1-10話 フレイとの出会い
「ね〜お家に帰してよ〜!」
「帰りたい! 帰られせて!」
「ごめんなさい! もう悪いことしないから!」
「どうしてこんな事するの!?」
「遅い時間まで遊んじゃダメってお父さんの言うこと聞けば……」
洞窟の中で縛られた子供たちが泣きながら懇願する声が反響する。
懇願する相手の顔は仮面を被って暗くてよく見えない。
「…………」
返事はない。
ただ、その人物は一人の子供に手をかざす。
「や、やだー!? やめっ!……うぅ!?」
子供は何をされるか分からぬ恐怖で更に強く叫んだが、次第にまぶたが重くなり、言葉を出せなくなる。
気絶した後は頬が痩せこけ始める。
数十秒経つと、完全に干からびてミイラのようなおぞましい姿に変わる。
「……ッ」
その恐ろしい光景を目の当たりにした子供達は声すら出せなくなり、失禁する者、歯をガチガチと鳴らして震える者、嘔吐する者もいた。
仮面の人物は仮面を取り、キラリと光る板を顔の前に持ってくる。
「……ギィッ!」
何に怒っているのか、子供たちには分からないが、とにかく機嫌が悪くなったことだけは読み取れた。
出来るだけ刺激を与えてはいけないと、静かに震えている。
そして、一人、また一人と子供たちの頭に手がかざされたのであった。
***
「だーかーらぁっ! 話の分かんねえ姉ちゃんだなあ!」
「そこをなんとか頼むっ!」
順調に依頼をこなし、レベルは40代、冒険者ランクはCになり、そこそこ腕利きの冒険者となっていたシルバは小遣い稼ぎに割の良さそうな仕事はないものかと、オフの日でありながらも、冒険者ギルドに顔を出していた。
受付の方で、ギルドの人間と身なりの良い若い女が口論をしているのが気になった。
女の冒険者も、いるにはいるが数は少ない。大抵は女性限定パーティや、男ばかりのところに一人混ざっている程度だ。
とはいえ、冒険者にしては身なりが綺麗過ぎる。
そんな黒い髪をした顔の整った女がギルドで大声を出しているのだから目立つ。
男連中は遠巻きにそんなやりとりを眺めて下世話な会話をしていた。
シルバは念の為、女の会話に耳をすませた。
「だからね、何度も言ってるけど国の公式な依頼じゃなくて、あんた個人の依頼なんだろそれは?
だったら、王都の騎士様だろうとそれなりの手順を踏んでもらわないとこっちでも対応する訳にはいかねぇんだって!」
どうやら女は騎士らしい。腕に覚えがあれば平民でも最も貴族に近い立場になれる騎士。出世の花形とも呼べる存在だ。
「そうはいっても急ぎの案件なのだ! こうしてる間にも手遅れになるかもしれない!」
「大体ねえ、あんたの言ってるのは、さっきからかも知れないとか、推測とか勘のようなもので確証がないだろう。そんな不確かな情報を元に依頼を出す訳にもいかんのが分からんかねえ……」
ギルドの男は苛立ちを抑えながら言い聞かせるように女にとうとうと理屈を説いた。
女は歯噛みしながら、うつむき黙りこくる。
「はあ、見てられんな……」
シルバは女の方に足を運ぶ。
「お姉さん、何かお困りですか? 話だけでも聞かせてください」
「おう、シルバか。やめとけ話を聞くだけ無駄だ。何の得にもならねえよ」
顔見知りのギルドの男、ジェドは一応シルバの為に忠告する。
「それは俺が決める。指名依頼でそっちに手数料払ったら文句ないやろ、金はあるんやろお姉さん」
「あ、ああ……金はある……」
「じゃ、茶でも飲みながら話聞かせてくれますか?」
「分かった……」
女は何が起きているのか分からないというような困惑した表情を見せながらも、藁にもすがる思いだったのか、素直にシルバの提案を受け入れた。
***
冒険者の好奇の目に晒されながらもギルドを出て近くの食事処で話を聞いた。
「さ、飲んでください」
茶を飲むことをうながして、シルバは自分もエールをあおった。
「私の名前はフレイ。王国に騎士として仕えている者だ。シルバ……殿でいいのか? 何故、私の話に耳を貸そうと思ったのだ?」
フレイは茶は飲まず、シルバを真っ直ぐと見つめて質問する。
「えーと、そうやなあ……顔かな」
「顔? 私の顔が好みだったから話を聞く……いや、これは話を聞くという体のナンパか、時間の無駄だったな失礼する」
フレイは椅子から立ちあがろうとするのをシルバは手で制した。
「冗談や、まあ顔が好みってのもあるがギルドの嫌がる依頼に興味が湧いたのが一つ」
「後もう一つは?」
「依頼を受ける契約を結んだら教える」
「そうか、私の身体などが条件であれば依頼を受けてもらい、達成されたなら構わない」
「ブフッ──ゴホッゴホッ!」
フレイの言葉にシルバは飲みかけのエールを気管に詰まらせ、むせ返った。
「違うわ、そういう下品な話じゃない。王都に住んでる騎士に聞きたいことがあるってだけや」
「なんだ、意外とまともだな」
ホッとしたのか、少し警戒を解いたフレイは茶を口に持っていく。
「何故、今質問しない?」
「質問の内容によってはこっちが困ることになる──かも知れへんってことや」
「なるほど、まあいい。私の依頼について話していいか? 生憎のんびりとしていられるほど時間があるわけではないのでな」
「ああ……」
フレイは事情を説明しだした。
「私は王都で騎士をしている。王都には各地の様々な噂や情報が耳に入ってくる。そして先日このような噂があることを知った」
国の西部の中心に各地の森で子供が失踪しているらしい。
探しに行った大人は獣に襲われたような無惨な死体で発見されるが、それは必ず森の入り口だという。
子供だけが煙のように消え死体も出てこない。
まるで神隠しのように忽然と姿を消す。そんな話が王都では都市伝説のように面白半分で語られるという。
「私は今は騎士だが、元は平民で西部の小さな村出身だ。もし仮に危険なモンスターが子供の味を覚えて子供ばかり狙っているのだとしたら、危険だ。だが、森が近くにあるような小さな村ではギルドに依頼を出せるほど裕福ではない」
「で、故郷が心配やから自腹で冒険者に調査依頼をしようとしたと?」
「そうだ」
「断られた理由は?」
「冒険者ギルドの男が言うには、具体的に調査する場所、調査するモンスターや人の情報が揃っていなければ受理しないと言っていた。
この噂は国の西側で何らかの奇妙な事件が起こっているというもので、それは十分な情報にはならないらしい。
私が独自に調査をした結果、その正体不明の何かは徐々に南から北上している」
「なるほど……そのルートの先があなたの出身の村になると?」
「そうだ。だが、証拠がない。次にそこに来るかも知れないという憶測ではダメなのだ」
「それはその通りですね。不確定な要素が多過ぎる依頼はギルドの信用にも関わるから拒否されるでしょうね……調査依頼は特にリスクが高い。
最低でもCランク冒険者じゃないと無理だろうし、何日もかけて行うもので費用もバカにならない。それに相手の正体が分からない。それなら手堅い討伐依頼の方に実力のある者は流れる。
よっぽど大金を積まないとギルドは動かないでしょう」
「うっ……」
悔しそうにする彼女を見てまるで自分が虐めているようだとシルバは感じた。
「……そうなると、それなりのランクのパーティに声をかける必要がある。だが、今日依頼して今日冒険者が依頼を受けて、今日から向かう、それは無理がある。そう簡単には都合の良い人材は見つからない。それなりの手順というのはそこでしょう?」
「その通りだ。無理を通そうとしているのは分かっている。だが、今は無理筋でも通すべき事態なのだ」
「何か、確信めいたものがあるようですが……」
「私は昔から『嫌な予感』というものを察知出来るのだ、何か言語化出来ない不快なものが肌を撫でるような時、大抵悪いことが起こる。この能力のお陰で危険を回避し騎士となり、今の今まで生きてこれた。
今回はかつてないほどの『嫌な予感』が肌を撫でる。絶対に私の村で何か起こる。
まあ……それを冒険者ギルドが信用するわけがないというのは分かっているので話してなかったがな」
そう言って、二の腕を抑えながら自嘲気味にフレイは笑った。
シルバはフレイのステータスを確認する。確かに彼女のスキルの中には『虫の知らせ』というものがあった。
しかもスキルレベルは7。
これは案外馬鹿にならない高さで、達人級のスキルレベルだ。しかもそんな達人級の『虫の知らせ』が警鐘を鳴らしている。
眉唾物だが、何かが起こるというなら、ファクトチェックのいい加減な噂話に耳を貸すよりは、よっぽど信用出来るのではないか。
それに噂話の内容も気になる。もしこれが人間の犯行ならアウルムが言うところの秩序型だ。
娼婦殺しとは別件だろうが、壊れた勇者であるという可能性が捨てきれない以上、無視出来ないだろう。
「相棒に連絡を取るが恐らく了承するでしょう。一度相談してから再度合流し、契約の内容を詰めたい。ギルド前に一時間後に待ち合わせで構いませんか?」
「本当かっ!? あっ、失礼確定ではないのだな。だが、検討してくれるだけでも助かる。是非ともお願いする。ギルド前に一時間後だな、了解した」
シルバは店を出てアウルムに念話を使う。
(俺や、今大丈夫か?)
(どうした?)
(面白い話を聞いたから直接話したい。今どころにいる?)
(宿にいる)
(今から向かうわ。じゃあ15分後に)
***
「──というわけや」
「面白い……面白いな……」
アウルムは目を輝かせながらシルバの話に齧り付いていた。
一体何がアウルムの琴線に触れたのかは分からないが興味を持った。
「お前の言う通りそのスキルが何か伝えようとしているなら、何かが起こる。それが発動した瞬間を目撃出来れば俺たちにも獲得出来るだろう。これは有難い能力だ。
森が危ない、モンスターが子供も攫いに来るというのは前の世界でもある種、定番の寓話だ。迷子になったり危険な人間や獣から守る為の教えが含まれている。
この世界にだって、その手の話はいくらでもある。物語というのは大抵何か元ネタがあるんだろうが、こいつは生きた都市伝説だ。
子供だけを狙うモンスター……そんな知性があるやつは一度目にしておきたい。人間なら初めての勇者に遭遇出来るかもな。辺境の地なら目撃者も少ないし他の勇者と鉢合わせることもないだろう。
森に隠れているなら極めて社会性に乏しい奴のはずだ、情報漏洩のリスクも低い。
こいつは恰好の『獲物』だ」
饒舌にギンギンになった目でまくしたてるアウルムをシルバは落ち着かせる。
「俺はヘンゼルとグレーテルとか、赤ずきんを思い出したな」
「森に潜む魔女や狼といった恐怖や危険を擬人化したものだな。あいにくこの世界にはどちらも実在しているがな。
俺たちにとって予想外の相手が出てくるってことも考えられる。人やモンスターではなく、魔法があるこの世界独自の現象とか、悪い妖精や、空間の歪み、いくらでもあるだろう。
だが一度調べてみよう。もし見当違いの結果でもその時はその時だ」
「勇者なら初めての戦闘になるが、大丈夫か? 俺たちはレベル40代、『不可侵の領域』で差埋めて360レベルまで行ってなかったら戦えるやろうが戦闘力は未知数やろ。危険じゃないか」
「確かに、ベテランの勇者はスキルもたくさん持っている上にユニークスキルもあるから手こずるのは予測出来る。
だが、恐らく単独の犯行、低い社会性、子供だけを狙う手口から推測するに、こいつはあまり戦闘派じゃない気がする」
「最初にやるなら、そういう相手の方がいいか。火力で押し切るタイプとは相性悪いしな」
「ああ。というわけでこの依頼は受けるぞ。ギルドに向かおう」
「なーんか、面倒なことが起こりそうやな。俺にも『虫の知らせ』が芽生えたか? いや、芽生えてないな気のせいやったわ」
ステータスを確認しても『虫の知らせ』はなかったシルバは頭を掻きアウルムと共に冒険者ギルドに向かった。
やっと10話です。この世界にも多少慣れた二人が、ついに動き出します。
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