後編
悪友は此処を旧校舎跡地なんて雰囲気のある言い方で呼ぶのを好むが、実際のところはなんてことは無い、ただの第2グラウンドだ。
今の校舎よりも高台にあり、夕日が綺麗に見えた。
頼子さんとの約束の場所は、彼の服装から察するに旧校舎の方だと思えた。それに、あの中庭だと山影におおわれて『夕日に映える彼女の笑顔』も見れない。
恐らく、あの桜の木は旧校舎から今の校舎の中庭へと植え替えられたのだろうと思う。
――そして旧校舎跡地には、足の無い老婆が佇んでいるという逸話がある。
悪友が嬉々として詳細を教えてくれたその老婆のもとへ、彼は今まさに一目散へと駆け出していた。
『頼子さん!』
『あぁあぁ……!まさかそんな』
植え替えられたのだろう桜の木の下で待っていた彼と。今やグラウンドとなった旧校舎の跡地で待っていた老婆と。
すれ違っていた二人の幽霊が時を超えて、再会の約束をようやく果たしていた。
『すいません。ずいぶんお待たせしてしまったようです』
『いいえ、いいえ。そんな事はありません。こうしてまた会えたのですもの』
瞬きひとつする間に、老婆は私と同い年ぐらいの少女へと変わっていた。そして彼の顔の闇もまた、綺麗に晴れていて。
闇の下にあった、意外と端正な顔をくしゃくしゃにして彼は泣き笑いをしていた。そんな彼を見て、老婆だった少女もまた泣き笑いをしていた。
暖かな風がひとつ吹き、目の前に木造の校舎が現れる。その側には大きく立派な桜の木が堂々と咲いていた。
旧校舎の、そして中庭の桜の木の、かつての姿なのだろうと自然に受け入れた。再会を果たしている二人に見えている光景が、私にも共有されているのかもしれない。
桜の木の下。
夕日に映える二人の笑顔はとても美しかった。
桜の木は風に吹かれ、花びらを絶えず散らしてゆく。散った花びらは桜吹雪となって二人を包み、かき消し始めた。
風が強くなる。
二人が私に向かって一礼したのは何とか見る事が出来た。
風に耐えきれず目を瞑る。
刹那。
吹き荒れた風が落ち着き目を開けると、旧校舎も桜の木も、そして二人も。何もかもが消え去っていた。
名残のように穏やかな風だけが頬を撫でる。
かすかに残る『ありがとう』という二人の言葉が耳にくすぐったい。
先程見た光景を想いながら、私は夕日に照らされ茜色に染め上がった第2グラウンドをしばらく眺めていた。