5-17話 モブ
カイトがニノマエを飛ばして闘技場から離脱する少し前に遡る。
シルバはニノマエとカイトの話す内容を聞きながら避難指示に従い闘技場を離れようとしていた。
カイトがいるのならば、それ以上に事態を良くすることも出来ないし足手纏いになることだけは避けたかった。
それよりも、外が異様に騒がしいことの方が気になる。
聴覚の優れたシルバは闘技場の外からも人々の叫び声が上がっていることを感知していた。
(何が起きてるんや同時多発テロ……単独犯じゃあなかったんか?)
事態の掌握に努めるべく、外に出て情報を出来るだけ集めねばと早歩きで通路を大股で進む。
「何故市街地にドラゴンが……」
隣にいた男が低い声で呟いたのをシルバは聞き逃さなかった。
(こいつ、ミアのお師匠か……)
「あんた、ミアのお師匠やろ? ドラゴンって?」
「ん? 私の事を知っているのか?」
「この間ミアとちょっと知り合ったばっかりの知り合いやけど、シルバや。聞いてへんか?」
「ああ……確かに言っていたな。ラーダンだ」
「よろしく……で? ドラゴンって今言ったか?」
「東の方でドラゴンの気配が急に発生した……この国は一体どうなっている? 計画が狂ったな……」
ラーダンは顎に手を置き、目を細めた。
「噂やが、ニノマエって勇者がカイト・ナオイに恨み抱いて復讐に来たって感じらしいで……外で何が起きてるんかは分からんねんけど」
「七箇所からそれぞれ別の魔力の揺らめきが感じられた。何故かは分からんがドラゴンまで出ている。
これは武闘大会どころではないな……ニノマエか、余計なことをしてくれる……」
(この位置でそんなに正確に外の状況を把握……? 感知能力高いな)
ラーダンは指をぐるりと回して大まかな騒ぎの方向を示し、拳を握って苛立ちをあらわにした。
「あんた、記憶喪失らしいやん。原初の実が欲しいんか?」
「原初の実では記憶は戻らん。それに賞品として用意されているのはさっき知った……私が欲しいのは記憶に関する情報だ。
この国では武闘大会で優勝した者はあらゆる願いが叶うのだろう? 手がかりを求めてきたが台無しだ……」
「そうとも限らんのちゃうか」
「何?」
露骨に肩を落としたラーダンにシルバは疑問を投げかける。
「王国祭はこの国の威信をかけてる。勇者一人に襲撃されてもやり遂げようとするはずや……出来るだけ被害を留めてさっさとこれを収束させたら再開すると思うで。
なんなら、ニノマエの企みを潰したら優勝するまでもなく礼として便宜が図られるはずや」
「ほう……君はそれ狙いで動くか? 悪くない。異世界の小僧一人の暴走を止める方がダラダラと優勝まで戦うより手間が省けるな……」
ラーダンは再び考え込むように顎に手を置いて、口角と少し上げた。
「普通にやったらあんたが優勝すんのは分かりきってるからな、俺も活躍の場を用意してもらったととらえることにするわ……ほな、俺は行くわ」
「シルバと言ったな、良い提案をしてくれた。今度酒でも奢ってやろう」
「ほな俺の相棒とミアで飯でも食うか……んじゃ」
そう言ってシルバはラーダンと解散する。
(複数箇所で攻撃するなら、あれくらい強いやつ一人差し向けるだけでも現場の負担違うからな……上手いこと誘導出来て良かったわ)
ニノマエが同時に複数箇所で事を起こすというのは不測の事態だった。危険物などがないかは事前に徹底して確認がされているし、闘技場の観客席にも何もなかった。
何より、アウルムの目を欺くことが出来たというのは異常なことだ。
遠距離から一方的に攻撃するような能力を持っているのであれば、守る側は相当に不利。
常に後手に回らされる。となれば、ニノマエを直接叩くしかない。しかしどこにいるのか分からない以上、無力化出来る力のある者がそれぞれの現場に足を運ばざるを得ない。
戦闘向きの能力を持っている勇者はこの国にはそれほど残っていない。であれば、勇者以外の実力者でニノマエの対応する必要があるが、ユニークスキルなしに勇者と戦うには相当な強さが前提条件となる。
仮にニノマエの強さがシルバと同等程度あると想定するならば、ナオイソードの4人、騎士団長と副団長、ヒカル・フセくらいしか相手が出来ないはずとアウルムは分析していた。
だが、ヒカル・フセのパーティと騎士団長は王族や外国の要人警護に割り振られている為ニノマエの討伐に向かえない。
七箇所──カイト以外のパーティメンバー3人がそれぞれの現場に対応しても、4箇所が漏れる。
事前に被害にあうと損害の大きな場所に人員を配置しているとは言え、思っていたよりも数が多い。
シルバ、アウルムがそれぞれ向かい、副団長とラーダンでやっと対応出来る者が足りるという心許ない人員不足。
ニノマエが想定以上に強くともこの国の強者を同時にぶつければ多少の損害はあれど素早く沈静化出来るはず。という計算があった。
しかし、現状は一番やられると痛い同時攻撃。戦力リソースの分散がされてしまっている。
本来はニノマエが出現した場所に応援を向かわせるという手筈だった。
シルバは建物の屋根に登り、街を俯瞰する。
「煙が七箇所……ラーダンやるやん? って呑気なことも言ってられへんな……アウルム!」
シルバはすぐにアウルムに念話を使用する。
(街の様子、見てるか?)
(ああ……やられたな。で、どうする? ニノマエ以外に動いとるやつがいるなら各個撃破でええんか?)
(それが他の騎士や勇者に確認を取ったんだが……ニノマエが同時に違う場所に出没しているらしい)
(はあ? 分身してんのか?)
(そのようだ。ナオイソードと副団長は既に交戦しているが問題は人手が足りない……俺とお前でも一人足りないんだ)
(俺マジで冴えてるわ……さっきラーダン焚き付けて現場向かわせたから丁度足りてる。向かう場所の指示くれ!)
(何っ!? いや、デカした、かっ……あいつならまず問題ないだろう。お前は西に行け! 俺は南のニノマエを相手する)
(了解! また何かあったら頼むわ!)
(気をつけろ……単独で5年間生き延びて王都に襲撃かけてくるくらいだ、何かやれると思ってるだけの根拠があるはずだ!)
念話はそこで終わる。
「西か……スラム街の方やな何かあったっけ……孤児院かっ!」
強く踏み込むことで、屋根の瓦がバキッ! と音を立てて割れる。
シルバは屋根の上を疾走しながら西側の煙が上がる孤児院の方角へ向かう。
背後からドラゴンの咆哮のようなものが聞こえた。
***
「クソッ! 応援はまだか!?」
「こちらに人員を回す余裕はなさそうです!」
「急報ッ! 南と北側でも襲撃ありッ!」
「チッ! 何が勇者だめちゃくちゃしやがって!」
「市民の避難を最優先だ!」
「避難ってどこにですか!? 街中大混乱ですよ!?」
孤児院の前では騎士や兵士が消火及び救助活動を続けながら怒号が飛び交っていた。
「ここはハズレだな〜モブキャラしかいねえ……」
ニノマエは燃え盛る孤児院の前で髪を撫でつけながら欠伸をした。
「このっ……クソ野郎がァッ!」
「手を出すなッ! 勝てる相手ではないっ!」
騎士の一人が背中を無防備に向けるニノマエに斬りかかった。
「いやいや……騎士道はどうしたんだよ」
笑いながらニノマエは背後に火魔法を放ち、騎士を丸焼きにした。
「ぎゃあああああッ!」
「ふははははは! キャラの格が違うんだよッ! レベルがなぁっ! モブ風情の気合いでどうにかなったストーリーなんか見たことないだろう?」
ゴロゴロと転がりながら叫ぶ騎士を見てニノマエは声を上げた。
「……?」
叫んでいた騎士の声が聞こえなくなる。
不自然に思ったニノマエは背後に意識を向けた。
「これ飲んで下がっててくれ。こいつは俺がやる」
「す、すまん……」
シルバは風魔法で火を消し、ポーションを騎士に渡した。
「シルバ殿!」
「ん? ああ、昨日の……!」
シルバに気がついたのは武闘大会のエントリー申請をしてやると言ったスリを引渡した時に知り合った男。
「まさか応援に……? 」
「武闘大会どころじゃあなくなったしな、任せてくれ」
「ッ! 了解したッ! 皆聞け! 彼はAランク冒険者だ! 彼の邪魔をしないようにさっさと避難をさせるんだ!」
騎士が声を上げて現場の指揮を取る。
「ブハハハハッ! Aランクッ! ブハハハ! Aランクでどうにかなると思ってんのか、おめでたいなぁ!
Aランクでもモブはモブッ! 何も変わらねえんだよなあ……」
「……モブ?」
「あ〜分かんねえよなあ現地人モブじゃあ……その他大勢、俺の物語の登場人物にすらなれん脇役以下の雑魚って意味だよッ!」
シルバに反応したニノマエがモブの説明をする。
「で……そのモブとやらなら、何しても良えと思ってんのか?」
「いや〜俺からしたらモブっつーかお前らNPCでしかないんだよな……あ〜NPCも分かんねえよなあ死んでも生きてても俺には何の影響もない存在って言うか……」
「…………そうか」
聞くに耐えない。シルバはそれ以上質問したり、反論することは時間の無駄だと判断した。
今すぐに、このクズの口を叩き切るべきだと判断した。
「ッ! やるか……だが、そこは既に俺の『射程距離』に入ってるぜ?」
殺気を見せたシルバにニノマエは反応する。
その瞬間、シルバは剣を抜きニノマエに急接近した。
「『デュオメデス』……ッ!」
同時にニノマエは叫ぶ。
「ッ! カハッ……!?」
ニノマエに向かって傾けた進行方向とは真逆の方向から、『何か』に引っ張られるような感覚をシルバは覚え、足を止めた。
まるで散歩中の犬がリードを飼い主に引っ張られた時のような首への強い不快感。
「お前剣がメインか? なら『ゲリュオン』の方が良かったな〜得意なスタイルで叩きのめした方がこう……スカッと! するもんな……」
「何しやがった……」
「それは後のお楽しみってことで」
「首に何か……ッ!? なんやこれは!?」
シルバは剣を持つ手とは反対の左手で首に触れた。いつの間にか鎖のついた枷が取り付けられいる。
「ヒヒィーンッ!」
どこからか、馬の鳴き声が。その鳴き声の主である馬を見るとシルバに取り付けられた鎖が繋がっている。
「ビックリしたか? ま、これ見たらこの後の展開は流石に分かるよな?」
「外せゴラァッ!」
「出走ッ!」
ニノマエが手を振り下ろすと馬は鳴き、歩き出す。
地面に蛇のようにうねる鎖が馬の歩みと共に次第に真っ直ぐに伸びていく。
(マズイッ! 引きずり回されるッ!)
鎖が完全にピンと張る前に攻撃して解除せねばとシルバはニノマエに飛びかかる。
「って、皆考えるんだよなあ……」
ニノマエによってシルバの首の鎖が解除された。
「何ッ!?」
「もっとエグいことするフェイントだとも知らずにな。首の骨が折れるか窒息して死ぬ方がよっぽど幸せな死に方だぜ、これ」
首の枷は外れた。しかし、今度は両手足に枷と鎖が繋がれている。馬は4頭に増えた。
「10周だ……10周したら馬が別々の方向に走るぜ。いってら〜」
ニノマエは笑いながらシルバに向かって手を振った。
「うおおおおおおッ!?」
それと同時に馬が走り出し、シルバは背中を叩きつけられながら地面に引きずられ始める。
(クソッ……! 鎖が切断出来んッ! 触れるけど実体がない物質的な感覚! 物理的な破壊は無理かッ……)
徐々に馬の走るスピードが上がってきていることを感じながら、シルバは鎖の切断を試みる。
徐行から、市街地を走る際に許された程度の速度まで加速していく。
「あだっ! イタタタっ! 背中がッ! ケツがッ!」
デコボコの整地されていない道の小石がシルバの背中と尻を襲う。
(引きずられる程度は俺の耐久力なら耐えられるッ! ちょっとヒリヒリするけど大丈夫や。それよりもこの馬のパワーが尋常じゃないッ! 俺が踏ん張ってもビクともせんッ! このパワーで別々の方向に走り出したら俺は車裂きの刑にされてまう!)
車裂きの刑──八つ裂きの刑として知られる昔の処刑法の中でも特に残忍な方法とされるもの。
手足を縄や鎖で縛り、その縄を牛や馬に引かせることによって肉体を引き裂く処刑。
また、シルバは現在引きずり回されているが、引き回しの刑ではない。
引き回しとは、馬に乗せられ罪状を掲げられた状態で刑場まで連行されることを言う。
「鎖がダメなら馬ッ!」
地面に叩きつけられる際の反動を活かして、バウンドと共に立ち上がり走っていく馬に向かってダッシュをかける。
まだフルスピードで走っていない馬に追いつくことは可能だ。レベル100を超えた肉体の俊敏性は伊達ではない。
「悪いけど俺はバラバラにされたくないからなぁっ!」
シルバはジャラジャラと鎖を鳴らしながら馬の足に斬りかかった。
──しかし、シルバの剣は馬の足をすり抜けた。
「はぁ〜〜〜ッ!?」
そのあまりの理不尽さにシルバが怒りのこもった声を出す頃、馬はニノマエの周囲を2周し、更に加速し始めた。