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四国  作者: 秋島武雄
第3章
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昼食

守一が日課の昼寝から目覚める頃、耕治は台所でみえと昼食に使った食器を洗っていた。


耕治がここで働き始めてから早くも4カ月あまりの月日が過ぎようとしていた。

その間、守一は毎日、耕治を自宅に招き入れ、昼食を食べさせてくれた。

耕治は仕事にも慣れ、今や備讃汽船にとっては欠かすことのできない労働力となっている。

守一の目から見て、耕治は現代の若者にしては珍しいくらいの古風な堅物であった。

仕事ぶりは丁寧で真面目すぎるくらいであったが、とにかく口数が少なく必要最低限の言葉しか発しない。

だが、案外気が利くところもあり、今のこうしてみえの食器洗いを手伝っている。


さらに最近は一日に3便しかない船の運航と運航の間の時間が暇だからという理由で、守一の畑に行って農作業を手伝っている。

さすがにそれは悪いと思ったが、毎朝送迎をしてもらってるのと、昼食を食べさせてもらっているからという理由で、嫌な顔一つせず耕治は進んで農作業を手伝ってくれる。


「いつも、すまんなぁ、耕治」


起き上がった守一は、タバコに火を着けると、耕治に声をかけた。


「いえ」


短く返事をすると、また黙々とみえの食器を洗い続けた。


「ほんに、耕治は働き者やけんのぉ。耕治が息子だったらよかったのになぁ」


みえが冗談めかして言うと、守一はタバコの灰を灰皿にトントンと落としながら呟いた。


「ほんになぁ……息子か……ののの婿にでもなってもらえばそうなるがのぉ」


守一はそう呟くと再びタバコを咥えた。

……が、本心では守一には、仕事以外のことには一切興味を示さない、まるでロボットのような耕治のことを不気味に思う瞬間があった。


「あれはあかん。ののみたいなバカ娘を耕治にやるのは、耕治に悪い」


みえは笑いながらそう言うと、食器を洗い終え、居間に戻ってきた。


「そういえば、お父さん、ののはちゃんとやってるんやろうか。もうすぐ大学も夏休みやろ?この夏は帰ってくるんやろか?」


みえは心配そうに言った。


「さあな……春に島でばあさんに2時間も説教されたらしいけん。しばらく香川には帰ってこんだろうなぁ」


耕治は二人のやりとりを黙って聞いていた。


「何が悪かったんやろうなぁ。俺には、わからん。わからんが、気づいたらののは、自分の子どもじゃないみたいになってしもうたわな。まぁ、言うても仕方ないが。俺らも子離れしなきゃならんのかもしれんが、どこか寂しいのぉ」


守一はあぐらをかいて、タバコを持ちながら、どこか達観したかのような表情で呟いた。


「さあ、そろそろ昼の便だな。行くか、耕治」


守一はタバコを灰皿にギュッと押し付けて消すと、耕治に声をかけた。


「はい」


二人で玄関を出ると、守一は思い切って耕治に話しかけた。


「耕治はこんな毎日毎日ひたすら同じことの繰り返しの日常、飽きないんか?遊びに行きたいとか、もっと違う仕事がしたいとか思わんのか?」


耕治は問われると、しばし歩きながら考えた。


「俺はこういう暮らしが性に合っとる。こういう方がええ。たぶん、死んだ親父もそういう人生だったんだと思う。遺伝やな」

「耕治の親父さん、船乗りやったんやっけ?」

「そうや。でも、瀬戸大橋が出来上がって、船の仕事がなくなって、出稼ぎに行ってる最中にドッグの高い所から落ちて死んだんや」

「そっか。それは気の毒したな」


言うと守一は、仁尾港まで向かうため車のドアを開けると、助手席の方に回り込んだ耕治がポツリと言った。


「俺、親父のことはほとんど覚えておらへん……けど、きっと俺は親父のようにある日突然死ぬんやと思う」


意外な言葉に守一は思わず、ドアハンドルを握ったまま、車の屋根越しに耕治の顔を見た。


「どういうことや?」

「……そんな気がする。俺の勘は当たるんや」


耕治は言うと助手席に乗り込んだ。

守一は怪訝な顔をしながら、運転席に乗り込んだ。

言われてみれば、彼の陰鬱な無表情にも、世俗の娯楽にも一切興味を示さず、ひたすら同じ仕事を文句一つ言わず繰り返す姿には、確かになんとなく死の影が付き纏っているようにも思えた。


「そうか……」


守一にはそれしか言えなかった。

重苦しい空気の中、仁尾港まで車を進めた。


「そういや、引っ越す話。あれ、どうなった?」


守一が聞いた。


「ああ……」


実はやはり耕治が多度津から毎日仁尾まで通ってくるのは、送迎する守一にとっても、通ってくる耕治にとっても負担だという話になっていた。

耕治も仕事に慣れてきて続けられそうだという見込みが立つと、守一は耕治にこちらに引っ越すことを進めてきた。

耕治としても、それは別に構わなかったが、2つほど懸案があった。一つは多度津にいる耕治の母をどうするか、という問題。もう一つは仁尾には手頃な賃貸物件がないという問題であった。

前者は耕治の母はリューマチを患っていることから、一人にはしておけない。よって引っ越すなら母も一緒に来る必要がある。

そうなると、後者の親子二人が住める賃貸物件を仁尾に求める必要があった。

これに対して、守一が提案したのが、耕治親子が仲島に住むことであった。

何しろもともと仲島の島主であった飯山家は、仲島に管理する住宅がたくさんあった。いずれも飯山家の親類筋のものである。しかし、島民が減っていくと、それらは段々と持ち主のいない空き家と化し、次々と朽ちていってしまっている。

よってこれらの空き家をリフォームすれば、耕治にとっても職場の至近だし、リューマチ持ちの母のすぐそばにいれる。

おまけに仲島に若者がいれば、年老いたきみにとっても安心である。

守一はそう思っていた。


「お袋はええと言っている。おやっさん、その話、進めてくれへんか?」


耕治は相変わらずの無表情で、低い声でそう言った。


「おお!決めてくれたか!」


守一は嬉しそうに言った。

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