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WEAK SELF.  作者: 若松だんご
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八、国 まほろば(二)

 「おーう、大津~」


 朝堂を出て、門に向かうところで、衣冠を正した川島に会った。

 こんなところで川島に会うなんて珍しすぎる。先程、草壁と彼を話の種にして笑い合ってきたというのに。

 今日の川島は、フニャフニャではなかったようだ。


 「なんだなんだ? お前、オレより疲れた顔してるぞ?」


 並んで歩きながら、川島が顔を覗き込んできた。


 「“始聴朝政”を命じられたよ」


 「あー、やっぱりかぁ」


 川島が空を見上げ、息を吐き出す。


 「お前がここにいるなんて珍しいから、なんかあったなって思ったんだが。……やっぱりか」


 「ああ。やっぱり、だ」


 草壁に男子が生まれた。

 その時から、いや、阿閉の懐妊の報を聞いてからその予感はあった。それは川島も同じだったらしい。


 「じゃあ、これからはフラフラしてられないぞ、大津」


 「いや、フラフラしてるのは、どっちかというとお前だろ」


 川島をこんなところで見かけることのほうが珍しいというのに。衣冠を正しているということは、今日はキチンと務めを果たしてきていたようだ。


 「だから、オレは見識を広めてただけだって。よし、ここは一つ、政の先輩として教訓を与えてやろう」


 ノシッと肩に肘を載せてきた川島。少し得意げに鼻を鳴らした。


 「いいか、大津。何事も“ほどほど”が肝要だ。お前が熱心にやり過ぎると官吏が困る。仕事が無くなって暇になってしまうからな」


 え?


 「なので、働きたくてたまらない官吏のために、程よく仕事を残してやる。それが上に立つ者の務めってやつだ」


 「ようはお前のように、適当にやっておけということか。お前の下の官吏たちは、たくさん仕事を与えられて泣いているだろうな」


 「おう。嬉し涙だな」


 「辛くて泣くのではないか? それか、適当すぎる主に嘆き悲しむか」


 「ま、どっちでもいいさ。それより、酒だ酒。お前が政に参与することになった祝いだ」


 「飲んでばかりじゃないか」


 この間は、草壁の子の誕生。今日は自分か。

 次々理由を見つける川島に苦笑せざるをえない。


 「いいんだよ。飲まなきゃやってられないからな」


 顔をしかめ、せっかくの整えられた髪を掻く。髪が乱れ、いつものくだけた川島に戻る。


 「高市殿がうるさいんだよ。武芸に励まぬのなら、せめて政務にだけは(いそ)しめって」


 「ああ」


 なるほど。

 それで珍しく出仕していたのか。

 得心いった。


 「ってことで、急ぐぞ、大津」


 「え? なぜ?」


 「酒は月傾く前から飲むのがいいんだ!!」


 グイグイとこちらの背を押し、急かし始める。


 「酒を飲むのに月が関係あるのか?」


 「あるんだよ、オレには大いにあるんだ!!」


 「初耳だよ、そんなの」


 押されるままに歩き続ける。朝堂の外へと続く門へと近づく頃には、足は「歩く」ではなく、「走り」出していた。


 「逃げろ!!」


 ――やっぱり。


 「誰から逃げるんだよ」


 走りながら問う。


 「そりゃもちろん、お前の兄貴からだよ!! 捕まったら仕事に連れ戻される」


 「つまりお前は、逃げてる最中に僕に会ったってわけか!!」


 「そういうことだ!! 行くぞ!!」


 先陣をきるように速度を上げた川島。呆れながらその背中を追いかける。

 高市に見つかったら、自分も連座で叱られるのだろうか。

 お前も大人だ。政に参与することになったのだから、少しはその自覚を持て――とか。巌のような顔でこちらを睨みつける異母兄(あに)の姿。

 想像するだけで口元が緩む。楽しい。だが。


 「じゃあ、とっとと逃げ出さないとな!!」


 一緒に叱られるだなんて。そんなのとばっちり、とんでもない巻き込まれは御免被りたい。

 川島に追いつくように、走る速度を上げる。


 「おいこら、オレを置いてくなよ!!」


 「じゃあちゃんとついてこいよ!!」


 遅れじと川島が自分に手を伸ばす。掴もうと伸ばされた手を(かわ)し走っていく。

 じゃれ合うたび、出仕するため整えられた衣冠が乱れていく。 

 何をやってるんだ。

 馬鹿馬鹿しい。

 でも、気持ちいい。

 門を守る衛士たちが目を丸くして驚いてる。

 そりゃそうだろう。大の大人が、身分ある者が、声をあげ、笑い、はしゃぎながら走ってくるのだから。

 だけど、今はそれすら面白くて仕方ない。


 「よーしっ、これで自由だ!!」


 わずかに先を行った川島が門の外に出る。


 ――ドンッ。ガシャ。


 川島が何かにぶつかる音。それと何か硬質なものが地面に落ちる音がした。


 「あ……」


 川島がぶつかったもの。

 それは、たくさんの木冊書を持って歩いてた少年――葛野(かどの)だった。

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