6-2話 パイド・ライダー
人が出歩いていない。それどころか、本来いるべきはずの門番すらいない。
大抵の街にはシャイナの王都ほどでないにせよ、外敵から守る為の壁があり、門がある。旅人や商人は金を払い街に入る。
そうでもしなければ治安の維持が出来ない。
だと言うのに、門番がいないとはどういうことか。訝しみながらシルバとラーダンは街の中に入るが、人の姿が見えない。
「気配はある……」
ラーダンが、建物の中に人はいると言うので、どうやらゴーストタウンと化している訳ではなさそうだ。
ということは、やはり何かから隠れるようにして窓も、ドアもしっかりと施錠し出歩くことを忌避している理由がある。
「何が起こってるのか話を聞きたいところやけど……これじゃあよそ者の俺らは相手にされんかもなあ」
「やはり、ここは冒険者ギルドに行ってみるべきだろう。あそこならば情報が集まるはずだ……一体何がどうなっている? 私の知っているアラアバブとはまるで違う……」
「行ってみるか……」
アラアバブの街は砂漠のど真ん中にある巨大なオアシスから作られた街であり、中心部に湖がある。
植物も豊かに繁殖しており、粘土や石で作られた建物が密集して立ち並ぶ。
人が居ないという点を除けば美しく魅力的な土地だ。
「ここだ……どうやら人は居るようだぞ」
「冒険者ギルドは世界中にあるって聞いたけど、土地によって全然雰囲気違うな〜邪魔するでえ」
「邪魔するなら帰れ!」
「あらら定番の返しやけど……」
「また来たのか! パイド・ライダーのクソどもめ!」
シルバに罵声を浴びせたのは17歳くらいの褐色の肌、ピンクの瞳、ピンクの長い髪をした女の子。
白い薄い素材のドレスのような服装に腰に黒いベルト、髪にも黒いスカーフを巻いており、この地域の標準的な女性の服装をしている。
「弟を返せッ!」
「え〜と、俺らのこと誰かと勘違いしてんのか知らんけど、旅の者や。どうなってるんやこの街は」
「えっ!? パイド・ライダーの連中じゃないの!? ご、ごめんなさい私ったら……」
「その『パイド・ライダー』ってのは何や? この街の状況と関係がありそうやけど」
そこに奥から一人の男が現れる。
「どうしたリーシェル……奴らがまた……おん? 旅の人か? ランクは?」
「ギルドマスターか? 俺はシルバ、Aランク冒険者。こっちはラー……」
そこまで言いかけて、シルバは考える。ラーダンの名は有名だ。明かして良いのだろうかと。
「……ランス。Eランク冒険者だ」
「Aランクと態度だけは大物のEランクか……また奇妙な組み合わせだな。俺はベスティ、ここのギルドマスターをやっているものだ」
(お前、Eランクなんかよ!?)
(身分証として発行しているだけで依頼はこなしていないからな)
ラーダンはランスと名乗り、堂々とした態度でEランクを宣言する。はたから見れば自信だけあるど素人のアホにしか見えない。
「久しぶりの冒険者にちっと期待したがAランクとEランクじゃあなあ……」
「言っておくが、私はこいつよりも強い」
「ベスティさん、まあこいつの言うてるのは嘘ではないわ。行きずりの関係で行動を共にしてるだけやからパーティではないけど、強いのはマジや」
「Aランクが2人に増えたところでどうにもなんねえんだけどな……まあ、事情くらいは話してやるよついてこい。リーシェル、悪いが飲み物を用意してくれ」
「分かりました」
ベスティはモサモサっとしたボリュームのある黒い髭を触りながら、テーブルに案内をする。
「さて、お前らパイド・ライダーって聞いた事ねえか?」
「……いや」
「そうか。大体どっから来た? この辺りの地域を荒らしまわってる集団だから聞いた事ねえってことは外国から来たのか? にしては言葉がしっかり通じてるな」
「昔、来た事がある。正直な話、私たちは敵との戦いで魔法によって砂漠の中に飛ばされた。比較的街の近くに飛ばされたおかけで助かったが、もう少し遠ければ死んでいただろう。
だからこの場違いな格好をしている」
「ふ〜む魔法ねえ……まあ早い話、お前らが奴らの仲間じゃないか疑ってるんだが、作り話にしては適当過ぎるし、あいつらの雰囲気とも違うから信じてやろう」
ラーダンの説明をベスティは腕を組みながら口を尖らせて聞いていた。
「そんで、さっきから言うてる『パイド・ライダー』は何なんや?」
「勇者の一人がリーダーをやってる疲れ知らずの鉄の馬に乗った気持ち悪い集団……盗賊団のことだ。
数ヶ月前にこの辺りに流れ着いて子供の何人かを攫っていきやがった。
そんで……攫われた子供は奴らの仲間になっちまってるんだよ。全く、どうやって言いくるめたのか知らねえが同郷の奴らを殺しやがった……ほんとに信じられねえ」
シルバとラーダンは目を合わせた。やはり勇者の関与があるこの一件。どう対処すべきか、無言の会話があった。
「その勇者の名前は?」
「名前は知らねえよ。仲間からリーダーとか、ボスとか呼ばれてるからな」
「クラウンとは呼ばれていなかったか?」
「い〜やクラウンとは呼ばれてねえし名乗ってもいねえな。誰なんだそいつは?」
「私たちが探している勇者だ。知らないなら良い」
「で、その集団のリーダーだが確か……ああ、そうだ『マキナ』、そんな名の男だったか」
パイド・ライダーなる鉄の馬を走らせる集団の頭目、マキナ。
シルバはその名を知っている。ブラックリストNo.7のマキナ。殺人、誘拐、強盗をしている凶悪犯だ。
詳しい情報は不明だが、それだけは知っていた。まさかこんな砂漠に居たとは。
3ヶ月ほど前、突如アラアバブに奇妙な笛のような音が鳴り響いた。
聞き慣れない音は砂漠のどこからか突如として響き出し、砂煙の大きさから住民たちは嵐が来たと思った。
鉄の馬による物凄い機動力、そして統率された集団はあっという間に街を占拠した。
そして、この街に住む全ての子供を前に出させ、数人だけ選び連れて行った。
しばらくして、連れ去られた子供はパイド・ライダーの一員となり街を襲った。無理やりやらされているような素振りもなく、むしろ率先して略奪や暴行を繰り返したと言う。
彼らが奪ったのは子供に加えて水、食糧、薬、家畜、そして植物の種。
定期的にそれらを調達しに街に来るようになった。
「一つ気になることがある。奴らはどこで生活している? 何故この街を支配する力がありながらこの街にいつかない?」
「せや、この砂漠はモンスターが多い。聞いてる話やとガキの集団がやっていけるほど安全ではないやろ」
「何故か? そこは俺たちにも謎だ。ただし、根城にしてる場所は想像がつく。ここから歩いて3日ほどの距離に退魔石の採れる遺跡がある。
不思議なことにモンスターが嫌がる石がいつの間にかゴロゴロと溢れ出す場所だ。偉い学者が言うには魔力の溜まり場になっているようなところは不思議な現象が起きる事があるらしい。地元の俺らはバムッカ神殿って呼んでるんだがな」
魔力の溜まり場、これもシルバは知っている。小熊族の集落がまさにそうだ。地球の常識では計り知れない不思議なことが起きるのがこの世界だ。
モンスターの嫌がる石が溢れる場所だってあってもおかしくはない。
「……あそこに行くまでの道中に特にモンスターの出る道、『デスロード』があったと記憶しているが、あそこを突破して毎度往復しているのか? 不可能……ではないが、リスクが高いだろう」
「積んでんだよ。退魔石を鉄の馬にな。そうすりゃあいつらはこの砂漠で最速にして無敵だ。いくら足の速い冒険者だって疲れ知らずで走るより速い鉄の馬には逆立ちしたって勝てやしねえ。
飛び道具は風が強いから役に立たねえ。火魔法を使ってきてもこっちは水魔法が使えねえ。不利な戦いを強いられる。
このままじゃ、そのうちあいつらに皆殺しにされちまう。門のアレ見ただろ? 逆らったやつらだ」
「てーことは、なんや? ラー……ランス、お前の言ってた石ってそれのことやろ? そいつら潰さんことには採掘出来ひんやんけ」
「そのようだな、潰しておくか」
「そんな簡単に言うけど出来るかあ?」
「おいおい! 二人じゃどうにもならねえよ! モンスターよりも狡猾なんだぜ!?」
ベスティの言う通り、何度もモンスターの襲来を潜り抜け、やっとの思いでアラアバブまでたどり着いた。
それに加えて、砂上を高速移動する車に乗った集団を相手するのは一苦労だろう。
「ちょっと待って! ギルマス! 私の弟もいるのよ!? あの子に何かあったら私……」
リーシェルはベスティの後ろで話を聞いていたが、前に乗り出し、バンッ! っと机を叩いた。
「そうは言ってもそのアメド本人が殺しに加担してんだ。これ以上街の人間が殺される訳にはいかねえだろうが……こんなことお前に言いたくはないが、住民の感情としては厳しいものがある。世話してもらった分際で街に対して恩を仇で返すなんて許されねえってな……そりゃ俺だってアメドが正気に戻ってくれるのが一番だとは思うがな……」
何より、相手にはこの街の子供もいる。殺さず無力化してマキナだけ倒す。
とても現実的ではない。
リーシェルの弟が何故悪の道に走ってしまったのか、それはまだ分からないが何かがある。心理的な抵抗はあるはずだし、洗脳されるにしても期間が短い。
元々この街に恨みを抱くような何かがあったと考えるべきだろう。そう思うと、一方的にこの街の人間の味方になるのも如何なものかとシルバは判断に迷っていた。
「それは冒険者ギルドからの盗賊団の討伐依頼、そう考えていいのか?」
「というか今はそれ以外の依頼は出せねえ。路銀か、退魔石か、目的は知らんが無い袖は触れねえよ。まあよそもんのあんたには関係のない話だから、こんなキナくせえ街は水でも何でも買って出ていく方が良いんだろうがな」
「ちょっと考えさせてくれ。ランス、行くで」
「……分かった」
シルバとラーダンはギルドを出る。
「まずは買い物がてら聞き込みや。情報が足りひん」
「奴らの根城にいって壊滅させるのは容易いと思うが? 子供を手下にしている勇者などさほど強くないだろう」
「アホか。まず犯罪したからって問答無用でガキ殺すってのはどうかと思うで。勇者のユニークスキルで操ってる、そんな可能性だってあるんやから。それに俺らとパイド・ライダーが入れ違いになった場合が最悪や。
防衛の面を考えてもどっちかは残るべきやな」
「それは……うむ、そうだな」
な〜んか隠しとる気がするんやけどなベスティ。
そんなシルバの独り言をラーダンは聞き漏らしていなかった。
「うお〜凄い涼しいぞこの素材!」
「久しぶりの客人だサービスするよ!」
シルバは服屋で、この地域に合った服の試着をしていた。滑らかな手触りで通気性もバッチリ。
寒くなる夜には日除けとなるマントが身体の熱を逃さない。
元々やや褐色な肌の色をあって、服を変えれば現地の人間のように見える。
「おばちゃん、パイド・ライダーについて知ってることあったら教えてや」
「……さあ、よく分からないおぞましい連中さ」
先ほどまで愛想の良かった服屋のおばちゃんは苦笑いで口をつぐんだ。
「じゃあ連れてかれた子はどんな子たちなんや? 悪ガキとか、貧しい家の子か?」
「別に悪さするような子たちじゃなかったよ……今でも信じられないよ。隣の家の息子も連れて行かれたさ。昔から皆が世話してやってた大人しい子だったんだけどねえ……」
聞けば、この街では血の繋がっていない子供でも自分の子供のように皆が協力して育てるという風習があるので、貧富の差によって苦しい思いをすることはないらしい。
(じゃあ子供を選ぶのには社会的な階級以外の要素があるんか?)
被害者学──アウルムからプロファイリングの講義を受けたシルバは、逆らい殺された街の人間よりも連れ去られた子供をまず被害者として分析をしようとしていた。
マキナと呼ばれる男はカリスマ性のようなものがあり、集団を統率している。
そうした集団を率いるにはリーダーシップやカリスマ性が必要であり、通常は社会から爪弾きにされた孤立したものをターゲットとして仲間に引き入れる。
だからこそ、スラムのストリートチルドレンのような者を集めたのかと思ったが違った。
大体、姉のリーシェルは別に貧民ではないのは見た目から分かる。
必ず、共通した特徴があるはずだ。マキナの好み、傾向が無意識のうちにでも出てくる。
だが、街の者に聞き込みをしても似たような答えが返ってくる。別に悪い子ではなかった、と。
「嘘をついているな」
「それは分かってる……でもなんで嘘をつくんやって話や。同郷やから庇ってるんか、あいつらに脅されて言えへん事情があんのか……とにかく、無理やりにでも聞き出すのは無理そうやし悪手やろう。
ここの人間と敵対関係になるのは調べる上でも都合が悪い」
シルバの詮索に明らかな警戒の態度を見せている以上、聞き込み調査は無駄だろうと今日のところは打ち切り、宿に泊まり、アウルムとの定時連絡の時間を待った。