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友達のラジオ

作者: 扉野ギロ

「ちょっと見てもらいたいもんがあるんだ」


友人Kに言われて、放課後彼の家を訪れた。


Kの自宅は、僕の実家からそれほど離れていないところにあった。

それでも、かれの家に遊びに行くようになったのが高校に入学してからのことだったのは、学区が違っていたためだった。


道路一本挟んだだけで、小学校も中学校も違う。

Kが通っていた小中学校は、名前だけを知っていて、どんな文化があったのか、そんなこともまるでわかっていなかった。


もしかすると、近所のスーパーなんかで会ったこともあるのかもしれないけれど、もちろん覚えてなんかいない。


「これなんだけどさ」


そう言ってKが見せてくれたのは、箱型のデジタル時計だと思った。

ただ、大きさの割に表示板が小さく、少し違和感のある形をしていた。


「ラジオだよ。小学校ん時に授業で作るだろ」


とはいっても、僕の通っていた小学校でやったのは、文字盤を手作りした時計だった。

あまり上手く出来なかった気がして、今はクローゼットか屋根裏に突っ込んであるはずだ。


「へえ、お前んとこはそうなんだ」


Kは感心するようなことを言って、徐にラジオだという物の電源を入れた。

すでにどこかに周波数は合っていて、電源が入った途端に音が流れ始めた。


学校の授業で使う物だし、安物だったのだろう。聴こえてくる音はこもっていて、粗末な音質だった。


耳を塞いでいる時のようにごもごもと男性の声がしていた。それが『暑い』やら『汗が止まらない』といった他愛もない話をしていた。


僕は、普段ラジオを聴かない。

そのせいでもなかったけれど、大して面白いとも思わなかった。

一分か二分か、ほんの少しだけ流れてくる声を聴き流している内に、Kの見てもらいたい物がなんだったのか気になった。


「いいから、ちょっと黙ってろって」


そんなふうに言われて、また少し静かに耳を立てていると、


――ギリリ、ギリリ


と、男性の声に混じって異音がした。

だけどそれは、こもっている声とは違ってやけによく聴こえた


「聴こえた?」


Kがそう言って僕の方を見た。

その顔は至って真剣で、半分だけ顔を向けている仕草が何かを警戒しているようにも思えた。


「久しぶりに電源付けてみたら、こんな音がするようになってた。前は、しなかったと思うんだよな」


Kが話す短い間にも何度か、ギリリ、と音がしていた。

ゴムがニスの上でにじられるような、あまり耳に良い音ではなかった。


前、というのがいつだかはわからないけれど、それが小学生以来だとしたら、安物だし、長いこと放置されていて故障したのだろうと思った。


「そういうもんなのか?」


逆に、ずっと放置していたのに過ぎた年月をまるで感じさせずに動き出す物もある。とはいえ、多くの場合は動かないものだと思う。


「死んだらヤバいし。じゃあ、中を見てみたほうがいいかもな」


Kに機械いじりの知識があるとは予想もしていなかった。むしろ、放置した機械が動かなくなることすら予想できなかったくらい、無知だったはずだ。


機械音痴が手をつけるとどうにもならなくなるから、下手なことをするのはやめたほうがいいと思った。

だけど、ラジオを分解し始めたKの手つきは慣れていて、外装を外すのも難なくこなしてしまっていた。


中身は想像していたよりもずっとスカスカで、スピーカー、ボリュームとチャンネルのつまみ、表示板、電池ボックスの五つが基盤から伸びているだけの単純な構造だった。


仕組みのわからない人間が見ただけでは、機械のどこの具合が悪いのかわからなかったけれど、異音が混じるのならスピーカーだろうと想像はついた。


「なるほど、スピーカーか」


納得するようなことを言っているにも関わらず、Kが見つめていたのは基盤の方だった。

ボコボコとなんの意味があるのかもよくわからない細かな部品が小さな町のようにひしめいているそれをじっと見つめて、


「ちょっと色が変かも」


Kはそんなことをつぶやいた。

僕はそういったことには無知だったし、何がどう違うのか知りたくて、目についた基盤に生えている部品のことを訊くことにした。


それは、黄や青色の地に赤や緑色といった濃い色の縞模様がついた芋虫のような形をしていた。


「これは、抵抗ってやつ」


基盤上に芋虫がついているのは見たことがあるような気もしたけれど、それが抵抗という意味を持っていたことはこの時初めて知った。

その抵抗部品は基盤の中で最も数が多く、他の"らしさ"のある大粒の部品に比べればずいぶん地味なものだ。


他の部品についても訊いてみようと考え、僕はまた別の"らしさ"のある部品の中でも特別異様な形のものを指差した。

それは小指の爪くらいの大きさで、薄く黄色味がかってくすんだ白色のマイナスドライバーの先端みたいな形をした物だった。


「それ、ハ、だよ」


ハ?

全く意味がわからず訊き返した僕に、Kはまた「ハ、だって」と言った。

改めて聞いても意味がわからなかった。

困惑していたというよりも、思考が完全に停止していた。そんな僕に気がついたのか、Kはニッと口元を歪ませ、そこを指てトントンと突いて見せた。


「歯」


Kの言葉の意味を理解した瞬間、怖気が走った。


いかにラジオや機械に無知な僕でも、そんなものを基盤に取り付けるはずがないことくらいはわかっていた。

電気とも電波ともまるで無関係の物質を取り付ける理由がわからなかった。


「子どもの歯ってさ、抜けても成長するんだよ。っていっても、土に埋めて芽が出るわけないだろ。でも、電気とか電波の影響でさ、だんだん大きくなるんだよ。人間の脳みそだって電気使うだろ? それと同じなんだってさ。話しかけたりすると、どんどん賢くなるし。かさぶただって、肥料にするとミニトマトがちゃんと成長するんだ」


そんなはずがない。

唖然とする僕を後目に、Kは母親に解決策を訊きに行くと言って、部屋を出て行った。


部屋に独り残された僕は、殻を向かれて中身がむき出しになったソレと二人きりになった。


――ギリリ


静かになった部屋の中で、ゴムをにじるような耳障りな音がよく聴こえた。

不気味に思いつつも音が鳴る時にじっとその、歯、を見ていると、わずかに震えているような気がした。

すると。


――ギリリ……グ、グ……


異音の中にまた異音が混じり始めた。

二つの音色が合わさると、それは何かを擦り潰す音のように聴こえた。

まるで、歯ぎしりでもしているかのように。


――……け


音がふいに声の形になった気がして、体がビクリと反応した。

ラジオ番組の声だと思った。


『でていけ』


違う。ラジオじゃない。

そう気がついた途端、僕は粟立つ肌の勢いに任せて部屋を飛び出していた。

コーラのペットボトルを二本持って二階に上がってくるKとすれ違いざま、何を言い訳にしたのかは覚えていない。


それから僕は、なんとなくKと付き合いづらくなってだんだんと疎遠になっていった。



あれから十年。高校の部活仲間で同窓会をすることになった今。

高校生当時はこの話をする気もなかったけれど、多少大人になったからか、懐かしい面々を見ていて、ふとKを思い出した。


そういえばと話をすると、マネージャーが僕の昔話に食いついた。


「そんなはずないよ。

私、Kと同じ学校だったし、たしかにラジオを作った記憶はあるけど、普通だった。っていうか、そんな気持ち悪いもの使うはずないでしょ。それって、Kの嘘だよ」

「でも、わざわざそんな気持ちの悪い嘘ついて、どうしたかったんだよ。むしろ友達減るだろ?」

「だからそれは、気を引くためじゃない?」

「まあ、そういう電波っぽいところはあったかも……?」

「そうじゃなくて。Kってさ、小学校に来てなかったんだよ。っていっても、正確には教室に来てなかったの。保健室登校ってやつ。なんか、人付き合いとか苦手だったみたいだよ。中学校からはちょくちょく教室にも来てたみたいだけど、自分の席から動かないでイヤホン突っ込んで寝たフリしてるタイプだったし」

「それ、マジ?」

「タメの子たちの間では常識くらい有名」

「そうだったんだ……」


ふわりとすれ違いざまのKの姿を思い出していた。

握られていた二本のコーラの意味を、今になって噛み締めている。


「ちょっと可哀想なことしたかも」


明るい飲み会で懺悔をするのは卑怯かもしれない。けれど、Kと距離を置いた選択を間違っているとも思えない。


だって、あの時僕に『でていけ』と言った声はたしかに存在した。

あれがもしもあの乳歯が成長した結果だとしたら。Kの友達になったのだとしたら。

ぶるりと体に触れた悪寒を、氷の溶けた少しだけレモンの風味のする水で押し流した。



ところで、Kにそんなデマを教えたのって……。

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