第17話:男の責任
ふと目を開けると、目の前が真っ白だった。
どうにもこうにも、濃い霧の中というか、そんな場所である。
ふう。と、俺は軽く息を吐いた。
「前置きはいい。用件を聞こうか」
「何か、どこぞの漫画に出てくる凄腕スナイパーみたいなこと言ってきましたね?」
俺は、白花那姫神に向ける目を細めた。
「あのな? これで四回目だぞ? いい加減、こんな風にもなるわい」
「慣れていくんですね。自分でも分かる?」
「やかましいわっ!」
というか、マジで慣れたくねえ。こんな理不尽。
「で? 今回の死因は何だ? どうせまたテクノブレイクなんだろ? ワンパターンなんだよ」
「ええ、まあそうですね。ちなみに、今回はこんな感じです」
そう言って、白花那姫神は手の平を上に向け、その上に俺の死体を映し出してきた。
「何これ?」
いやもう、本気で見覚え無いんだが?
「今回は、抱き枕に発情した末にという状況ですね。いやー、恥ずかしい」
「俺、抱き枕使わないんだけどな?」
何となく、肩への負担が大きそうだし。あと俺、寝相悪いみたいだから、抱き枕で熟睡出来るかっていうと難しそうな気がするし。
にもかかわらず、映し出された映像の中で、俺は下半身丸出しで抱き枕にしがみついていた。
もう、こいつら本当にこういう工作、隠す気ゼロだな。いい加減、開き直ってきただろ?
「というか、この絵柄って?」
「ニャハール王国の王女様ですね。別れ際に、U沢さんが『その姿を撮らせて欲しい』って頼んだ」
「頼んでないっ! そんなこと頼んでないからっ!」
「なぁんと、リバーシブルでこんなあられもないお色気ポーズまで」
「おまっ!? どうやってこんなもの用意したっ?」
「何言ってるんですか? 『たとえ離ればなれになっても、私の姿を近くに置いてくれるなら嬉しいにゃ』って、王女様喜んでいたじゃないですか?」
「あ、そういう事する? そういう事言って騙したんだな?」
「うーん、でも事情を知らない人が見たら、U沢さんは毛むくじゃらの動物さんに欲情し、その挙げ句にテクノブレイクで死んだド変態さんってことになっちゃいますねえ? まあ実際、王女様を激しく求めてしまった一夜があった訳ですが」
「こっ、の野郎っ!」
彼女の名誉のために言っておくが、俺は決してあの時のことを後悔はしていない。一夜の過ちだとはしたくない。
確かにちょっと、ケモ度の許容範囲が広がりそうになってしまって、そこはヤバいなあと思いつつあるが。あれはあくまでもそれだけ精神的に追い詰められていたのと、彼女の優しさに耐えられなくなったからだ。相手が彼女だから、状況がああだったから一線を越えてしまった訳であって。
新規に集めた「動物」フォルダの中身も、決していかがわしいことには使用していないっ! あれは純粋な気持ちで愛でつつ、王女の事を思い出す切っ掛けに使うものでしかないっ!
「あー、あとこんなものもありますよ? 丁度よかったです。U沢さん、王女様のことを気にされていたようなので」
「今度は何だ?」
白花那姫神が映し出している映像が切り替わる。今度は、白い毛皮を持ったネコの顔が映し出された。
笑顔をこちらに向け、手を振ってくる。
『こんにちは。お久しぶりですにゃ。勇者様。私の姿、見えますかにゃ?』
「王女? え? 王女様?」
「ビデオレターですね。あちらの神様から、ご褒美にと送られました」
「そ、そうか」
『勇者様は、お元気ですかにゃ? ちゃんと、ご飯食べていますかにゃ? よく、眠れていますかにゃ? 楽しく遊べていますかにゃ? 私は、それだけが気掛かりですにゃ。私は、遠いこの地から、勇者様の幸せを陰ながら、ずっと願っていますにゃ』
俺は、無言で彼女を見ていた。
こういうのってさあ、歳を重ねたせいか心に染みるんだよなあ。若い頃は、何とも思ってなかったけど。
社会ってさ? ほら? 殺伐としているじゃん? 特に今のご時世。人情なんてどこにあるんだよっていう話。理不尽な上司に、理不尽な後輩や部下に、理不尽な客に、理不尽な死神。みんなもっと俺に優しくしてくれよっ! とか叫びたくなることだってあるさ。
誰もが多かれ少なかれ、そういう思いを抱えながら生きているんだろうけどさ。
『私達は、あれからニャハール王国の復興を頑張っていますにゃ。やらなくちゃいけない問題は山積みで、民の心もまだまだ癒えていませんにゃ。終わりの見えない戦いですにゃ。でももう、魔王に怯える日々は終わりを告げましたにゃ。勇者様のおかげで、私達には明日がありますにゃ。この戦いに、私は希望を感じていますにゃ』
希望か。いい言葉だなと。俺はがらにもなくそう思った。
毎日毎日、少しずつ何かが摩耗していくような気分になる日常。希望なんて言葉、久しく忘れていたかも知れない。
でも、あの子も頑張っているんだなと思うと、俺も彼女に恥じない生き方をしなければ。そんな風に思えてくる。彼女らに比べれば、俺の生活はずっと恵まれているはずだ。希望だって、少し見方を変えれば、見付けられるはずなんだ。
『勇者様は、覚えていますかにゃ? 勇者様は私に「幸せに、なってくれ」って言いましたにゃ。私、その言葉を決して忘れません。勇者様とお別れして寂しいですにゃ。でも、きっと幸せになってみせます。いいえ、私はもう、幸せですにゃ』
そっか、幸せか。よかった。
元はと言えば、こんの腐れボケ鬼畜死神のせいではあったが。それでも、彼女たちを救えてよかったと思える。
『そう、私は幸せですにゃ。だって、勇者様がいた証が、勇者様と一緒に過ごした日々の証が、私には残されているんですからにゃ』
「え?」
俺がいた証?
はて? そんなものあったっけ? 俺、綺麗さっぱり後腐れ無く立ち去ったはずなんだけど? 仲間のスーパーロボットとか、そういうのも、下手に残しておくと世界の脅威になりそうだから、消滅させたし。
画面外から、毛むくじゃらの手が伸びて、王女に丸まった毛布を渡す。
王女はその毛布の中身を俺に見せた。
『見て下さいにゃ。私と、勇者様の子供ですにゃ』
「なああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」
幸せ一杯の笑顔を浮かべる王女と、その腕の中で無表情な赤ん坊を見て、俺はあんぐりと口を開けた。
「え? 嘘? マジ? 俺、聞いてねえんだけど?」
「そりゃあ、今初めて教えた訳ですし?」
「そういう問題じゃねえっ!」
え? ちょっと待って? 何これどういう事? 意味分かんないんだけど?
パパ? 俺、パパになっちゃったの? 今更そういうのになれる可能性とか、全然考えてなかったんだけど? ちょっとお願い、せめて心の準備とかさせて?
頭を両腕で抱え呻く。
「マジで?」
「マジですねえ」
「あ、何かマジっぽい」
俺は冷や汗を流す。
赤ん坊は、ケモ度で分類するとレベル1。つまりは人の顔に耳とか尻尾が付いている感じだった。顔立ちもかなり人間っぽい。人間である俺と、もふもふな王女様を足して割った感じにでもしないと、こうはならないだろう。
「えええええぇぇぇぇ~~? いやでもさ? どういう事? どう考えても、俺ら見た目違いすぎるじゃないかと」
「それでもやることやっちゃったんだから、U沢さんは大したものですよねえ。受け入れた王女様もですけど。愛の力って偉大ですねえ」
「じゃなくてっ? 生物学的にどうなってんのってことだよ? どうして子供出来るの?」
「そこはほら? 異世界転生のご都合主義というか?」
「そんなご都合主義って――ありかっ!?」
一瞬、いらねえとか言いかけてしまったが。それは思いとどまった。それを言ってしまうと、彼女も子供も全否定することになってしまう。
でも、色々と収まりが付かなくなって、絶倫になる魔法まで使っちゃったのは、流石にやり過ぎたかも知れない。
「あ、あと時間とかどうなっているのかと」
俺があの異世界を救って日本に戻って、まだ数週間くらいしか経っていないんだけど?
「時間の概念は、世界によって異なるものですから」
何て取って付けたようなご都合設定。
そんな俺の胸中とは無関係に、動画は進んでいく。
『ほ~ら? お父さんにご挨拶にゃ』とか、王女様が赤ん坊の手を摘まんで、手を振らせている。赤ん坊は『だ~あ』とか言ってきて。
あ、ヤバい。これマジでヤバい。胸にキュンキュンくる。何か、とんでもねえものに目覚めてしまいそう。
『勇者様。名残惜しいですが、これで私がお話出来る時間は、終わりのようですにゃ。いつまでもお元気で。愛していますにゃ』
彼女がそう言って、手を振って、動画は締めくくられようとする。
が――。
不意に、ふらりと彼女の体がよろめいた。
とっさに、近くにいる獣人達が支えて、倒れるのは回避したが。
『王女様っ! 王女様っ!』
『しっかりして下さいにゃ。王女様っ!』
『早く主治医を呼ぶにゃっ!』
『まったく、無茶をなさるにゃ』
動画の中で、悲鳴と怒号が湧いている。
赤ん坊は不安なのか、泣き喚いていて、それを必死に侍女があやしている。
王女様はというと、目を閉じて息も絶え絶えの様子だった。
『だって、私が……けほっ。元気な……はぁ……勇者……様が……ごほっ! ごほっ!』
あまりの急展開に、俺は呆然とする。
「おいこれ? どういう事?」
「あー。しまった。ここカットして下さいって言われていたのに、忘れてましたー」
「棒読みっ!?」
俺は思わず白花那姫神の胸ぐらを掴んだ。
「どういう事だ? いいから詳しく説明しやがれ?」
「分かってますってば。話しますから、まずは手を離して下さいよ」
俺は唸りながらも、ゆっくりと彼女から手を離した。
「一言で言うと。寿命ですね」
「寿命だと? だって、あいつまだあんなにも若いんだぞ? それが寿命って」
「とは言われましても。こればっかりは」
「てめえっ!」
「おっと? 勘違いしないで下さいよ? 彼女の寿命は私達の管轄外です。あくまでも異世界の理での話ですから」
俺は呻いた。
「でも、U沢さんの頑張り次第で、ひょっとしたら何とかなるかも知れないんですけど――」
にやぁと、白花那姫神が笑みを俺に向けてくる。
「どうします?」
「この、鬼っ! 悪魔っ!」
「死神ですってば」
半眼を向けてくる白花那姫神を睨み返しながら。
マジでこいつら、一度どうにかしてしばき倒せないものかと思った。