5-23話 嵐の気配
カイトとニノマエが戦う夜明け前からシルバはラーダンと共に勇者の眠る墓地近くに布陣していた。
等間隔で黒い石で出来た柵、ここから先は特別な場所であるという事を示すものの外側に立っていた。ここから50m先に墓地があるが、勇者以外は立ち入ることを許されていない。
平時でさえ、勇者以外の現地人が墓参りすることは許されず、貴族であっても誰かと同伴する必要がある。
甚大な被害を受けた王都はもはや王国祭どころではなく、一時延期となっている。中止ではなく、あくまで落ち着けば再開するということだが、もはや祭りどころではないだろう。その費用を復興に回してくれというのが市民の正直な意見だった。
「う〜なかなか寒いな」
「私はこの程度では寒いとは思わないが」
「マジ? 龍人族って寒さに弱そうなイメージあるけど」
「それはビーストのトカゲ族とかそういった種族だろう。トカゲとドラゴンは姿は似ているが身体の仕組みはまるで違う。
龍人族はドラゴンの血を引いていると言われているが、ドラゴンの源流は動物ではなく、妖精族だ。我々は分類ではエルフやドワーフに近い。だから長命なのだ」
腕を擦り、夜明け前の一番気温の低くなる時間帯にシルバは抵抗する。焚き火等の使用は安全の為禁止されており、他の警備の志願者も震えながら待機していた。
ラーダンは平気な顔をしている。見た目はほぼヒューマンと同じであるというのに、根本から身体の作りが違うのだと思い知る。
「じゃあさ、ヒューマンの特徴が強く出てるトカゲ系のビーストと、龍人族の外見的な見た目の違いは?」
「いや全然違うだろう、一目瞭然だと思うが……ヒューマンからは同じに見えるのか」
ラーダンはやや困惑しながら、本当に分からないのかと驚きながら、考え込むような表情をする。
「そもそも龍人族がどういう種族なのかってのをよく知らんねや。話すのはミアとあんたが初めてぐらいやしな」
「まず初めに言っておくが、ミアと私では同じ龍人族でも部族が異なる。ヒューマンでも肌の色が違うのと同じようにな。基本的には髪や瞳の色は種族ごとに変わる」
シルバはなるほど、と返事をしながらラーダンの続きを待つ。
「だが、共通している部分もある。トカゲのビースト、それもヒューマンの特徴が大きく出ている者と違う点は二つ。龍人族の目は特殊で、光の影響で瞳孔の大きさが変わることはない。我々は魔力を見ている。何でもお見通しだという表現に「龍眼」と言うことがあるだろう。
あれはあながち嘘ではない。他の種族よりも目は優れている」
「へえ〜それは知らんかったな……ちょっと確認して良い? ファイアーボール……おお、変わらんなあホンマに」
シルバはファイアーボールをラーダンの顔の前に近づけて瞳孔が小さくならないかを確認した。
細い縦長の瞳孔はオレンジの光を反射して煌めくだけで変わりはない。
「ふっ……」
「え、何か面白いこと言ったか?」
「いや……私が誰かを理解していて、私の顔の前に火の玉を近づけてマジマジと目を観察するとはとんだ恐れ知らずの変わり者だと思ってな」
「あっ、失礼やった? すまん」
「別に怒ってはいない。恐れられるのが普通だから面白くてな」
クククと、肩を揺らして笑う歴史の有名人は意外にも普通の男に見えるなとシルバは思う。
それでいて、自分の経験や思い出などの記憶はなく、知識だけが残っている状態なのだから不憫にも思う。
過去の自分の行動など、本から読んでも他人事のようだと感じるらしい。
「そりゃ〜さっき手合わせして軽く捻られたってくらい馬鹿みたいに強いな〜とは思ったけど、理由もなく暴れたりするタイプじゃないって言うか、年相応の落ち着きあるとは思うから怖くはないわ。
ていうかむしろ、アウルムとかキレるのめちゃくちゃ早いからあいつの方が怖いで」
「ああ、あいつはすぐ大きな声で怒鳴っていたな」
まあ、それは日本のツッコミなんだが、知らない者からすれば怒っているように見えるか……とも思ったが、アウルムがキレやすいのは事実だ。
「俺もキレやすいってか、筋通らんことされたりしたら許せんけど、あいつの場合キレるより先に手出るからな。あいつの中では俺が気が短くて問題起こしがちって思ってるみたいやが」
「アウルムは考え込むタイプだからな。環境を思い通りにコントロール出来ない話の通じない相手には苛立つのだろう」
「せや、その通りや」
そんな雑談をしながらも、常に警戒は怠らない。
そして、正午より少し前に異変は起こった。
閃光──そして、爆発。魔力の流れを感知したラーダンが咄嗟に魔法を使いシルバを庇う。
周囲の者は殆どが爆発により即死する。
「な、なんや!?」
「敵襲……ではないな」
煙が広がっていき、視界が開けるとそこにはヒカルとその仲間が何事もなかったかのように立っていた。
(あれは……クリタッ!?)
その一団の中には迷宮都市から突如失踪したクリタ、墓守りと呼ばれる男、その他生徒会メンバーと呼ばれる者たちと見たことない顔ぶれもいる。
「おや、生き残りがいる……ああ彼は生き残るか」
「どういうつもりや!?」
「彼らは殺せないだろう……排除してくれ」
「はい」
怒鳴りつけるシルバをラーダンは制止する。ヒカルは顔色を変えず何か仲間に指示を飛ばした。
「シルバ、何かするつもりだ……話し合いで解決出来る雰囲気ではない。戦うぞ」
「言われんでもそのつもりや……やっぱり何か企んどったなヒカル」
まるで怪しい要素はなく、知的で頼れる男だという印象を抱いてしまうヒカルだが、行動からは怪しさが出ていた。
感情的な部分ではなく、事実をベースにプロファイリングしていくことでたどり着いた仮説が事実となる。
最も恐れていた事態。だが、ラーダンとならやれる。あの強さを肌で体感したからこその確信があった。
ラーダンと共に、前に飛び出して剣を抜く。
「ッ! シルバッ! 」
突っ込むシルバの足元に魔法陣が現れて回転しながら発光を始める。ラーダンは咄嗟にシルバの服を引っ張り魔法陣から出そうとするが、シルバの勢いはそのままに服の背中側が破れた。
「何やッ!?」
防御体勢に入るが、もう遅かった。
「じゃあ、生きてたらまたそのうち会おう」
ヒカルが笑いながら手を振るのが見える。その後、ジェットコースターを駆け降りる時のような浮遊感が二人を襲った。
思うように身動きが取れずヒカルたちを睨みながら浮かんでいると魔法陣の中は光で満たされ、数秒後急に重力によって地面に叩きつけられた。
「ってえっ! ペッペッ! 砂が口に入った……せや、ラーダンッ! 無事か!?」
「怪我はないが……どうだろうな」
すぐ後ろからラーダンの声が聞こえてホッとするのも束の間、シルバは周囲の警戒に入った。
「おいおい、どこやねんここ……」
肌を焼くような強い日差し、口や鼻の粘膜が水分を奪われるような渇き、そして一面見渡す限りの大量の砂。
砂、砂、砂しかない。どうやら、ここは砂漠だと気がついた。
「空間系の魔法で転移させられたようだな。シャイナ王国から一番近い砂漠地帯は西に馬を走らせ1ヶ月の距離だが、流石に砂だけでは特定出来ない。最悪なのは、シャイナより遥か東にあるカッサ大砂漠な場合だ。カッサ大砂漠は広大でシャイナ王国よりも面積が広い。
その真ん中の場合、我々は干上がって遅かれ早かれ死ぬだろう」
「そんな呑気に言ってる場合か! それでカッサ大砂漠かどうか、ここがどこなのかどうやったら分かるんや!」
「落ち着けシルバ。砂漠に生息するモンスターの種類で場所の特定は可能だ。もし、ここがカッサ大砂漠だったらカッサスコーピオンが山ほどいるはずだ……シルバ、良い知らせと悪い知らせどちらを先に聞きたい?」
服についた砂を払いながらラーダンは足元を見て何かに気がついたように笑う。
「悪い知らせからで……」
「ここはカッサ大砂漠だ」
「最悪や! 良い知らせは?」
「今日の昼飯は確保出来る」
ゴゴゴゴと砂の海を移動する音が近づいてくる。噴水のように砂を撒き散らして現れたのは20mは全長がありそうな巨大な赤茶色の蠍。
「カッサスコーピオンだ」
「最悪やんけ、これ食いたくないわ」
「言っておくが、この砂漠でマシな味がするのはこいつくらいだ」
「ええ……」
***
カッサスコーピオンはそれほどの強敵ではなく、苦戦することなく撃退に成功した。ただ、数がとにかく多く相手をすればするほど高温の環境下もあって体力を消耗する。
出来るだけ早くに砂漠を脱出し、近くの街にたどり着く必要がある。
「あっち〜喉乾くわ……」
「待て、水魔法を使うことは勧めんな」
口の中に指を突っ込み、水を魔法で作ろうとしたシルバをラーダンは止めた。
「なんでや? どう考えても砂漠では必須スキルやろ」
「渇いているのは君だけじゃない。砂漠には水属性の魔力に反応するモンスターが山ほどいる。厳密に言えば水魔法を使う人間の血を養分にしている……使えばこちらに押し寄せてくるぞ。この砂漠には水属性の魔法が使えるモンスターはいない。いるとすれば魔法を使う我々のような種族ということだ」
「じゃあどうしたらいいんや?」
「普通は十分な水の蓄えをして、モンスターに水甕を背負わせてキャラバンのような大きな群れで移動する。
こんな何の用意も無しに砂漠の真ん中にいるというのは想定外だ」
「つまり分からんのかいっ! どうするねん水がないと死ぬやろうが」
「困ったな」
「困ったなちゃうわ! 長年の経験で良い解決法があるかと期待したやんけ!」
「いや……水の話ではなく、アレだ」
「アレ?」
ラーダンの視線の先、地平線の方から大きな茶色い壁のようなものが蠢いているのが確認された。
「砂嵐だ……5分も経たずにこちらに来るぞ。魔法で防御しても息をするのも困難なほど、激しい砂嵐だ。
あの中にいたらバラバラにされるぞ」
「ヤバいやん! はよ逃げるぞ! 」
「無駄だ、走ってどうこうなる規模ではない」
「どうするんや!?」
「一時的には私の魔法で守れるが、どれだけの時間砂嵐が続くかによる。魔力切れになれば二人とも死ぬ……困ったな」
「ラーダンお前そればっかり! 冷静な顔して最後は困ったなやん!? むしろ焦ってくれた方が深刻さわかるから助かるんやが!?」
そう言ってる間に、砂嵐は物凄い速さで近づいて来る。
自然そのものが襲いかかり、やはり自然とは生き物がどうにか出来るようなものではないと、渇いた喉にも関わらず生唾を飲む動作をしてしまう。
圧倒的な巨大さの砂の壁が迫る。時々光るのは砂嵐の中で雷が発生しているのだろう。
もうこちらにまで強烈な風が吹きつけ始めた。目を細め、砂が入るのを防ぎながら砂嵐に背を向ける。
(……砂のミキサーの中に入れば確実に死ぬ。ヤバいッ!)
「……ッ! そうや!」
シルバはナイフを四方に投げて差し込む。
「『不可侵の領域』……何ッ!? 発動出来んやとおおおッ!?」
シルバのユニークスキル──『不可侵の領域」発動の前提条件は『土地』を指定する必要がある。
つまり、空中、あるいは水中などは不可能で、指定するマーカーが固定されている必要がある。
砂嵐で巻き起こった風が吹きつけ、砂漠の砂を動かし続けており、ナイフに触れた瞬間の砂は既に移動してしまっている。またナイフも傾きながら微妙に動いている。
これは、土地が同一であると判定が出来ない為、空中、あるいは水中と同じ扱いとなる。
『不可侵の領域』は座標で設定している訳ではなく、シルバの引いた境界線により発生するが、今回の場合不安定な足場により、マーカーも動き続けてしまっている為不発となった。
これは今まであらゆる条件を確認していたシルバにとっても初の事態であり、よもや砂嵐の吹き荒れる砂漠という絶対に必要なタイミングに限って使えないというのは完全な想定外である。
「ラーダンッ……このナイフを刺した範囲をガチガチに硬い土に変化させられるかッ……!?」
砂嵐が更に近づく風が強くなってきた。目を開けるのを厳しいほどだ。シルバとラーダンは服の袖で鼻と口を覆いながら会話をする。
「土を固めてどうするつもりだ! 維持するのは相当の魔力を消費するぞ!」
「出来るか出来ひんかさっさと答えやがれええぇッ! さっさとせんと死ぬぞッ……!」
「ぬぅッ!」
物凄い剣幕で怒鳴られたラーダンはこれ以上の問答は時間の無駄だ。何か考えがあるのであればシルバに任せると即座に判断して土魔法を使い、サラサラの砂を粘土質の粘り気と十分な硬さのある土に変えた。
「ヨシっ! 『不可侵の領域』ッ! 成功や……」
「どうなっている!? これは砂や風弾かれている。結界魔法とは仕組みがまるで異なる術式……これはお前の恩寵か……そうか、やはりな……」
ガガガガガガガガッ! と、砂粒、何かの骨などが四方八方からシルバの結界にぶつかる音がする。
先ほど、戦ったカッサスコーピオンも空中で円を描き巻き上げられ、バラバラに粉砕されていくのが見えた。
あと少し遅ければあれと同じ状態だと思うと寒気がする。
「ふう……取り敢えずはこの中にいたら安全や。緊急事態やったから後出しになるけど、この能力について……いや、この旅で知り得た俺の能力全てを俺の許可無しに他言せんって約束してくれんか。これはまあお願いやから、無理なら無理で仕方ないけど」
「安心しろ。龍人族の血を引く君をわざわざ危険な立場に陥らせることはない。同じ龍人族としてな」
「いや言うとくけど俺との約束破ったらマジで責任取ってもらうしな……って、俺がなんて?」
「自覚がないんだろうが、シルバ、君は龍人族の血を引いている。だから……闇の神の使徒なのだろう?」
「……なんで分かった? 特に闇の神の使徒の方や」
「魔力の質、見た目、龍人族の血が混じったヒューマンだと言うことは私には分かる。使徒の方は風で巻き上がった時に胸の紋章が見えたからな」
「ああ……そういえば背中の部分破れてるんやった。あっ、だから俺らのこと『ある程度信用してる』って言ってたんか。同族やから」
「自覚がなくとも、やはり親戚のように見えてしまうからな。だが、何となく闇の神の使徒ではないかという疑いはあった。直感……とでも言うべきか」
「直感? なんじゃそりゃ」
「見せた方が早いな」
そう言いながら、ラーダンはシャツをグイッと引っ張り心臓に近い部分を見せる。
「私もそうだからだ。同志シルバよ」
ラーダンの胸にはシルバ、そしてアウルムが持つ闇の神の紋章があった。
「俺ら以外にも居たんか……聞いてないでぇ……」
だが、シルバもまた腑に落ちる感覚があった。逸話の中では悪い存在として書かれていたラーダン。ヒューマン側の都合と事情によってそう描かれてしまうというのはある程度理解していたが、悪い奴ではない。何か安心感、親近感のようなものを感じていたのも確かだ。
考えてみれば、普段ならばもう少し警戒すべき人物なはずだが、いつの間にか仲良く──とまでは行かなくても協力関係にはなっている。
引力──闇の神の力によって自分たちは引き寄せられ、出会うべくして出会った。そう考えてしまう『何か』があった。
「ふむ、反応を見る限りアウルムもそうなのだな?」
「あ〜……他言無用の約束もう発生してるからな?」
「分かっている。もう使徒の同志は少ない、わざわざ減らすようなことはしない」
「アウルムも俺らと同じや。じゃないと行動共になんか出来んからな……てか、まだ他にもおるんか。もしかしてミアもか?」
「ああ、ミアもだ。君と同じように使徒でないと行動を共にするのは難しい」
話を聞くと、闇の神の使徒にはそれぞれ使命が与えられているとのこと。
ラーダンはその使命に関する記憶を含む、これまでの経験した思い出などを何者かによって奪われた。自分が何者かは分かるが何をしてきて、何をしたいのか。
それを探す旅だと言う。
シルバは龍人族の中でも、赤龍族と呼ばれる種族の血が入っているらしい。昔は龍人族の王が赤龍族だったとラーダンは言っていたが、既に滅んだとのこと。
また、アウルムもやはり100%ヒューマンではないらしい。エルフやドワーフなどの妖精種の源流、妖精族の血を引いている。だから中性的な外見なのだとラーダンは言う。
血が薄れているにも関わらず、闇の神の使徒ということはそれなりに優秀なだった存在の子孫である可能性が高いらしく、オヴェロンという妖精の王の子孫ではないかとラーダンは考察していた。
驚愕の事実に目を回している頃、アウルムから念話が入っていることに気がつき現状を報告する。
「喜べ、ラーダン。アウルムと連絡出来る魔法使って情報交換出来た。水と食料はなんとかなりそうや」
アイテムボックスを共有出来る能力があることを伝える。使徒同士であり、破れぬ誓約も使っているので、生存する為にはこれ以上情報を秘匿するのは互いの為にならないだろうという判断だ。
「さて、砂嵐も止んだことやし……どっち行けばいいんや?」
「こっちだ」
「お、分かるんか」
「私はそこらの存在とは違う。君が能力について秘密を明かしたから明かすが、私は魔力が目に見えるという恩寵がある。他にも特別な力はいくつかあるが、また機会があれば教えてやろう」
ラーダンとシルバは広大な砂漠の中を歩き出した。