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四国  作者: 秋島武雄
第4章
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誘い

耕治の家で風呂を借りて、さっぱりしたののは、一息つくと山村商店へ帰ることにした。


「コウ、送ってけや」


恭しく礼を述べるののの応対を終えると、耕治の母親は耕治に声を掛けた。

居間で胡坐をかいて畳の上に手を付き、関心なさそうにテレビを眺めていた耕治だったが、母親の一言ですくっと立ち上がると無言のまま、仏頂面でののの横をすり抜けて突っ掛けを履くや、外に出た。

ののもその後を追った。

昼間の狂ったような暑さが嘘のように和らいでいた。

数匹の蛾が慌ただしく飛んでいる電信柱に取り付けられた外灯が照らす道を、耕治は足早に歩き、ののが数歩遅れてその後をついていった。

耕治の家から山村商店までは数百メートル足らずの道のりであった。

無言で歩いていくうちに、二人は山村商店の前にたどり着いた。


「……どうもありがとう」


ののは人気のない建屋のガラス戸に手を掛けると、小さな声でそう言って耕治に別れを告げた。


「ああ」


耕治は低い声でそう言うと、目も合わせずに歩きだした。

しかし、その方向は元来た道の方ではなく、仲島港の方だった。


「帰らないの?」


ののがその背中に向かって声を掛けた。


「ついでだ。ちょっと夜風に当たるけん。港に行ってぼんやりしてから帰るけん」


耕治はそう言うと、港の方へ向かって歩き出そうとした時だった。


「み、港なんて行かんでも……に、2階……うちの2階はすごく風通しがいいんや。うちで休んでいったらええやん」


ののは震える声でそう言った。

驚いて耕治は立ち止まり、振り返った。


「あ…?」


耕治が言うと、ののは顔を真っ赤にして急に首を振った。


「な、なんでもない!じっ…じゃあね!おやすみ!」


言うとののはくるりと振り返って耕治に背を向け、山村商店のガラス戸を乱暴に開け放ち、中に入ろうとした。……が、その刹那、耕治の気配をすぐ背後に感じ取り、立ち止まった。


「……なんか……言ったか?」


耕治がのののすぐ後ろに立っていた。


「……な、なんでもない!」

「そうか」


耕治はののの耳元に顔を寄せるとそう言い放って、また立ち去ろうとした。


「馬鹿っ!うちがこない勇気振り絞って言ってるやんか。少しは気づけどあほう!!」


ののはそう言うと、無理やり耕治の腕を掴んで山村商店の中に彼を引きずり込んだ。


「何するけん」


さすがの耕治もあっけにとられ、なされるがままに山村商店の中に入った。

暗い土間を通り抜けると、電気もつけずにののは耕治を連れて室内をどかどかと歩いて、2階の一室に耕治を連れ込んだ。

雑然としていて散らかっている畳敷きの部屋に入ると、ののは力づくできしんだ木の格子のガラス戸を開け放った。


「どや。涼しいやろ!」


確かにののの言う通り、途端に海からの風が吹き込んで、紅潮した二人に涼しさをもたらした。


「ああ」


耕治は相変わらずあっけにとられた様子で、窓際に座った。

外からは仲島港が一望できた。

港は緊急時に備えて、波止場の一部に照明が灯されていた。しかし、その白い光の下には無数の蛾が閃いているのが見えるだけで人は誰もいなかった。

月明りが眩しいくらいに照らす明るい夜だった。

だが、港の先に広がる瀬戸内海は黒い影となってよく見えなかった。海は恐ろしく凪いでいる日のことで、波の音もあまり大きくはなかった。

ひとしきり外の様子を見た後、耕治はののの方を見た。

暗い部屋の中で、ののは耕治から少し離れた場所から同じように窓の外を見ていた。

なぜか緊張しているのか、背筋を伸ばして正座していた。


「どした?」

「…ど、どうもせん!」


耕治は怪訝そうな顔でののを見た。

風呂上がりで黒い髪を下ろして、少し紅潮した頬のもと、その瞳が落ち着かなく瞬きを繰り返していた。

窓から差し込む夏の夜の月明りに照らされたその横顔は、耕治がそれまで見たことのないほどの美しさを持っていた。


「なんや。女の一人身で男をこんなところに連れ込んで。あの変態彼氏と別れて、ご無沙汰なんか。身体が疼くんか。じゃあ、俺が相手してやろうか?」


ののは最初、耕治の言った言葉の意味がわからなかったらしく、ぽかんとしていたが、やがて意味を察したのか、顔を真っ赤にして怒り出した。


「ば、バカ!変態!じゃあ、もう帰ったら!せっかく風の当たるいい場所案内してあげたのに…」


ののはそう言うと、耕治のところまでやってくると、今度は彼を追い返そうと彼の腕を引っ張った。

もっとののをからかおうと、耕治は座ったまま動かないでいると、ののはむきになって力づくで耕治を立たせようとした。その時だった。


「あ」


暗闇の中でののはバランスを崩して、耕治の上に倒れかかった。

柔らかい胸の感触を耕治は顔全体に受け止めた。

風呂上がりの甘い匂いに顔全体が包まれた刹那、耕治はそれまで張りつめていた理性の糸が切れるのを感じた。

倒れかかったののの身体を受け流すかのように畳の上に寝転ばせると、耕治はののの上に覆いかぶさった。


「あ……」


ののが何か言おうとする暇を与えず、耕治はその口を自分の唇で塞いだ。

長い口づけを交わす二人の身体に、窓から吹き込む夜風が吹き付けた。


「馬鹿……」


ようやく耕治が顔を離すと、ののは恥ずかしそうにそう言って目を伏せた。


「嫌やったか…?」

「別に嫌じゃないけど……いきなりだったから……」


ののの言葉を聞くと、耕治は起き上がろうとした。

しかし、その瞬間、今度はののが両手を伸ばして耕治の首筋に手を絡ませた。

再び二人の陰は重なった。

夜風が吹き付ける木枠の窓ガラスが僅かにカタカタと揺れる音を立てる中、二人の吐息が静かな部屋の中に聞こえた。

ののが顔を離せば今度は耕治が求めた。

耕治が顔を起こすと、今度はののが誘った。

ひとしきり二人が唇を求めあったあと、耕治は恐る恐るののの着ているTシャツの中に手を入れた。


「あっ…」

「嫌か?」

「い、嫌じゃない……」

「嘘つけ、震えとるやないか」


耕治はののの着ているTシャツの中で下着越しにその小さな胸に手を這わせながら、彼女の生暖かい細い身体が微かに震えているのを感じていた。


「嫌じゃないけど緊張する……」

「なんでや。あの変態彼氏といつも水着着てお楽しみしてたんだろ?」


耕治はそう言うと、Tシャツを脱がせて、白い下着だけになったののの細い身体の上半身を抱きしめた。


「馬鹿…そんなこと一度もしたことあらへん」


ののは強がりながらも、声が震えていた。

耕治はそんなののを気の毒に思いながらも、月明りに照らされたその美しい顔と下着姿にされたののの細い身体を前に、すでに後戻りすることは不可能であることを察した。

それは肉欲的な情念だけではなかった。

今目の前にいるこの可憐な少女のことが、急に愛おしくなった。

その想いは言葉よりも先に行動に現れた。

強く抱きしめたら、折れてしまいそうな、その細い身体を耕治は目いっぱい抱きしめた。


「お嬢さん…俺はもう無理や……堪忍してくれ」


耕治はののにそう言うと、のののブラジャーに手をかけた。


「あっ………べ、別にええけど…お願いや……優しくして……うち、こういうの初めてなんよ……」


耕治に身体をまさぐられながらののは息も絶え絶えにそう言った。


「嘘つけや。ヤったことぐらいあるやろ?」

「……」


耕治の問いにののは答えなかった。

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