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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
6章 ライダーズオンザストーム
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6-7話 ストックホルム症候群


 今、シルバとリーシェルに必要なことは敵対ではなく、対話。話をすることだった。


「アメドッ! 私の話を聞いて……! どうしちゃったのよ街を壊すって……そんな、あの街で育ってきたって言うのになんでそんなこと……マキナッ! 手伝ったら誰にも手出ししない、そういう約束したじゃないの!」


 アメドはリーシェルと目を合わせようとしない。視線が泳ぎ、オロオロとして助けを求めるようにマキナを見る。


「約束? それはミュゼと赤ん坊を助けられたらの話だ。二人は数分もすれば死ぬ。

 そして、アラアバブのやつらは冒険者を寄越した。約束を破っているのはそちらの方だ」


「アメド、お願い……そんなことしないで……無理やりやらされて断れないだけ……そうなんでしょ?」


「言ってやれ、アメド。これはお前の意思だとな」


 マキナは膝立ちになり泣き喚きながら必死で懇願するリーシェルを鼻で笑う。まるで小学生の劇を見てるようだと呟きながら冷めた目をしていた。


 一方、シルバもリーシェル、アメド、そしてマキナの言葉に耳を傾けて、理解をする必要があると強く感じていた。


 しかし、マキナの言う通りこのままでは母子共に死ぬ。


 リーシェルから奪った赤ん坊に『非常識な速さ』を使い、生命活動の速度を1万倍にまで引き延ばした。

 これで1秒後に死なない限りは1万秒、166分。2時間以上は時を稼げる。


 母親の少女の方には上級ポーションを飲ませる。失った血は生産されないが、出血は止まる。

 致死量となる出血にはなっておらず、一命を取り留めた。


 だが、シルバの行動を誰も気には留めていなかった。リーシェルとアメドの口論をジッと観察していた。


 今はとにかく街への攻撃をやめるように説得するしかない。そして、攻撃の意図とはなんなのかそれを知る為にも言葉を交わすべきだ。


 交渉、説得に必要なのは信頼関係だとアウルムは言っていた。


 犯人相手に信頼関係? 変な言い方だとシルバは思った。


 それは仲良くしろということではなく、言い分を喋らせるにもまず話すことが出来る相手だと思わせないといけないということだ。


 相手にもされない状態では説得は確実に失敗する。話したいという心理に持っていく。あくまで技術として信頼を構築する。


 そこで、まず必要になってくるのはこちらが聞く姿勢のあるということを相手に伝えること。

 そして、聞いてみようと思わせる仕掛け。


「お前ら一旦落ち着けッ……! 赤ん坊は無事やッ! 母親の方も!」


 シルバは火と風の魔法を慎重に使いながら赤ん坊の身体を温めて、肺に酸素を送り込み、アウルムに万が一の為にと調合してもらっていた赤ん坊用の希釈したポーションを飲ませる。


 マキナはドクロマスクの奥から目を細めて赤ん坊と少女を見た。鑑定を使い、健康状態を確認したのだろう一度カッと目を開いた。

 すぐに元の表情に戻るが、キッカケは作れた。


 時間の流れを元に戻した頃には赤ん坊の顔色が良くなってきている。血液が酸素を体中に運んでくれているのだろう。


 神殿の中は静まり返り、等間隔に灯された炎の照明の燃える音と、入り口から吹き込む風の音が目立つ。


「死んではいない……あの街にそんな上等なポーションを隠してやがったか。アメド続きだ、これはお前の……いや、虐げられてきた俺たちが考えて考え抜いて辿り着いた答えだと言うことを教えてやれ」


「うん……姉ちゃん、俺は姉ちゃんには感謝してるし殺したくはないよ……でも、俺は街の奴ら……いや、俺たち以外を許すつもりはない」


「どうして……」


「分かってんだろ? 皆手足が無かったり、小さかったり、それだけで俺たちを馬鹿にして虐める。別に俺たちだって好きでこんな身体になってる訳じゃあないのにだッ!」


 アメドは拳を握り、座っていた車椅子の肘掛けを殴りつける。


「そして……お前らには分からんだろう。俺たちをまるで見せ物のように奇異な目で見て、嘲笑い、標的とされることの辛さが。

 歩けない、手を思うように動かして日常の動作が出来ない。

 考えても見ろ、老いれば誰だって同じような状態になる。俺たちはそれが生まれつきか、他より早かった」


 滔々と語り、「それだけでだ……」と、マキナは静かに呟いた。


「……たったそれだけのことでだ。その痛みが分かるのは俺たちパイド・ライダーだけだ。

 俺たちは、もはや障がい者、社会のお荷物ではないッ!

 俺たちは選択した。自らの生き方を、自らの意思で……パイド・ライダーとして生きる『道』を俺のユニークスキル『機械仕掛けの道標トラデーレ・エクス・マキナ』と共に……」


「なるほど……障がい者を蔑むやつに復讐がしたいんか……それで、あのバラバラに引き裂いた処刑方法には何か理由があんのか?」


 シルバは慎重に言葉を選び質問した。


 馬鹿にするような物言いはマキナの口を、心を閉ざしてしまう。また、賞賛したりおだてるような言い方をして、さも興味がありますよとアピールしてもいけない。


 犯罪者は邪悪ではあるが、馬鹿ではないのだ。ただ、シンプルにニュートラルな立場で個人的な感情は徹底的に排除し、聞き役になる。


「望んでそうなった訳ではない、俺たちの気持ちを死ぬ間際に少しでも教えてやろうという親切心だ。

 皆、これから何されるか分かったら泣くんだよ。ハハ……死ぬ間際でも障がい者になるのが嫌なんだろうな。

 それだけ蔑まれてるんだ俺たちは」


 それにウンウンと頭を振って同意するパイド・ライダーたちの目にはマキナと同じような昏い感情が垣間見えた。


 ──いや、それは死ぬからであって、手足を失い、お前たちと同じ姿になるのが嫌な訳ではないだろう。


 シルバはすぐに反論したくなった。


 既にマキナや、パイド・ライダーたちはおかしくなってしまっている。障がいを理由に差別を受けた。それは偽りではないだろう。


 だが、認知が歪んでしまっている。誰だって死ぬのは嫌だ。あんなに残酷な殺し方を目の前で見せられたら泣いて怯えるのも当然だ。


 しかし、それを自分たちに対しての侮蔑的な感情だと捉えてしまっている。そうさせてしまったのは、殺された方だ。そんな簡単に断ずること出来ないが、彼らにとってはそれが答えだ。


 また、それに深く共感して特別な関係が出来たと錯覚してはいけない。


 FBIの捜査官、分析官として有名なアウルムが勝手に師匠扱いしているロバート・K・レスラー捜査官が祖父母や親に手をかけた殺人鬼、身長206cm、体重104kgにもなる巨漢のエドモンド・ケンパーとの小さな密室で二人きりで面談した際のことだ。


 恐ろしき殺人鬼と話を聞いているうちにストックホルム症候群と呼ばれる、加害している相手との間に信頼感などを覚える心理状態に陥り、部屋を出る際の合図が伝わらずにしばらく出られず、非常に危険な思いをしたという話がある。


 ここで、距離感を間違えば致命的なミスを犯す。


 だからこそ、犯罪者と言葉を交わすことには相当のリスクがあることに自覚的でならなくてはいけない。


「殺された人間の中には世話してた者もいたと聞いたが……彼らも差別して、虐めてたんか?」


「五体満足なら俺たちをもっと助けられたはずだ! それなのにあいつら、最初はドワーフだって生きていけてるんだから大丈夫だとか無責任なこと言いやがって……! 細工仕事が向いてんじゃないかとか……俺が満足に身体も動かせないと分かると途中で投げ出して腫れ物みたいに扱うクソどもだ!」


 タキン、と呼ばれた少年は明らかに小人症だった。この世界にはヒューマンによく似ているが背が低いという種族はドワーフを代表していくつか存在している。


 元々背の低いドワーフなどの種族であることと、病気によって成長不全となっているのはまるで違う。


 背が低くともドワーフではないのだ、ドワーフからも仲間とは思われないし、ドワーフに出来ることが出来る訳でもない。


 ヒューマンでもなく、ドワーフでもない。背が低く、身体を上手く動かせない無能。


 それがタキンにとっての周囲の反応だった。


 しかし、タキンはその周囲からサポートを受けていたのも事実で、タキンの足をわざと引っ掛けたり、馬鹿にして助けもしない、冗談だと笑いながら嫌がらせをする連中以上に、より身近な人間に怒りを募らせていた。


 これは医療、福祉の世界ではよくある話である。


 無関心、または攻撃してくる人間よりも、身近な手を差し伸べてくれる人間の方を恨んでしまう。


 その心理がタキンにも働いているとシルバは理解した。


 いつもであれば、それは筋が通ってないやろとブチ切れるところではあるが、タキンのこれまで経験してきたことを想像すると非難出来なかった。


 それが正しいかはともかくとして、タキンにとっての歪んだ現実だという事は事実なのだ。


「オエ、耳ガァ聞ゴエネェガラッデ、馬鹿ニィ、ザレル……イッジョ、ケンメ喋っデンノニ笑うヤヅイル。

 デモ、泣いデ、死ぬヤヅはァッ! 何言っデルガ、分ガルッ! ズゴイ……嬉ジガタ……ボス、ミンナ、オエのゴド笑わナイ。ミンナ、好ギ。街のヤヅギライ……もっド、殺ジテ、アイド・アイダにゴウゲンズルッ!」


 ルスカは耳が聞こえない。にも関わらずアクセントや発音がぎこちないながらも声を使ってコミュニケーションを取ろうとしていた。


 相当な訓練が必要だったはずだ。口や喉の形と震える感覚だけを頼りに喋っているのだ。音楽に造詣の深いシルバは素直にルスカは凄いと思った。


 だが、彼は既に殺しに喜びを感じてしまっている。


 アメドは悲しみ、タキンは恨み、ルスカは楽しみを動機に街を破壊しようとしている。


 そして、これは恐らくギャングなどに見られる仲間入りの儀式。


 アラアバブに来る前から居たメンバーも同じようなことをさせられているはずだ。


 同じように行動して、車を乗り回し、共に飯を食らい、衣装を似せ、殺しを経験させ、共通の社会への復讐というビジョンを持たせる。


 自らの意思とは関係なく蔑まれる弱者という役目から降りて、自らの意思で車に乗り荒くれ者という立場を得る。


 健常者よりも素早く移動出来、攻撃手段も得られる。車に乗りパイド・ライダーになることで力関係は逆転さえしてしまう。


 風を受け、日光を浴び大地を走り回るという『力』を手にした彼らからすれば生まれて初めて自分の手で自由を手に入れた。


 そんな感覚を得たのだろう。


 社会の最下層から、社会の階層の外側へ。それも自分が選んだ道へ。


 この強烈な世界が開ける体験、加えてマキナの強い復讐心が燃え移ったパイド・ライダーたちを出会ったばかりのシルバが説得出来る要素があるとはとても思えなかった。


 理屈による正論、感情に訴えかける演説。


 軽い、軽過ぎる。彼らが長年の間感じてきた理不尽な社会からの暴力を解放してくれたマキナが間違えている。正気に戻れと納得させられるほどの言葉も、道理もシルバは持ち合わせていなかった。


「話過ぎたな……すっかり日も登ってしまった。お前ら、行け。パイド・ライダーの恐ろしさをアラアバブの愚か者どもに見せつけてやれ!」


「「「オウッ!」」」


「ひゃっほ〜イッ! 出陣だあ〜ッ!」


「アラアバブまで競争な!」


「メシかけようぜ!」


 数人のパイド・ライダーたちもはしゃぎながら、キーを手の中で回して走っていく。


「アメドッ!? 待ってッ!」


 アメドは振り返らなかった。ルスカに車椅子を押されて神殿の入り口に向かって消えていった。


「リーシェルッ! 動くな! こっから出たらお前は殺されるッ! アメドは俺が止める! 片付くまでそこにいてその二人の面倒を見てくれ!」


 シルバの『不可侵の領域』から飛び出そうとするリーシェルの前に腕を出して止める。


「何を勘違いしてるのか分からんが……邪魔はさせない。お前たちはここで死ぬ。まずは冒険者のお前からだ。その後で二人は車裂きにして死んでもらう。

 街の人間全員死んでもらう。障がいのない者は理解力に欠けた残酷なケダモノだ。存在してはいけない」


(ッ!? 戦車ッ!? そんなんまで出せんのかッ! 車ってついてたらなんでもいけるんか!?)


 マキナの前にキャタピラのついた戦車が突如として現れた。


「いつまでその結界が持つかな? まあ、引き篭もっていたら街の方は手遅れになるんだがな……撃てェ〜〜ッ!」


 声の小さかったマキナが声を張り上げた。


 大きな音と共に砲弾が発射され戦車はその衝撃で後方にやや後退する。

 砲弾はシルバの結界に直撃して大きな煙を上げた。


「……砲弾を弾いただと? これは驚いた、頑丈過ぎる……ただの冒険者ではないなお前」


 煙の中からシルエットが浮かび上がる。シルバは両足を大きく開き、カッと鋭い視線でマキナを睨みつけた。


「シルバ、それが俺の名前やマキナ。いや、ウスイリンタロウ」


 マキナはドクロのマスクを外して投げ捨てながら、戦車を更にもう一台召喚した。


「ッ!? ……やはり、何が何でも殺さないといけないようだな銀髪のシルバ」


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