5-20話 決戦前夜に集いし者
「……と言う訳なんやけど、どうや?」
会議が終わるとアウルム、シルバはミアとラーダンに声をかけ、廃墟に集合した。
事情を説明したシルバはラーダンにヒカルを監視し、チャンスがあれば接触するという提案をした。
「シルバ……だったな、ミアがお前の仲間に世話になったと聞く。しかし、自分の言っていることが分かっているのか?」
「あの〜俺かてニノマエの一人一応自力で倒したんやけどな〜」
「アレは能力を振り回しているだけで未熟だ。しかし、今度の相手は集団だ。魔王討伐に関わったパーティの一つは集団行動の出来ない子供とは比べものにならない危険がある」
シルバにとって危うくバラバラにされかけたニノマエを相手にして『未熟』と切り捨てるラーダンは一撃で苦戦することなくニノマエを倒したと言う。
「言っとくけど、別に監視がメインでことを荒立てるつもりなんかないで? 人数不利で勝てるとは流石に思ってないしな」
「波風というのは、勝手に立つものだ。勇者が管理する土地に潜入するということは相応の危険が付き纏う」
いくら国が有志の人員を募集しているからと言って、勇者の土地近辺の警護をする程度となる。
その有志のフリをして、ヒカルに接近しようという計画は現実的ではないとラーダンはシルバを嗜めた。
「……ミアの借りもある。私にも幾らかは行く価値はあるだろう。クラウンに関しては分からない事が多い。勇者で最も情報を持っている男に接近出来る機会が少しでもあるならば同行させてもらおう。君は私が守る、友達の……」
ラーダンはアウルムの顔をチラと見て名前を思い出そうとする。
「アウルムだ」
「そう、アウルム。君も安心してくれ」
「まるでガキのお守りかヒロインやな俺」
「済まない。私からすれば皆子供に見えてしまう」
「まあ他種族の外見から年齢当てるの結構難しいし、一応伝説の人物? からしたら俺はガキやけどさ……もうアラサーやからな」
「アラサー……とはなんだ?」
「30歳に近いって意味や」
「ヒューマンの言葉か?」
「まあせやな……」
「30歳など龍人族からすれば半人前だが……我々の価値観をヒューマンとして生きる君たちに当て嵌めるのは失礼か」
シルバはつい、日本で使われる言葉を口にしてしまったが、ラーダンもミアも特にそれに関して違和感を覚えることはなかった。
ただ、アウルムの刺さるような視線は痛かった。
「じゃあ私はアウルム守る〜」
「言うと思ったぜ。ついて来るな」
ミアは挙手してアウルムの横に立つ。
アウルムは心底嫌そうな顔をして、少し距離を取った。
「え〜なんで? 爆発は不意を突かれて迷惑かけたけど戦闘自体はシルバより強いと思うけど?」
「まず、その不意を突かれたせいで既にお前と行動を共にしている場面を誰かに見られている可能性がある。俺とお前が一緒にいるのを勇者が戦う場所で目撃されたくない」
「うっ……それを言われるとねえ」
痛いところを突かれたと、ミアは尻すぼみになり指をチョンチョンと合わせる仕草をする。
「俺とシルバは役割が違う。本来シルバが冒険者として目立ち、名と顔を売る裏で俺が諜報活動をする。
明日の戦いで、魔王を討伐したナオイソードを直接目にする機会を邪魔されたくない」
「ていうか、なんでそこまでしてわざわざ危険な戦いの場に行こうとしてるの?」
「こっちにも色々と事情があるがそれを一々全て開示するつもりはない……が、万が一ニノマエが勝った場合のことも考えて戦いを見届ける必要がある」
「それって組織の方針なの?」
「いや、ニノマエとは知り合いが少しばかり因縁があってな。俺たち個人の行動だ。だから他の調査官や勇者にも知られる訳にはいかない」
「そっか……分かった。これ以上命の恩人を困らせても悪いし諦めるよ……でも私に出来る事があったら言ってよ」
すっかり手持ち無沙汰で仲間外れにされた感のあるミアは落ち込んでしまいアウルムは居心地が悪くなる。
シルバとラーダンがいじめてやるな、と言いだけな視線を送っていることに気がついた。
「別に無──いや、あるな。ミア、王都内で何か動きがないか探って欲しい。ニノマエがここまで発見出来ないとなると、内側から誰かが手引きしている可能性がある。
王族では後継者に関する王子の派閥闘争が激しいから、いずれかの一派、もしくは祭で来た異国の要人が関与しているとすればニノマエに気を逸らさせている間に動きがあるやも知れん。
ニノマエが敗走した場合、手引きしたものの管理する場所で潜伏、あるいは王都から脱出する可能性もあるからな」
「怪しい人物や場所を探れってことでしょ? でもアテもなく私一人じゃこの広い王都を見張るのは厳しいんだけど」
「まさか、俺が当てずっぽうで行動するわけがない。地理的プロファイリングをもとに捜索するエリアを絞り込む。いいか、まずは────」
「アウルム、俺はラーダンと明日の打ち合わせするからそっちはそっちでよろしくやっといてくれ」
シルバは説明を始めたアウルムとミアを見て、ラーダンに有志の警備人員として顔合わせをする必要があるからと廃墟を出ようとした。
「アウルム……ミアを助けのは感謝しているが、私がこの場から立ち去ったからといって、ミアに手を出してみろ。必ず後で殺す」
ラーダンはアウルムの肩に手を置き、耳元で声をかけた。
「いや出さねーよこんな忙しい時に何考えんだお前」
「ならばいいのだが……」
「お師匠……私はあなたの娘ではないんだけど? 自分の身くらい自分で守れるわ。大体手を出すなら私からだし」
「おい」
ミアの的外れな反論にアウルムは肝を冷やす。ラーダンから殺気が飛んでくるが、それはミアに向けろと顎をクイっとやって睨み返した。
「せやな〜こいつ接近戦あんま強く無いからミアに押し倒されたら抵抗出来ひんのちゃうか。そもそも娼館嫌いで性欲あるんかも不明やしな」
「おいッ!」
「ふむ、ああ……不能なのか、ならば安心か……いや、悪いことを言ってしまったな、あまりに気にするな」
シルバの一言にラーダンは考え込む仕草を見せながら納得し、優しさのこもった目でアウルムの背中を叩いた。
「何勘違いしてんだおいッ! お前らふざけてないでさっさと行きやがれ! 遊びじゃねえんだぞ!?」
「……何故怒っている? 彼は不能ではないのか?」
「いや、俺も謎やねんな。触れたらんとこ……さ、行こか」
足早にシルバとラーダンは廃墟を後にする。
「ったく、あいつら緊張感が欠如してやがる……で、さっきの続きだが……ミアどうした?」
「あ〜私不能の人に効く薬調合出来るけど要る……? 結構強力なやつ。龍人族の秘薬って呼ばれてるんだけど」
ミアは気まずそうに、しかしそれでいて出来るだけアウルムの尊厳を傷つけないように気を遣いながらグッと拳を握り、肘を持ち上げるポーズをした。
「その手やめろ。だから違うって言ってんだろうが!」
「もしかして、勃つけど小さい的なことを気にしてるんなら女はそこまで気にしないと思うよ……」
「だから違うって……妙な誤解をされているのは業腹だ。それ以上言うならマジでズボン脱ぐぞ」
「──今、ズボンを脱ぐと聞こえたが……」
「おわっ!? 気配を消して背後に立つなッ! まだ行ってなかったのか!」
ラーダンはアウルムの背後から凍えるような低いドスの聞いた声で囁いた。
「俺らが出た途端良い雰囲気になるんちゃうか〜と思ってちょっと引き返してみたら案の定や……見損なったでアウルムッ!」
ニヤニヤしながらシルバは口元を抑えて芝居がかった口調でアウルムを糾弾した。
「しんどい……お前ら相手するのマジでしんどい……頼むから早く行ってくれ……」
アウルムはうんざりした顔でシッシッと手を振って二人を追い出す。
***
「アウルムは真面目な男だな」
「せや。クソ真面目やで、それよりもラーダンが割と冗談通じるってことに驚きやわ」
「冗談だったのかあれは……」
「ああ、あんた天然なんか……」
路地を歩きながら雑談をするシルバとラーダンは瓦礫の山となる街を眺める。
あちこちの建物の壁にはある張り紙がされている。
ニノマエに宛てたメッセージであり、明日指定の場所にカイトが待っているというものだ。ニノマエの行動や性格から、これで十分誘導出来るというのがヒカルの考えだ。
「しかし、これでホンマに上手くいくんかな」
「強さを認められたい。それは力を手にしたものならば誰でもかかる病気のようなものだ。大抵はそれがまだ未熟な実力のうちにかかるから周囲への影響は知れている。
が、勇者は精神の成熟と、実力の乖離が激しいからこんなことになっているのだろうな……愚かであり、しかしその一方で残念だとも思う。仮初の力に溺れさせる女神の被害者だ」
「被害者か……俺ら以外にもそう考える奴がいるとはな」
「君もそう思うか……」
「ああ、まだガキやのに無理やり全く理屈の違う世界に連れて来られて魔族との戦争に駆り出されたって考えると、精神状態がおかしくなる方が当たり前やと思う。あいつらは元の世界で過ごしてたら誰も人殺しにはならんかったやろうし、戦争で死ぬこともなかったはずやからな」
「聞くところによると、勇者は極めて平和世界から来たらしいな。確かに、我々にとってこの世界が普通だが平和な世界から来たのであれば相当な精神負担があるだろう」
長い間戦った戦士が精神に異常を来すことがある。この世界の人間でさえそうなのだから家族とも引き離された異世界人だと余計だろうなとラーダンは呟いた。
恐らく、ラーダンはPTSDのことを言っているのだろうとシルバは読み取り、同意する。
「君はどういう生まれだ。家族はいるのか」
「ん? 俺らは紛争地域の生まれや。家族はおらん、生まれた時から親の顔は見たこともない」
シルバは全てを正直に話す訳にもいかず、いつもの設定を話す。
「そうか……では自覚がないのか……」
「ん? 何がや?」
シルバに向かってではなく、独り言のように呟く声をシルバは聞き逃さなかった。足を止めて、ラーダンの方を見る。
「……私たちが君たちをある程度信用している理由だ」
ラーダンは一度言うべきかと迷い、シルバの顔を翠色の瞳でジッと見つめる。
「俺らの生まれがなんか関係あるんか? クラウンとかいう奴を探してるってことで利害が一致してるからちゃうの?」
「いや、心当たりがないのであれば良い。話したところで混乱するだけだろう」
「なんやねん、気になるやろうが」
「本当に良い。くだらんことを聞いた、忘れろ……シルバ、そういえばお前の戦い方を知らないな。どの程度戦えるか把握しておきたい」
「お? 模擬戦でもやるか? 格上と手合わせ出来る機会は貴重やからな勉強させてくれ」
「良いだろう……ついてこい暴れられる場所に移動するぞ」
「速ッ!?」
ヒュンと軽い音を立ててラーダンは移動を開始した。シルバは置いていかれまいとラーダンの背中を追う。
***
「ふう……思ったよりも絞り込めたな。やはり多角的なプロファイリングをした方が効率が良い」
「何となく経験則的にやっていたことをこうやって理屈を使いながら分析するのって面白いね、いや参考になったよ。私にもまだまだ知らないことがあるんだね〜」
「お前は飲み込みが早すぎる……年の功ってやつか。俺が長年かけて蓄積した知識、技術を上質な魔石みたいにグングン吸いやがって」
地図に書き込みをしていき、ミアと一緒に捜索するべき場所を絞り込みそれがひと段落ついた。
アウルムは先に前提知識となるプロファイリングというものを叩き込んだ。シルバよりは理解力が高いので早めに教えてもついてこれるだろうと考えていたが、想像以上の理解力だった。
ミアの言う通り、長年の経験によりある程度言われてみれば確かに……というベースがあったのも大きい。それにロジックを与えることで見事にミアにはまった。
そこからは職人のように絞り込みをかけていき、3箇所ほどに目星をつけることが出来た。
「え〜それ私がババアみたいじゃん」
「いやババアだろ100歳超えてたら」
「竜人族的にはまだピチピチの若い娘なんだけどね〜……それよりも王都を歩いただけでここまで精確な地図を作成出来るアウルムの方がおかしくない?」
「おかしくない。俺は見たもの、聞いたもの、全て記憶出来るだけだ」
「いやいや……おかしいでしょ。まだ若いからいいけど歳取ったら忘れられないって結構キツイよ?」
ミアはドン引き、という表情でアウルムを見る。可哀想だとすら思った。
「……便利としか思っていなかったが、そういう考えもあるか……長命種の視点というのはあまり知識として無かったな。そうか、長命種独特の考えもあるというのは今後のプロファイリングに活かせそうだな」
「そのプロファイリングって技術どこでどうやって学んだの? 何か書物があるなら欲しいんだけど」
「俺の独学だからそう言ったものはない」
「え〜お金払うから書いてよ」
王国の調査官に教えれば犯罪捜査はかなり進歩するだろうが、逆に自分たちが追われるかも知れない紙一重の立場にいる以上、情報を何かに記録するつもりはない。
「嫌だ。大体この知識はいくら金を積まれても変えられるものではない」
「それにしても元々紛争地帯で孤児として傭兵、冒険者やってきたんだよね? アウルムの仕草からして、それなりに高い教育を受けたものだと思うんだけど本当は貴族なんじゃないの? 親は? 女性の扱いを見た感じ多分母親と不仲だったとか……」
「チッ……馬鹿と会話するのは苛立つが賢過ぎるやつと会話するのも考えもんだな。俺をプロファイリングするな」
アウルムの素性に対してミアは疑問を持った。多少学があれば、孤児あがりの冒険者が経験で得た知識と言うには無理があると気がつく。
特にマナーなどは生まれ育ちが大きく出てしまう。
「本当に貴族なの?」
「違う。貴族ではない……が、母親と不仲ってのはあながち間違いでもないな」
「孤児なんだよね?」
「……孤児だが、シルバと会う前はそれなりに裕福な家庭で生活していた。とだけ教えてやる。二度と俺をプロファイリングするな」
図星だった。母親との確執がアウルムの女に対する態度に出ているという点を指摘され、かなり怒気をはらんだ声を出してミアを威圧した。
「はいはい、ごめんね……じゃ早速私は行ってくるから」
「ミア」
「はい?」
「気をつけろ……」
「……うん、ありがと。アウルムもねって、これは?」
ミアはアウルムから投げられた物体を素早くキャッチして、何だろうと目を丸くする。
「魔力を込めると光るマジックアイテムだ。何か緊急で俺の助けが必要になった場合だけこの印に振られた番号と同じ数だけ魔力を込めろ。それで位置を把握する」
「へえ……まあ使わないで済むのが一番なんだけど、ありがたく頂戴しておくよ」
ミアは廃墟から出ていき、アウルムは一人で書き込まれた地図を眺める。
「誰も死なないといいが……」
咄嗟の行動だった。何か嫌な予感めいたものがした。根拠はまるでない。ただ、目の前でミアの顔が吹き飛んだあの瞬間がフラッシュバックしただけかも知れない。
それでも、ミアだけでなくシルバ、ラーダン、フレイ、キラド、関わってきたものたちに何も起こらないようにと闇の神に祈るばかりだった。




