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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-8話 ムシュフシュ


 シルバはマキナ──ウスイリンタロウと、彼の本名を呼んだ。


 これはお前のことはある程度知っていると心理的な優位を取る目的の他に、理由があった。


 自分の名を知っている、どうやってかは分からぬが勇者についてある程度事情に通じている。


 シャイナ王国からの刺客か、今までやってきたことに対する恨みを持つ者か。


 生かしておく訳にはいかない存在だと強く認識させ、リーシェルたちへの注目を逸らし、シルバだけを見させる。


 つまり、シルバの覚悟の現れ。一人の人間をこれから殺すことの決意表明だった。


「総員、戦闘準備だ……シルバを八つ裂きにしろ」


 マキナは右腕を大きく振り抜いて前に掲げ、発破をかける。


「おっしゃああああああッ! かかってこいやああああッ!」


「何ッ!? バイクッ!? こいつ、アイテムボックス持ってやがるぞ! い、いや……ボスと同じ能力か……!」


「あれルルーのバイクだぜっ!?」


「壊したんじゃねえのかよ!?」


 シルバの右側にパイド・ライダーたちから奪ったバイクが現れたことで、混乱が起こった。


(そんな訳はない……俺だけの能力だからユニークスキルなんだ。

 結界、アイテムボックス持ち……空間系の魔法使い……? いや、バイクの重さは200kg近くある。そんな鉄の塊を収納出来る容量のアイテムボックスなど、宮廷魔法師よりも格上だ。

 あり得ない……俺だって『機械仕掛けの道標』のような、生成したものに限り容量制限を受けないという条件の元、成立している。


 だとすれば……あいつ……一体何なんだ?


 収納ではなく、別のトリック……透明化や、召喚、別の手段があるのか?)


「ついてこいッ!」


 シルバはバイクに乗り込み、階段を駆け降りて神殿の入り口に向かった。


 この狭い空間で戦車による集中砲火を食らうのを耐え続けるのは時間の浪費に他ならない。


 街へ向かいながらも、パイド・ライダーたちを削っていく。

 ラーダンに留守を任せてるとは言え、放置は出来ない。


「ボスッ!?」


「分かっている。追うぞ……『ムシュフシュ』を使う。ッス〜〜〜〜ッ!」


 マキナは腰に下げた筒から麦で作られた文字通りのストローを鼻に挿し、大きく息を吸った。

 そして、目を開く。


「〜〜ッ! 聞いたか! ムシュフシュだってよ!」


「武器を積み込めお前らァッ!」


 マキナは戦車と大して変わらない銀色の巨大なモンスタートラックを召喚した。


 タイヤはシルバよりも大きな直径2m、V8エンジンを2基搭載し、元の世界では絶対に法に触れるレベルの魔改造を繰り返した2500馬力、総重量10tを超えながら最高速度は時速200kmを誇る最強の切り札。


 上部には大砲、機関銃までが装備され、それを扱うことの出来る足場も用意されている。


 なんといっても特徴的なのは後部についたカッサスコーピオンの骨を組み上げて作った、蠍の尻尾のような飾り。


 これは厳密には飾りではなく、鉄骨とワイヤーが仕組まれ、クレーンのような役割を果たし、それに掴まりぶら下がって攻撃することも可能だ。


 ムシュフシュ──バビロニア神話の叙事詩『エヌマ・エリシュ』に記述されている怪物であり、毒蛇の頭に、ライオンの上半身、鷲の下半身、蠍の尻尾の姿をしたとされる騎獣。


 そのあまりにも巨大で、凶悪な姿からマキナはそれをムシュフシュと名付けた。


 神殿から出たシルバは後方からとんでもなく大きな唸り声を聞く。


「ッ!? モンスターかッ……ん、んん〜〜ッ!?」


 サイドミラーを使って後方を確認した。神殿の入り口から大きな影が動くのが見えた。


 思わず、振り返る。直接見なくてはいけないと勘がそう告げる。


「…………は、ハァアアアアアァッ〜〜〜〜ッ!? なんじゃそりゃあああああああッ!? 絶ッ対! 車検通らんやろうがッそれぇえええ〜ッ!!!!」


 反則、道路交通法違反、そもそも、元高校生だったマキナは免許すら持っていないのだが、とにかく何か文句を言ってやらないと気が済まないほどの馬鹿げた巨大さのトラックにシルバは腹を立てた。


 ババババババッ! っと、超高速の連続した音、機関銃が発砲されるとシルバの足元にチュンッ! っと弾が空気を切り裂き、砂にめり込む。


「銃火器はマジでズルいってぇ〜ッ! あかん、あいつらの前にいたら蜂の巣にされてまうッ!」


 シルバは体全体を大きく左に傾ける。それによって車体は進行方向を急激に左側へ変え、ブレーキをかけることで踏ん張りの効かない砂漠の上でドリフトをした。


 そのまま、パイドライダーたちの方へ直進する。


 ***


「こっちに向かってくるぞ!」


「ムシュフシュでペチャンコにしてやれ! ボス!」


「どうするの!?」


 ムシュフシュの後部に乗り込んだ射手の少女が左側でハンドルを握るマキナに声をかける。


「……慌てるなメイ、このまま進む」


 マキナは表情を微動だにさせず、クラッチペダルを踏む代わりに左側にあるボタンを押し、右手でギアレバーを握り、ボタンを離すと同時にアクセル用のボタンを押して加速する。


 足が不自由なマキナでもペダル操作の必要なしに運転が可能なようにカスタムしている。


 他のバイクや車にも乗り手のハンデをカバーするような仕組みを搭載している。それを可能とするのがマキナのユニークスキル『機械仕掛けの道標トラデーレ・エクス・マキナ』の力。


 マキナがイメージしたギミックの車を自在に生み出して、マキナ自身が運転する場合は燃料消費などが発生せず、アイテムボックスの制限も受けないというユニークスキルの正体。


 慣れた手つきで障害など関係がないと言わんばかりのドライビングテクニックで真正面から突っ込んでくるシルバを轢き殺そうとした。


 距離は10m。互いの走行速度を考えれば一瞬で両者が衝突する。そうなればシルバのバイクはペシャっと潰され、衝撃でシルバの全身はバラバラになる。


 誰もがそう思った。


「『貫通』……ッ!」


「ッ!? 」


「なんだ? ぶつかった音がしねえ……!」


「下に入り込んだかっ!?」


 シルバはウエダのユニークスキルから得た能力『貫通』を使用した。


 魔力を消費することで、物理的な接触を無効にする一時的に物体をすり抜ける状態になる能力を使用。


 またも急ブレーキによるドリフトでマキナたちの後方に移動してすぐに背を追うように反転した。


「なんなんだよアイツッ!?」


「ボスッ! あいつはなんかヤバいって!」


「普通の冒険者じゃあないぞおおおおッ!」


「隊列の中に入ってきたッ! 皆攻撃を仲間に当てるなッ!」


 シルバは隊列のど真ん中に侵入した。身軽で機動力のあるバイクだからこそ出来る芸当。


 信号待ちの車の間をすり抜けるよりも何倍もの危険が伴う中での決死の突貫。


「挟めッ! 挟んですり潰せッ!」


「うぉおおおおおッ!?」


 シルバの両サイドを走る車が幅寄せしてくる。隙間は僅か30cmほど。少しでも運転にミスが生じればいくらステータスを上げているシルバでも無傷ではいられない。


 潰される……即座に対応を変更。シルバはバイクから降りることを選択ッ!


 アイテムボックスにバイクを収納して一瞬、空中に浮く。


 風魔法を下方向に放ち急上昇する。


 迫り来る車のドアを壁蹴りして、右方向の黒い車のボンネットの上に着地した。


「ットト……ヌゥンッ!」


 ダァンッ! っと金属で出来た鉄の板を貫通させるのに足り得る腕力で左前方の角にナイフを突き刺し、揺れるボンネット上でバランスを取る。


「ハッハッハァッ! 運転ご苦労ッ……!」


 これで味方撃ちフレンドリーファイアーは出来まいとシルバは高らかに笑う。


「──撃て」


「な、何ィッー!?」


「パイド・ライダーは死を恐れないッ!」


 シルバの乗る車の運転手はニッと笑う。狂気の孕んだ笑顔で歯を威嚇する動物のように見せた。


 銃口も、槍もシルバの方を向く。そして──なんの躊躇いもなく、引き金は引かれ、槍は手から離れる。


 爆発音、炎の光、銃声、熱風、同時に発生してシルバの乗った車の上は煙に包まれる。


「やったあああっ!」


「黒焦げだぜェッ!」


 バンバンと天井やドアを叩いてパイド・ライダーは歓声を上げた。


 しかし、シルバは全くの無傷のまま、ボンネット上に立っていた。


「なんだとおおおおおッ!? あれっ……そういえば俺全然怪我してねえ……!?」


 シルバの乗る車の運転手は唾を飛ばしながら目の前に広がる光景に度肝を抜かれる。


「──ふ〜間に合った。『不可侵の領域』ッ!安全地帯、確保ッ!」


 ボンネットの左前方にナイフを刺し、バランスを取ろうとした時にシルバは気がついた。


 立っていられる固定された足場──つまり地面ッ!


 地面が砂上を走行しているとッ!

 以前、旅の道中で荷馬車の床に『不可侵の領域』を張ることは出来た。


 外からの攻撃は防げないという問題はあったが、車の外側に立っているのであれば……?


 当然可能ッ!


 ボンネット、天井、計4箇所に即座にナイフを突き刺し足跡の領域確保!


 揺れ、爆風、銃撃、一切無効の砂漠に現れたシルバだけのオアシスの完成ッ!


「お返しじゃオラァッ!」


 シルバは投擲された爆裂槍を一本、空中で掴み、結界内で不発にさせた。

 それを力の限り、ムシュフシュの横っ腹にぶん投げる。


 矢のような速度で刺さった槍は大きな衝撃を受ける。


「……って、これくらいじゃビクともせんのかいッ!」


 超巨大なトラック、ムシュフシュはその分厚い鉄板の表面に僅かな凹みと、焦げ跡をつけたのみで走行になんら支障はない。


(ならタイヤをパンクさせて……いやッ! あのデカさの高速回転するタイヤを破壊するには剣の強度が足りんし、スティンガースパイクみたいなトゲのあるものを生み出すような魔法も持ってないッ!

 ……なら、結局運転手狙いしかないッ!)


「トウッ!」


「こいつ……飛び移って……ッ!?」


「寝てろガキィッ!」


 斬りはしない。しかしながら、剣の柄頭でムシュフシュの一つ後ろを走るトラックの荷台に乗った少年二人の頭をぶん殴り、気絶させる。


「……ッ! こいつらッ!?」


 シルバはここで、初めてパイド・ライダーたちを間近で明るい場所で確認した。


 ただの積み重なる戦闘によって積み重なる傷で、傷だらけなのかと思っていた。


 だが、ボロボロになった赤さのある肌には『掻きむしった』ような形跡があった。


「パイド・ライダーの邪魔はさせねぇッ……! ボスッ! 皆ッ! 俺は先に逝くッ!」


 トラックの運転をしていた少年はストローを鼻に挿し、深く息を吸った。


「ハッハァッ〜〜! 最期にデカい獲物を殺したのはこの俺だァッ〜! ざまあみやがれぇッ!」


「グザムッ! お前のことは忘れねえッ!」


「パイド・ライダーは永遠にッ!」


「「「パイド・ライダーは永遠にッ!」」」


 グザムと呼ばれた少年に続いてパイド・ライダーたちが声を上げる。


 それに合わせて同時にシルバの乗っていたトラックからパイド・ライダーたちが離れていく。


「オイオイッ! イカれてんのかぁッ! お前ェッ!?」


 次の瞬間、何が起こるのかを予期したシルバは前方の屋根を伝い、駆け上がる。


「うぉおおおあああああッ!」


 シルバはフロント部分を全力で蹴った。その推進力でムシュフシュに飛びつこうとする。


(あかん……ちょっと足りんッ!?)


 僅かに、10cmほど、届かない。落下するッ!


 そう思った時、後方から吹き出した爆風によってシルバの身体は押し込まれて、ムシュフシュの装飾である、尻尾部分を掴んだ。


「チクショオオオッ!」


 トラックの荷台には気絶させた少年が二人いた。自ら横転させながら自爆したトラックに乗っていたものは全員死んだ。


「俺たちは仲間の死も、自らの死も恐れない集団ッ!──それがマキナ率いるパイド・ライダーッ!」


 シルバは鉄棒のように掴んだ尻尾を中心に身体を上手く使ってグルリとぶら下がった状態を脱出。


「何が……死を恐れッ……!?」


 怒鳴りつけようとしたその時、シルバの首にワイヤーがかけられた。


「無賃乗車してんじゃねえぞお前ェッ!」


「グハァッ!」


「やるじゃんアーラック!」


 蠍の尻尾の先端はフック状になっており、そこからはワイヤーロープがぶら下がっている。腰のベルトとロープを繋いで吊られながら、器用に蜘蛛の如く立体的な機動をする少年が背後から攻撃を仕掛けた。


「首輪を繋いでやったッ! このまま引きずられろぉおおおッ! メイッ! こいつを穴だらけにしてやれっ!」


「調子乗んなぁッ! 『貫通』ッ!」


「ワイヤーがっ! すり抜けただとッ!?」


 貫通を使い、首にかかったワイヤーをすり抜けさせ、危機を脱する。しかし、これは魔力を割に合わない量を消費してしまう。何度も何度も使える方法ではない。


「お前なんかこうじゃ! 悪ガキめっ!」


「グオオアアアアッ! やめろ〜! チクショォッ! 何しやがるんだテメェッ!」


 シルバは吊られた少年を掴み、全力で投げた。


 尻尾を中心にグルングルンとロープは巻き取られ、イタズラされた公園のブランコのようになってしまう。


「アーラックをよくもッ!」


「なぁにがッ! 良くもじゃ! お前ェッ! さっきからチクチク攻撃してんの分かってんねんぞォッ!

 喰らえッ! 『男女平等攻撃機会均等制裁鉄拳』ッ!」


 メイと呼ばれる少女の顎を拳で撃ち抜いた。一撃で強烈な脳震盪により気絶。


「ハァハァ……観念しやがれマキナゴラァッ!」


 後部のガラスを拳で殴りつける。バリンッと綺麗に割れることはなく、瞬時に衝撃が伝わり真っ白になるほど細やかなヒビが全体に走った。


「もういっパァツッ!」


 ヒビの入りきったガラスを再度殴りつける。シルバの拳は貫通して腕を引くとムシュフシュ後部に張られたガラスごと引っ付いてきて、剥がれ落ちる。


「来たでぇ〜〜ケジメつけようかぁ〜〜ッ!」


 シルバは獰猛な笑みを浮かべて、ハンドルを握り背を向けたままのマキナを睨みつけた。

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