界に激突し鈍い音を立てる。
顔を上げるとアウルムと目が合う。
通常、人間が野生動物と遭遇した場合において相手と目を合わせるという行為は非常に危険である。
動物は目が合うと威嚇行為と考え、その相手を敵だと認識する。
中には目のような模様で、自分を大きな目を持つ存在だと思わせるような進化をしたものもいるほどに『目』というのは重要な器官だ。
クマと遭遇したなら、目を合わせず、背中を向けず、ゆっくりと後退するべきだ。
──しかし、この場においてそのルールは全くの逆となる。
アウルムに動物は『目を合わせてはいけない』のだ。
(『現実となる幻影』……!)
目を合わせた瞬間、ロングクロー・グリズリーは既にアウルムの術中に落ちた。
「その無駄に長い爪を有効活用することだな」
アウルムはグリズリーにそう言って愉快そうに唇を吊り上げた。
「グルルルォオオアアアアッ!?」
「なんだ、何が起きたんだ!?」
突如暴れだすグリズリーを見てフレイは困惑する。
グリズリーは長い爪を使い自分の頭をボリボリと掻き出した。皮が裂け、血が流れ落ち、分厚い頭蓋骨を削り続けている。
「ファントムイッチって知ってるか? 痒い話や痒がっている人を見ると自分にまで痒みの幻覚に襲われる現象のことだ……ほらな」
「「ッ!?」」
アウルムはフレイとシルバを指差す。その指の先には首をポリポリと掻くシルバと二の腕を掻くフレイがいる。
指摘されて気がついたのか、驚いたように自分の手を見つめた。
「痒みってのは程度によれば痛みよりも苦しいらしい。あいつには自分の脳みそを虫が這いずり回るような激しい痒みを植え付けてやった。死ぬまで掻き続けるだろう……」
「ア、アウルム殿は水、土魔法に加えて、精神魔法まで使えるのですか!? しかし、こんな短時間で痒みを与える魔法など聞いたことがありません……精神魔法というのは本来術者が長時間術をかけ続けることで発動する戦闘向きではない力のはず……」
「精神魔法? あんなものと一緒にするな。俺はあらゆる幻を見せることが出来る──これはあんたの言うところの『恩寵持ち』ってやつだ」
「俄には信じられないが……二人とも『恩寵持ち』の冒険者パーティなど聞いたことがない……一体どれほどの確率で二人が出会うのか……」
「信じられんか?」
「キャッ、シルバ殿いきなり何をするのだ!?」
「ブベッ!?」
フレイは顔を赤らめながら、シルバを殴りつける。
「何すんねん!?」
「今フレイにはシルバに胸を揉まれた幻を見せた。どうだ、これで信じられるだろ?」
「「…………」」
シルバとフレイは震えながら叫ぶ。
「「二度とするなよ!&しないで頂きたい!」」
アウルムの悪ふざけに二人は激昂した。
「と、俺たちの実力については疑う余地もなく、戦い方も分かり、互いの緊張感も多少解けただろう」
まるで反省する様子がないアウルムはシレッと言い放つ。
これはアウルムなりのアイスブレイクであった。フレイの性格やとっさの時の対応を少しでも知っておきたいという打算もあったが、フレイは自分よりもシルバとの方が相性が良い。
それならば自分が少し嫌な役に周りそれをシルバがフォローする。そうすることで、シルバの信頼度を上げて出来るだけ早く連携を高めるという意図があった。
アウルムとシルバにとって第三者を含んだ旅というのは初めてであり、慣れない不確定要素だ。
仲が悪いと遠からず支障をきたす。
「さっきはすまなかったシルバ殿」
「いえ、あいつが悪いんで気にしないでください」
「方法はアレだが……アウルム殿の力を身をもって知ることでその分実力も信頼出来る。それに私の緊張をほぐす意図もあったんだろう? 改めて考えると余裕が無かったと思う」
「ちょっと真面目すぎませんかね……」
打ち解け始めた二人を見てアウルムは満足そうに笑う。
「お前わろてんなや!」
「プフッ……もういいですよシルバ殿。本当に触られたんじゃないのだから。先を急ぎましょう」
少し和やかな雰囲気になり、道中の会話もそれなりに弾みながら3日、フレイの出身の農村に到着した。