5-14話 王国祭
今回で100話到達です!
ドォンドォンと大きな音が何度も響き渡る。
──王国祭開催を告げる花火の音だ。
昨夜の爆発事件は、表向きにはこの花火に使われる火属性の魔石が事故によって爆発してしまい起きた不幸な事故ということになっており、被害者以外はただ純粋に空に打ち上がる花火を美しいものとして眺めている。
現在時刻は朝の9時。アウルムは肉片をかき集めて、シルバの『非常識な速さ』によって修復された犠牲になった子供の遺体を家族に届けて、その後も調査を続けていた。
調査官や騎士が総出で、王国祭の開催宣言をする闘技場に不審物がないかの確認をし、来場者への厳重な手荷物検査を終えて一息ついた頃である。
闘技場を観客席近くの通路から見下ろすと6つの小さなステージがあり、初日は予選が同時並行で行われる。
2日目に準々決勝、準決勝があり、3日目に決勝戦が行われるというスケジュール。
アウルムが立つ向こう岸には王族専用の区画が用意され、そこで王が開催を宣言するのを見守る。
カイトやヒカル、騎士団長など錚々たる武闘派が周囲をガッチリと守り、これ以上ないというほどの警備体制を敷いていた。
いくらニノマエがバカだとしてもこのメンツに特攻をしかけるとは考えにくく、もし仮に何かあるとすれば3日目だと予測されている。
「あれがこの国の王か……意外と痩せてるな」
初めて見た国王は白髪の老人で、痩せていた。アウルムのイメージでは贅沢三昧で不摂生から太っていると思っていた。
本来、平民どころか貴族ですら王の顔を直接見ることが出来る機会というのは限られているが、王国祭に限り王は民衆の前に姿を現す。
その王の姿を一目見ようと平民はこの日の為に金を貯めて観戦券を購入する。
アウルムのいる位置は平民が観戦をする区画であり、円状に作られた闘技場では、王に近い場所ほど高位な身分の者が座る。王と反対側であるこちらは平民のみとなる。
ニノマエが潜伏するのであれば、この平民のエリア。ただでさえ問題が起こるのは平民の場であり、特に警備は厚くされている。
逆に一番手薄な場所は下級貴族やそこそこ金を持っている商人の区画。むしろ下級貴族よりも成功した商人の方が金を持っていることもあり、護衛などをつけていることから、金のない下級貴族が一番警備が薄いとも言える。
「──素晴らしい武を示すことを期待する……それでは! これよりシャイナ王国、第16代国王『救世王アルレッド』の名においてシャイナ王国祭の開催をここに宣言するッ!」
痩身であるにも関わらず、威厳のある太い声が魔法により増幅され聞いた者の心を動かす。
その宣言と同時に花火が打ち上がり、ファンファーレが鳴り響く。
「何事も無ければいいが……」
アウルムは周囲に目を配りながら独り言をこぼす。
「そんな楽な方法はまずないだろう。嫌な予感もする」
巡回にあたっていたフレイがアウルムの独り言に反応した。
「だろうな。それは例の特殊な勘ってやつか?」
「だな。今朝からそれが止まらない」
フレイのレアなスキル『虫の報せ』は何かが起こることをフレイに伝えていた。
「おっ、アウルムじゃないの」
「お前も来てたか……ミア」
ミアは売店で買った食べ物を両手に持ちながらアウルムに声をかけた。
「お師匠が参加するもん」
「そうなのか、ともかく合流出来て良かったな」
「知り合いか?」
「まあな……」
アウルムの両サイドには美女が二人並んで立つことで、観客の平民はチラチラとこちらを見ていたことに気がつく。
しかし凄い美女3人組だと思われていることには気がつけなかった。
***
「始まったか……」
ファンファーレと共に、武闘大会参加者はステージに歩き出す。
参加者の一人であるシルバも移動する一団の中に紛れながステージに向かう。
薄暗い通路の奥には歓声と眩い光が見え、それが近づいてくると共に自然と高揚感も生まれてくる。
他の参加者たちもこの場に出られることに誇りを感じるようで口角を吊り上げたり、鼻をすすったりしている。
通路から見える光の中に足を踏み入れると、闘技場の声は一段と大きく聞こえる。
色とりどりの髪色をした頭の人たちが拍手と喝采を浴びせながら参加者を歓迎する。
急にひらけた場所に出たせいか、人の数か、そこから生まれる歓声か、演奏の音の大きさか、理由は様々かも知れないが、殆どの参加者が覚えたのは平衡感覚の瞬間的な喪失。
頭がクラリとして、地面が曲がったかのようにバランスを崩しかけるのを、力を入れてなんとか踏ん張り夢の中ならいるような気分で歩き続ける。
何度も死線を潜り抜けたシルバでさえ、会場の雰囲気に呑まれかけた。
これだけの規模のイベントで自分が注目を浴びることは経験したことがない。ダンジョンや、勇者との戦いは孤独。
だが、今のこれはそれとは真逆の状態。つまり慣れておらず初めての経験だった。
そこでまずシルバが行ったのはアウルムを探すこと。視線を彷徨わせながら見知った顔を探し安心がしたくなった。
(キョロキョロすんな、左だ)
アウルムから念話が入り、シルバは左を見た。
(どこや見つからんって……はぁ〜〜っ!? お前それ、ズルいやろっ!?)
(何がだ、ちゃんと会場の警戒はしている)
(両手に華ってやつですかぁ〜!? あ〜やる気失せるんやけどぉ?)
緊張の中、アウルムを発見したシルバだったが、その両サイドに遠目からでも分かる美人が二人立っている。
それにイラつきながらアウルムにつっかかった。
(偶然居合わせただけで、別に約束して一緒に居るのではないんだが……)
(こっちはむさ苦しい男ばっかり隣にいるのにこの差はなんやねんって話や!)
(いや、お前が武闘大会にエントリーしたんだし八百長対策で関係者が選手に近づけないんだから、必要な任務だろうが。そっちにニノマエいないんだよな?)
(いたらとっくに言うてるわ! この怒り、戦いにぶつけて昇華せんと収まらんわ)
(緊張はしてないようだな、やり過ぎんなよ健闘を祈る)
「何が健闘を祈る、や。何様やねんあいつ!」
ブツブツと誰にも聞こえない程度の大きさで文句を言うシルバだった。
***
武闘大会の予選参加者は総勢128人。外国からの参加者、国内の冒険者や武道家など、シャイナ王国内で宮廷魔法使いや、騎士など公職とされる者以外は誰でも参加が出来る。
去年優秀な成績を残した者にはシード権が与えられており、初参加のシルバはAランク冒険者としてシードなしで戦い6回勝ち抜けば優勝ということになる。
組み合わせは始まる直前まで決まっておらず、試合順にくじ引きが行われる。
各国のVIPなども観戦するこの試合において八百長が疑われる行為は厳禁とされており、関わった者全てが厳しく罰せられる。
というのも、この武闘大会は国内のみならず他国においても非常に有名なものであり、多額の金銭が移動する興業でもある。
そしてシルバは目立たず、準々決勝あたりまで粘れという無理難題をキラドからふっかけられている。
そこまで残れば負けたとしても特別にその場に残り、後の試合を観戦出来る権利が与えられるというルールがあり、出来るだけ会場の至る所に調査官や騎士を違和感なく配置しておきたいという思惑がある。
恐らくだが、他にもシルバと同じような使命を課せられた者がいる。調査官を使う水面下での貴族同士の権力争いという側面があるだろうとアウルムに言われてる手前、手を抜くことも出来ない。
「今回、勇者召喚から5年という節目を迎え優勝者には特別に通常の褒美に加え……あの有名な『エゼキバイトゥスの実』として知られる原初の実が与えられます!
こちら、昨日帰国された勇者の外交大使ヒカル・フセ殿が東の国──ジンクァ国より持ち帰ったものです!」
「何ッ!?」
聞きながしていた司会の口上から、とんでもない発表をされ、会場内は騒然とする。
「この原初の実、あらゆる怪我や病を即座に治すという伝説の果実。過去に市場に出回った際は小国の国家予算並みの金額で売却されたこの実……なんと、ヒカル・フセ殿が5つッ! シャイナ国に持ち帰ることに成功致しましたッ!」
「5個だとッ!? シャイナはどれだけ資金が潤沢なんだ!?」
「いや、資金の問題ではなく、ジンクァが5個も渡すことを許したということが信じられぬ!」
「栽培しているという噂は本当だったか……!」
反応は様々だが、原初の実を手に入れたという事実に驚きと興奮が大半で、気難しい皇帝のいるジンクァから5個も手に入れたというヒカルを賞賛する声もあった。
「そしてッ! 3つを王室へ、1つを大神殿へ……残り1つをッ! 優勝した者に献上されることとなりました! 分かります……本当にそれは本物の原初の実なのか……? という懸念。それは王自らが証明されますッ!」
国王は司会の言葉によって、厳格な態度でうむ、と頷き立ち上がる。
ヒカルが高級な宝石箱のようなものを開けて国王に差し出すと、国王はそれに手に取り腕を伸ばして掲げて見せた。
「余は不治の病に侵されていた。それはこの姿を見れば誰にでも分かることであろう……しかしッ! シャイナ王国は魔王を退け、こうして平和を築き上げ直し此度の王国祭を開催出来たッ! シャイナ王国ッ! 永遠に不滅なりィッ!」
そう叫び、原始の実を齧ると国王は発光して顔に生気を取り戻し、誰に目にも健康であると分かる程に顔つきが変化した。
(アウルムッ! あれマジモンかッ……!?)
(分からんッ! 国王は鑑定を妨害するマジックアイテムか魔法がかかっていると思われ健康状態の鑑定は出来ないッ! だが、原初の実が本物なのは事実だッ!)
(これヤバいやろッ!? 後4個もこの国が保有してるとか、ヤバすぎるって!)
(そんなことは分かっている……国威発揚、王家の力を見せつける演出としてはこれ以上ないものだ。だが、この非常時にあれを見せてニノマエが動かないはずがない! ニノマエだけでなく、危険な奴らにエサを与えやがって……一体何を考えているんだ!?
クソッ! 上の奴ら知ってて黙ってたなッ!?)
(周辺の国のパワーバランスが崩れるぞこれは……あれは表に出したら戦争の火種にしかならんもんや、荒れるでこの祭り……)
現状、ニノマエ対策でも手一杯であるのに更に危険な要素をぶち込んでくる上層部の意志は理解が出来ない。
ここから何か事件が発生してもニノマエによるものかが分からなくなる可能性がある。
それに時間を割いている間に取り返しのつかない事態に発展するリスクがある。
ニノマエを確保または殺害するまでは絶対に伏せておくべきことをこのタイミングで発表する。正気とは思えない。
だが、表立ってそれを批判出来る者はいない。王の意思に逆らうことが出来る者などこの場には誰一人いない。
バラバラになった肉片を修復したシルバは、またあのような悲劇を生むことを想像し怒りに支配されかけていた。
「残り4つは勇者ヒカル・フセ殿に保管していただき1つは王国祭のメインイベント武闘大会の表彰式の際に授与されます」
ヒカルが宝石箱のようなものを4つ、魔法を使い空中に浮かべる。
その様子は宮廷魔法使いの光の魔法によりスクリーンのように巨大に映し出されこの話にいる者全員が鮮明に確認することが出来た。
「これが欲しくば……これを与えるに相応しい者だと証明したくば……武勲を上げよッ!」
国王が元気な姿で両手を広げて声を張り上げた。
それと同時にステージから炎が立ち上り、花火の爆音と紙吹雪が舞う。
盛大なオープニングと共に武闘大会が開催され、闘技場のボルテージは最高潮に達し揺れるほどの歓声が湧き上がる。
────歓声?
「な、なんやッ!? 何が起こった!?」
違う、よく聞けば歓声ではない。混乱によるパニック、阿鼻叫喚による声。
(アウルムッ!?)
(爆発だッ! 会場のあちこちで爆発が起こったッ!)
(爆発物のチェックしたんちゃうんかッ!?)
(爆発物は設置されていなかった! 間違いない! 人が爆発しているッ! クソッ! ミアも重症だ……!爆発物を取り付けられていたというのかッ!? シルバッ! 怪しい動きをするやつがいるか調べろッ!俺はミアの手当てを…………ッ!? 上だッ!)
(上……?)
「ル……rrrrルェディーーーースッ! エーンッッ! ジェントrrrrッメェーンッ!
これよりッ! 追放者ゼロによるイィーーーッツッ! ショウタァアアアアアイムッ!」
闘技場の上空には大の字に手足を広げ、顎を天に突き出すほど上げながらマントを靡かせる黒髪の男が、大仰に舌を巻きながら宣言する。
「ニノマエッ……!」
ニノマエレイトがついに姿を現した。
100話でニノマエようやく登場ッ!お付き合いありがとうございます!これからもよろしくお願いしますッ!
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