第15話:ひげよ、さようなら
白いスモークが炊かれた空間に、俺は戻ってきた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
「おう」
それだけ言って、俺は大きく溜息を吐いた。
「今回も大活躍でしたね。またもや数ヶ月であの魔王を倒して世界に平和を取り戻すだなんて。流石です。こんな真似、そうそう出来る人いませんよ」
「ああ」
「あの異世界の人達も凄く喜んでましたね。感謝の声が絶えなかったですし」
「そうだな」
力無く、俺は肯定した。
「王女様も、いい子でしたよねえ。U沢さん、残っていてもよかったんですよ?」
などと、白花那姫神はどこぞの名作アニメ映画のラストシーンみたいなこと言ってくるが。
「馬鹿なこと言うなよ。俺とあの子は、文字通り住む世界が違いすぎる。だから、これでいいんだ。これで」
俺もまた、その映画の主人公よろしく、彼女に別れを告げたのだった。
それに、世界を救った勇者なんてのは、後々生きていてもその世界の人達にしてみれば脅威でしかない。だから、さっさと立ち去るのがいいんだ。
「何だかテンション低いですねえ。そんなにも別れが辛かったんですか? でもほら? 今回のご経験は小説に活かせると思いませんか? 色々とネタに使えそうな苦境とか、心温まる思い出だってあったでしょ?」
「いや無理」
「ええ? どうしてですか? 無理して疲れ切ってボロボロになっていくU沢さんを王女様が涙ながらに必死に止めようとしたり。王女様に子守歌を歌って貰いながら膝枕で眠ったり。信頼出来る仲間の服をスーパーロボットにして、共に戦って友情を深めたり。『私も戦わせて下さい』って言ってくる王女様を宥めたり。仲間が魔王四天王の不意打ちでやられたり。その死に耐えきれなくなったU沢さんを慰めに来た王女様を激しく求めたり。見せ場が色々とあったじゃないですか?」
「おい止めろ。それ以上言うな。マジで堪えるから」
もう、色々と堪えるように、俺は呻いた。
「あのさ? 本当に色々あったのよ? 色々と」
「ええ」
「だからさ? それ書こうとしても書けねえよ。思い出したら手が震えて動かねえよ」
登場人物をもふもふから普通の人間にしたら、それこそ一大長編として受け入れられる作品になるかも知れんけど。
マジで無理。
あと、そういうのを書いたからと言って読んで貰えるとは限らない。だって俺、底辺だし? これで、読まれなかったら俺もう立ち直れない。せめて、書くことがあるとしても、もっと時間が経って、心が落ち着いてからでないと。読んで貰うためというより、俺が思い出を忘れないためにというか。
「そうだな。何というかもう。今の俺、疲れた。燃え尽きたよ。真っ白にさ。そんな気分なんだ。だから、頼むからさっさと生き返らせてくれ。少し、一人になりたいんだ」
「はい、分かりました」
「ちなみに、報酬の方は問題ないんだよな? この功績で、元の寿命に戻して貰えるんだよな?」
「ええ、大丈夫ですよ。ご安心下さい」
「そっか。それじゃあ、お疲れ」
「はい。お疲れ様でした」
そう言って、白花那姫神が俺に手を向けてくるのが見えた直後。俺の視界は途切れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつくと。俺は自分の住む部屋に戻っていた。
俺は無言で、抱いている空気人形を放り捨てた。
勝手に脱がされていたパンツとズボンも穿き直した。
PCを立ち上げる。
時間を確認すると、約束通り元の時間に戻されたようだ。
俺は、ブクマから検索用の画面を立ち上げた。
キーワードには、「白猫」と入力して、画像検索開始。
「ぐっ。ふぐっ。うぐぅっ! うぐぅ! あうっ!」
ここが、俺の涙腺の限界だった。
画面いっぱいに現れる白猫の写真。それを見て、俺は大粒の涙を流す。端から見れば、訳が分からない男にしか見えないだろう。
でももういいよな? 今ここにいるのは、俺一人なんだから。
泣きじゃくりながら、俺はマウスをクリックし、「動物」のフォルダを作成した。