1-11話 初めての指名依頼へ
「アウルムだ、シルバから話は聞いている」
「フレイだ。こちらこそ、よろしく頼む」
アウルムはぶっきらぼうに挨拶をする。下手に敬語を使うと、育ちを推測されてしまうからだ。シルバは日本の時の癖が抜けないようで、親しくない人間には敬語を使ってしまいがちだ。
フレイと冒険者ギルドで合流し、片隅にある机で依頼の契約を詰める。
「報酬は金貨10枚……個人でそんな額を出すなんて王都の騎士様はそんなに儲かるのか?」
「おい、それは失礼やろ」
アウルムの無遠慮な質問をシルバは肘で小突きながら窘める。
「いや、シルバ殿いいのだ。アウルム殿が聞いたいのは、出どころが不明な金を受け取ると後からトラブルが発生する危険がある……そうだろう?」
「ああ……」
「これは私の貯金だ。騎士と言えど一度に出せる額ではない。年にもらえる給料は階級によって違うが金貨50枚程度だ」
「年収の2割の額か、随分な出費だな」
「村にいる妹たちの安全が守られるのであればこの程度は構わない。私は平民の出で、貴族的な趣味には無頓着でな……大した出費もないのだ」
「そうか、まあ調査がどの程度長引くかによって割に合わん金額ではあるが……」
「貴殿らは金以外に欲しいものがあるのだろう?」
「それは契約してからしか話さない」
「承知した」
契約の内容は以下の通りとなる。
・アウルム、シルバ両名(以下、冒険者)は王国騎士のフレイ(以下、依頼者)の指名依頼を受ける。
・依頼内容は依頼者の指定した範囲の調査及びその場で冒険者はモンスターまたは討伐対象となる標的を発見した場合の討伐。
・依頼者は冒険者と同行し、依頼が遂行されたかを確認する権利を有する。
・依頼者は道中にて知り得た冒険者の能力の一切を口外することは出来ない。
・成功報酬は金貨10枚、依頼を受けた時点での手付け金として冒険者の質問に嘘偽りなく回答することで得られる情報を依頼者は提供する必要がある。
・調査の際に発生する旅費、食費、宿泊費などの経費は依頼者が負担する必要がある。
・依頼に失敗した場合、冒険者は依頼者に対し依頼額の5割に相当する賠償する必要がある。
・冒険者ギルドに対し仲介手数料として成功報酬の2割を依頼者は支払う必要がある。
・討伐した際のモンスターの素材等利益となるものは依頼者のものとなる。
「こんなものだな……」
「失礼だがアウルム殿あなたは本当にCランク冒険者か? 貴族の文官と対面しているような気になるのだが……」
「冒険者の素性について、冒険者ギルドにて知られている以上の情報を詮索することを禁止するを追加と……」
「教えるつもりはないのだな」
「ない」
ぶっきらぼうに答えてもサラサラと契約に関する条項を書き連ねれば、そう思われるのも仕方ない。
態度と行動がチグハグなのが、自覚出来ていないのだが、アウルムは無骨な冒険者のつもりでいる。
シルバはそのことに何となく気付いてはいるが、藪蛇だろうとスルーしている。
「フレイ、先に言っておくがこの契約を破った場合強制的に罰則を執行する準備がこちらにはあるが、構わないな? 同意したのであれば、ここに署名を」
「私は依頼が遂行されるのであれば、全てを優先する」
「ふん、殊勝なことだ。まあ破ればその身で思い知ることになるだろう」
「何もそこまで脅さんでもいいやろうに……」
シルバは苦笑いをしながら、フレイに続き契約書にサインをする。と同時に『破れぬ誓約』が発動される。
「よし、あとはギルド職員のサインをもらえば契約は完了だ……」
アウルムは受付に契約書を持って行き、ギルド職員に署名と印を押させた。
「それで、出発はいつからにする?」
「私は馬を宿に預けているが、3人で馬で移動となると物資の量的に馬車にした方が良いだろうな。馬を一頭、それに馬車の手配や荷物のことも考えると明朝の出発で構わないだろうか?」
「なら俺はギルドに馬と馬車の貸し出しを申請してくるので、二人は荷物の準備を」
「「了解」」
アウルムは再び受付に行き、シルバとフレイはギルドを出た。
「なんかすんません……あいつの態度とか気悪くしたら申し訳ない」
「気にしてない。飾った言葉や遠回しの言い方では時間を無駄に食うだけだ。急いでる私にとってはありがたい」
「──だが、私に対して優しい言葉をかけてくれるシルバ殿の心遣いもありがたいものだ」
「あっ……そうですか……」
娼婦から受けるリップサービスとは違い、社交辞令の含まれない純粋な感謝を綺麗な女性に伝えられ、少し照れてしまうシルバ。
別に女性慣れしていない訳ではないが、男ばかりの乱暴で無骨で下品な冒険者を一ヶ月以上やっていると感覚もおかしくなってくるというものだ。
アイテムボックスのない普通の人間がする旅の準備とはこういうものか、と不便さに衝撃を受けながらもアイテムボックスの所持を明かすつもりのないシルバは、フレイの買い物に付き合う。
彼女の真剣な焦りを帯びた表情を見れば、デートみたいですねと軽口を言うことも憚られ、会話は必要最低限のものだった。
***
「おはようございます、シルバ殿、アウルム殿。これからよろしくお願いします」
「おはようございます、こちらこそよろしくお願いします」
「ああ、よろしく……」
手早く挨拶を済ませ朝日がのぼり切っていない薄紫の空の下、キラドの街を出た。
御者、乗馬の技術がないアウルムとシルバは荷物に囲まれた馬車に乗り込み、今後の為に御者と乗馬は余裕があれば覚えていこうと約束をする。
「にしても……」
「ああ……」
「「酷い揺れだな(やな)」」
サスペンションのない車体、木の車輪、舗装されていないデコボコの道。
出発して3分で身体が悲鳴をあげ出した。
(おい、『不可侵の領域』で馬車内の揺れの侵入を防げないのか)
アウルムは念話を使いシルバに提案する。
(接地が条件やから馬車内で使えるか分からんで? やって見るけどさ)
馬車に乗ったことが無かったので接地しているとは言え、移動している状態で『不可侵の領域』が発動する確信はなかった。
(あ……出来るみたい)
(デカした! まるで移動要塞のような運用が出来るじゃないか)
(いや、馬車の外側と馬、御者は無防備やからな内側だけ無敵でも意味ないと思う。攻撃受けたら馬車内の床面だけ無事っていう面白い絵になるで)
(ちっ、使えそうだと思ったのにな)
(取り敢えず揺れが無くなったことに感謝しろや)
(あ、ああ……サンキューなこれで俺の尻の平穏は守られた)
「あの山の向こう側が私の村だ。この速さなら3日だろう。モンスターや野盗の襲撃がなければだがな」
(フラグだな)
(間違いないわ)
トラブルの到来を予期しながらもしばらくの間、馬車は何事もなく山へ向かう。
***
「フレイさんは騎士やけど、どれくらい戦えるんですか?」
この辺りの地理に関して話を聞いていたが、手持ち無沙汰になりシルバは質問をした。
ステータスについては事前に確認しているが、フレイの主観的な強さの認識を聞いておきたい。
「そうだな……私は騎士団の中では真ん中より少し上程度で、レベルは38だ。足手纏いにはならないから心配しなくていい」
実力的にはCランク冒険者程度。それで真ん中より上なら騎士団も大したことないなと、言いたげにアウルムは鼻で笑う。
「一番強い人はどれくらい強いんですか?」
「騎士団長のレベルや使えるスキルについて全ては知らないが格が違うのは間違いない。勇者『ソードマスター』のカイト・ナオイ殿の話くらいは聞いたことがあるだろう? あの方が本気を出さなければ良い稽古の相手になる。と言えば強さが想像出来るだろうか」
「それってめちゃくちゃ強いのでは……?」
「ああ、並の剣士なら何をされたか分からぬまま死ぬだろう」
アウルムは今度は気に入らないと言いたげに不満の籠った鼻息を立てた。
「お二人がどのような戦い方をするか聞いても良いだろうか? 共に戦う場面があるなら連携を取れるようにしておきたい」
「アウルム……」
シルバは確認の為、アウルムの方を見た。