6-4話 暴走する龍人
「これだよ、鉄の馬」
冒険者ギルドの裏手にある砂埃を被った倉庫に連れられた。
「ほ〜これが『鉄の馬』ねえ」
そこに無造作に転がされていたのは、BMW社のR90Sという70年代の古い型のバイクだった。
ギリギリ原型が残っているか、というくらいに魔改造されていたが、大型二輪免許を持っていたほどシルバはバイクが好きだったので知っていた。
「シルバ、どう扱うのか分かるのか? そこの部分に跨るのだろうということくらいは分かるが、私には直さそうもないし、動かし方も分からんが」
「ん? あっ、あ〜ちょっと触りながら色々調べてみるわ。パイド・ライダーの武器やし研究しとくべきやろ。リーシェル、しばらくここ使わせてもらって良いか?」
「うん、ギルマスには許可取ってるし大丈夫。何か必要なものある?」
「いや、今のところは大丈夫や。お構いなく」
それだけ言うとバイクをいじり回すシルバを眺めるのも飽きたのか、仕事をしに戻ったのか、リーシェルはいつのまにか消えていた。
一方、シルバの胸中は穏やかなものではなかった。まさかこの世界で大好きなバイクにまた乗れる機会が与えられるとは夢にも思っていなかったからだ。
老後のライフワークとしてバイクの開発なんてしようかと思っていたほどだ。
(燃料は何で走っとるんや? ガソリンなんかないやろうし……いや、砂漠やから石油が取れてそれをねらってるとかも有り得んのか?)
キーを回して見るが反応はない。やはり本当に壊れているから捨てられたのだろう。
ひょいと片腕で倒されたバイクを立て直す。通常の身体であれば、倒れたバイクを立てるのはコツがいるが、ステータスで筋力を上げまくっているシルバには造作もないことだった。
そして軽く車体を揺らす。チャポチャポと音がすれば液体の燃料が入っていると分かる。
がしかし、液体の音はしない。
タンクの蓋を取って見ると暗くて何も見えない。
「ラーダン、光魔法使えるか?」
「ん? ああ光源がいるのか、ここは薄暗いからな」
ラーダンは倉庫の屋根付近に光の玉を浮かべて明かりを用意してくれた。
「こっちの手元にも1個くれ」
「分かった」
タンクの中が見えるように光を近づけると反射する何かがあった。
「……何やこれは? ラーダン分かるか?」
ラーダンを呼び中身を見せる。ラーダンは一度スンッと匂いを嗅いだ。
「これは火の魔石と錬金術に使われる安定剤を混ぜた粉にスライム……だな」
「スライムゥッ!?」
「スライムは錬金術で多岐にわたって使われた優れた素材だ。どこにでもいて、簡単に量が揃えられる。かつ通常のスライムには属性がないので触媒としてはこれ以上ないほど優秀だ」
「これで小さい爆発を起こして、ここがこういう感じに動き、力を伝えて進む……これを動かしてる訳やが、この材料はどこでも揃えられるか?」
「普通の馬の餌よりは高くつくだろうが、どの街でも調達は可能だ。必要なら作ってやろう待ってろ」
ラーダンはやることがなく暇なのか、倉庫を出ていき燃料の調達に向かった。
ガソリンの代わりになるものを作り出しているとは驚いた。
シルバは感心すら覚えた。問題は燃費だ。この残量でどれくらい走れるのか。
燃料自体は作れそうなので心配はしていない。
ただ、この未知の燃料からパイド・ライダーがどれだけの時間、距離を移動出来るのかという問題に関してはプロファイリングに影響が出てくる。
(さて、小芝居もそこそこに修理せんとな……あって良かった『非常識な速さ』)
あちこちいじりまわしながら全体に修繕を開始していく。
最高速度の1万倍、約2時間前に壊れたものであれば1秒で元通りになる。
半日あれば、どこが壊れていようと自走出来るように修繕が可能だ。
***
「よおーし! 修理完了! ってカッコつけて言ったけど、直す技術ないから能力任せなんやけど」
キーを回すとギュルルルルン……ドゥルルルルっと軽快な音が鳴り、エンジンが掛かることが確認出来た。
アクセルを回せばマフラーからブォンと音がする。
「いいねいいね……こいつはもう俺のもんや……!」
「戻ったぞ……修理は出来たのか?」
「おう、バッチリや」
「これが素材だ。配合のバランスなどは知らんからそこに入っていたものを見たまんま勘で再現している」
「まあ壊れたら直すし良いけど爆発とかの方が心配やな……街の外で試運転するか」
エンジンを一度切り、手で押しながら街の外に出る。
このバイク面倒なことに跨った状態でスタンドが出せない仕様となっており、一度降りてからスタンドを足で出さないといけないので、咄嗟に降りる時は倒してしまいそうだ。
その辺りの扱いの癖から倒して壊してしまったのかもしれない。
だが、そのおかげでバイクが手に入ったのだからシルバとしては文句はない。
「じゃあ……いっちょ行くか……!」
バイクに跨り、エンジンをかける。マフラーからの排気で砂煙が後方で僅かに舞った。
アクセルを回し、ブレーキを離す。
「ウオッホォッ!? 馬力結構あるな! 改造してるせいか燃料のせいか!?」
グゥンッと後方に強く慣性で引っ張られるが、シルバの腕力ですぐに制御が出来た。
「回転数は結構高めじゃないと止まるっぽいな……」
回転数に気をつけながらギアを上げていき、加速していく。
50km……70km……100km……ドンドンと速度を上げていく。
遮蔽物も道路交通法もないだだっ広い砂漠を爆走する快感にシルバは酔いしれた。
あっという間にラーダンの視界からは豆粒ほどにシルバの背中は小さくなる。
「ふむ……速いな。俺の瞬間的な全速力と同等の速さを維持して走る鉄の馬か……あれがあれば、この砂漠でモンスターを撒くのは容易いだろう。
魔法使いなら攻撃を当てるのはほぼ不可能だし、接近戦も不利だ。
あれが集団で行動していたら手を焼くのも無理はない。しかし……となると、奴らの攻撃手段は何だ?」
時速150km。魔改造されたバイクは砂漠というやや不安定な足場であるにも関わらず、そんなこと知るかと言わんばかりに爆走する。
「ふぅ〜面白かった……」
「シルバ、その乗り物が素晴らしいことは分かったが、両手が塞がっていたのでは攻撃は出来まい。奴らはどうやって戦っていると思う?
止まったら機動力の意味がないだろう」
「ああ、実は手を離しても速度を維持する仕掛けがしてあるから、片手は空くんや……高速移動しながら切り掛かるのは乗ってる側としても危ないし……何かを投げて逃げるのを繰り返すのが単純に効果的やと思う」
「ぶら下がっていた死体が一部焦げていたような跡があったのはそれか……この鉄の馬──」
「バイク、そう呼ばれてるみたいや」
「そのバイクとやらの燃料を使って爆弾のようなものを投擲しているのではないか?」
「あり得るな。爆弾は無理として……お前に突っ込みながら石投げて見てもいいか?」
「とんでもない提案だ。私でなければ大怪我を負うぞ」
「いやお前やから言うてるねん。石投げられたくらいでは死なんやろ。良い実験台になるわ……ほな行くで……!」
シルバはラーダンに背を向けて走り去る。ある程度距離を稼いでから反転しラーダンの方に高速で突っ込む。
右手のアクセル部分を固定して、速度を維持しながらラーダンの少し横をすれ違いざまに石を投げた。
単純にバイクに乗っている分の速度が乗り、シルバの腕力による速度も更に上乗せされ、砲弾のような速度でラーダンに石が直撃する。
ブレーキをかけ、ラーダンの方に近づく。
「……どうやった?」
「これは危険だ」
石はラーダンを中心として粉々に砕けていた。
「もしかして痛かった?」
「まさか。この程度で私は傷を負ったりはしない。しかし、並の人間なら致命傷だぞ。しかも爆発するのなら更に厄介だ」
「そんなもんがぶつかってケロッとしてるお前の方がよっぽど危ない存在やろ」
「……シルバ、どんどん遠慮がなくなってきたな。仮にも伝説の登場人物である亜人種の英雄である私に石を投げておいてよくそんな事が言える」
「の、割になんか楽しそうやんけ」
「邪な気持ちなしで石を投げられたという経験がなくてな……記憶はないが、純粋な実験で石を投げてくる奴がお前以外にいたら恐ろしいな」
クククッとラーダンは何故か上機嫌で笑っている。普通ならば致命傷となりうる威力の石を投げられた者の反応ではない。
その常識的に考えれば、常軌を逸しているラーダンにシルバはやや恐怖を覚えた。基本的に温厚故に怒らせたらとんでもないことになりそうだと。
石を投げられて怒らないやつが本当に怒ったら……これ以上考えるのはよそうとシルバはそれ以上のことは考えない。
「シルバ、これは私にも扱えるか?」
「……多分無理やと思うけど?」
「一応扱い方を教えてくれ、興味が湧いた」
「良いけど……そんなちょっと教えたくらいじゃあ無理やと思うで? まずはここをグルッと回してやな……」
シルバはバイクから降りてラーダンに乗り方を教える。
バイクの基本は倒れた車体を起こす方法などからだが、怪力の龍人にそれは必要ない。片手で起こせる。多分、指一本でも出来るだろう。
***
ズザザザザザッ!
「ラーダァアアアアンッ!」
「シルバッ! どうすれば止まるのだッ!」
ラーダンは走り方を理解した段階でシルバの説明をちゃんと聞かず走り出してしまった。
結果、止め方が分からずバイクの左側に身体を落として、砂の上を引きずられながら爆走してしまっている。
「ブレーキ! アクセル回すな!」
「ブレーキ!? アクセル!? よく分からんぞ! 知らぬ言葉を使うな!」
ブオオオオオッ! ラーダンはややパニックになりながら更にアクセルを回して激しい音を立てた。
その音が余計に機械に慣れていないラーダンを混乱させる。
「それがアクセルやああああっ! ひねるのをやめろおおおおっ! てか、街の壁に激突するぞおおおお!」
「うおおおおおおっ!」
ラーダンはバイクから手を離した。ラーダンは砂の上を転がりながら受け身を取り、立ち上がる。そのままダッシュでバイクを追いかける。
それ自体は非常に見事な身のこなしであった。
しかし、やや遅かった。そのままバイクは壁に激突する。
「あああああああっ! せっかく修理したのにいいいい!」
グシャリとバイクの前面が破損するのを確認したシルバは悲鳴を上げる。
「おいゴラァッ! 俺の言うこと聞かんと勝手に走りやがって! なんで止まるべきタイミングでアクセル回すんや。回すなや! ブレーキやろうが!」
「いや私はブレーキを『回した』が?」
「ブレーキは『回さへん』ねんッ! 」
そこでシルバはハッとする。なんだかこのやり取り、日本でも見た気がする……。
(これ、暴走する老人や……)
アクセルとブレーキの踏み間違いから突っ込む危ない老人の運転。
一度、アクセルもブレーキも踏まなければ良いものを、何故かパニックに陥り、ブレーキをかけようとしてアクセルをベタ踏み。更に加速、発進、追突。
そして最後にはブレーキを踏んだつもりなどと抜かす。そんな訳がないだろう。と思うが非常によくあるケース。
機械音痴の老人の典型的な反応。まるで祖父にパソコンや携帯の操作を最初は丁寧に教えている時、全然理解してくれない様子に流石にイラつく孫のような感覚。
思えばラーダンは年寄りである。
伝承や昔話の文献から少なくとも300歳は超えていると言うのだから、まごう事なき高齢者だ。
(こいつ、見た目は俺らと大して変わらんからうっかりしてたがジジイやッ……!)
「ラーダン、お前には運転は無理や。諦めろ」
「馬鹿な。あらゆる武術、魔法、錬金術をマスターしているこの私に不可能なことなどない」
「このバイクは一個しかない上にパイド・ライダーと戦うのに必須アイテムや。お前の教習に付き合ってその度に壊されて修理してを繰り返してたらキリがない。
俺が使いこなすのに時間を割いた方が良い」
「……いや、使いこなせる。これは気に入った。奴らから一つ奪って私専用のものにする」
「壁に激突しかけてんのにどっからその自信が来るねん!」
「自信ではない、確信だ。このバイクとやら飛竜よりも良い乗り物だ」
「それ龍人族が言うてええ言葉なんかよ……」
シルバはしょんぼりとしながら、ラーダンによって破壊されたバイクを修理して、日が暮れるまで砂漠での運転の練習をした。