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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-9話 マキナ


 マキナはバックミラー越しにシルバをチラと一瞥した。


 ある種の生産系ユニークスキルである、マキナが接近戦で優位に立てるはずもないが、それでも慌てることはなかった。


「……『要塞(フォートレス)』」


「何ッ!?」


 ガラスを破り、あと一歩のところまで来たが、シルバの目の前に何層にもなる鉄の板が現れてマキナの姿が見えなくなった。


「クソッ! 分厚いッ!」


 ダァン! と、板を叩く。が、ビクともしない。


 殻に閉じこもるように、鉄で覆われたマキナに辿り着く方法を探るしかない。


 ──しかし、それを許すほどマキナもパイド・ライダーたちは甘くなかった。


 ムシュフシュの後方、そして両サイドにスロープが出現する。


「ヒャアッホウッ!」


「グオッ!?」


 スロープを登り、バイクのタイヤがシルバの顔目掛けて飛んでくる。


 寸前のところで交わすがすれ違い様の置き土産に爆裂槍が投げ込まれる。


「痛ッ〜〜〜! まずはこいつら片付けんとどうにもならんなこれは……!」


 咄嗟に『吸収』を使いダメージを軽減させるが、軽度の火傷で肌にヒリヒリとした痛みが襲う。


 ここで、ようやくシルバは剣を抜く。


 ムシュフシュの後部に用意された足場によって、立つことが出来、運転の必要がなくなり両手が空いた。


「お前らは直接殺しはせん……けど、死にかけるくらいの攻撃はさせてもらうで……俺を本気で殺す気なんは、もう分かっとるからな! 後で文句言うなよお前らァッ!」


 剣を右手で握り、半身の構えで立つ。時速120kmの高速の中で移動する砂上は巨大なタイヤとサスペンションによって馬車よりも数段快適なほど揺れが少ない。


 運転という行動の制限がなくなり、戦うことに専念出来る状況が生まれた。


「死ねぇッ!」


「フンッ!」


 投げられた爆裂槍を体を捻り避ける。アウルムの放つ土や氷の弾丸速度に比べれば所詮は投擲。


 バッティングセンターでホームベース上に立ち、飛んでくるボールを避ける程度の難しさしかない。


「避けるのは簡単……攻撃やが、ちょっと魔力を使い過ぎてるな……お? ……へへェッ! いいもんみっけぇえええ!」


 ただし、槍や飛びかかってくるバイクには攻撃が可能だが、並走する車、バギーなどに対して魔法攻撃をするのはコストパフォーマンスが悪かったところにシルバは背後にあったものを使う。


 メイと呼ばれる少女が使っていたガトリング砲。そのハンドルを掴む。


「マジかっ……!」


「あいつ銃の使い方分かってるっぽいぞ!?」


「離れろぉおおおおッ!」


「もう遅いんじゃクソガキどもッ! 蜂の巣にされるのはそっちやァッ!」


 ダダダダダダダダダッ!


 並走する車、出来るだけ運転手は狙わず、車体を破壊せることを目的にトリガーを引くと一定のテンポで弾丸が発射される。


(現代兵器最高ッ! 魔力消費の心配なしッ!)


 シルバはトリガーハッピーになりそうな程のあまりにもお手軽な攻撃方法に酔いしれる。


 一気に形成がこちらに傾く。薬莢がカラコロと足場に落ちる独特の金属音もまた、シルバを気持ち良くさせていた。


「ウォアアアッ! タイヤがッ!」


「クッソッ! 近づけねえ……!」


 パンクなどにより少しずつ、並走するパイド・ライダーたちは離脱していく。


「よぉし……ブンブンうるさいハエどもは蹴散らせたな」


 弾丸が尽きた頃には、ムシュフシュを並走する取り巻きのパイド・ライダーたちは消えていた。


 シルバの足元には大量の薬莢が転がっていた。


「使えるか分からんけど一応貰っとくか……」


 空の薬莢を再利用して使えるかは現時点では不明だが、そのまま捨てるよりはと思いアイテムボックスに可能な限り回収しておく。


「さあて……問題はこれやな……板っていうか壁やな。普通に殴ったり斬ってもビクともせんレベルの厚みや」


 コンコンと叩くとシルバはおおよその厚みを音の魔法、エコロケーションで推測する。


 ここで、シルバは自らが知り得る限りのこういった状況の突破方法を映画や漫画などから引っ張り出そうとする。


「バーナーみたいなんで、焼き切るってのがよくある方法やが……魔力の無駄使いやな。それに焼き切ってるなってバレたらすぐにもう一回同じ技使われて、やり直しになる……う〜ん困った。アウルムがいたら大出力の魔法と知識でなんとか出来そうやが……ここにはおらんし……」


 腕を組みながら考えている間もムシュフシュはアラアバブの街に一直線に向かっている。


 日の登り具合と走行速度からして、後2時間もすれば到着してしまうだろう。


 この巨大なトラックが街に突っ込むだけで甚大な被害が出てしまう。それまでに何とかマキナを止めなくてはならない。


「車体まるごとひっくり返すとかは……いや、そんな火力出せへんな。俺も危ないし……」


 ***


「……何なんだあいつは?」


 全員やられてしまった。残るは助手席に座る少年一人にまで戦力を減らされたマキナは舌打ちをしながら、未だ後部に居座るシルバに意識を向ける。


「俺たちの気持ちも分からず邪魔しやがって……」


 マキナこと、ウスイリンタロウ──漢字では笛吹輪太郎と書く、日本人の勇者は足元を見た。


 祖父はF1ドライバー、父は外車のディーラー、叔父は整備士という家庭環境に生まれた笛吹は、車好きの父によって車輪の輪を使った名前をつけられる。


 日常的に車に囲まれて生活をしており、父によくドライブに連れていかれ、叔父に車の整備の仕方を教えられ、小学生の頃にはレーシングゲームに熱中した。


 18歳までは運転免許を取ることは出来ないが、それはあくまで公道を走る許可がないというだけで、私有地であれば運転自体は可能だ。


 子供向けのサーキットにてポケバイやゴーカートなどで遊ぶというのも満足は出来ず、本格的なレーシングカートに乗り幼いながらに大人顔負けのドライビングテクニックを発揮してレーサーを目指していた。


 運転免許を持っている大人、といえど教習所で必要最低限の実技の訓練をして、路上で問題のない範囲の運転が可能となれば免許はもらえる。


 一方、笛吹は上手く、そして速く運転するという訓練を繰り返しているのだから技術だけで言えば路上運転は何ら問題がないレベルに小学生時点で到達していた。


 ネットで少し有名になるほどの天才ドライバーキッズとしても注目を集めるほどに。


 しかし、中学生2年の時、両親の離婚をキッカケに笛吹は荒れ始める。父の浮気が原因だったそうで、笛吹は母親の実家に引っ越すこととなった。

 笛吹という名字は現在のものであり、旧姓は(とどろき)


 輪太郎の部首を含み、車四つ。自動車の車輪も四つ。まさに自分にあった名だと思っていた笛吹からすればアイデンティティを奪われたようなものであり、父以上に母に対して恨みを持つ。


 荒れた頃、車に詳しいということで、ややガラの悪い連中と意気投合しそのまま暴走族に入る。


 母方の実家は比較的田舎で、今時暴走族などあるのかと驚いた笛吹だったが、運転及び整備技術も同年代の少年たちよりも頭ひとつ以上抜けていたこともあって歓迎された。


 バイクは当然、盗品だ。だが、笛吹はそんなことどうでも良かった。自由に走れる環境が欲しかっただけだ。


 単車──バイクを表すこの言葉だが、名前の車が一つになった自分にはちょうど良いのかもしれない。そんな事も思った。


 仲間と共に田舎の道を暴走する毎日だったが、飲酒運転をしている者がいた。操作を誤った並走するバイクが笛吹に衝突して病院が目が覚めた頃には両足がなくなっていた。


 相手はかすり傷で済んだという。


 絶望、いっそもう死のうかと思った。これではバイクには乗れない。


 車の運転に事故というリスクはつきものだが、それまではどこか他人事のようだった。結局は運転の下手な馬鹿のすることだと。


 事故だって、障害だって、誰にでもある日突然起こり得る。絶対的なものなど何もなかった。


 そして治療が終わった後に待っていたのは車椅子生活。


 足がないことよりも、歩けないこともよりも、この車椅子というものが笛吹輪太郎という存在の尊厳を酷く傷つけた。


 これでは……車椅子の輪太郎じゃないか。俺の輪は車椅子の輪ではない。

 だが、どうだ? レーサーを目指していた自分が暴走族として落ちぶれた、もうこれ以上底はないと思っていたら最後には車椅子が待っていた。


 滑稽だ。老人になれば誰だって歩くのが困難になる。そこで車椅子に乗ること自体は別に普通だ。だが、それはずっと先の未来のことだと思っていた。


 車椅子でも頑張ってる人はいる、そういう競技もある?


 違う……違うッ! そういうことじゃないッ!


 俺を障害者扱いするな! 努力!? 何故努力をしなくてはならない!?


 障害者だが、その分ハンデを乗り越えて普通の人には出来ないことも出来るようになるかも知れない!?


 馬鹿が! いくら努力したところで障害は障害。足があるやつより早く移動は出来ないッ!


 笛吹の周囲の声は雑音でしかなかった。障害者には、障害者なりの人生の楽しみ方や頑張り方があると、お前はもう歩けないのだから、普通の人ではないのだからと扱われることにこの上のない苦痛を感じた。


 また健常者として扱われても、不自由さがなくなったことにならない、変わらない現実によるジレンマもあった。


 リハビリ、そして荒れた生活の更生とはまた違った、障害者である現実というものを忘れる為に勉強をして、なんとか交渉もして普通の高校に入った。


 障害者の枠組みに入れられのが嫌で、出来るだけ特別扱いはしないように頼んだ。


 だが、結局は気を使われ、一歩引いた距離にいる。特に体育の授業なんかはことさら惨めな気持ちにさせられる。


「視力が低くてメガネをかけてるやつと、足が不自由で車椅子を使う俺との間に一体どんな違いがある?」


 一度、冗談混じりにからかってきたクラスメイトに聞いたことがある。


「は? 全然違うだろ? 目悪くてもメガネかけりゃ別に普通に生活出来るじゃん。車椅子乗ってても……いや、車椅子なんか乗ってたら普通に生活出来ないから全然別じゃね?」


「じゃあ、俺が義足履いて普通に歩けたら扱いは同じか?」


「あ〜どうだろうな、ま……やりたいなら頑張れば?」


 まただ、また『頑張れ』だ。健常者基準で、その基準に近づくように努力を強いられる。日常生活に何の不便もなく、何の努力もしていない連中に何故努力を強要されるのか。


 だが、彼の言っていることも少なからず事実だった。内心分かってはいたが、素直に認めては自分の中の何かを失う気がしていた。


 いっそ、全員が車椅子生活をすれば良い。全員が不便な思いをすれば、頑張るなんて発想はなくなり、それが普通となるだろう。


 どちら側に立つのではなく、全員が同じであれば自分が何者であるかを気にする必要もない。


 俺が自由に歩けたら……この苦痛、全員に味わわせてやりたい。自由に動くことさえ出来れば……。


 異世界に召喚された、ウスイリンタロウには皮肉にもあれほど意識から遠ざけていた車に関するユニークスキルが発現する。


 元の世界よりも激しい障害者差別に耐えられず、異世界での生活をしばらくした後、シャイナ国を出た。


 自分用にカスタム出来る『足』を手に入れて、殆ど移動には不便を感じなかった。


 唯一、問題があるとすれば怪我の後遺症で時々痛む膝から下の部分の為の鎮痛剤がなかったこと。


 この世界で代替効果のある薬を見つけるのが大変だった。


 だが、見つかった。その名も『妖精の粉(ピクシーダスト)』。


 ピーターパンに登場する妖精、ティンカー・ベルの粉を浴びれば空をも飛べる。


 妖精の粉は、吸えば気分が高揚し足の痛みもスッキリと消える。まさに笛吹にとって、必要なものが揃った瞬間だった。


 そこから、笛吹は名をマキナと名乗り出す。自らの願望の為、異世界を一人で走り出した。


 ***


「──ゴホッゴホッ!? なんだこの煙は?」


『要塞』によってシルバの攻撃、侵入を完全にシャットアウトしていたマキナだが、車内にいつの間にか煙が充満しかけている事に気がつく。


「ハッハァッ! 名付けて北風と太陽作戦ッ! 天岩戸作戦でも良しッ!こっちが入れんならお前が出てこいってなァッ!」


 シルバはアイテムボックスに入っていた煙の出るあらゆるものを使用して車内に煙を送り込んだ。


 攻撃は通らぬとも、呼吸する為、空気の通る隙間は必ずどこに用意しなければならない。


 風の魔法で走行する煙の進行方向を軽く誘導してやればあっという間に外側の隙間から、内部に煙は侵入していく。


 息が苦しく、目にも染みる。


「クッ……! 『要塞解除』ッ──!?」


「よおッ! クソ野郎ッ!」


 要塞を解除して、マキナは窓を開けた。ドアにはシルバが張り付いており、顔を出したマキナの髪を引っ掴む。


 マキナはドアフレームに頭を叩きつけられながらもシルバを睨み返した。


「……何やお前、この髪型?」


 シルバはマスクを外しているマキナの顔を初めて見た。マスクからはみ出ていた半分と、そのもう半分は坊主という奇妙な髪型。


「これは俺の不完全さの象徴だ。この世界のクソ健常者どもを抹殺した時にこの俺の姿を笑う者は誰一人居なくなるだろう……!

 俺を殺しても意味は無いッ! パイド・ライダーに与えた車は死んでも消滅しないからなッ!

 ハハハハッ! アラアバブの街はぶっ壊れるさッ! ざまあ見ろッ! 皆バラバラになりやがれッ!」


「……ガキども薬漬けにして操ってる分際で被害者気取りかァッ! おいゴラァッ!?」


 シルバの中で、一点不可解なことがあった。動機だ。


 マキナ自身は健常者を憎み、その復讐と言っているが殺し方など、一部支離滅裂となって破綻している。


 パイド・ライダーたちの少年もそうだ。どこか異常な行動をしている。


 そして、シルバは理解した。少年たちの掻きむしったような肌の跡。あれはコカインなどの中毒者が副作用によって虫が這うような不快感によって引き起こされたものに似ている。


 シルバがボンネットの上に乗った車を運転していた少年が死ぬ間際に鼻から吸ったもの。


 クラブのセキュリティとして働いていたシルバにとっては馴染みのある傷。


 つまり、ドラッグ。シリアルキラーの行動の要因として長年のドラッグ摂取による正常な思考の低下。無秩序型に見られる事例。


 アラアバブで徴収した薬とは、妊婦の為のものではなく自分たちの為のドラッグ。ドラッグによる思考力低下による集団の統率。


 これをシルバは見落としていた。


「留守番を頼んでるんや……アラアバブには俺よりも強い奴がおる。お前の目論見は成功せんッ!」


「な、何ィッ!? シルバァッ! お前は一体……ッ!」


「ありがとうッ! マキナッ! お前が殺す事に何の躊躇も必要のないほどの……足がないだけの吐き気を催すほどのクズで感謝するッ!」


「ふざけんなああああああッ!」


「──ッシィッ!」


 シルバはマキナの頭を掴み、車体から引きずり出して首を剣で切断した。


 マキナの首と共に砂の上を独楽のように高速で転がり落ちる。


「プッ……ペッペッ……あ〜シンド……さて、神殿に戻ってリーシェル達を連れ帰るか、一旦街に戻るか……距離的には街の方が近いな。ラーダンがアメド殺さんように止める方が先か……」


 シルバはマキナの頭部をアイテムボックスに入れ、バイクをアイテムボックスから取り出して乗り込む。


「間に合ってくれ……ッ! アメドはまだ助けられる余地があるッ!」


 アラアバブまで1時間の距離、アメドもアラアバブも、どちらも無事でいてくれることを願いバイクを走らせた。


 ブラックリスト勇者──残り15人。


 1名、討伐成功。

 ファイルナンバー7『マキナ──笛吹 輪太郎(リンタロウ・ウスイ)

 被害者数:322人(パイド・ライダーによる被害含む)


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