第18話:見えない明日
しばし瞑目して、俺は心を落ち着けた。
「あのさ? 白花那姫神ちゃん? 今回も俺、異世界を救いには行くよ? 行くけどさ」
「わあ、やる気になってくれて、嬉しいです」
そうだね。毛むくじゃらとはいえ、あの子は間違いなく俺が愛した女なんだ。しかも、パパになっちゃったときたもんだ。これはやる気出さざるを得ないだろうと。愛する女と子供の幸せってやつのためにはさ。
親には紹介出来ない相手だけど。
「その前に、確認したいんだけど?」
「あ? 王女様の寿命ですか? そこは大丈夫ですよ。U沢さんが異世界を救ったら、そこは必ずや何とかしてみせます」
「うん。それも勿論大事。というか、確かに一番最初に訊きたかったことはそれなんだけどさ」
「他にも何か? 世界観とか、魔王や魔物の情報ですか?
「それもある。けど、それは一旦後回しにさせて?」
「あ、はい」
「今度の異世界救済から戻った後、生き返ってからもまた俺、こうして呼び出されたりするの?」
「そうですねえ。状況次第によっては? なにぶん、こちらも人手不足なわけですし。経験豊富なU沢さんは、貴重な戦力ですので」
「俺、最初から完全に勝手に都合よく使われているだけだけどな?」
半眼を向けるが、白花那姫神はあさっての方向を向いて、吹けもしない口笛を吹く真似をするだけである。
「それを完全に止めろとは言わないけどさ。本音ではマジで止めて欲しいけど。でも、本当に困っている異世界もあるんだろうし? だからせめて、もう少し間隔を開けるとかさ。あと、死因をテクノブレイクにするとかは止めてくんない?」
「えー?」
「『え-?』じゃねえよっ!」
如何にも不満げな声を上げる白花那姫神に、俺は怒鳴る。
「あのさ? 俺、流石にこう、立て続けに何度も異世界に転生させられると疲れるのよ」
「でも、その間はお仕事行かなくて済みますよ?」
「まあな」
正直言って、そこはちょっといいかなって思えるところだったりする。衣食住その他の苦労で相殺されるが。
で、仕事から離れた開放感をそこそこ満喫してから、現実に戻ると、これまた堪えるのだ。ほら? 夏休みとか終わって学校が始まると物凄く通学するのが億劫になるだろ? それが、何倍にもなって襲いかかってくるような感じ。
「でも、現実に戻って異世界での疲れが脱けているわけでもないし。やっぱり疲れるのよ。特に、何度も繰り返すと」
「なるほど、寄る年波には勝てないって奴ですね?」
「そこまでは老いてねえわっ! 肉体年齢30歳を舐めんなっ! 精神的な疲れの話だよ。精神的な」
特に、こいつらと話すと疲れが余計に増す気がする。
「んー。まあ、仕方ないですねえ。U沢さんが疲弊しすぎても、それはそれで私達としても胸が痛むところですし」
その胸の痛みとやらが、どれほどのもんかと思うけどな?
せいぜい、それまで元気に鳴いていた蝉が、ぽとっと地面に落ちるのを眺めたときに湧き上がる程度の感傷に思える。
「とはいいましても、U沢さんほどに便利に使え……もとい、頼りになる人って言うのもなかなかいないのが現実なんですよねえ。どこの職場も同じ悩み抱えていると思いますけど」
「そして、いいように使われる奴に仕事が集中して、そいつが潰れるんだよな」
というか、それも何度も経験した。マジで堪ったもんじゃねえ。
「需要が落ち着くか、人手が足りるか。出来ればその両方になってくれると、私達としても有り難いんですけどね」
「つくづく、最初に異世界転生ものを書いた人達の功罪は大きいって思うな」
需要と供給を生み、困っている異世界の人達を救えるようになったという意味では功績だろう。一方で、供給が足りなくて俺みたいなのを生み出しているのは負の部分だよなあと。
「つーかさ? 何で俺なの?」
「と、言いますと?」
「いやさ? 初めて会ったときに言っていたじゃん。『ちょっとでも素質がありそうな人なら、もう異世界に送っちゃおうと』って」
「言いましたっけ? そんなこと」
「言ったよ? 間違いなく」
お疑いの方は、「第2話:異世界転生事情」を確認して頂きたい。
「俺の他にもその素質とやらがありそうな人間、いないの? 俺なんかが、なんだかんだやってきたんだから、他の人達でもその辺、融通利かない?」
これはつまり、俺以外の誰かに身代わり? いや、これじゃ聞こえが悪いな。生け贄? ああもう、どうあっても誤魔化せそうにないからそういう事でいいやもう。つまりは、そんな発想なんだけど。
いや? 仕方ないじゃんよ。こんなヤクザに目を付けられたら。現実社会だとまだ弁護士や警察に相談して、対処のしようがあるけどさ。俺、死後の世界にそんな伝手無いし。身代わり用意して、自分への被害軽減を期待するしか。
我ながら、汚い考えだって思うけど。潔癖症はね? 辛いのよ? 汚れたと感じたときに分かるさ。そして、汚れたと感じたとき、人は大人になるのさ。あ~あ、大人に何てなりたくなかったなあ。
そんな遠い目を浮かべる俺をよそに、白花那姫神は顎に手を当てて思案していた。
「う~ん。やっぱり厳しいですねえ」
「そうなの?」
「ええ。まずですね? こういう異世界転生みたいな話にある程度理解が無いとダメです」
「どうして?」
「新人をゼロから教育するのって大変じゃないですか? 予備知識としてでもこれくらいは知っておいて欲しいって事、色々とあるでしょう?」
「ああ、うん。確かに」
人手不足だということで、まるっきりのど素人が大量に現場に送り込まれる悪夢。
本音で言えば、きちんと彼らの面倒を見て教えてフォローをしたい、でもって戦力になって貰いたい。仲間として活躍して貰いたい。
しかし、現実は非情だ。本気で切羽詰まった環境では、そんな新人は足手纏いにしかならないのだ。結果、犠牲者が増えていく。戦場と同じだ。
「ちなみに、先輩は新人の私にゼロからきちんと、優しく丁寧に教えてくれます。失敗しても怒らないので、こっちが恐縮するくらいで。いや~本当に、私はそれだけでも運がよかったと思います。そんな先輩の手を煩わせないように、早く一人前になろうと常日頃から思っちゃいますね。一度言ったからそれで理解しろみたいな態度だと、かえって後輩を萎縮させて潰すと思うんですよ。恐いっていう感情が先に来て、質問も迂闊に出来なくなりますし」
しみじみと白花那姫神が頷く。
「そこは同意する。あと、マジでそこはあのお姉さんに感謝しておいた方がいいと思う」
問題は、そうやって何を教え込んでいるんだという話なのだが。そこはこの際突っ込まない。
つーかなあ。俺のときはなあ、本気で誰も余裕無い時代だったからなあ。怒鳴られる、なじられるが日常的だったよなあ。地獄だったなあ、あの日々。うん、思い出すとこれも殺意がわき上がるから、あまり思い出さないようにするけど。
「それから、人柄ですかねえ」
「人柄?」
「あからさまに性格的に難がある人とかは、流石に転生先にご紹介出来ないわけですよ。その点、U沢さんとかは何だかんだ言いながら、スキルを悪用出来なかったり、困っている人を本当のぎりぎりまで見捨てられなかったり。つまりは、根っこがいい人な訳じゃないですか。まったく、お人好しというか。今まで辛い体験を数多くしてきたからこそ、他人の心の痛みや辛さも思いやれるみたいな? 今の世の中、いそうでなかなかいませんよ? ここまで他人のために動ける人。世知辛いご時世ですから」
「あ、そう……かな?」
面と向かって言われると、何だか照れる。
そんな俺を見て、白花那姫神は微笑みを向けてきた。
「でも、私は嫌いじゃないですよ。そういう人」
「お、おう」
「実に扱いやすくて」
「この野郎」
そっちが本音か。
いい人っていうのは、つまりは都合のいい人だと。俺もうやだ、真面目に生きるの。こんな連中に絡まれるんだから。こういうのがいるから、世の中どんどん人情が減っていくんだっての。でないと我が身を守れなくなるもの。
「あと、出来れば知識の幅が広い人がいいですねえ。常日頃から、教養として色々と情報を集めているような」
「何で?」
「異世界で生き残っていくのに、それらの知識や経験が活かされること多いですから。先輩達は、そうやって生き延びてきたのです。一方で、そういう知識に乏しい人は、なかなか成果が上がらなくて」
「ああ、なるほど」
そこは異世界転生もののお約束通りなんだ。あと、小説書くネタ探しのためにも、その手の解説動画は俺もよく見ていたりする。
まあ確かに、俺も多少囓った程度のロボットアニメの知識や、魔物に対する知識を持っていなかったらどうなっていたか分からなかったわけだし。
サバイバル知識は『異世界生活のススメ』を参考にしたところ多かったけど。なんでそうなるのか理屈が分かってないと、実践出来ない部分多かったしなあ。
「しぶとさも希望したいところです。どんなに絶望的な状況でも諦めない。ぶっ潰しても、切り刻んでも、焼いても、生き残るみたいな」
「そんな遺伝確率250億分の1も無さそうなのを望むなよ」
「ええ、確かにこれは高望みしすぎなんですけどね」
白花那姫神は嘆息した。
「とまあ、色々と過去の経歴や人柄を鑑みると、なかなかこれっていう人いないんですよねえ」
「思いっきり、安月給でハイスペックを望むブラック企業の採用担当にしか思えないけどな」
俺がそのハイスペックだなどとは欠片も思っちゃいないが。むしろ、何で選ばれちゃうんだよと嘆きたくなるが。
「というか、そんなのでいいんだったら、それこそ小説投稿サイトあたりを覗いてみればいいじゃないかと。俺よりもよっぽど若くて活力溢れていて、扱いやすそうなのが沢山いると思うんだけど? 書き手や読み手も沢山いるんだしさ」
うん、我ながらゲスい提案だと思う。だが悪く思わないでくれ、名前も顔も知らない同好の人達よ。俺だって色々と惜しいんだ。
「勿論、そちらからも探してますよ? U沢さんもそちらで見付けた訳ですし」
「探しているんかいっ!」
おーい。小説投稿サイトで活動している書き手さんや読み手さん? 気を付けた方がいいですよ? どうやら既に死神達がスカウトの目を光らせているようですよ~?
「でも、大抵の人は底辺のまま書き続けられないんですよねえ。そんな根性無しに異世界を救うなんて真似、任せられるかというとちょっと厳しいかなあって」
「根性無しってお前」
俺は軽く引いた。いや、底辺で書き続けるってマジで心が痛いよ? 心折れるの仕方ないと思うよ? むしろそれ、普通だと思うよ?
じゃあ、それでも書いてるお前は何なんだって言われたら返す言葉が無いけど。
「読み手さんもねえ。そりゃあ確かに、皆さんだいたいは普通の感性や良識を持ち合わせていそうな方ばかりなんですが」
「何か問題でも?」
「適正の精査に時間が掛かりますし、精度も落ちる傾向あるんですよねえ。本当に異世界に行って、最初はやる気があっても、思っていたのと違うってなって徐々にやさぐれて、残念な結果に終わったり。特に、供給を一気に増やした頃はそういうケースが多くて。なので、ちょっとこの方針は規模を縮小しています」
あー、初めてこいつに会ったときに、苦労していそうな人達の例聞いたけど、つまりはそういうことかと。
でも、俺も何とかして今のこの状況は何とかしたいんだよなあ。
何か、いい方法無いものだろうか?