5-19話 異世界の英雄
「現在、死者87名、重症者122名、軽傷者359名、行方不明66名。死者はもう少し増えることが予想されます……また、混乱により略奪、暴行などが増えているとの報告も──」
文官の一人が会議室で報告書を読み上げた。
「甚大な被害だ……他国から客も来ているというのに恥晒しも良いところではないか。それで、肝心のニノマエはどこにいるッ!」
フリードリヒ王子は頬杖をつきながら、トントントンとしきりに机を指で叩き苛立ちを見せていた。
「闘技場に現れたニノマエが本体かと思いましたが、致命傷を与えたところ他のニノマエと同様に消滅しました。どこにいるのか……」
「ナオイ卿、其方が狙いでは無かったのか? 何故わざわざ戦力を分散させそれぞれ撃破されている? ニノマエは何が目的だ、多少の死者は出たが奴自身の目的は何一つ達成出来ていないであろう」
「それは……」
カイトは悔しそうにフリードリヒ王子に報告をした。王子の質問に答えられず、カイトは黙っている。
「いや、目的は果たせているでしょうね」
「フセ殿、何か意見があるのかね?」
ヒカル・フセも会議室にて発言をする立場を与えられている。
「はい、僭越ながら私の考えを聞いて頂けますか。
これは第一波……小手調べに過ぎません。確実に彼を倒す為の布石でしょう。だから戦っても痛手を追わない分身を使い、各所に出現した」
「報告では8人のニノマエが現れたと聞いている。その理屈では8人でナオイ卿に戦いを挑み実力を測りながらも倒せる可能性があれば倒すという方が確実ではないか?」
「平民もそうですが取り分け騎士、兵士が多く死にました。偶然ではなく明らかに意図を持って削っています。防衛機能を、戦力を麻痺させる為に。
今後、ナオイ卿との戦いで邪魔が入りそうな存在もあわよくば消していく。
……ただ、それらは彼の筋書きの一つでしかないようですがね」
「……どういう意味だ」
ヒカルの気を持たせる言い方にフリードリヒ王子は目を細めた。
「そもそも、カイト・ナオイという存在を復讐の為に殺す。というのは動機として確信を持てません。5年も前の話を掘り返して何故に今、このタイミングで行うのか?
殺すというのは手段であって目的とは考えにくい」
「では、その目的とは結局のところなんだ?」
「シズク・ツクモ……彼女でしょう」
この場においてその名前が出たことがあまりにも突飛だと感じたのか、多くの者が困惑の表情を見せた。
だが、カイトは動じず目を閉じていた。
「やっぱりそう思いますか……」
「どういうことですかな?」
貴族の一人がカイトに続きを促した。
カイトによると、ニノマエは以前からシズク・ツクモというカイトの仲間に異常に執着する様子が見受けられたとのこと。
そして、今回も彼女に接触を図り如何に自分がカイトより優れているかを熱弁し、王都をめちゃくちゃにしている張本人であるにも関わらず仲間になれと勧誘してきたという。
勿論、彼女は無視した。刺激するなという指示があったので直接的に感情を逆撫でするような発言は控えたがカイトからの呪縛を俺が解くと宣言して消えたと。
「それは……もしや、ナオイ卿が2年後に結婚するという発表が関連しているのですかな?」
「まさか嫉妬でこんなことを……」
「いや、それは少し飛躍し過ぎなのでは……」
キラドが唸りながら発言する。王国祭にて正式発表となるカイトの結婚だが、1月前ほどから誰でも知っているほど噂にはなっていた。
それを受けて、会議室がざわつく。
「……ふむ、なるほど。私の部下が言うには長年のストレス要因が積み重なり、怒りの引き金となる喪失や別離があることで具体的な行動に移るという犯罪心理があり、痴情のもつれというのは殺人の動機において最も多いものだと。
今回の一件、それに該当すると思われますかな」
アウルムがキラドに耳打ちをして意見を補強する。
「平和の為の婚姻がこの事態を引き起こした……」
「君が気に病むことではないよ。彼が作り出した一方的な妄想に過ぎない。元々あった暴力的な素養に言い訳を付け足しているだけだ」
「会長……いや、でも俺のせいでもあるし……」
それを聞き、動揺するカイトをヒカルがサポートする。
「であれば、問題の二人をどう扱うかによってニノマエの動きを変わってくるということだな?」
フリードリヒはヒカル、そしてキラドを見て確認をする。
「情報を統合するに、ニノマエは今日のところはもう仕掛けてこないでしょう。5年前に確認した彼の能力は再使用に1日必要だったと聞く。
あれだけ多彩な能力があるということは何かしらの制限がある。同時に複数の能力を使えず、再使用には1日かかる。というのが妥当でしょう」
ヒカルの意見にはアウルム、シルバも同意していた。別の場所に出現したが、使用した能力はそれぞれ違っていた。
カイトは武器による攻撃無効の能力を警戒していたが、普通に攻撃が通ってしまい、ニノマエの分身は消滅したと言っていることからも、まず間違いない。
「それで、キラド貴様の部下が言っていた法則とやらはどうなっている。ユニークスキルの正体は分かるのか」
「はっ、それに関しまして情報を集めております……報告せよ」
キラドはアウルムに発言の許可をして、促した。
「使用されたユニークスキルの目撃談を集め、確認出来た範囲での技の名前、効果をまとめたものがこちらになります。聞き慣れない言葉ですので、勇者様の世界の言葉では……と考えます」
アウルムは情報をまとめた資料をカイトに渡した。カイトは目を細めて資料を眺めるがしばらくすると顎を上げて諦め、そのままヒカルに渡した。
「ふむ……ヘラクレスですねえ……」
「ヘラクレスですか、会長」
「ああっと、失礼説明しますね。ヘラクレスとは私たちの世界の外国の古い神話の英雄の名前です。半神半人の身にして、12の試練を乗り越えた人物。ニノマエの技、能力の内容はその逸話に由来しており、おおよそ他の能力にも予想がつきます」
おお、流石フセ殿だと周囲から感嘆が上がる。
(やはり、分かっているか……しかし問題はここからだ。仮にニノマエとフセ・ヒカルが結託していた場合、原初の実との関連をわざわざ言うまい……)
試練の順に、能力を一つ一つ解析していき分身の能力についても、9つの首を持つヒュドラ由来のものだろうと説明をする。
当然、ヘラクレスの試練の順番通りには資料に記述していない。何故順番を知っているのかという話になるのと、ヒカルがどの程度の知識を持っているかの確認をする為だ。
「名前から、能力は10種類かと考えていましたが……12種類あるかも知れません……少し厄介ですね……」
考えこむように顎に手を置いて、ヒカルは口角を下げた。
「会長、どういうことですか?」
「黄金の果実を手に入れる試練がある。恐らく……これは単に僕の想像でしかないが、能力を獲得するにはそれぞれの逸話に符合した試練を乗り越える必要がある。そうやって初めて能力を獲得する。
段階的に成長するユニークスキルの存在は周知の事実だろう……君のもそうだ」
「黄金の果実……原初の実ですか」
「ああ、タイミングが悪いね。本来ならば僕の旅の成果としてもってきた原初の実だが、もしニノマエの手に渡ると条件を満たして、能力を増やしてしまうかも知れない。既に達成出来ているとも考えられるが慎重にこすことはないだろう。
原初の実の警戒を上げる必要がある」
「俺に、シズクに、原初の実……守るべき対象が多いのは不味いですね。俺だけなら簡単な話だった。本気を出せば良いだけのことだったのに……」
(凄いな……ヒカル……俺らとは日本で生活していた時間が10年は差があるって言うのに知識、推理力共にアウルム並。恐ろしい高校生がいたもんやで)
シルバはヒカルの発言を注意深く観察していた。常日頃、よくそんな事まで覚えているなと博識なアウルムに感心するが、負けず劣らずの知性を見せるヒカルに恐怖すら感じていた。
こいつは敵に回すとヤバい。
カイトやヤヒコ、そしてラーダンのような戦闘に特化したタイプではないが、やはり凄みがある。
自分は冒険者として表の顔としてわざと目立ち、アウルムの存在感を薄くする役割。
そして陰ながらアウルムに支えられ、自らの腕力でアウルムの足りない部分をサポートする。
だからこそ、分かる。ヒカル・フセという男は魔王を退治した伝説的な英雄、カイト・ナオイの裏方でカイトを支えていた。
カイトだけではない。何百人といる勇者を統括し、代表として実務や渉外を担当しているというのは並の人間に出来るものではない。
実質的にこいつが、こいつこそが勇者のボスだ。
知性、戦闘力、経験、人望、人脈に加え、貴族社会に馴染むことが出来る生まれやポテンシャル。全てが揃っている。
総合的に見ればアウルムよりも数段上手。
それをたかだか、5年前まで高校生だった人間に出来るものだろうか。
全く違う世界で、認められるのは戦闘能力だけでは無理だ。カイトだけであれば、精々英雄として担ぎ上げられ、貴族たちの良いように操られるだろう。
しかし、ヒカルはそれを許していない。勇者を世界に認めさせ確固たる立場を築く事に成功している。
危険過ぎる。ブラックリストの一人だった場合、どう戦えばいいのかすら思いつかない。
仮に殺せたとする。その後の影響が大き過ぎる。
ヒカルが善人だろうと、悪人だろうと勇者たちを支えているのはまごう事なき事実。ヒカルがいなくなれば待っているのは混乱だ。
何の罪もない勇者たちだって当然いる。殺してお終い。後は知らんなど通る訳がない。彼らを路頭に迷わせないだけの方法を考え抜く必要がある。
だが、自分とアウルムでそれが可能か? いや無理だ。二人で何とか出来る範囲を超えている。
だから、シルバは心の中で祈った。
『善人であってくれ……』と。
「ナオイ卿とツクモ殿はともかく……どうやって原初の実を守る? あれの価値は言うまでもなく、国賊に一欠片とも与えるわけにはいかんぞ」
フリードリヒはヒカルに聞く。既に持ち込まれた原初の実は国宝に等しく、更なる危険を生む火種となるのであれば、相応の管理が求められる。
「そうですね……保管はハカタ君に頼もうかと。彼のユニークスキルなら適任でしょう。それに加えて、私のパーティが警備します」
「なるほど……墓守り(グレイブキーパー)のハカタか……では事が片付くまで例の場所に?」
「守りはあそこが最も適しているかと」
「良かろう。其方が持ってきたものだ。管理も一任する」
ありがとうございます、殿下……ナオイ君、ニノマエの相手は君に任せるよ」
「言われなくてもそのつもりです。仲間の眠る王都を荒らした罪は償ってもらう……エリの眠りは誰にも邪魔させないッ!」
ドウッ! っとオーラの波のようなものがカイトを中心に発生して広がった。
その衝撃波は会議室に一瞬で流れていき、机にはヒビが、窓はほぼ全てが割れ、何人かの貴族は失神した。
怒髪、天を衝く。
文字通りカイトの髪の毛は逆立ち、血管は浮き出て、目は血走っていた。
「ニノマエを誘導する方法は考える。誰も巻き込まないように君が怒りをぶつけられるようにね」
「……会長、俺は既に限界までブチ切れている」
「分かった。任せてくれ」
会議はカイトの怒りによる被害と、各方面への連絡が必要な事案が多かった為、お開きとなった。
(アウルム、墓守り(グレイブキーパー)って)
(多分そうだろうな。名前自体がありふれているから確定とまでは言えんが可能性は高い)
シルバは王城の廊下を歩きながらアウルムに念話を使う。
墓守り(グレイブキーパー)。名前だけは知っている。ブラックリストの一人だ。
だが、一体何をしている人物なのかについては謎のままで特に情報のない一人だった。
(明日はカイトとニノマエの一騎打ちになるやろう。俺らが介入する余地があるかは分からん……ヒカルを見張った方が良いんちゃうか)
(介入は出来んかも知れんが、見届けるべきだ……二手に別れよう)
(どっちがどっちや)
(ジャンケンだな。勝った方がカイトの方だ)
二人はこの世界のジャンケンの合図でこっそりと手を出した。
(俺がカイトの方だな)
(ヒカルの監視か〜……まあ、ヴァンダルは俺がもらったからお前がニノマエぶっ殺すチャンスあればその方が平等やな。言うてカイトが勝つやろうけど)
(どうかな、カイトが強いってことくらいニノマエだって分かってるはずだ。勝つ算段……何か秘策のようなものがあるから今回の犯行に踏み切ったんじゃないか?
いくらシリアルキラーだって熊を殺しにはいかんだろ。それはもう猟師だ)
(かもな、ベストはこのままカイトが圧勝して何事もなく終わる……なんやろうけど、そんな簡単に上手くいくとは俺も思えへんしな。
あ、ラーダン連れて行って良いか?)
(ラーダン? 何故あいつが出てくる)
ミアの師匠ラーダンの名が出たことにアウルムは首を傾げた。
(並んだだけで強いって分かったしな。俺も強くならんあかんわけやし修行みたいなもんや。それにあいつもヒカルに接触したがるはずや。勇者に関する情報を求めてる。ならヒカルが一番知ってると思う)
(そういうことか……ミアの話を聞く限り悪人ではないようだし、何かあったら盾にしたらいいしな)
(おいっ……じゃあお前はミアと行動か?)
(まさか、あいつは歳の割に落ち着きがなくてギャーギャーうるさい。潜伏して戦いを観察するのに足手纏いを増やす訳ないだろ)
アウルムは立ち止まり、あり得ないと首を横に振った。
(お前、ラーダンとミアに当たりキツいな?)
(そうか? ヒューマン以外で格上の話が通じる相手は珍しいからな。ふっ……俺も案外、浮かれてるのかも知れない)
(なんやそれ……ええ歳してイキリキツいな)