6-1話 砂漠の移動手段
お待たせしました。本日より6章、連載再開させていただきます。
人の気配を僅かに感じるとラーダンの言う方向へ歩き続けるシルバ。
「だぁ〜! クソ暑い!」
「肌を晒すな。それだけで無駄な体力を使うことになる」
「へいへい」
砂漠において一般的な夏の格好をするのは日光で体力を奪われてマズイ。しかし比較的に寒い地域にいたシルバは砂漠地帯に適した服を持っておらず、長袖のシャツ、長ズボンで移動していた。
水、食料はアウルムから支給されているので問題がないが、街についたらまず涼しい服を買おうと思った。
何もない土地。都会育ちのシルバは何もない景色が延々と続くこの世界での旅は最初は度肝を抜かれたが、それでも木や、山、川、少なくともシャイナ王国内では多少の変化があった。
しかし、ここは広大なカッサ大砂漠。砂しないのだ。
目印、目指す場所の標識、そのようなものも一切なく、一人であればまず間違いなく迷うだろう。
どれだけ歩いても砂、砂、砂。
もう、疲れた。足は動くが歩きたくない。どれだけ歩いてあとどれくらいなのか、何も分からないというのは想像以上に精神的に負担をかけていた。
車……いや、せめてバイク、モーターのついた乗り物で走り続けてないとこれは無理だ。鈍い馬車なんかじゃあ話にならない。
馬だってこの気候じゃすぐに倒れる。となるとラクダか。
砂漠の定番の移動手段はラクダだが、体力的にラクダよりも自分で歩いた方が早い。アイテムボックスがあれば荷物も乗せる必要がない。
必要なのは、この馬鹿げたスケールの砂漠の中を疾走出来る乗り物だ。シルバはそんなことを考えていた。
「ワイバーンとかで移動出来ひんのか?」
「この地域にはワイバーンは生息していない。ワイバーンのような亜龍種は砂漠トカゲくらいだろう。あれは地中を移動するから我々が乗るには向いていない。
砂漠の移動手段は徒歩かテイムされたモンスター、それに引かせた馬車くらいだが、遅いぞ」
ラクダもいるにはいるが、弱過ぎてモンスターの跋扈するこの世界では格好の獲物らしく、街中の移動手段であり外で移動するようなものではないとラーダンは言う。
「そう文句を言うな。水と食料が無尽蔵に手に入るだけ贅沢なものだ。君たちは砂漠地帯に拠点をおけば莫大な富が手に入るほど貴重な能力を持っているのだぞ」
「今は金なんかあってもしゃーないやろ! 時々襲ってくるモンスター以外刺激、娯楽がないのがキツ過ぎる!」
「いや金は必要だ。バスベガが合流地点であれば大量の金をこの道中で稼いでおく必要がある」
「あ〜聞いた聞いた。客として入るには金がいる。飯も遊びもとにかく物価が高い。金持ち、犯罪者の集まる特殊な場所なんやろ。
でも俺らに商人の真似事なんか出来るか? アイテムボックスなんかおいそれと出せるもんじゃないしな」
「……では冒険者として稼ぐか」
「それしかないやろ。ラーダンはどう考えても喋るの得意なタイプとは思えんしな。街でデカい依頼受けて稼いで、バスベガで豪遊や」
「遊ぶつもりか」
「地上の楽園、世界最高の遊び場なんて言われてる街やで? 遊ばんかったら損やろ。こんな砂漠男二人で歩いてるんや。ハメ外す目標なかったら死んでしまうわ」
「そう言うものか……そうだ、我々は今アラアバブという都市に向かっている。その地域でしか取れない貴重な素材があるから確保しておこう」
「へえ? どんな素材なんや?」
ラーダンは思い出したように足を止めて振り返りシルバに説明を続けた。
「まあ、簡単に言えば『魔除け』の効果のある石だ。その石があるからこそ、このモンスターのいる砂漠地帯で安全に生活出来る場所が確保出来る。
問題は売買が特権階級でないと不可能であり、我々のような平民では危険な場所に自ら取りに行くしか方法がないということだ」
「ようは特権階級の為に、冒険者とかが命懸けで取りに行って石の代わりにデカい金をもらえるってことやろ?
で、売買は出来んけど個人で使う程度ならリスクのリターンとして石を拾うことが出来ると……」
「まあ、個人が依頼の分も込みで持ち帰れる量などたかが知れているからな……だが」
「俺か」
シルバのアイテムボックスがあれば荒稼ぎが出来る。その国で売買は出来ずとも捌くルートはある。
それを利用して稼ごうではないかとラーダンは言った。
***
砂漠を歩くこと3日。景色に変化が現れた。
遥か遠くではあるが、ここからどれほど遠いのかすら見当もつかないほど小さくではあるが、人工物らしきものが黄色の地平線の先に見えてきた。
「おおっ! 街や!」
「落ち着け……蜃気楼だな。まだ3日はかかる距離だろう」
「嘘やろ!? そんなかかるんかよ……もう野宿嫌やって〜」
シルバはガックリと項垂れ、膝を落として砂に沈んだ。
「ちくしょ〜水浴び、娼館、酒……待ってやがれ〜! 」
「向かっている先はオアシス都市、アラアバブだ。あそこは砂漠とは思えぬほど水と自然が豊かで食事も質が高い。独特の香辛料がクセになる。数年ぶりだが、あの店はまだやっているといいが」
ラーダンもまた、街が見えてきたことで少し気が緩んだのであろう、珍しく娯楽に期待をするような顔をする。
そんな事を考えでもしないとやっていけないほど、この砂漠の変わらぬ景色というのはストレスである。
「……あ、これはあった。吸うか?」
「葉巻きか。一つ頂こう」
「行けるクチか」
せめてもの嗜好品、葉巻きを加えて煙を吐きながら砂漠を歩いていった。
「ん?」
「何かあったか?」
「いや……なんか太陽の光を反射してキラッと光ったもんがあった気がしてな」
「……冒険者か商人の落とし物だろう。武器の類ではないか」
「一応確認してみようや。なんか起こらんと退屈やし」
「それもそうだな……近くにモンスターの反応はない。安全なはずだ」
シルバが目にした光った物体の方向に歩いていく。
「これや! ってこれなんや?」
金属の板のようなものが砂に埋まっているのを発見した。
「あっつ!?」
「日光で熱せられているのだ、当然だろう」
素手で金属の板に触れると火傷しそうなほどの熱さを感じてシルバは手を引っ込めた。普通に考えたらそれくらい分かるのだが、暑さによって判断力が鈍っているのだ。
「ん……おいおいこりゃあ……」
「何かの部品か?」
ラーダンはそれが何かは分からず、眉間に皺を寄せるだけだったが、シルバには分かった。
砂で塗装が剥げて部分的に錆びているが、取っ手がついている。おおよそ1m四方の金属の板。
そう、車のドアの部分がこの砂漠に転がっていたのだった。
(なんでこんなもんが……まさかこの世界は未来の地球で実は猿の惑星的なオチ……ってどう考えても勇者関係やんなあ)
この異世界の文明から考えればおおよそあるはずのないもの。その一部がこんな辺鄙な場所に落ちている。
ともすれば、ブラックリストかどうかは分からないが、少なくとも近くに勇者がいた、あるいは通ったことがあるというのはまず間違いがない。
(これはアウルムに後で報告やな)
日付の変わる0時に定時連絡を行うことにしている。その時にでも相談しよう。シルバは忘れないよう頭の中にその事を留めておく。
「で、何か分かるのかこれが」
「勇者の国の乗り物の部品やと思う。似たようなのを見た事がある」
「馬車のようなものか」
「せやな……ただ、生き物に引かせたり乗ったりするわけじゃない。マジックアイテムに近いな。魔力を動力にして動き続ける。そんな感じのもんや」
「ほお、それは便利だ。勇者から持ち込まれた文化は世界中に広がっている。私が知らぬうちにここでもその勇者の乗り物が使われているようになっているのかもな」
「ってだけならいいけど……正直、勇者ってだけであんまり良いイメージないからな」
「ともかく、街につけば分かることだ。流石の私もこの砂漠にはうんざりしてきた。ヒカル・フセめ次に会ったら殺してやる」
「ああ、ケジメはつけさせるわ。砂漠に縛って埋めたろ! ホンマに腹立つわ」
シルバはドアをアイテムボックスに念の為入れておいた。自分では何も分からないが後でアウルムが解析して何か分かるかも知れない。
アイテムボックスの共有は最初はプライバシーの侵害だとか、抵抗感があったが闇の神には感謝している。
その後は特に異変などなく、ただひたすら街の方に向かい二人は進み続けた。
***
そして3日後、ようやくアラアバブの街の前にたどり着いた。髪も、皮膚も、服も砂まみれで日本人的な感覚を持つシルバとしては一刻も早く水浴びをして、このザラついた全身を綺麗にしたかった。
「やっとや……はあはあ……」
「変だ……」
前のめりに街の入り口に向かうシルバに対し、ラーダンは足を止めて街に入ろうとしない。
「はあ? 取り敢えず入ろうや疲れたって……」
「耳を澄ませろシルバ」
「…………何も聞こえてこんけど?」
「そこだ。不自然に音がない。以前来た時は規模は小さいながらそれなりに活気のあった場所だった。『何か』があったはずだ」
「だから、その『何か』を知る為にも取り敢えず街に入る必要あるやろうが! いくぞ!」
「うむ……」
気乗りしていないラーダンを半ば無理やり引きずるような形で街の入り口に向かう。
そして、二人は街がどうなっているのかを知る。
「な、なんや……!?」
「処刑だな……」
入り口の門の前には老若男女問わず、無惨な姿にされ、壁から吊るされた死体が並んでいた。
この世界で死体を晒し物にして、見せしめにするという文化は残っている。気持ちの良いものではないが、それだけで今更驚くほどシルバはこの世界に慣れていないわけではない。
街から街へ移動すれば度々目にする光景なのだ。
しかし、その死体たちの状態が異様だった。
死体は一人ずつぶら下がっているわけではなく、『パーツごとに』ぶらさがっている。バラバラの死体だったのだ。
そしてシルバはつい先日、その死体たちと同じ運命に遭いそうになったことを思い出す。
ニノマエの『デュオメデス』による車裂きの刑。まさにその結果による状態ではないか。
車裂き、そして拾ったドア、これは偶然だろうか。
そんなはずはない。必然的にシルバにある一つの推理が導き出される。
(車を使う勇者がコレやったんちゃうか……)
静か過ぎる街。ラーダンの言う通り『何か』が現在進行形で起こっている。
「行こか、ラーダン……確かに、このアラアバブでただならん事が起こってるみたいや。俺が思ってた暇つぶしってこういうことじゃあないんやがなあ……まあ、退屈はしなさそうやで」
「私は暴れるのが好きなわけではないが、王都では少々鬱憤が溜まっていたからな。暴れる場所と機会が与えられるのであれば、やぶさかではない」
ラーダンは苛立ちの混ざる凶悪な笑みを浮かべた。
pvが伸びていたので何事かと思ったらどうやら、スコ速さんでご紹介いただいていたみたいです。ありがとうございます。