6-3話 シルバの独り立ち
「へえ、パイド・ライダーって名前の暴走族が子供を仲間にねえ……そっちは中々面白いことになってんじゃねえか」
「面白いか……? 割と胸糞悪い話やと思うが。──それでアイテムボックスに入れてたドアからなんか分かったことはあるんか?」
シルバとアウルムは日付が変わる頃、定時連絡を念話で行い、その日あったことや現状の報告をする。
「ああ、あのドアは鑑定したところこの世界で作られたものじゃあないな」
「ってことは、マキナってやつが車を召喚するような能力があると思って間違いないな」
「だろうな。だが、俺が知っている限り勇者のリストにマキナと発音されるような男の名はないから本名ではないだろう……待てよ、あったぞ車を召喚する能力者……ウスイリンタロウ。そいつのことだろう」
アウルムはあらゆる方面から勇者に関する情報を集め、名前と能力を知り得る限りリストにまとめている。
だが、あくまで名前と能力のリストであり見た目や人となりなどの情報はなく、ブラックリストかどうかも分からない。
今回はたまたま、車を召喚する能力から名前が割れただけに過ぎない。
「にしても……なかなか洒落たネーミングセンスしてやるがなこいつ……ふふふ……」
「何笑ってんねん? どこがや?」
「分かんねえか? 今回くらい俺に頼ることなくプロファイリングしてみろよ。勉強だ、勉強。ラーダンもいるし死ぬことはねえだろうからよ」
「基本的にはそのつもりや。いつまでもお前に頼りっきりで捜査する訳にもいかん。ホンマは別行動で効率2倍を目指したいところやからな……ちょっと考えるから黙っててや」
「へいへい」
シルバは、やけにツボに入って笑うアウルムからマキナ、パイド・ライダーというネーミングを考えてみる。
名は犯人の精神を強く反映する。本名ではない、活動名、そんな自ら名前をつけるということは、名前にこだわりがある。
そこから思想も読めてくるということだ。
マキナ──非常にシルバの感覚的には日本語のような響きを感じる。
パイド・ライダー──車を乗ると言う点でライダーの意味は予想がつくが、『パイド』これについては分からない聞き慣れない言葉だ。
だが、アウルムには何か一定の関連を感じているような素振りがある。
マキナ、パイド、車……。
(分からん! 知らん言葉や! 勇者の知恵ってことはラーダンに聞いても意味がない……でもパイド・ライダーって音の響きはなんか聞き覚えあるような……待てよ?)
「子供を誘拐……ハーメルンの笛吹き男か」
「お、出来るじゃねえか」
パイド・パイパー──ハーメルンの笛吹き男を指す言葉。
「パイパーの部分をライダーに文字ってんのね。おもろいやん」
「じゃあマキナの方は? 車……機械仕掛け……ここまで言えば流石に分かるだろう」
「デウス・エクス『マキナ』か……なるほど、確かに洒落た名前や」
「そこでだ、何故マキナ……ウスイリンタロウはその名を名乗っているのか、奴の行動と照らし合わせれば目的が見えてくるかも知れん。
後はお前が自分で考えて答えを見つけてみろよ」
「そっちはどうやねん」
「俺はここ数日王都の地下で監獄の奈落に行く為にマッピング作業だよ。まるで……いや、迷路そのものだ。地図がないと普通の人間なら絶対に迷ってしまう構造だ。それを頭の中に叩き込んでるんだからキラド卿は大したもんだよ全く。
後もうちょっとで地図が完成する。ってことで忙しいんだよ。お疲れ〜」
「あっちょっと!……切りやがった……!」
アウルムは現在、暴動の起こった監獄に侵入するべく地下を探っている。
場所や入り口も不明。限られた人員のみが知る秘密の地下監獄に潜入するのは流石のアウルムでも苦労しているらしい。
「今日は寝るか……」
既に眠っているラーダンを起こさぬよう気をつけながらベッドに転がった。
***
「引き続き、調査や」
「とは言ってもどうするつもりだ? 奴らは2日前に来たのだからしばらくは来ないだろう。直接叩き潰せば早いがそうもいかん」
「被害者の家族に話を聞く為になんとかリーシェルとの信頼関係を築きたいところやな」
「……言うまでもなくあちらから来たみたいだぞ」
まるで人間レーダーやな、と思わせるラーダンの優れた感知能力はドア越しでも相手を判別してシルバにリーシェルの来訪を知らせた。
「おう、リーシェル、朝からどうした?」
「お願い! 弟を連れ戻してください! お金なら払います! そんなにいっぱいは持ってないけど……でも! 弟が人殺しになるのは嫌なのよ!」
「その為にはこの街のこと教えてもらわんとな……冒険者は依頼受ける前に出来るだけ下調べするもんや」
「うん……はい……そうですね」
腰を落ち着け、リーシェルからこの街についての基本的なことを聞いた。
まずはパイド・ライダーが来る以前の生活。それまでに何か変化がなかったか、そもそも何が異変なのかを知る為の前提となる知識だ。
アラアバブは人口5000人ほどの都市で、冒険者や商人が退魔石によって得られる利益の為に訪れる。
ここから東にある王国の中継地、退魔石の産出地として経済活動が行われており、規模は小さいながらも全体として裕福な土地である。
人々の職業は、訪れた商人や冒険者の為の宿、酒屋、服屋、そういうものが殆どだそうで、リーシェルの実家も食事屋をやっているらしい。
領主と言われるような特権階級は存在せず、平民しかいないこの街の年長者が代表をやっているだけという穏やかな土地だそうだ。
中央のオアシス地帯は作物が豊かに実り、それを食べて育つ家畜までいる。
砂漠だからこその苦労というものを殆ど感じない生活が出来る夢のような土地らしい。
強いて問題があるとすれば、乾燥と暑さ、その程度だと言う。
そしてある時、奇妙な笛の音と共にパイド・ライダーが現れ、後は昨日聞いたのと同じ顛末を辿る。
「弟はどんな子や? 顔、見た目、性格、好きなこと嫌いなこと、なんでも知りたい」
「好きなこと……? 何か関係あるのそれ?」
「関係あるかどうかは俺が決める。街のやつら、連れてかれた子供のこと良い子やとか曖昧なことしか言わん。もっと具体的な話を聞きたい」
「……分かったわ」
リーシェルはピンクの髪を耳にかける仕草をしながら話始めた。
彼女の弟だけでなく、他の子供の特徴についても並行して聞いていく。
しかし、決定的な共通点は無かった。気性が荒かったり、非行歴のある子供をターゲットにしている訳ではない。
うーむ、とシルバは唸りながらプロファイリングを続けていく。
「後……弟は生まれつき歩けないわ」
「それか……もしかして他の子供も歩けへんとか?」
「いや……ただ、生まれつき人とは違う子供たちばっかり選ばれたわね」
「それは……いや、良い。なんでもない」
なんで、そんな分かりきった特徴をさっさと喋らないのか。とシルバは言いかけた。
だが、やめた。
先天的な疾患、障害、近年理解が進んできた日本においてもまだ差別の目は強く、全くないとは言えない。
この世界で障害者の風当たりなど想像に難くなく、どれだけ良い子と口先で住民は言っていても差別はしていただろう。
そんな者たちが武器を手に取り、暴れ始めた。
被害者のような顔をしている住民たちも心の底では思い当たる節があり、口にするのをはばかった。恐らくそんなところだろう。
だから、「世話してもらった分際」、「恩知らず」、「おぞましい」、そんな言葉が出てきた。
恩着せがましく、世話をしてやったと言っていたが当人たちの内心は分からない。無意識の差別が彼らを傷つけていた。
あくまで、推測の域を出ないがこの世界ではシルバの感覚からすればギョッとするような差別発言が飛び出すことも珍しくはない。
リーシェルがそれを言わなかったのは、自分の弟は他の子供とは違う。特別に優しい子で誰かを傷つけるような存在ではないという所々に挟んでいた言葉が示している。
誰であれ、親しい人間にとっては特別であり、他人からすればその親しい人間はやはり他人でしかなく、目に見えた『違い』は差別の対象となる。
リーシェルは他の暴れているパイド・ライダーの一員と弟が同じだと認めたく無かった。街の人間もそうだろう。
あいつらとは違う。その『あいつら』という一人一人の眼差しの裏にはどこか見下しや無知ゆえの加害性がある。
だが、シルバはとても説教をする気にはなれなかった。
いくらここが比較的安全な場所とは言え、現代の日本、地球ほど人々の生活が安定しているわけではなく、弱者を社会全体で支えるという土台があるわけではない。
大国、アメリカでさえ貧富の差が激しくシリアルキラーが大量に生まれる社会だ。
祖国の為貢献した退役軍人の職も医療も充実していないとシルバはアウルムから聞いたことがある。
自分が生きるのに必死な世界で他よりも劣った存在と考えられてしまう者たちへの風当たりを変えろと叫んだところで何の意味もない。
理想論、偽善者でしかない。
ましてや、それが良くないという考えを伝えたところで理解されることすら難しいだろう。
リーシェルや街の人間はただ知らないだけなのだ。そこを上から目線で間違っていると怒鳴りつけても仕方がない。
何ならこの街はまだマシな方だ。
この街の人間も、パイド・ライダーになったリーシェルの弟も悪ではない。
一人の男によって唆されただけだ。
だが、その一人の男、マキナも同じような体験をして生まれたブラックリストの勇者でしかないとしたら?
様々な思考がシルバの中に駆け巡り、しばらくの間何も話さなかった。
「あっ……あいつらが捨てていった鉄の馬が一つあるよ! 壊れてるみたいだけど……良かったら見てみる?」
「そうやな見してもらうわ」
もやもやとした気持ちは晴れないままだが、このまま何もせずにはいられないシルバは立ち上がった。
そしてアウルムのように冷静に知り得た情報からプロファイリングを進めていく。
キーワードは『障害』。思えば、街の外に晒されていた死体はバラバラにされていた。
あれは、身体的な障害を車裂きにして再現しているのではないか。
そんな考えが浮かぶ。
そしてパイド・パイパー……ハーメルンの笛吹き男といえば、ネズミ退治をした笛吹き男が約束を反故にされた報いとして、街中の子供を連れ去り二度と戻ってこなかったという話。
しかも、連れ去られなかった子供たちは目と耳が不自由な者たちだった。
この伝承と自身をマキナは重ね合わせていると考えて良いだろう。
ただし、ハーメルンの笛吹き男とは逆に障害者を連れていっているというところか、マキナにとって障害というのは強い意味のある要素だ。
マキナ自身に障害があるのか、あるいは日本に置いてきた家族や近しい人間に障害があるのか。
マキナは屈強な体つきではないだろう。過度な暴力性、マッチョイズムを見せるのはそうした『力』に憧れがあるものの裏返しの行動だ。
とすれば、マキナ自身がやはり障害を持っていると考えられそうだ。
性的な要素がなく、あそこまで残虐な殺し方をするというのは恐らくは深い燃えるような怒りから来るものだ。
その差別に対する長年の思いがストレス要因だろう。
殺された者は日常的に差別的な行動をしていたとリーシェルは会話の中で認めている。
だから、街の人間はこれ以上悪く言えないという心理も働いたと考えられる。
シリアルキラーの分類として、秩序型、無秩序型があり、更には動機が四つに分類される。
・幻想
・使命感
・快楽
・力の誇示
の四つだ。
これらの動機を複合的に持つシリアルキラーもいる。
マキナは無秩序的で、動機は差別した者を消す『使命感』、あるいは障害者だと軽んじていた者に対する『力の誇示』に分類されるだろう。
最終的にどうしたいという願いは見えず、怒りから場当たり的な行動をしている。
この街にも移動した先にたまたまぶつかり、アラアバブの障害のある子供を襲ったと思われる。
(説得に応じるタイプちゃうやろうなあ……ガキ殺すのも嫌やし……やり辛いわ)
頭を掻きながら鉄の馬のある場所へと案内されていった。