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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-18話 十二の試練



「あ〜やっぱモブじゃあこれアニメ化した時にカットされるんだろうな〜」


(自分を漫画か何かの主人公やと思ってんのかコイツ? どう見てもお前は悪役やろ)


 馬に引きずられるシルバを見ながらニノマエ退屈そうにする。


「さ〜て5周目……時速は1周ごとに時速10キロメートルずつ加速する。時速50キロメートル……足の速い犬ならなんとか追いつける速さだが、どうする?」


(残り5周……どんどん加速してるからその分の制限時間もどんどん少なくなるペースも加速するッ!

 どうする、鎖も馬も破壊不能オブジェクト扱いってことは……本体を叩くしかないんやろうな。

 あいつに近づくことで鎖がついて、あいつから距離を取るような攻撃方法……なら結局近づくこと自体があいつにとってリスクでありリターンのはずッ!)


「これならどうやァッ!?」


 シルバは風の刃をニノマエに発射する。


「無駄無駄、魔法主体でもないやつがその速度で移動しながら俺にピンポイントで当てられるほどの精度はないだろ」


 ニノマエはヒラリと攻撃を交わしながら顔の前で人差し指を振る。


「チッ……! 当たらんか……慣れんことはするもんじゃないな」


「まあ精々足掻けよ……後2周でお前はバラバラだからな」


 加速し、馬の速度は時速80キロに到達する。これは競走馬の平均速度よりも速く、シルバの全力のダッシュによる瞬間速度とほぼ変わらないスピード。


 鎖で不自由な手足の状態では、立ち上がり引きずられることに抵抗することも出来ない程速い。


「クッソオオオオオッ! オラオラオラオラッ!」


「ヤケクソで乱射か、つまらんな。Aランクと言っても所詮はこの程度。言っておくが俺はSランク並の強さだ、勝てる訳ないだろ。経験もステータスも剣技も魔法も俺の方が上なんだよッ!」


 魔法による攻撃が主ではないシルバの精密性では、高速で移動しながらニノマエに有効となる攻撃を当てることは難しく、地面や周囲の建物に当たり、砂埃が舞う。


「ラストッ! これで終わりだッ!」


 9周目が終わり、時速100キロメートルに到達する。


 5秒ほどでニノマエの周囲を周り終える。


「4……3……2……1……終わりだッ! 八つ裂きだッ────何ッ……!?」


 カウントダウンをするニノマエは土埃の舞うシルバのいるであろう場所を見た。


 しかし、シルバは居ない。


「お前がな」


「後ろッ!?」


 ニノマエの後方からシルバの声が聞こえた。人が後ろに振り返る時、まず最初に視線、次に首が動く。その後に胴体を捻る。


 しかし、ニノマエは視線を僅かに右下に動かす事しかできなかった。


 背後にいたシルバは瞬間的に5度、斬撃を叩き込む。


 斬撃によりニノマエの手足と首がほぼ同時に切断され、地面に落ちていく。


 切断され意識が飛びかけ、頭部が落ちていく中、ニノマエは砂埃が薄れていきハッキリと見える鎖の先端にシルバの手足がしっかりと繋がれていることを確認した。


(手足が……自分で……じゃあなんであいつは攻撃が出来……た……?)


「どうせ千切れるなら俺が自分でぶった斬る方がマシや」


「トカゲかテメェ……」


「まだ生きてんのかよ早よ死ねや」


 シルバは首から上だけになりながらも喋るニノマエを両断する。


「は〜やっと死んだか……クソ痛いねんけどふざけんなよボケが」


 ボタボタとシルバの左腕からは血が流れている。両足と右腕は元のまま綺麗に生えているが、左腕は手首から先がない。


 シルバは風魔法を意味もなく乱打したわけではなかった。砂埃を舞あげて、視界を悪くさせることが狙いだった。


 10周目で加速するタイミングでまず両足と右腕を自ら剣で切断した。

 激痛に耐えながらも『再設定(リセット)』を使用することにより、即座に手足を自己再生する。


 枷が外れた右手に剣を持ち、残りの左腕も切断。


 これで拘束が解かれ、砂埃の中に紛れ込む。


 急に引きずる対象が軽くなることによる不自然な加速を感知されない為には10周目の瞬間がもっとリスクが少なかった。しかもニノマエは勝利を確信し油断が生じるはずという博打をした。


 結果、背後の隙をついて攻撃を成功させた。


「痛過ぎるッ……!」


『非常識な速さ』による左腕の修繕を行いながらシルバは舌打ちをする。


 回復するからといって痛みを感じないということはない。しかもシルバ自体痛みには敏感な方。


 こんな目に遭わされてふざけるなという怒りによるアドレナリンの分泌によりいくらか痛みは麻痺しているが、それでも痛い。


『非常識な速さ』や原初の実による回復は戦闘においてそこまで万能なものではない。


 まず、『非常識な速さ』はシルバがどちらかの手で触れる必要があり、右手は剣を持っている。実質的に戦闘時は左手しか使えない。


 左手が封じられた場合そもそも使えないし、使用しているほんの僅かな時間もこの世界では命取りになるほど大きな隙を生んでしまう。


 原初の実も同様、そんなコンマ数秒という世界の中で呑気にムシャムシャと食べる余裕などそうそうない。


 戦闘の怪我なども持ち越さないという長期的な視点での継戦能力の高さはあるが、死ぬ瀬戸際のタイミングで使うことはまず非現実的な発想。


 何年もかけて勇者を殺していく旅には必須アイテムではあるが、戦局を変える劇的なアイテムではない。


「……まあ、でもトカゲかってツッコミは割とあってるよな。普通に考えたら手足再生するってバケモンやろさっさと死体回収するか……は……?」


 シルバはニノマエの死体を回収するべく、左腕から視線を移した。


 しかし、そこには何もない。あるべきはずのニノマエの死体は消えていた。


「殺すことで分身が解除されたか……?」


 その時、アウルムから念話が繋がる。


(こっちは始末した。そっちはどうだ)


(ああ、俺も今さっきぶっ殺したけど死体が消えたんやが)


(分かってる。事態はほぼ沈静化しているから調査官は一度王城に集合せよとの命令だ)


(本体も始末したか?)


(それが……今のところ全部死体は消えてるみたいだな)


(まだ終わらんか……分かった向かうわ)


 念話を終えてシルバは現場から離脱した。


 ***


「よお、無事だったようだな」


「多少、苦戦したけどな……危うく車裂きの刑に処されるところやったわ」


 シルバはアウルムと合流する。アウルムの服装は乱れておらず、戦いの痕跡はない。


 ミアの怪我による血がところどころついているのみだが、それも水魔法によってある程度洗い流されていた。


「ああ、これか? 別に着替えても良かったんだが、この非常時に着替えるのもなんだと思って敢えてな」


「会議中は体格隠す為にマントするしええやろ別に」


「俺は隠れてこめかみに一発で仕留めたから顔は見られてないがお前はどうだ? さっき車裂きがどうとか言ってたが」


「悪いけどガッツリ見られてるわ。現場の騎士、兵士にも見られてる。状況が状況やったから仕方ないわ、お前みたいに狙撃とか無理やしな。

 で、車裂きの件やが急に鎖に繋がれて4頭の馬に引きずられてたんや。とんでもない馬力で剣は貫通するし、鎖は千切れんしで、しゃーないから俺の手足ぶった斬って脱出よ」


「無茶苦茶やってんなお前……ところで、スキルについて名前とか言ってなかったか?」


 アウルムはシルバの強引な戦法に呆れながら聞く。


「言ってたで、確か……デュオ……ディオやったかな、なんかそんな感じ」


「デュオメデスか」


「そうそう! それや! なんで分かったんや?」


 指を鳴らしたシルバは確かにそんな響きだったと目を丸くする。


「俺が殺したニノマエは『クレタ』と言っていた。そしてカイトが相手した闘技場の方は『ステュムパロス』。分身能力……流石に予測がつく」


「うわ、それニノマエも俺に言ってたわ。首に鎖繋がれた時に。で、どういうパターンがあるねん?」


「ヘラクレスだ」


「ギリシャ神話の英雄か?」


「そのヘラクレスだ。ヘラクレスの試練は聞いたことあるだろ? あの試練に関連した名前だから予測がついた。他の能力についても大体想像がつくが困ったな」


 アウルムは舌打ちをして不機嫌になる。シルバは能力の正体が分かったというのに機嫌が悪くなる意味が分からなかった。


「いやむしろ分かって良かったやろ? これでカイトとかにも共有出来るし対策も立てられるやん」


「馬鹿かお前。どうして俺たちが異世界の神話の英雄について知ってるんだって話になるだろ。分かったところで共有出来るかっ!」


「あ〜俺ら現地人なんやった……そうやヒカルに技の名前だけ教えたら気がつくかも知れへんで? 昨日喋ったけど、あいつかなり賢いしヘラクレスの試練は有名やから知ってるかもやわ」


「ヒカル・フセか……原初の実を持ってきたやり手の勇者……待てよ、ヘラクレス、原初の実……おいおいおい…………まさかグルじゃあないだろうな……?」


 アウルムが独りで呟きながら何らか仮説に辿り着き自分の世界に入り込むのをシルバは見つめる。


「グル? いや、会ったことないって言ってたけど?」


「昨日あいつと会った塔に行くぞ」


「は? 意味が分からんのやが……」


「良いからついて来い」


「なんやねん、もう……」


 ***


 二人は昨日行った塔を登り、鐘のある開けた最上部に到達する。


「昨日、お前がここに来た時には既にヒカルが居た。そうだよな?」


「せや」


「何故、ここに来た?」


「何故って、あの現場を俯瞰する最適な場所はここやったからや。ここ以外にはない。ここが一番高いし、他の建物ならこっから見えるからな」


「それはそうだ、だがニノマエは居なかった。おかしいだろ? 昨日の爆発は今日の爆発のテストだろうな。規模や騎士の反応の速さ、指揮の流れなんかを確認する為のものだと考えられる。

 ならば、それらを確認する為に絶対に現場近くにいる必要がある。そして、その近くのベストスポットはここしかない……ここに居たはずだ」


 アウルムはそう言いながら、歩き回り何かを探し出した。


 地面すれすれまで顔を近づけたり、階段の手すりの裏側や、鐘の中を見る。


「何探してるんや」


「ニノマエがここにいた痕跡だよ。昨日のここに来た時のことを再現してくれ」


 シルバの方を見ずにアウルムは痕跡を探し続ける。


「え〜っと、俺がこうやって階段を上がったらヒカルがそこに立ってて……」


「ここか?」


「そこや」


 シルバが指差す場所にアウルムが立つ。アウルムは外の景色を見る。


「もし、ニノマエが先にここに居たとして、後からヒカルが来る。少し遅れてシルバが来るとなるとニノマエはどうする……隠れる場所はない、となると塔から飛び降りるか……咄嗟に外に張り付くか?」


 アウルムは身を手すりから乗り出して塔の外壁を確認する。


「あれか……」


「何があるんや?」


「少し下に装飾がある。あそこに一度飛び降りてぶら下がり、塔の中に入り反対側から脱出すれば、お前に見られずに済む」


「出来るかなあ?」


「再現してみる。お前は階段を登るところから始めてくれ」


 アウルムはシルバが一度階段を降りたことを確認してから手すりに身を乗り出す。そのまま飛び降りて、外壁の装飾にぶら下がり、音を立てないように注意しながら窓に乗り移り塔の中に入る。


 反対側の窓に飛び込みまた、外壁に移動する。装飾の凹凸にぶら下がりながら少しずつ降りていく。


(どうだ?)


(気づかんもんやな……いや、今思えばヒカルは現場の方に俺の視線を釘付けにするよう誘導してたような気さえしてくるわ)


 念話でアウルムに確認を取られたシルバは、やられた、という気持ちが込み上げる。


(当たりだな、装飾部に指紋がついてる。ニノマエの指紋データはないが、新しい指紋がこんな場所についてるってことは状況的にニノマエ以外考えられん。

 グルかは分からんがヒカルはニノマエと会っていた可能性が出てきた。ギリギリでニノマエがヒカルに気がついて脱出したとも考えられるが、信用は出来ん……それに原初の実のこともある。これは偶然の一致には出来過ぎてるな)


(さっきから何の話してるんや)


(ヘラクレスの試練に黄金の果実を取ってくるってのがあるんだよ。十の試練をこなした後、英雄的行為と認められず、イチャモンをつけられ追加されて結果十ニの試練になったのはあまり知られてないがな)


(黄金の果実……原初の実か)


 そこまで言われればシルバでも気がつく。偶然にしては出来過ぎてると。


(試練というからには、能力獲得にヘラクレスの伝説に基づいた条件があるはずだ。レベルアップごとに能力が増えるんじゃあ簡単に強くなり過ぎる……カイトに対してもしきりに『英雄』という言葉を使ってたからな。

 ニノマエは英雄になりたいんだろう。そして英雄になる為には試練をこなす必要がある)


(その試練が原初の実を手に入れることなら、ニノマエとヒカルの間に何かしらの協定があってもおかしくないってことか)


(あくまで仮説の段階だがな。結論ありきで答えを求めるのは良くないが調べる価値はあるはずだ、ヒカルを洗うぞシルバ)


(一筋縄ではいかんやろうがな……)


 ヒカルと会ったシルバだからこそ分かる。彼独特のオーラ。カイトの圧倒的な強さとはまた別の種類の凄みがヒカルにはあった。


 そんな簡単にことが運ぶとはシルバには思えなかった。

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