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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-24話 亀裂



 その日、王都の大地が揺れた。爆発などの瞬間的な空気の振動ではなく、大地そのものが揺れた。


 何が王都の大地を揺らしたか──怒り狂うカイト・ナオイ。たった一人の手によるものだ。


 ニノマエを殺し、嫌な予感がしながらも勇者たちの墓地へ向かった。


 死屍累々。悲惨な光景がカイトたちの目に飛び込む。


 しかし、カイトの意識が向かったのは死体ではなかった。転がる死体を無視して一言も発さず、墓の中に入る。


 そう、入れてしまうこと自体が異変なのだ。ここは常に墓守りによって管理されている。彼の持つマジックアイテムによる結界のせいで勇者であろうと墓守りの存在なしには侵入が出来ない。


 墓守り(グレイブ・キーパー)──本名をマモル・ハカタといいカイトのクラスメイトであった、秘密の番人、そしてパーティメンバー、ヒカルに次いで信頼をしていた人物だ。


 カイトの仲間だった、エリ・イケダは魔王との戦いで死亡した。


 失意の中にあったカイトだが、彼女の遺体を持ち帰り埋葬はしなかった。


 墓守りのユニークスキル『メモリー・ジュエル』はあらゆるものを手のひらサイズの宝石に圧縮、変換が出来る。


 また、宝石となったものは一切の劣化をせず、墓守りのアイテムボックスの制限にも影響が出ない。


 墓守りはこのユニークスキルによって圧倒的な兵站力から勇者たちを後方支援していた。


 カイトはエリの遺体を宝石に変え、墓守りに保管させていた。墓場にある墓標は象徴的な場所に過ぎない。


 ──何故、そんなことをしたのか?


 カイトはこの魔法の存在する異世界であれば死者さえ蘇らせる方法があるはずだと考えたからだ。方法を見つけたとして、蘇生させる為の肉体を土葬や火葬にやって失うことを嫌い、宝石にして半永久的な封印を墓守りに任せた。


 墓守りのアイテムボックスにしか入らない。という能力の制限があったとしても、とても、気軽に持ち歩けるようなものではないからだ。


 最高警備の墓場、そして信頼出来る墓守りに任せた方が良い。そう判断した。


 ただ、自分も警備をする必要がありカイトは王都から出られなくなっていた。そのカイトの代わりに他国を駆け回り外交を担っていたのがヒカルだ。


 故に、ニノマエの死者を生き返られることが出来るという話には多少心が揺れた。だが、自分たちを犠牲にしてエリが喜ぶはずがない。

 そういう女ではない。そのエリへの無理解がカイトを怒らせ、ニノマエは首を刎ねられた。


 墓場の光景を見て、カイトは理解した。


 ヒカルたちと思われる死体がない。ステータスの交流欄からも名前が消えていない。


 であれば、少なくともヒカル、墓守りはカイトを裏切っている。


 そして何より、愛するエリの遺体が裏切り者に奪われた。


 この事実を認めたくなかったが、調べれば調べるほど疑念は確信へと変わる。完全な裏切りという結論に至った時──墓を中心とした半径50mの周囲の土地が喪失した。


 深い深い、底の見えない暗い闇となるほどの穴が生まれた。


 これ以上、誰にも墓を荒らされないように、カイトが墓場を切り立った崖の如くカットした。その衝撃で王都は揺れた。



 ***


「殿下、すみません……カイトはちょっと話せる状態じゃなくてですね」


「分かっている。ヤヒコ、其方も心中穏やかではないは理解しているが……まずはその『糸』をしまってはくれぬか」


 ヤヒコの背後には真っ黒な闇の糸が大量に出ている。妙な真似をした人間、全て殺すと言わんばかりの怒気を込めて。


 フリードリヒはそんなヤヒコに対して極めて冷静な態度を取った。彼もまたヒカルたちに裏切られ青天の霹靂を味わって内心は穏やかではない。


「この際、ハッキリしましょう。この国は俺らの敵か味方か」


「当然、味方だ」


「そうすか? なら何故この国の貴族がニノマエを手引きした会長に土地を貸していたんだ? そういう話が上がっているが?」


「トラウト卿……いや、ヤヒコ、それはお互い様であろう。何故ニノマエを勇者であるヒカル・フセが手助けをしていた。

 我々は裏切られた者同士だ。仲違いをしている場合ではない」


「勇者の裏切り者は既にどこかに消えた。だが、この国の貴族はまだあいつらの仲間かも知れねえ。ハッキリさせねえと怒りで眠れそうにねえよ……」


 最早、王族に対して敬意を示し丁寧な言葉を使うことすら忘れるほどにヤヒコは怒っている。


「分かった……この国の根幹が揺るがされたのだ。清算するべきだとは私も思う。真偽官を使ってヒカル・フセ、及びニノマエとの関係がないかを洗う。これで良いか?」


 真偽官とは、嘘を見抜くスキルを持った集団であり極めて重要な裁判などにおいて使われる。その正確性から運用は極めて慎重に行われ、貴族であれば誰でも叩けば埃が出る。

 質問の内容は非常に限定され、事前に綿密な打ち合わせが行われる。


 誰かを恣意的に断罪させないよう、問題となった部分にだけ焦点を当てた質問をする。


 詐術のようなスキルを持っていない限りは背後関係は明らかになる。


「……良いだろう。だが、結果によっては貴族のみならず、全ての勇者がこの国を出るということを頭に入れておけ。

 俺らは本来この国の身分制度とは関係ない存在だ。義理でここに居座っているが義理を通せないなら終わりだ。

 カイトがいるからこの国に居る奴も多い。カイトが抜ければ滅ぶだろうが、それは俺たちには関係のないことだ」


 ヤヒコはそれだけ言い残してフリードリヒの前から消える。ヤヒコの通った場所は全て糸でズタズタに切断され、糸で圧壊させられ、嵐が通ったかのような荒れ具合だったが、ヤヒコに対して苦言を呈する者は誰一人居なかった。


 ***


「良かったのですか、あのような狼藉を働かせて……」


「いや、多少八つ当たりはされたが、トラウト卿の言うことはもっともだ。

 この国に膿があるならば出し切らねばなるまい。

 そして勇者とは彼の言う通り本来、其方たちと違いこの国に生まれ生かされてきた民ではない。王族に傅く義理がない。

 むしろ、こちら側の勝手な都合で異世界から無理やり拉致したようなものだ」


 ヤヒコたちは我々の面目を立たせる為に敬意を持って接してくれているに過ぎないとフリードリヒは力なくこぼす。


「殿下……」


 そこに一人の文官が近付いてきて耳打ちをした。


「ん? 何だ今度は……何ッ!? 間違いないのか!?」


「はっ……加えて、囚人たちの暴動が起きて看守が人質に取られ、『奈落』は占拠されています」


 フリードリヒに伝えられた報告。王都の地下深くに隠された犯罪者収容施設『奈落』の看守の一人である勇者、シュラスコの姿が消えた上、奈落は犯罪者に制圧されたと。


「い、いかん……シュラスコは外に放って良い存在ではない……ヒカルはあやつまでも仲間に引き入れているのか……!」


 シュラスコ──本来、勇者は犯罪の取り締まりなどを行う立場にない。国の自治はこの国の者が行う。

 だが、極めて凶暴で残虐な性格を持つシュラスコに限っては勇者としても扱いに困り果てていた。


 だが、拷問という一点において卓越した才能を見せ、拷問によって得られる情報、犯罪の抑止力を対価に、地下に監禁すると共にオモチャを与えていた。あれを解き放ったというのは信じられない。


 犯罪取り締まりの長を担うフリードリヒは当然シュラスコの所業を把握している。だからこそ、絶対に奈落からは出してはいけないと誰よりも知っている。


「この数日でどれだけの失態を重ねれば良いのだ……これでは王位継承は難しいな……しかし、そうなれば兄上が時期国王……いやッ! それだけはならんッ……!

 あれは王の器ではないッ!

 ……この国は既に沈みゆく船なのかも知れぬ……」


「殿下ッ! お気を確かにッ……!?」


 フリードリヒはその場に崩れ落ちた。従者たちは慌てて彼の身体を支える。


 無理もない、誰よりも精神を磨耗しているのはフリードリヒだ。もう既に3日は眠っていないのだから、体調がおかしくなっても当然だ。


 しかし、フリードリヒは足に力を込めた。


「まだだ……王族としての勤めを果たさねばならん! 地べたに這いつくばっている場合ではないッ……!」


 キッと目を開け、歯を食いしばった。


「ここで私が倒れればこの国は本当に沈むッ!」


 ***


「えぇ〜ッ!? お師匠とシルバがカッサ大砂漠にぃ〜ッ!?」


「声がデケエよ」


 ニノマエとの戦いを見届けたアウルムはミアと合流して、ことの顛末を話した。


「ああ、だが取り敢えずはあいつらなら大丈夫そうだ。支援物資も送るしな」


「どうやって? こっから向かう間には干からびてると思うけど?」


 アウルムは迷った。シルバがこの場にいない以上、口約束は単なる口約束でしなく、何ら拘束力が発生しない。


 連絡が取れる。それ自体はマジックアイテムにそういうものがある。で通る。


 だが、アイテムボックスの共有は説明が難しい。馬鹿相手ならいくらでも誤魔化せるがミアを騙すのは不可能だ。


 しかしながら、シルバとラーダンが転移させられた以上、ミアと今後行動を共にするのが妥当な選択である。


「俺には空間系の恩寵がある……シルバのいる場所へは行けないが、物を送ることは出来る」


 これがギリギリだった。


 むしろ既に調査官であることも明かし、ユニークスキルを恩寵としてバラすのも喋り過ぎだ。


「ふ〜ん、で、これから私たちはどうするの?」


 ミアは思いの外冷静かつ、呆気ない反応をした。


 手を後ろで組んでやや胸を強調するポーズで前屈みになってアウルムに聞く。


「この国と砂漠の中間地点で落ち合うのが効率がいいと思う。ただ、俺はしばらくこの国でやることがまだ残っているから滞在するが、俺がいないと合流が難しいだろうし……」


「分かった〜じゃあこれからよろしくね!」


「よろしくねってお前と行動を共にするのは俺としては都合が悪いんだが……」


「情報収集なら私も手伝えると思うけど?」


「いや、前から潜入するべき場所に当たりをつけていて女には絶対入れない場所なんだ」


「どこ? 娼館?」


「いや……」


 アウルムは地面を見る。正確には地面の奥底、地下にある秘密の監獄──奈落だ。


「へえ、あの噂は本当だったんだ」


「あるらしいんだが、正確な場所やルートは分からない。しばらくは探索になる。お前は地上で引き続き全体的な動きを調べてくれ」


「でも何で? 何の用があるの?」


「……KTと呼ばれる犯罪組織の頭目となった勇者がいる。元々あった組織を乗っ取ったんだが、その元頭目が捕まっているらしくてな。話を聞きたい」


「あ〜聞いたことあるねそいつ。クラウンについて知ってるかな?」


「かもな、悪人の情報なら悪人に聞くのが手っ取り早い。

 ……ところで、ミアはラーダンの記憶を戻す手助けをする為だけに旅をしているのか?」


「私には私の旅の理由があるよ。お師匠は成り行きで一緒に行動してるけどね」


「どんな理由か聞いていいか」


「…………秘密。まだね」


 ミアの顔に影が差したように見えたが、気のせいかと思うほど次の瞬間にはいつも通りの笑顔になっていた。


「そうか、まあ詮索はしないが互いの邪魔にならん為にもある程度目的の共有はしておきたいからな」


「いずれ時が来たら教える……多分ね。でもアウルムたちのやろうとしてること何となく分かってるし……もしかしたら同じところに辿り着くかもね」


「……勇者……いや、なんでもない。取り敢えず、一月は王都にいるだろう。シルバたちとは北東の不夜城──バスベガ自由都市で合流するつもりだ。あそこは犯罪者の吹き溜まりらしいからな」


「あ〜以前にあそこ入ろうと思ったらお金なくて入れなかったんだよね。金持ちしか客として入れないんだよあそこ。金のない人は労働者としての身分しか与えられないから……アウルム待ってる間にお金稼いどこうかな。幸い王都だから割の良い仕事はあるでしょ」


「金か……確かにあそこで活動するにはそれなりに軍資金が必要になるな……空いた時間に依頼でも受けるか」


「良いね、やっぱり相棒がいた方が楽だからね依頼は」


「俺はひとまず、城に言って報告と情報を集めてくる。泊まっている宿屋は教えたよな? あそこで後で集合だ」


「私に襲われても知らないよ〜?」


「……それを知ったシルバとラーダンに殺されそうだがな」


 ミアのシャレにならない冗談を流しながらアウルムはミアと分かれた。


 フラフラになって宿に帰るとミアは既に寝ていた為、アウルムもそのまま眠りにつく。


「何故服が脱がされている?」


 アウルムの眼前にはミアが覆い被さるように手をついていた。


「おはよ〜」


「おはようじゃねえ。何してんだお前。てかなんでお前も脱いでんだよ、寝てる隙に何しやがっ──おい、それ……」


「やっぱ私たちお仲間だったね〜」


 ミアの胸にはアウルムと同じ闇の神の紋章があった。


 その後、シルバからそのことについて教えられた。警戒して気を張り詰め能力を隠していたのが馬鹿らしくなったアウルムだった。


 だが、ラーダンとミア、心強い味方……味方とまでは言えないかも知れないが、同志、ある程度信用のおける実力者の存在は心強くないというのは嘘になる。


 アウルムたちがこれから戦う勇者は厄介な奴らが残っている。


 単独行動するものもいるが、組織的に活動している群れも多い。二人だけではどうにもならないかも知れないと考えたいたところに光明が差した気がした。


 光、ではなく闇の神の配剤とも思える展開なのがなんとも皮肉だが。

これにて5章完結となります。6章の執筆に1〜2週間ほど休載となる予定です。


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